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リバース チェンジ ワールド  作者: 白黒招き猫
第3章 妖精大陸探索編
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絶望の鏡

 未来を映し出す鏡。

シリルスの知識は魔道具に関してなら、西大陸全体を見ても他者の追随を許さない。

そんな自分が知らないという事は、相当な裏事情のある魔道具なのだろう。

まず間違い無く真っ当ではない、公に知られることが無い裏の存在だ。

さらに、相当長い間使用されずにいたはずだ。


 しかし、そこで一つ疑問がある。

未来を知るという能力は、とてつもなく希少で有用なものだ。

ゲームで言えば攻略本を持っているようなもので、誰もが欲する能力のはず。

事実、歴史上にもそういった能力を持っていたと思われる者は存在したとされている。

今となっては確かめようがないけど。


「僕も知らないマジックアイテム、それも未来予知能力、いや予測か……。フォーモルの秘蔵品かな?」


「正確には封印していた、だな。呪いのアイテムではないが、同じくらい性質が悪い」


 そういえばフォーモルは、危険なマジックアイテムの回収と管理を担っていたんだっけ。

そして呪われている訳じゃないから彼にも普通に効いた、と。

しかし、未来を映す危険な鏡ねぇ。


 確かに占術系の能力が幸福を招き寄せるとは限らない。

ラノベ的な展開で言えば……。


・都合の良い未来ばかり見せる


・都合の悪い未来ばかり見せる


・膨大な情報を処理しきれず壊れる


・他者に利用されまくる


・化け物扱いされ迫害される


ってとこかな。

それはともかく


「それと僕に何の関係が? 当時、僕はまだ生まれたての若木どころか新芽だったはずなんだけど」


「この鏡は呪われてはいない。だが、人の絶望から生まれた魔道具である以上、使用者には災いしか呼びこまない。当時の俺はそんな事にも気付けなかった……」


「あれ?」


「出血のせいでしょうか、意識レベルが低下していますね」


 どこか焦点の合わない眼でゴラーは独白を続ける。

この鏡は権力者に利用され続けた、『予見の一族』と呼ばれる者達の遺産らしい。

おそらくは獣人族、それも高い霊力を持つ種族の者達だろう。

有力候補は狐かな?




 未来永劫自分達が利用されるであろうことに絶望した彼らは、その能力を捨て去ることを決断した。

その媒介となったのが神鏡と呼ばれる一族の秘宝だった。

彼らはその鏡を通じて未来を見ていたのだが、自分達の霊力を全て鏡に移してしまったのだ。

能力を失った彼らがどうなったのかは不明らしい。

用済みとばかりに粛清されたとも、新天地に旅立ったとも言われている。


 そして残った鏡だが、これも問題があった。

予見の一族にその意図があったのかは不明だが、鏡は彼らの絶望まで写し取ってしまったのだ。

権力者たちは鏡を取り合い血みどろの抗争を繰り返したそうだ。

だが、勝ち残り鏡を手にした者も最後には破滅した。


 なぜなら、鏡の見せる未来は見た者にとって受け入れがたい、または最悪の未来だったからだ。

もっとも、それは幾つかある未来の一つにすぎず、必ずそうなるとは限らないのだが。

自身の絶望の未来を見た者達は、ある者は心が壊れて廃人と化し、またある者はその未来を変えるため暴走した。

ゴラーは後者であった。


「呪いへの耐性という俺の体質が明らかになった後、俺はフォーモルの封印庫への立ち入りを許された。そこにあったのがその鏡だ」


 呪いの気配が無い不思議な鏡。

それを覗き込んだ時、ゴラーの破滅が始まった。

映し出されたのは2人の人物。

想いを寄せる少女と緑髪緑眼の少年だった。


 太陽のように明るい少女は、大樹の様な少年に導かれるように出会う。 

2人はそうある事が当然であるように惹かれ合い、結ばれる。

政界の重鎮と軍部の重鎮、両家の結びつきによって都市のパワーバランスは大きく崩れる。

2人を危険視する者達も当然現れた。

しかし、2人は力を合わせて敵を退け、逆に強く大きく成長していく。


 少年は天才にありがちな傲慢さを見せる事もあったが、少女の輝きはそれを覆い隠した。

2つの太陽は都市を明るく照らし、かつて無い程の繁栄をもたらす。

そして自分はそんな2人を眩し気に、悲し気に見つめる事しかできなかった。


 だが、強い光は濃い影を生み出す。

2人の強いリーダーシップは大きな反発も生み出した。

理屈では納得できても感情で受け入れられない者は必ず存在する。

彼らは反乱を計画したが、実行する事無く次々と捕えられていった。

ゴラー自身もその1人として捕らえられた。


 内乱罪での処刑当日。

軍部の重鎮の息子の処刑という事もあり、都市の幹部も大勢立ち会った。

そこには2人もいた。


 少年は呆れたように見ていた。

自身の正義を疑わない彼には、さぞかし愚か者に見えただろう。

確かに彼は正しい。

大半の住民は彼を支持するだろう。


 少女は冷たい目で見ていた。

彼女にとっては伴侶こそが至上。

所詮他人でしかない自分になど、何の感情も抱いていないのだろう。

彼女にとって自分はただの犯罪者だ。


 そして自分は短い生涯を終える。


 パリン!!


