威を借りる
RWOに3つ目のレビューが追加されてました。
だいぶ前に本編完結した作品ですが、まだ見てくれてるんですねぇ。
「へぇ……」
「これは儀式? いえ、契約でしょうか?」
突然登場した王女様が、苦しむジェイスと唇を重ねた。
双方の立場を考えると結構な大事のような気がするが、問題はそこではない。
長期に渡るギフトの浸食を受け、そのギフトを失ったことで損傷してしまったジェイスの魂。
それが徐々に修復されていくのだ。
それとは逆に王女様の魂に亀裂が走り、重ねた唇からも血が流れ始めている。
「これは、お互いの魂を連結してダメージを肩代わりしてるのか……」
「……この王女は自分の立場を理解しているんでしょうか?」
アリエルの言う通り周囲は唖然としている。
他国の諜報員とのキスだけでも問題なのに、直後に吐血。
アグレッシブで済む問題じゃない。
だが、王女様は目的を果たせたようだ。
魂も肉体も安定ラインというモノが存在する。
そこを過ぎなければ意外と持つのだが、そこを過ぎると一気にアウト一直線というライン。
さっきまでのジェイスは、ラインに触れたかもしれないきわどい状況だった。
しかし、今は元気になったとは言えないが、少なくとも危険な状態は脱している。
王女様も同じような感じだ。
「ふう……良かった……」
「殿下!」
相当の負担を引き受けたのだろう。
王女は気を失ってしまった。
まあ、バイタルは安定してるみたいだし、大丈夫だろう。
いざとなれば回復させてもいい。
ここまで持ち直せばジェイスも治療できるだろう。
「ルーナ殿下!」
「これはいったい何事だ!」
おっと、会議室からお偉方が駆け付けてしまったか。
こっちとしては、ジェイスと話せればそれでよかったんだがな。
面倒ごとの予感がビンビンだ。
それにしても……。
「国の重鎮が揃って不審人物の前に出てくるかね……」
「何!」
「皆様、お下がりを!」
あ、ヤベ。
思わず要らん事口にしてしまった。
しょうがないだろ? 不用心なんだもん。
俺が夜の国の刺客だったらどうすんだって。
まあ、王女様を追いかけてきただけなんだろうけど。
「貴様、グラーダの刺客か!?」
「ジェイスと王女殿下に何をした!」
そりゃ、こう来ますよねー。
さて、どうしようか。
説明しようにも、すでに衛兵に包囲されているし。
話、聞いてくれるかな?
「(マスター。ここはお任せを)」
「(良い手があるのか?)」
「(はい)」
GOサインを出すと、アリエルは1人で前に進み出た。
怪しさ爆発の俺に比べ、アリエルの外見は清楚な美少女だ。
必然警戒心も緩む。
まさかこの少女が、この場を更地に変えることができる超兵器だとは思うまい。
「北大陸の民たちよ」
厳かな雰囲気でアリエルが語り掛ける。
普段から表情が薄いから口調だけでそれっぽくなるな。
「私たちは敵ではありません」
子供に言い含めるようにゆっくりと語りかける。
これって危険なセミナーなんかでも使われてる手口だよな。
「私たちはこの大陸の危機を救いに来たのです」
「「「「なっ!?」」」」
「「「おお!!」」」
止めとばかりに背中に光の翼を展開する。
白き神は世界で最もメジャーな神の1柱だ。
この大陸でも信者は結構いるだろうし、その眷属である天使もよく知られているはず。
詐欺? 騙り? 滅相も無い。
正真正銘お墨付きをもらった眷属ですよ?
