すれ違いの記憶
来週末は外出予定のため更新は休ませてもらいます。
3連休も多分。
穏やかな雰囲気で歩み寄る代行者。
しかし、ジェイスは全く安心できなかった。
彼はこの手の人物に覚えがある。
裏の社会にまれに存在する破綻者。
殺気も悪意も敵意も無く、雑草を刈るように人を殺せる者。
そういった者たちは総じてプロフェッショナルであり、交渉の余地もないのだ。
ジェイスの中ではフィオの言葉など撹乱のための戯言にしか聞こえない。
例えフィオが本気で交渉を望んでいても、ジェイスは信じることができない。
尤もフィオも『応じてくれればラッキー』程度にしか考えておらず、応じないなら実力行使することは決定済みなのでどっちもどっちと言える。
「俺には……力が必要なんだ!」
不意にジェイスの脳裏に過去の光景がフラッシュバックする。
それは徐々に過去へ過去へと遡り、遂には前世へと遡る。
過去の記憶に呑まれ、呆然と立ち尽くすジェイス。
そんな彼をフィオ達は興味深そうに見つめていた。
そして、銀色の霧が自分を包んでいることにジェイスは気付いていなかった。
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ジェイスがかつて生きていた世界。
そこは地球と同じ科学文明の世界だった。
ただし文明自体は一世紀ほど遅れており、VR技術など存在していなかった。
彼は口下手で不器用な性格の少年だった。
誤解を受けてはトラブルになり、腕っぷしの強さもあり地元では札付きとして有名だった。
家庭においても、父は彼と同じような性格でほとんど会話が無かった。
母は普通に接してくれたが、彼は自分から距離を置きがちだった。
彼は徐々に不良と呼ばれる者たちと行動することが多くなり、家に帰らないことも多くなった。
だが、両親はそれを怒るでもなく、ただ受け入れていた。
初めは両親、特に父親の気を引きたかったのだ。
しかし、父が自分に興味が無いのだと知ると、彼も親への興味を失っていった。
やがて、彼は不良仲間と共に裏の社会に堕ちていく。
その世界の当時のマフィアは、いわゆる任侠の世界の住人たちだった。
警察の目の届かない裏社会に、ある程度のルールと規律を守らせる必要悪。
現在では失われた、義理と人情を重んじる組織も多かった。
彼と仲間たちは中規模の組織に拾われ、その構成員となった。
その組織のボスは構成員を息子として愛する好々爺で、彼らも真っ直ぐに成長していった。
彼にとっての父が生みの親ではなくファミリーのボス、ファザーとなるのに時間はかからなかった。
ただ、不器用で口下手な彼の性格は治らず、すれ違いからトラブルが起きることがあった。
そんな時もファザーは彼の言葉を丁寧に聞いて、誤解を解いてくれた。
彼もせめて他者に誠実であろうと努力した。
そして、その努力は報われ彼は若手の中でも有力株として認められていくことになった。
ファザーには溺愛する孫娘がいた。
ファザーの娘と若頭の男性の間に生まれた子で、天真爛漫な愛らしい娘だった。
ファザーのお気に入りで若頭の信頼も厚い彼は、孫娘の面倒を見ることも多かった。
彼は一人っ子だったが、妹がいたらこんな感じだったのだろうかと考えることもあった。
そんな時、脳裏には両親の姿が浮かんだが彼はそれを振り払い続けた。
時は流れ、ファザーは引退を考えるようになっていた。
後を継ぐのは娘婿の若頭でほぼ決まりの状況だったが、不満を持つ者もそれなりにいた。
若頭はファザーの路線を踏襲し、仁義を持った組織で在ろうとしていた。
しかし、その頃マフィアの中にはただの犯罪集団となり下がった者達が現れていたのだ。
手段を選ばないが故に彼らは強く、奪いつくすが故に羽振りも良かった。
考えの足らない者たちの中には、自分たちも路線変更するべきだと言い出す者がいたのだ。
彼自身もそういった話を持ち掛けられたことがあった。
しかし、彼は断固として断り、相手も食い下がる事は無かった。
やがて犯罪組織との縄張り争いが増えた。
もちろん町の住民の支持を受けるファミリーの方が優勢だった。
だが、それは犯罪組織と接触する構成員が増えたという事でもあった。
それがどんな危険を孕んでいるのか、当時の彼は気付かなかった。
そんなある日、彼の元に訃報が届いた。
彼の両親が事故死したというのだ。
犯罪組織の報復かと思われたが、実際にはただの事故だったそうだ。
彼は行く必要性を感じなかったが、ファザーの勧めで両親の葬儀に向かうことにした。