 気が付くとゴラーは鏡を叩き割っていた。

受け入れがたい未来に頭が沸騰する。

グチャグチャな思考。

そこに滑り込む誰かの声。


 ふと気づくと、自分は1本の剣を握っていた。

剣の名は『爛れた牙』、史上最悪の魔剣であった。

そして彼は動き出す。

絶望の未来を否定するために。


「……」


「……」


 シリルスもメリアも言葉が出ない。

シリルスはメリアの悲惨な過去を聞かなければ、転生者特有の暴走思考に呑まれていたかもしれない。

ギフトも発現させていただろう。

まるでゴラーのおかげで今の真面な自分がいるようで、内心は複雑だ。


 一方のメリアは悪い気分ではなかった。

過程はどうあれ、鏡の未来でも現実でも自分はシリルスと共にあるのだ。

まるでそうある事が運命であるようで、正直嬉しかった。

その思いがメリアの顔を綻ばせる。


 そして、メリアの表情を見たゴラーの内心は複雑だった。

彼女の人生を滅茶苦茶にし、強引にでも手に入れようと画策した。

だが、戦闘人形と化したメリアを見た瞬間理解したのだ。

自分が惹かれた太陽のような少女はもういないのだと。

自分の手でその輝きを奪ってしまったのだと。


 しかし、紆余曲折あっても結局は2人は結ばれた。

シリルスはその傲慢さが見る影も無く、敵でなければ友になれたかもしれない好人物になっていた。

輝きを失ったメリアはしかし、夜空の月の様にシリルスに寄り添い彼を支えていた。


 自分の行動によって未来は変わった。

しかし、2人は形を変えても尚、深く結びついていたのだ。

むしろ、今の2人の方がずっと高く遠くへと羽ばたけるだろう。


 今回の戦いで2人の名声は一気に高まるはず。

滑稽な話だった。

これではまるで、自分は2人のための生贄だ。

噛ませ犬だ。


「ん? ゴラー、どうした?」


「……失血で気を失ったようですね」


 死んだふり、というには迫真過ぎる。

何しろ本当に瀕死で、気を抜けば逝ってしまいそうなのだから。

もはや意味など無い事は解っている。

逆恨みだということも分かっている。

それでも


「せめて一矢、その身に刻め!」


「!?」


「シリルス様!」


 ゴラーの残された左腕が跳ね上がる。

そこに握られているのは発掘品の魔導拳銃。

その銃口がシリルスを捕え


 ボコォ!  シュルシュルシュル


「ぐああああぁ!」


 突然地面から飛び出した赤い茨がゴラーに絡みついた。

ギリギリと締め上げられ棘が体に食い込む。


「『ブラッディ・ソーン』。僕の召喚した吸血植物さ。アンタの血の臭いを追ってくれたのは、彼だったんだよ。念のため地下に潜ませておいたんだけど正解だったね」


「ぬ、ぐぁ……」


 引き千切られそうな激痛を無視して、腕を伸ばそうとするゴラー。

その手は未だに魔導拳銃を握りしめている。

だが


 ヒュン


「は?」


 突然、視界が回転する。

空と大地が目まぐるしく入れ替わる。

まるで上空に打ち上げられたようだ。

それに妙だ。

さっきまで全身を襲っていた激痛が消えている。

ただ、首のあたりが熱い。


 と、視界の回転が止まった。

そして目の前に映し出された光景は……。


こちらを見上げるシリルス。


右腕を振り抜いた姿勢のメリア。


そして、首と両腕を失い赤い茨に縛られた身体と宙を舞う左腕。


 メリアがこちらを見上げる。

目が合う。

その眼には見覚えがあった。

それはあの鏡で見た眼。

処刑寸前の自分を見る眼。

氷のように冷たい眼。


 そしてメリアが再び右腕を振るう。

放たれたのは風の刃。

それを知覚した瞬間、ゴラーの意識は途切れた。



悲しき咬ませ犬の最後。


『爛れた牙』と『絶望の鏡』が両方同じ場所にあった不運。


万が一の明るい未来は……あったんだろうか?

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