意外な訪問者
前話と順番が逆の方が良かったかも。
真っ白な空間。
上も下も、時間の流れさえも怪しい空間。
ドヴェールは、気付くとそんな空間を漂っていた。
「俺は、死んだのか……」
朧気だが覚えている。
自分を貫く巨大な輝く槍。
そして槍から放出される波動。
自分が消えていく感覚。
「ここは?」
「ここはお前の精神世界だ。それと、死んだというのも厳密に言うと違う。残念な事にな……」
呟いた言葉に答えが返る。
驚愕して意識を向けると、そこには1人の青年がいた。
黒髪紫眼、肌は黒っぽく黒いコートを着ている。
そして、手には見覚えのある槍を握っている。
「あんたは、処刑人の悪魔か……」
「ほう、どこで知った?」
「……? どこ、で?」
そうだ。
自分が覚醒したのはつい最近。
彼と接触したのはついさっきだ。
なぜ、自分は彼の事を知っているのだろう。
「やっぱりか。残酷な事をする……」
どうやら彼は心当たりがあるようだ。
自分が自分でないような不安。
縋るような目を向ける。
「……聞いても良い事は無いぞ?」
「それでも、教えて欲しい……」
「そうか……。お前はとっくの昔に死んでいる。今のお前は、邪神の神力で構成されたコピーにすぎないんだよ」
「……え?」
ふと、自分の姿を見下ろしてみる。
そこに見えたのはぼんやりとした、ただの人型だった。
目の前の悪魔の様にはっきりとした姿を保っていない。
「お前の精神にリンクして解ったんだが、お前のギフトはそんな都合に良い物じゃなかったんだ」
彼のギフトは他者を乗っ取る憑依系の能力。
ドヴェール自身もフィオも、そう思っていた。
だが違った。
彼の能力は邪神の神気で作ったコピー人格を、他者に植え付けるものだったのだ。
「は? え? じゃあ、俺は……」
「オリジナルのお前は、『爛れた牙』を造った時に魂を食われて死んでいる。お前は死者の残り香にすぎないんだよ」
滑稽な話だった。
本体は魂を邪神の贄にされて死んでいるのに、その邪神の欠片で作られたコピーはそれを知らなかったのだ。
思い返せばドヴェールの異常なまでの生への執着心。
これもアンデッドの生者への執着に通じるものがあった。
「それじゃ、俺はどうなるんだ?」
「どうもならない。ただ消え去るだけだ。俺はそれを見届けに来たんだからな」
「そんな……」
気が付けば体が徐々に薄くなっていた。
自分は消える。
転生もせず、名にも残せず、ただ消える。
絶望が心を染め上げる。
「……お前は俺に似ているな」
「え?」
そんな中、悪魔が発したのは意外な言葉だった。
そして悪魔は語りだす。
自分がどのような存在なのかを。
「ゲームのデータ? デジタルの存在?」
「そうだ。俺はオリジナルが、ゲームの外でどんな人間であるのかも知らない。『フィオ』はゲームの中でしか存在しないからな」
「何とも思わないのか?」
「最初は思うところがあったが……、今は何とも思わんな。出自がどうであれ俺は俺だ。それに『俺』はもうゲームアバターの『フィオ』から大分変質している自覚がある」
実際、『フィオ』は敵に厳しく味方に甘くの体現者だった。
だが、今の彼はそこからさらに踏み出している。
厳格な裁きの神としての人格が形成され、彼自身もそれを受け入れているのだ。
既に彼の精神は人間を逸脱していると言っても良い。
「俺が死ぬとどうなるか。それは俺自身にも解らん。寿命があるのか? そもそも死ぬのか? 解らないことだらけだ」
「それは……」
「だが、俺は今、ここで、生きている。お前はどうだ?」
「俺は?」
自分は邪神の一部。
だから邪神の持っている情報の一部を知っている。
だが、本体とのリンクが切れ覚醒した。
もしかすると、邪神は自分に何か命令を残していたのかもしれない。
自分の行動は邪神のプログラムにすぎなかったのかもしれない。
それでも自分は生きようとした。
全てを燃やして戦った。
「俺は、俺として生きたと思う」
「なら、それで良いんじゃないか? この世界には奴隷だっている。身分制度だってある。思ったとおりに生きられらない奴なんて、それこそ溢れる程いるんだ」
思いがけない優しい言葉。
それはフィオのドヴェールの対する共感だったのか。
あるいは、彼の本質なのか。
そんな事を考えながらドヴェールは消えていく。
そこには、少なくとも絶望や憎悪の色は無かった。
