混迷の北大陸
まずはオープニングの説明回です。
魔族、それは全種族中で最も雑多な種族と言われている。
何故ならヒューマン、獣人、妖精種以外の人種全てを総じて魔族と呼ぶからだ。
そして、雑多な魔族たちの中でも数が多く、勢力が強い種族が3つ存在する。
それが吸血鬼族、鬼族、獣魔族だ。
彼らは単独種族で国を維持できるだけの人口があり、能力的にも高い。
一方で、彼らとの勢力争いに負けた種族達は互いに寄り添うことで身を守ろうとした。
その結果生まれたのが、多種族国家である『魔人連合国』である。
吸血鬼族の『夜の国』、鬼族の『鬼王国』、獣魔族の『獣魔国』、そして『魔人連合国』。
4つの国が成立してからは北大陸は比較的安定していたといえる。
勢力はほぼ拮抗し、戦争に勝利しても自国を維持できなくなる事が解りきっていたからだ。
あえて問題があるとすれば獣魔族の吸血鬼族に対する怨恨だ。
しかし、かつての隷従時代の当事者がいなくなると、次第にそれは薄れていった。
かつてはどうあれ、今の自分たちは夜の国と対等に渡り合えている。
その自負が獣魔族たちに被害者意識を忘れさせていったのだ。
それは魔人連合国も同様だった。
彼らもかつては弱者の集まりと揶揄され、劣等感を抱いていた。
しかし、各種族が各々の特性を生かし、適材適所を推し進めることで国力は急速に増大した。
今や彼らは4国随一の多様性を誇る強国となっていた。
しかし、ある事件が北大陸に混沌を招き寄せる。
夜の国で発生したクーデター。
国王を含む王族は殺され、ただ1人第1王女だけが魔人連合国に亡命した。
各国も初めは信じられなかった。
王女から直接話を聞いた魔人連合国の国王でさえも同様だ。
吸血鬼には厳格な身分制度が存在する。
それは家柄や血筋などによるものだが、そこには上位者たる明確な根拠が存在するのだ。
その根拠とは単純な力である。
一般の吸血鬼は貴族には勝てない。
貴族であっても王族には逆らえない。
単純な膂力や魔力だけでなく、吸血鬼特有の特殊能力に関しても同様だ。
いかに味方を増やそうと、貴族の青年1人が王族を皆殺しにするなど冗談としか思えなかった。
だが、新たな王を名乗る簒奪者の使者が各国を訪れるとさすがに信じざるを得ない。
そして、使者の態度から新たな王が到底誠実とは言えない人格であることも明らかとなった。
当代の夜の国の王は善政を敷く名君であった。
夜の国は、国民の平均能力こそ高いが人口は4国の中でも最低である。
従者の儀式によって眷属を増やせるが、その場合誕生するのは主人の下位互換となる奴隷、下位といった言わばデッドコピーである。
さらに過去、相手を無理やり眷属に変えるという事件が起きたため法によって規制されている。
そこで夜王は獣魔国との関係を改善し、運動能力に優れた獣魔たちを労働者として受け入れる方針をとった。
その際過去の遺恨を考慮し、労働者たちの権利は保証した。
一方で繁殖力の高い獣魔族は、人口増によって職にあぶれる者が増えていた。
そのせいで領土拡大を主張する者も増えていたので、この提案は渡りに船だった。
共倒れになると解っていて戦争などしたくないのは獣魔国も同じだったのだ。
だが、その王が殺された。
簒奪者の王は獣魔族どころか他種族全てを見下している。
簒奪者の使者の態度からそれが解り、各国の緊張は高まっていった。
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「密偵からの報告は無いのか!?」
「音信不通です。おそらくは……」
「むう、どういうことだ? いくらなんでも対応が早すぎる」
「簒奪などという方法で国を奪ったのだぞ? もっと混乱が長引きそうなものだが……」
獣魔国では連日に渡り対策会議が行われていた。
簒奪者が、かつて獣魔族を隷従させていた古代の吸血鬼の同類であることは明らかだ。
魔人連合国にも使者を送り、生き延びた王女の話も聞くことができた。
その結果、解ったのは簒奪者が最低のゲスであるという事だった。
