悪魔と双子
はい? 何だと?
鍛えろって?
いきなり何を言い出すんだ。
「俺は強くならなければなんだ!」
「お兄ちゃんを家の皆に認めさせたいの」
「「そして、この国を正すんだ!」」
大きく出たな、こいつら。
事情はさっぱり解らんが、こいつらは貴族の様だ。
そして兄貴の方が問題を抱えていると。
「鍛えると言ってもな……。さっきの打ち込みは、歳からすれば大したもんだったぞ。特に兄の方」
「俺はアレスだ。妹はアリサ。俺には剣しかないんだよ」
「俺はフィオだ。じゃあ、話せる範囲でいいから事情を話せ。大したことない理由だったらお仕置きだぞ。鍛えるとかはその後だ」
案の定2人は貴族だった。
家名までは明かせないが、結構高位の様だ。
2人は今の帝国の現状を絶望視していて、何とか立て直したいと思っている。
そして幸い2人は当主の子供だったのだ。
しかし、兄の方に問題があった。
彼らの家は付加魔法を得意とする一族で、軍部に影響力を持っている。
妹のアリサは、風と氷の付加を使いこなす天才として一目置かれている。
だが、アレスは付加魔法を発動させることすらできないのだ。
他にも攻撃、防御、回復、魔法はどれも大した事が無かった。
直系のくせに無能者とアレスはバカにされ続けてきたのだ。
しかしアレスには目的がある。
その為に出来る事をするしかない。
アレスは必死に剣を鍛え、体を鍛えた。
一族の誰よりも努力した。
だが、子供が努力だけで他人の2倍も3倍も強くなれるはずがない。
しかし、魔法なら容易にその差を縮めてしまうのだ。
どんなに努力しても遊んでばかりの連中に勝てない。
善戦は出来ても、最後には付加魔法の攻撃力に押されてしまう。
アレスは暗礁に乗り上げてしまった。
一方のアリサも行き詰まりを感じていた。
攻撃力を活かせる双剣を振るい、2本の剣に別属性の付加を使える天才。
しかし、なぜか攻めが単調になり、一定以上の実力者には全く勝てないのだ。
そんなとき、公園で静かな、しかし驚異的な鍛錬を行う魔族を見つけた。
魔族は全体として高い戦闘力を誇るが、彼は別格に見えた。
一見すると隙だらけだが、攻撃を仕掛けたらどんな反応をするのか。
双子は好奇心に負けて、木剣で斬りかかってしまった。
「……て、感じでしょうか」
「ふん、兄妹してスランプね」
「はっきり言うとそうなる」
「なんとか御教授いただけませんか」
才能が無い、ねえ。
全く発動しないってことはスキル自体が無いんだろうな。
ちょっと調べてみるか。
ポケットに手を入れ、アイテムボックスを探る。
余談だが、収納のマジックアイテムは存在する。
ただ高級品なので、あまり持っていると思わせないように気を付けている。
ともかく、目当てのアイテムを取り出す。
かつてマッドな職人達が作ったアイテムの一つだ。
「メガネじゃんか」
「魔具ですか?」
「まあな」
解析用アクセサリで兄のスキルを見てみる。
ふむ、剣術や体術は高いが魔法関係は低い。
付加に関しては案の定スキル自体が無い。
典型的な戦士系だ。
「うーん、なるほど」
「どうなんだよ?」
「何か解りましたか?」
これは魔法関係は切り捨てたピュアファイターがお勧めだな。
幸いというか、強化魔法のスキルは高い。
鍛えれば相当なものになるだろう。
ちなみに強化魔法は他の魔法とちょっと異なる。
他の魔法が術式を組み立てる理論的な技術なのに対し、強化魔法は感覚的に発動させる。
獣人なんかが適性が高く、自分に使うなら呪文の詠唱はいらない。
「そうだな。付加や魔法攻撃に関してはあきらめろ。やるだけ無駄だ」