久しぶりに帰った自宅。
葬儀の後、初めて会った親戚に両親の遺品を渡された。
その中にあった父の日記を見た時、彼は足元が崩れるような衝撃を受けた。
日記は父が自分に向ける愛情で溢れていた。
生まれた日の感激、初めて立った日の感動、彼自身も知らないエピソード。
そして同時に父の苦悩も記されていた。
年頃の息子にどう付き合っていいか分からない。
何を話せばいいのか分からない。
しかし、息子の力になりたい。
父は彼が迷惑をかけた相手に秘かに謝ってくれていた。
誤解を解くために奔走してくれた。
相手に非があれば怒鳴り込んでいた。
父は自分を愛してくれていたのだ。
ただ、自分と同じく不器用なだけで。
いや、逆だ。
自分が父と同じなのだ。
気づけば彼は涙を流していた。
裏の社会に染まり、枯れていたはずの涙。
同僚が死んだときも流れなかった涙が、次々と溢れ出していた。
後悔が胸を埋め尽くした。
なぜ、もっと向き合おうと努力しなかったのだろう。
なぜ、父は自分に興味が無いなどと決めつけたのだろう。
思い返せば不審な点はあったのだ。
父が影から助けてくれていたと知れば全てが腑に落ちる。
だが、もう和解のチャンスは無い。
両親は死んでしまったのだから。
傷心で戻ってきた彼をファザーは心配してくれた。
父はもういない。
ならばせめて、育ての父を守ろう。
彼は、そう心に誓った。
やがてファザーが引退する日がやって来た。
数十年も町に君臨した大物の引退。
それは大規模な催し物となった。
だが、それは犯罪組織にとって襲撃のチャンスであった。
突然の襲撃、鳴り響く銃声と怒号。
会場は大混乱に陥った。
そんな中、彼はファザーやその娘、孫娘の護衛として奮戦していた。
だが、何度目かの襲撃を跳ね除けた時違和感を覚える。
相手の襲撃が、まるでこちらの警備体制を知っているように無駄が無いのだ。
嫌な予感に振り返るとファザーに銃を向ける者がいた。
とっさにファザーを庇い銃弾を受ける。
同時に相手の頭を撃ち抜く。
胸を襲う灼熱感に耐えながら顔を上げる。
裏切者は共に組織に入った同郷の友人だった。
そういえば、彼は最近妙に羽振りが良かった。
犯罪組織と通じていたとすれば説明がつく。
自分は彼の何を見ていたのか? そう思うと同時に疑問も抱く。
何故引退を決めたファザーを襲う必要があったのか?
狙うなら若頭ではないのか。
青い顔で胸の傷を手当てしようとするファザー。
異変に気付いて若頭が駆け寄ってくる。
襲撃は収まったようだ。
ファザーと若頭が無事でほっと息をつく。
だが、その時、若頭に向けられた銃口に気付く。
襲撃が終わったという気の緩み、そして裏切者は倒されたという油断。
狙いはファザーという意識誘導。
ようやく理解する。
そうか、友人は囮だったのか。
若頭を狙う男には見覚えがあった。
以前自分に組織の方針転換を話した男。
そして友人の上役。
盾になろうにも立ち上がれない。
銃を持つ腕すら上げられない。
声を出そうにも肺を撃ち抜かれている。
どうする事もできない。
チラリと裏切者がこちらを見る。
嘲るような眼、歪んだ口元。
呪い殺さんばかりに睨みつけるが意味など無い。
引き金が引かれる。
だが、その時、予想外の事が起きる。
彼の視線を追ったことでファザーが事態に気付いたのだ。
彼の銃をもぎ取り、高齢を感じさせない速さで駆け出すファザー。
裏切者も意表を突かれたのか硬直している。
困惑する若頭の前にファザーは走り込み、トリガーは同時に引かれた。
2発の銃声、倒れる音も2つ。
ファザーと裏切者はお互いを撃ち抜いた。
だが、ファザーは致命傷ではない。
ホッとする彼だったが、直後にその表情が強張る。
瀕死の裏切者が、手に何かのスイッチを持っているのだ。
ファザーも若頭も気づいていない。
気付いているのは自分だけ。
何とかできるのは自分だけ。
なのに何もできない。
悲劇はさらに続く。
傷ついたファザーに娘と孫娘が走り寄っていく。
若頭がファザーは致命傷ではないことを伝える。
安堵に顔を綻ばせる2人。
その全てを飲み込むように閃光が視界を覆いつくす。
裏切者の体も、ファザーたちの姿も。
彼の絶望も。
そして彼の意識は途切れた。
トスッ
「え?」
彼の意識が過去から現在に帰還する。
直後に感じた衝撃。
目を向けると彼の胸には、輝く槍が突き刺さっていた。
姫を守る騎士はありがちなんで、お嬢様を守るアウトローで行こうかと。
そしてフィオ、問答無用、容赦無し。




