愚かな玩具
邪神の次は簒奪者と悪役視点の連続です。
情報収集はあらかた完了。
後は自分で見てみるだけ。
そこでベルクからの連絡が来る。
ナイスタイミングだ。
〈マスター、目標は首都の目立たない建物に入りました〉
「支部か何かか?」
〈いえ。どうやら地下であちこちに繋がっているようです。気配は追跡中ですが目的地はまだ不明です〉
「そうか。じゃあ、俺たちも向かうから引き続き監視を頼む」
〈承知しました〉
ふむ、首都に戻ったか。
各町に支部とか置いていると楽なんだろうけど、手が足りてないのかね。
それとも本部に直接伝える手段が無いのか。
そういや冒険者ギルドも連絡は手紙だったな。
シリルスあたりが技術協力してやればすぐなんだろうけどな。
「マスター、どうしますか?」
「すぐ向かおう」
上手く立ち回れば戦争自体を止められるかもしれないしな。
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「我が妻はまだ取り返せないのか?」
「魔人連合国には何度も使者を送っているのですが……」
「ふざけるな! たかだか烏合の衆の長ごときが!」
夜の国の王城。
そこで部下に喚き散らす美貌の青年。
彼こそが簒奪者グラーダ・アルプであった。
王家を支える貴族家の中でも名門であるアルプ家の嫡男。
母は同じく名門貴族、エリニュス家の令嬢という生粋のサラブレッドである。
アルプ家は王家への忠誠心に厚く、グラーダの父も温厚かつ誠実な忠臣であった。
当然、彼は息子にも最高の教育を施した。
だが、息子であるグラーダは、どういうわけか幼少のころから我が強かった。
緩やかに形成されるはずの人格が、いきなり完成しているような歪さがあった。
それも当然だろう。
グラーダはアルプ卿の息子であって、そうでなかったのだから。
転生者。
放浪の邪神が世界を混乱させるために送り込んだ異分子。
その大半は無念の死を迎えており、生への執着が強い。
さらに生前なにかしらの問題やトラウマを抱えており、歪んでいる。
彼もその例に漏れない人物であった。
彼の生きる世界は高度な文明を築いていた。
しかしその社会は、生まれながらの格差というある種の身分制度を抱えていた。
地球でも問題になる格差。
社会主義という制度では平等を謳いながらも、実際には支配層と被支配層に二分化されることが多い。
資本主義という制度でも、裕福な家に生まれたものは働かなくても裕福で、貧しい生まれの者は働いても働いても貧しい事が多い。
それは両主義の抱える矛盾であり、解決が難しい問題であった。
彼の生きた国がどのような社会制度であったのか、それは大した問題ではない。
重要なのは彼が生まれながらの勝ち組であり、それを当たり前としていた事だ。
現代における王侯貴族とでもいうべき家に生まれた彼は、何でも許された。
何でも手に入った。
金とそれに付属する権力があれば。
それは彼の家、つまりは親や先祖の力であったが彼にとっては同じことだった。
いずれは全て自分の物になるのだから。
一人っ子である彼を両親は甘やかし、大きくなる歪みを正そうともしなかった。
犯罪も親がもみ消すため、彼は自分は何をしても許される特別な人間と考えるようになった。
彼は決して頭は悪くなかったが、あまりにもずれた思考や認識ゆえに、他者が理解できる当たり前のモラルを理解できなかった。
そんな何でも手に入る彼だったが、手に入らないものがあった。
それが未来であった。
彼は先天性の病を抱えていたのだ。
両親の異常なまでの甘やかしも、そこに原因があったのだろう。
彼はギリギリまでそれを知らされていなかった。
知った後も認めようとしなかった。
特別な自分にそんな理不尽な不幸が降りかかるはずが無い、と。
だが、現実を否定しようとも病は彼の体を蝕んだ。
次々と機能不全に陥る臓器。
両親は臓器移植の順番に割り込み、彼に臓器移植を行い延命に努めた。
だが、それにも限界はある。
体の内側のほとんどが他人の物となった。