ただし、俺が。
「話を聞いてくれますね?」
「「「「「「ははあ!」」」」」」
その場には、跪く魔人たちと見下ろすアリエルという構図が完成していた。
チラリとアリエルが視線を向ける。
はいはい、お見事ですよ。
こっからは俺の仕事ってワケね。
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何時までも立ち話をしているのもアレなので、会議室に移動することになった。
一先ずアリエルは天使、俺は彼女に見いだされた他大陸出身の魔人族のハーフって事にしておく。
目的は世直し、北大陸では簒奪者の討伐を予定している。
そう宣言しただけで敵意が薄れてくれた。
権威って凄いね。
「ところで、何故ジェイスをあのような目に?」
ジェイスの叔父のジェイルさんはまだ警戒を解いていない。
国の重鎮を差し置いての発言だが咎める者もいない。
彼もまた国家の重要人物の1人であり、皆も理由が聞きたかったんだろうな。
ちなみにぶっ倒れた2名は医務室に運ばれたが、直に目覚めるはずだ。
まあ、身内がアレだけ苦しんだのを見たんだし、助けたのも王女様だ。
俺を信用するためにも理由が知りたいわけか。
ならばザックリ話そう。
「彼は国を、王女を守るために禁忌の力に手を出していた。だからその力を取り除いたのさ」
「禁忌の力?」
「そう。祝福というより呪いに近い、使い手を蝕む恐ろしい力だ。使い続ければ間違いなく破滅する」
「もしかすると、貴殿たちの旅の目的とは……」
「察しが良いな。その力は世界中に散らばり、各地で災いを引き起こしている。俺の使命はその力を根絶することだ」
使命って程重くは無いんだが、畏まった言い方の方が受けは良いだろう。
俺だって反省して改善するんだぞ。
効果は抜群のようで、周囲の雰囲気も良くなっている。
「何故ジェイスがそんな力を……」
「さあ? ただ、あの力は善悪問わず強い願望や欲望によって発現する。必ずしも使い手が悪人というわけではないのさ」
そこがまた面倒なところでもあるんだけどな。
ギフト持ち全員が悪人なら、見敵必殺でギフトごと始末すればいい。
でも、さすがにそれはやりたくない。
最低限の倫理も投げ捨てれば、俺はただの装置になってしまうだろうからな。
「使徒殿は先ほど、簒奪者グラーダの討伐を予定していると言ったな?」
そこで今まで黙っていた男が口を開く。
彼こそが魔人連合国の代表である連合議会議長だ。
魔人王とも呼ばれるが、国が王政でないので議長と呼ばれることの方が多い。
頭は牛なのに背中には翼がある。
どうやら彼は獣魔族のハーフのようだ。
獣魔族は基本的に両親どちらかの種族が生まれてくる。
しかし、稀に両方の特徴を持って生まれてくる者がいるのだ。
そういった者たちは能力的に優れていることが多い。
例えば議長の場合、牛獣魔のパワーと鳥獣魔のスピードを合わせ持つ。
いや、鑑定によると鬼族の血も引いているようだ。
これは珍しいな。
魔人たちは純血主義というわけではない。
だが、ハーフは希少であるが故に常に少数派だ。
加えて、優れている分危険視されることも多い。
未だ種族、民族主義の根強いこの世界では生きにくいだろう。
かつてはぐれ者達が興したこの魔人連合国を除けば。
ちなみに獣魔と獣人の違いは、人と獣どちらがメインかだ。
獣人は獣のパーツを持った人、獣魔は人型の獣といった感じだろうか。
だから南大陸の種族の中にも、厳密に言うと獣魔寄りの種族はいる。
水棲獣人なんかはその代表だ。
「ああ、言った。というより、奴の方が本来の標的だ。ジェイスは力を使ってはいたが、あくまで自分以外の誰かのためだった。だが、グラーダは違う。放っておけばどんな災厄を引き起こすかわからん」
「……なるほど。奴もその禁忌の力とやらを使っているわけか」
「王女殿下から話は聞いているんだろう?」
「うむ。人格面はともかく能力面では優秀な男ではあったが、突然桁外れの力を得たとな。儂も腕に覚えはあるが、夜王殿が容易く敗れたというのなら正直勝ち目は薄い」
議長の告白に沈鬱な空気が漂う。
実はこの議長、単純な戦闘力ならジェイスより上だ。
斥候職と戦闘職の違いはあっても、転生者より強いというのはなかなか凄い。
もちろんジェイスが弱いわけではない。
議長が強いのだ。
「その辺は心配はいらない。奴は俺に任せてもらおう」
「やってくれるのか?」
「それが目的だからな。とりあえず、冒険者ギルドにディノ宛の指名依頼を出しておいてくれ。その方が話が通りやすい」
その後もアレコレ話し合っていたところで、話題が王女の行動に移った。
アレについては誰も彼も頭を抱えていた。
何度も言うが王女は夜の国最後の王族、最後のヴァンパイア・ロードだ。
彼女の行動は北大陸の情勢に大きな影響を及ぼす。
そして彼女の先の行動は特大の火種だったのだ。
「彼女は結局、あの時何をしたんだ? 確かに王女様がキスってのは問題だろうけど……」
「事はそれでは済まんのだよ……」
疲れた顔の議長はついに答えた。
「彼女が行ったのは『結魂の儀式』。お互いの魂を結びつける、夜の国の王族による婚約の儀式だ」
グラーダって確か王女と結婚してロードになりたかったんだよな?
こりゃ、荒れるぞ……。
虎の威を借りる狐ではなく、天使の威を借りる悪魔(とその部下)。
最高の効率を求めるのがアリエルのポリシーです。