それはほんの僅かな、しかし確かな救いだった。
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「ふう……」
ドヴェールの精神世界から帰還したフィオは、ゆっくりと息を吐きだした。
フォローしていたシミラも、霧状に拡散させていた身体を収束する。
そこは完全に破壊された要塞巨人の内部だった。
目の前には粉々に粉砕された動力炉だった物が転がっている。
「さて、こいつはどうするかな……」
胸部の穴から外に出て、全体を見上げて呟く。
変形によって、要塞の主要な機関は胸部に集中していた。
そこを神槍で貫かれたので要塞巨人は再起不能となっている。
踏みつぶされた腕や、破壊された大型魔導砲以外の駆動部は無事だ。
しかし、それらは通常のゴーレムの大型版にすぎず、新しい技術の発見は望めないだろう。
それでも残骸とはいえ超兵器だ。
「いや、直せない方が良いか。こいつは人の手に余る代物だ」
〈うむ、同感じゃ〉
不意に聞こえた声。
驚いて辺りを見渡すが何もいない。
シミラも周囲を警戒するが、やはり何も見つけられない。
「誰だ? どこに居る?」
〈そう警戒せんでくれ。ここじゃよ〉
再び聞こえた声は1本の木から聞こえていた。
吹き飛ばされず残ったのは凄いが、何の変哲もない木だ。
エントかと思ったが、魔力も何も感じない。
〈ふぉふぉふぉ。この木はただの媒介じゃ。糸電話の様なものじゃよ〉
「そういえば、この森の木は全てエントの端末だと聞いてるが……。アンタはエントなのか?」
〈うむ。ヴァルオークというんじゃが、聞いた事は無いかの?〉
「ヴァル、オーク? まさか、エントの王か!?」
そうだ、そもそも要塞巨人はエントの王を倒すために開発されたのだ。
その王が今更何の用なのか。
刺激しないように世界樹には近づかないようにしていたのだが。
さすがに第2ラウンドはゴメンこうむりたいぞ。
〈だから警戒せんでくれ。その要塞を破壊してくれた礼をしたいだけなんじゃ〉
「そうなのか? いや、それ以前にこっちの事情を知っているのか?」
〈うむ。儂は世界樹の分木じゃが、全てのエントは儂の枝葉の様なものなんじゃ。当然、ラーマス坊の召喚したエントもな。いや、手間はかかるがこの大森林の木々なら全て端末にできるぞい〉
エントの王は想像以上に大物だった。
少なくとも、この西大陸というフィールドでは無敵に近いだろう。
単独でもそれなのに大地を埋め尽くすほどの配下を率いているのだ。
ラーマスも子供扱いだし、怖い怖い。
〈ともあれ、感謝するぞい。ありがとう〉
「それは良いんだが、アンタでも勝てたんじゃないのか? 周囲への被害を無視すればだけど」
〈それが、そうでもないんじゃよ。正直戦わずに済んでホッとしとる〉
「そうなのか?」
〈うむ、まず、儂等の最大の強みは無尽蔵ともいえる物量と再生力じゃ。じゃが、あの要塞はいかなる原理か強力なドレイン能力を有しておったからのう〉
ああ、アレか。
アレは邪神の能力だからな。
あんな武器作れたら、そもそもアールヴ文明は滅ぼされていないわな。
〈さすがの儂らエントも、生命力そのものや大地の魔力を奪われたら再生できん。あの要塞は相性が最悪だったんじゃよ〉
「ははぁ、なるほど」
〈お主の事情は世界樹より伝わっておる。少なくとも敵対する気は無い事は明言しておこうかの〉
「そりゃ、どうも。まあ、ここでのお仕事は大体済んだけどな」
〈ふむ、それは良かった。お主の力は大きすぎるからの。何度も暴れられると被害が大きいわい〉
そりゃ、すいませんねぇ。
これでも気を使ってるんだけど。
〈それじゃあ、そろそろ失礼するかの〉
「ああ、それじゃ……って、もう切れたのか」
まさか、エントの王が出てくるとはな。
思ったより話が通じたのも驚きだ。
もっと問答無用の原理主義者かと思ってたよ。
「さて、後は……」
要塞の管理はシリルスに任せれば良いか。
そういや、ゴラーも探さないとだな。
面倒臭いな、ったく。
「ん? シリルスとメリアか? 何で外にいるんだよ……」
ゴラーを探して探知を行ったのに、いないはずの2人が見つかった。
取り敢えず合流するか。
名前だけの登場だったエントの王が登場。
もちろん本体じゃないですが。
現在のフィオの人格も当初から比べるとだいぶ変化しています。
人は変わっていくものなのさ(悪魔だけど)。