非合法な手段で調達された臓器もあったという。
だが、その時は来る。
彼は死んだ。
最後まで己の運命を認められないまま。
自分を健康に産んでくれなかった両親を呪いながら。
そして、その歪んだ魂は邪神の目に留まる。
第2の人生は彼にとって概ね満足できるものだった。
容姿、家柄、能力、全てがトップクラス。
王女をモノにすれば王にも手が届く。
いや、なってみせる。
なるべきだ。
自分は特別なのだから。
だが、その目論見は外れ、自分は道化となり下がった。
さらに受け入れがたかったのは、王女の想い人の存在だった。
偶然、彼は知ってしまったのだ。
自分の恋敵が同じ転生者であることに。
そして、そいつは王族どころか貴族ですらない平民、しかも他国の人間だったのだ。
グラーダの荒れ様は、父アルプ卿も流石に見過ごせないものだった。
だが、謹慎中も燃え盛り続けた負の感情は、遂にギフトとして覚醒する。
覚醒した能力は、どれも彼の在り方を示すものだった。
人より上で在りたいという願望は『全能力極大強化』として発現した。
吸血鬼は個体の能力に優れた種族であり、様々な特殊能力も持っている。
このギフトは彼を王族に匹敵する存在へと押し上げた。
自分の意思を拒絶させたくないという欲望は『耐性貫通』として発現した。
この能力によって、彼は貴族や刻印持ちの獣魔たちまで魅了することができるようになった。
一度では駄目でも何度も仕掛ければ、いずれは効果がある。
彼は夜の国を自分の物にできることを確信した。
そして最後の1つは『融合』。
これは前世が大きく影響していた。
他者の命の欠片を宿すことで生き永らえた経験。
このギフトは、他者を強引に自分に取り込むという凶悪なものだった。
それだけではない。
このギフトは、自分以外の2者を融合させることも可能だったのだ。
この能力を使いキメラを作っている事を父に知られたのだが、彼はその父を取り込みその力を奪った。
そして王を弑逆した。
だが、彼にとって計算外だったことがあった。
王女以外の王族を殺し、融合によってその性質を取り込んだのに、最も欲しかった能力が手に入らなかったのだ。
それは光属性への耐性だ。
夜の国を覆う魔力フィルターなど、自分が無事なら気にしなかった。
だが、貴族どもに命じて現在も維持させる必要ができてしまった。
後で国中のデイウォーカーを集めて一人残らず取り込んだが、やはりダメだった。
もう1つは種族名だった。
王族の性質を取り込めば自分も王族になれると思ったのだが、自分の種族は貴族のままだったのだ。
ならば王女も殺せば貴族が最上位、とも考えたがそれは却下した。
何故なら、女性の王族は伴侶の種族を吸血鬼の王族に変える儀式が使えるのだ。
ただし生涯に1度だけ。
これによって吸血鬼以外の種族を婿とすることもできるのだ。
ルーナ王女を取り返し、儀式を行って王族となる。
その可能性が残っている限り、彼は諦めきれなかったのだ。
だが、のんびりはしていられない。
魔人連合国には王女の想い人がいるのだ。
もし王女が奴に儀式を行ってしまえば、自分は王族になることはできなくなる。
だから焦る。
「ならば手勢を送り込んで奪還しろ!」
「何度か試みていますが、影人族の妨害にあい……」
「クソッ! どこまでも忌々しい……」
王女を『妻』と呼び、あくまで『奪還』と言い切るグラーダ。
だが、それを信じる者などほとんどいない。
王女は自ら国を脱出したのだから。
配下たちも魅了されていなければ失笑してしまうだろう。
「ジェイス、ルーナは俺のモノだ……。お前になど渡さんぞ……」
グラーダの怨嗟の矛先。
それは魔人連合国諜報部隊の長、影人族のジェイスへと向けられていた。
そして彼自身が気付いていないことがもう1つ。
融合という能力は内側から彼を侵食していた。
世界の外側では、邪神が嘲笑を浮かべている。
愚かな玩具が、より遊びやすく作り変えられていくのを見ながら。
DQ買ったけど、夏風邪っぽくてやってると頭痛が……。
この話もギリギリで完成しました。