大貴族の跡取りとして生まれ、容姿も能力も最上級。
だが、他者を見下し弱者を虐げ、王族に対しても慇懃無礼に振舞う。
王には跡取りとなる王子がいるというのに、自分が王女を娶り王となると公言する。
この様な男は本来ならば粛清されてもおかしくない。
だが、彼の血筋と能力がそれを躊躇わせた。
また、彼には実績も多く利益に与った支持者が多かったのだ。
だが、一見順調に思えた彼の人生だが、最大の山場で彼はコケてしまった。
公衆の面前で
自信満々に王女にプロポーズした彼は
あっさり拒絶されたのだ
貴公子然とした態度を崩壊させ、王女を罵り食い下がる姿は見るに堪えないものだった。
他者の評判など気にしない彼だが、今回ばかりは影響が大きかった。
彼の父は彼を心配し、しばらく養生するように勧めた。
だが、彼はその父を殺して家督を奪った。
そして、その事件に対する詰問のため王城に呼び出されると、その場で王族を殺害してしまったのだ。
魔人連合国への訪問準備をしていた王女は、そのまま魔人連合国に脱出し魔の手から逃れた。
これが王女の知る事情であった。
だが会議の争点はそこではなかった。
「夜の国には数千もの同胞が労働者として働いていたのだぞ?」
「うむ、だが戻った者は100人にも満たぬ」
「一体夜の国で何が起きているのだ……。同胞たちは無事なのか?」
「それが解らんことにはうかつに動けん……」
一方の鬼王国でも対応に苦慮していた。
一般的な道徳心に基づいて考えれば、簒奪者を非難し王女に協力するべきだろう。
しかし、夜の国と親交の深かった鬼王国には簒奪者と繋がりのある者も多かった。
もちろん国の上層部にも。
「陛下! 亡き夜王様とルーナ王女殿下のために魔人連合国に協力すべきです!」
「何を言っている! もはや王家など形骸化している。ここはアルプ卿に協力するべきだ」
「貴様ら、長年の両国の友誼を金で売ったか!」
「言いがかりですな。ルーナ殿下とグラーダ殿が婚姻を結ぶ。これが一番血の流れない平和な解決手段でしょう」
夜の国の王女ルーナ・ニュクシアは、現在魔人連合国に保護されている。
簒奪者グラーダ・アルプは魔人連合国に彼女の引き渡しを要求している。
問題なのはグラーダにはルーナ王女を殺す気は無いという事だ。
彼女を処刑するから引き渡せ、というなら鬼王国は反対するだろう。
だが、彼女を伴侶とし、丁重に扱うと言われると意見が分かれる。
グラーダがゲスなのは周知の事実だが、俗物であるが故に権力の正当性を示せる王女という駒を粗雑に扱うとは考えにくい。
さらには王女と魔人連合国が応じなければ、待っているのは戦争である。
鬼王国にも巻き込まれることを懸念する者は多い。
「まあまあ、ここは穏便に両国をとりなして……」
「とりなす? どこに妥協点があるというのだ?」
「さよう。グラーダ殿かルーナ王女か、夜の国か魔人連合国か。その二択に妥協などあり得ぬ」
「まて、何故グラーダに付く事が夜の国に付く事になるのだ? 奴は反逆者、簒奪者だぞ」
「そうだ。ルーナ王女に付く事こそ夜の国に付く事になるだろう?」
「現実問題、今夜の国を治めているのは……」
「見てきたように言うが、夜の国の情報は全く入ってきていないではないか。奴が国民を虐げていないとなぜ言い切れる」
結局、鬼王国も動くことができない。
何が起きているか解らない。
状況が膠着したまま、戦争への秒読みだけが進んでいく。
魔人連合国でも近づく戦争の気配を国民は感じ取っていた。
必然、出国者は増え、入国者は減る。
だが、その日わざわざ北大陸を訪れる者がいた。
北大陸の玄関口。
中央大陸と西大陸の船が集まる魔人連合国最大の港町。
そこに
「ようやく到着か」
「地面がグラグラします。地震ですか?」
「そういや船は初めてか。直に治まるよ」
黒衣の青年と白衣の少女という奇妙なコンビが降り立った。
アリエルは自分で色々体験したいので常に召喚状態です。
まあ、人型だから目立ちにくい……はず。