「なっ!?」
「今まで通り剣を鍛えるんだな。その方が結果は出る」
「それで行き詰ってるんだぞ!」
「まあ、聞け。これからは身体能力の強化を重点的にやるんだよ」
「体なら何時も鍛えてる!」
ん? かみ合わないな。
もしかして……。
「あの……もしかして、体を鍛える以外に身体能力を上げる方法があるんですか?」
「え? そうなのか?」
やっぱり、そこからか。
どうやら感覚的に発動する強化魔法は、存在を認識されていないらしいな。
そういえば、一騎打ちしてた騎士と英雄もかなり強化魔法の構成が荒かった。
まずは簡単に説明する事にした。
「獣人の固有能力じゃなかったのか……」
「適性が高いってだけだ。ヒューマンでも普通に使える」
「私達も使えるんですか?」
「当たり前だ。というより、無意識に使ってる」
ただ、技術が無いからロスが大きい。
力任せだから魔力量=身体能力って感じだ。
魔族の身体能力は高い魔力に支えられているんだろう。
「そうだな。まずは意識して使うようにしてみようか」
魔力を視認できる魔眼で見ると、双子の魔力は同等だ。
足や手など、任意の場所に魔力を集中させる訓練をさせる。
ほう、結構筋が良いな。
「なあ、あんまり変わった感じがしないんだけど」
「これは準備運動だ。本番はここからだ」
「私達に足りない技術ですね」
さて、まずは瞬間的に強化する方法を教えるか。
必要なのはイメージ力だ。
RWOでよくトレーニングに使ったのは爆発のイメージだ。
「爆発……」
「物騒ですね……」
「そう言うな。使いこなせればこんな事も出来る」
ザッ
「「!?」」
突然消えたフィオに驚愕する2人。
「こっちだ」
振り向くと真後ろにフィオが立っていた。
絶句する双子。
もし戦闘なら二人は確実に死んでいる。
「ど、どうやって……」
「お前達の動体視力を超えたスピードで動いただけだ。対抗するには、同じく強化魔法で動体視力や知覚力を上げる必要があるな」
「凄い……」
「さあ、お前らもやってみろ」
魔法による加速は、魔法の魔力と周囲の魔力が対消滅とか何とか難しい理屈で物理現象が発生しない。
音速を超えても衝撃波などは発生しないし、地面も抉れないのだ。
何とも都合の良い、異世界理論である。
2時間ほどの訓練で双子はへばった。
MP切れって奴だ。
それでも最初に比べれば大分様になっている。
「なあ、明日も指導してくれないか?」
「お願いします」
「俺だって忙しいんだがな……」
皇帝と新入りを始末しないと。
後、腐った貴族もヤッとくか。
サービスだ。
お釣りはいらん。
「こんなとこで鍛練してるのに?」
「ちょ、お兄ちゃん!」
おい、こら兄。
口の減らない奴だな。
まあ、いいけど。
俺って結構世話好きなのかもな。
「解った、解った。しばらくは帝都にいるつもりだから、昼位に来い」
「ホントか!?」
「ありがとうございます!」
こうしてフィオには臨時の弟子ができた。
彼は気にしていなかったが、双子が帰っていく方向は貴族居住区の中でも伯爵以上の者たちが生活する地区があった。
兄の名はアレックス・ヴァンデル
妹の名はアリサーシャ・ヴァンデル
3代前の皇帝の弟を祖とする大貴族、ヴァンデル公爵家。
その現当主の三男と次女である。
この後、異世界召喚を失い、王侯貴族の大半が謎の死を遂げる事になる帝国。
その帝国崩壊後の混乱を平定し、新たな秩序を築く事になる英雄。
やがて「深緑の双王」と呼ばれる事になる2人である。
ただ帝国を潰しただけじゃ、民が困りますからね。
フィオがやらないなら弟子がやるってことで。