医者と悪魔
その日、フィオは帝都の外れにある公園で鍛練をしていた。
大木の下に立ち、目を閉じる。
そして自分の知覚に落ち葉が引っ掛かると、左手の魔剣サマエルを一閃。
落ち葉は二つになり地面に落ちる。
地下下水道ではシザー、バイト、プルートが要所と思われる部分を破壊している。
即断即決でフィオは召喚陣の破壊に乗り出していたのだ。
すでに城内の召喚の間と処刑場の魔法陣は、削り取って再起不能にしておいた。
元々魔法陣は例の迷惑転生者が直接設置した物らしいので、オリジナルが無くなれば再生は不能なのだ。
下水道も建築士を排除すれば修復は不能だろう。
秘匿されていた資料も、謎の火災によって灰になった。
不思議な事もあるもんだ。
異世界人達は新入り以外は排除した。
最近新入りだけは帝都にいない様なのだ。
どっかで訓練でもしてるんだろうか。
城にいる内にやっとけばよかったな。
建築士と発明家は帰りたくないとかほざいていたが、強制送還してやった。
少なくとも発明家の方は、皇帝の望むままに軍事技術を開発していたからギルティだ。
どの道、残してはおけないわけだが。
ちょっと複雑だったのは医者だった。
王族を治療するためだけに生贄を捧げて召喚された人物だ。
まあ、別に彼は悪くないのだけど。
善意で人助けのために奮闘していた彼は、帰還を望まなかった。
そしてある事実を知り、死を望んだのだ。
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「どうもー」
「君は?」
医者は帝都の一角に家を持って生活していた。
地下の研究室で日夜研究しているらしい。
70歳近い筈なのに、見た目は50歳位のナイスミドルだ。
異世界人は寿命伸びるのかな?
「フィオといいます」
「ふむ、私はコウダ・エイイチだ」
おお、同郷か。
しかし、冷静だな。
自分で言うのもなんだが、不審人物が目の前にいるのに。
「で、用件ですが……」
「私を始末しに来た、かね?」
「……」
「あれだけの騒ぎだ。私だって耳にしているよ」
「あーっと……」
「マイク君、ジェームズ君、ロバート君とくれば次は私だろう? 君は強い。マイク君より遥かに」
ビックリだ。
この人メッチャ切れる。
「一応聞かせてくれるかな。理由を」
「まあ、構わないけど……」
どうせ記憶消すんだしな。
ほぼ全てを語る。
「そうか、私は異物か。そうなのだろうな」
「そういうわけだから、帰ってもらいますよ」
「……見逃してくれんかね?」
「? 帰りたくないんですか?」
「私はもっと医学を広め、多くの人を救いたいのだよ」
うーん、善意は買うけどそういうわけにもな……。
それに1つの技術が不自然に突出すると弊害もあるし。
ハウルが念話で教えてくれた事、話してみようかな。
「コウダさんは、この国の奴隷について知っていますか?」
「獣人が多いそうだね。制度に関しては私にはどうにもできん」
「獣人奴隷たちの大半は、南大陸の戦乱に乗じて攫われてきた者たちです。では、その戦乱の理由はご存知ですか?」
「食糧不足と聞いているが……」
「ええ、そうです。そして食糧不足の原因は人口増加。人口増加の原因は医学知識の発展なんです」
「な……に……?」
俺は全てを話した。
彼の広めた知識によって、子供や病人の死者が減った結果、数年で人口が一気に増加した。
しかし、増えた人口を支えるだけの食料が無かった。
そして、食糧や耕地を求めて戦争が起きている事を。
「貴方は農業に関する知識も教えたようですが、こちらの作物は向こうとは違いますからね。上手く行かなかったみたいです。医術と違ってすぐに結果が出る物でもないですしね」
「……」
「技術と言うのは全体がバランスよく発展しないと、どこか歪むものなんです。ましてやこの場合、他人に与えられた技術を使うだけなんですから」
言い過ぎたかな?
すっかり黙ってしまった。
「まあ、そういう訳なんで……」
「殺してくれ」
「はい?」
「自分のしたことの結果から逃げる気は無い。責任は取らねば」
「えーと」
別にあんた自身は悪くないと思うんですが。
「それにプライドの問題もある。私は医師としての信念に基づいて生きてきた。ここで全てを忘れて帰還すれば、人を助けたいという己の意思まで否定してしまう」
やべえ、この人真面目すぎる。
完全に追い詰めてしまったみたいだ。
しくじったな。
結局コウダ氏の決意は変わらず、俺は彼を殺した。
問答無用で送還しても良かったのだが、彼の生きざまを否定する様な気がしたのだ。
確かに彼は戦争のきっかけを作ってしまった。
しかし、彼のおかげで助かった人も大勢いるのだ。
ままならない物だ。
彼自身は悪くないのに。
いくら彼自身が望んだ事とは言え。
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「後味悪いな……」
ヒュン ハラリ
ふっ切るように短剣を振るう。
いっそゲスなら何とも思わないんだけどな
ヒヒュン ハラリ ハラリ
それと皇帝、殺す。
放っといても勝手に潰れるだろうけど、後腐れなく殺しておこう。
処刑法をあれこれ考える。
ヒュヒュン フォン
「ん?」
ギギィン
無意識に右手が動き、振り下ろされた大剣を捌いた。
逸らされた大剣は、反対側から襲いかかった双剣の片方と衝突する。
双剣のもう片方は、サマエルによって防がれている。
「なっ!?」
「ええっ!?」
「なんだ? お前ら」
大剣を握っているのは少年。
双剣を握っているのは少女。
2人とも緑色の髪と目で、よく似ている。
双子か?
ギイン
力任せに弾くと、二人は吹っ飛んでひっくり返った。
木剣とはいえ、音からして鉄が仕込んであるようだ、。
いきなり切りかかってくるとはいい度胸だな。
お仕置きしてやる。
「わああああ! 待って! 待って!」
「すいません! ごめんなさい!」
と、思ったらいきなり謝ってきた。
何なんだこいつら?
「さっきから鍛練を見てたんです」
「あんまり凄いから……」
「凄いと切りかかるのか? お前らは」
「いや、その……」
「強さの確認のためというか……」
ふざけた事をぬかす双子。
何が目的だ?
問いただすと二人は声を揃えて言った。
「「俺(私)達を鍛えて下さい!」」
今度は本人が望んだとはいえバッドエンドでした。
人口に食料、難しい問題ですよね。
さて、この双子は何者か?




