邂逅
先週RWOを更新したんですが、割り込みだったんですよね。
気付いてもらえなかったみたいです。
目に見えずとも確実に変質していく要塞。
その内部をラームは駆け抜けていた。
数十人いたはずの部下たちは一人も見当たらない。
死兵の様になった敵に足止めされてしまったのだ。
例え敵を退けても追いつくことはできないだろう。
それ程までにラームの速度は隔絶していた。
これがイルダナの長の身体能力だった。
だが、もう一つ、彼は自分の限界すらも忘れて疾走していた。
「(待っていろ、ゴラー! こんどこそケリをつけてやる!)」
かつてラームは圧倒的な逆境を覆し勝利した。
それを自分の力だけで成したなどとは思っていない。
だが、今にして思えば勝利の流れが決まった瞬間、心に油断が芽生えていたのではないだろうか。
妹の事はともかく、ゴラーを逃がしたことは痛恨だった。
あの時、彼を仕留めていれば今回の事態は起こらなかったはず。
「あそこか!」
遺跡の最奥、制御室とそれに併設された動力炉。
将来は義理の弟になるであろう少年より託された装置は、そこを示していた。
義弟は押収物からゴラーの魔力反応を割り出し、センサーに登録したと言っていた。
広大な大森林での捜索ならともかく、同じ建造物内で見逃すはずがない。
「……?」
ここへの道中、何故か敵兵が現れなかった。
普通に考えれば、この部屋に戦力を集中させていると見るべきだろう。
だが、ラームの知覚には多数の気配など感じない。
気配を消して待ち伏せしているのだろうか?
それにしても妙な雰囲気だ。
ピピピピ シュン
ナビがロックを解除しドアが開く。
いつでも防御結界を張れるように警戒していたラームだが、予想していた攻撃は無かった。
部屋の中はガランとしていて、幾つものディスプレイが自動で動いていた。
フィオやシリルスがこの場に居れば、勝手に操作される端末に気付いただろう。
だが、ラームにはそんな異常が解らず、目の前の人物に目を向ける。
「……ゴラー、なのか?」
「くく、お前が自ら来るとはねぇ」
当然のことながらラームとゴラーは面識がある。
遠い昔の事だが、2人は都市を守る両家の次世代として交流があったのだ。
だが、今目の前にいる人物が同一人物というのがラームには信じられなかった。
「変わったな」
「変りもするさ」
かつてのゴラーは落ち着いた学者風の青年だった。
もちろん訓練は一通り受け、その実力も高かったが物静かな性格であった。
だが、今のゴラーはまるで餓狼の様だった。
ギラギラとした攻撃的な気配、欲望に濁った眼、正気とは思えない。
そして、その手には『爛れた牙』。
実はラームはシリルスからある程度の事情を聴いていた。
ゴーダンの豹変、フォーモルの暴走、かつて都市を襲い、未だに続く災厄。
それらはこの呪われた武器によって引き起こされた可能性があることを。
だとすれば目の前の男も被害者なのかもしれない。
変わり果てた姿がその思いを一層強くする。
だが、もう手遅れなのだ。
彼はもう引き返せないところまで来てしまった。
そして、彼を止める事は自分の義務だ。
「この要塞は妖精種を守るために作り出されたそうだな」
「それを使って妖精種を殺すのかって? 相変わらず甘いなぁ。剣も魔法も要塞も所詮は道具であり力さ。所有者の思い通りに使って何が悪いんだい?」
「それは自分の部下もか?」
「当然だろ」
ラームの脳裏に浮かぶのは途中で見かけた兵達。
まさに道具と呼ぶのがふさわしい有様だった。
どん底の逆境においても主を信じてついてきた部下達。
そんな忠臣達を道具に作り変えるとは。
自分の知るゴラーはそんな人物ではなかった。
「ならばお前はどうなのだ?」
「何?」
「お前は本当にその剣を使っているのか? お前が剣に使われているんじゃないのか?」
「何、を言って……」
「お前は都市が欲しいのだろう? 何故都市を消し去りかねない攻撃を加える?」
「それは……、より多くの命、を?」
「命を喰らうためか? 誰が? 何のために?」
「そ、れは……」
ゴラーの動きが止まる。
同時にラームが駆け出す。
卑怯汚いは敗者の戯言、それをラームは身に染みて経験している。
話術で相手を混乱させようと、兄に妹をぶつけようと。
勝てば全てが正当化され、負ければ全てを否定される。
「ハッ!」
気合と共に突き出された渾身の突きが、ゴラーの心臓に伸びる。
この雷光のごとき一閃をこの距離で防げるのは、同じイルダナの血を引く妹のみ。
ラーマスでさえも反応はできても対応は不可能だろう。
だというのに
ギイィィィン!
「!?」
いつの間にか突きの軌道上に、禍々しいオーラを纏った剣が現れていた。
しかも渾身の突きを横腹で受け止めたというのに、全く傷ついていない。
信じられない事に、ミスリル製のラームの剣に逆に亀裂が走っている。
驚愕するラームの身体が押し返される。
「バカな! なんだその剣は、その力は!」
吹き飛ばされながらも体勢を立て直し着地するラーム。
切っ先が無くなった剣を捨て、予備の短剣を引き抜く。
一方のゴラーは一歩も動いていない。
彼は片腕だけでラームの渾身の突きを防ぎ、その体を跳ね飛ばしたのだ。
ありえない身体能力だった。
「ふん、少し足りんか」
「何?」
ラームには理解できなかった。
その時すでに、敵味方問わず要塞内部の人間の大半が脱出していたのだ。
死ねばエネルギー源として使えるが、外に運び出されてしまってはそうも行かない。
がむしゃらに突撃してくるはずの都市軍が、潔く撤退しだしたのも計算外だった。
それというのも『奴』のせいだ。
「お前、本当にゴラーか?」
「フン」
ラームの問いかけを無視して『彼』はモニターに目を向ける。
『奴』はもうすぐここに到達する。
それまでにエネルギーを集めきりたいところだった。
ラームを殺したところで大した足しにならないだろう。
何か手はないかと考え、思いつく。
「所詮は廃棄されたガラクタか」
「あれは、天使?」
モニターに映し出されたのはアリエルとアンヘルの戦い。
既に均衡は崩れ、アリエルの勝利は確定したも同然だった。
このままだとアンヘル達は、構造粒子体をアリエルに奪われるだろう。
それはもったいない。
『彼』が命じるとアンヘル達に異変が起きた。
構造粒子体のみならず情報粒子体までも崩壊し、魔力に還元されたのだ。
発生した膨大な魔力は要塞に引き寄せられていく。
そして
「何だ!?」
「よし、十分だな」
突然、隣の部屋から放たれた閃光。
ラームは驚愕し身構えるが、『彼』は平然としている。
いや、むしろ歓迎している。
当然だ。
この脆弱な肉体よりも、はるかに頑強な依代を手に入れられるのだから。
『彼』は嬉々として閃光の放たれた部屋、動力炉へと向かう。
「ハッ! 待て、ゴラー!」
混乱していたラームだったが、無視はできないと後を追いかける。
部屋に突入したラームの目に映ったのは、巨大な球体だった。
魔力結晶のようだが詳しい事は解らない。
いずれにしてもアールヴ文明の遺産など、理解できる者は多くないのだ。
見た目で解るのはそれが膨大な魔力を秘めている事。
そしてその中心に禍々しいナニカが渦巻いている事だ。
「あれは……」
ラームにはそのナニカに覚えがあった。
当然だろう、これまで散々目にしてきた、ついさっきも目にしたモノなのだから。
そう、それは『爛れた牙』の纏う邪気と同一のものだった。
「さあ、これで最後だ!」
「ゴラー!」
球体に気を取られたその一瞬が命取りとなった。
扉のすぐ横に潜んでいた『彼』が振るった剣は、ラームの短剣を弾き飛ばした。
続けて振るわれた剣が足を薙ぎ、ラームは転倒してしまう。
「お前とこいつを捧げれば、楽しいゲームの始まりだ」
「私とお前を? ゴラー、何を言って……」
自分まで捧げるという言葉に困惑するラーム。
しかし、そんな戸惑いを無視して剣が掲げられる。
そして、ラームの頭を切り裂かんとした瞬間
「そこまでだ」
「「!」」
『彼』の二の腕に短剣が突き刺さっていた。
だが、痛みを感じないのか、そのまま剣を振り下ろそうとする。
しかし、振り下ろした先には既にラームがいなかった。
さらに
ボン!!
「グオッ!」
突き刺さった短剣が爆発し、右腕が千切れ飛ぶ。
『爛れた牙』は手首ごと転がって行き
バキン!
光を纏った槍に砕かれた。
「チェックメイトだな、ゴラーさん?」
「貴様……」
そこにいたのは黒衣の魔人。
左手にはラームを抱え、右手には神槍を携えた代行者。
ついに猟犬の眼が獲物を捕らえた。
ラームとゴラーの邂逅、ゴラーとフィオの邂逅、でした。
次からはバトル続きになりそうです。




