上空の決着
要塞内部に侵入したフィオは予想外の光景を目にしていた。
質でも数でも勝るはずの都市軍の精鋭が、攻め切れていないのだ。
別に彼らが手を抜いている訳ではない。
敵のフォーモル兵が異常なのだ。
「ガアアアア!!」
「くっ! なんだこいつらは」
「何で死なない!?」
「グゥゥ……」
フォーモルの兵達は獣のように都市兵達に襲い掛かり、負傷をまるで恐れていない。
それどころか、まるでゾンビのようにしぶとく立ち上がり、完全に死ぬまで止まらないのだ。
それは見覚えのある光景だった。
「こいつらまさか『爛れた牙』を?」
「いや、持っているのは普通の武器だぞ」
「どういう事だよ……」
兵達には都市に送り込まれた『爛れた牙』殲滅任務に従事していた者達も多い。
だからこそ、物が無いのに犠牲者だけが目の前にいる状況に困惑を隠せない。
しかし、フィオには原因が見えていた。
ニクスの時と同じように力を増したギフトが、周囲に影響を与え始めているのだ。
今のところはフォーモルの兵だけが影響を受けているようだが、それも時間が経てば分からない。
フィオの予想が正しければ、もうギフトはゴラーの手を離れて暴走し始めている。
もう一刻の猶予も無い。
「おい、脱出しろ!」
「あんたは……」
「要塞の様子がおかしい! 俺が動力部を破壊してくるから撤退しろ!」
「様子がおかしい?」
敵兵と距離を取った都市兵たちが周囲を見渡す。
一見すると変化はないが、何か違和感を感じる様な気がした。
まるで腹の中に飲み込まれているような不安を感じる都市兵達。
狂ったとしか思えないフォーモル兵たちがそれに拍車をかける。
「早く仲間を集めて脱出しろ!」
「あ、ああ……」
「でも、ラーム様が……」
どうやらラームは先陣を切って突入し、一直線にゴラーの元に向かってしまったらしい。
しかし、部下達はいくら精鋭とはいえ一般兵だ。
イルダナ当主に付いて行けるはずもない。
そうこうしている内に、様子のおかしいフォーモル兵に道を塞がれてしまったそうだ。
「解った。ラームも俺が連れ戻す。それを貸してくれ」
「む、だが……」
「俺はシリルスの友人だ。盗んで逃げたりしない。それに、おそらく猶予はない!」
フィオの剣幕に押された兵は、ナビゲーション用のマジックアイテムをフィオに渡す。
フィオはそれを操作してゴラーがいると思われる制御室と、動力部の位置を確かめる。
すると、動力源は制御室の隣にある事が分かった。
フィオにとっては好都合だった。
「よし、返すぞ」
「もう、いいのか?」
「ああ」
フィオは右手に槍を左手に短剣を構えて走り出す。
狂っていようが異常だろうが、フォーモル兵に彼を止めることはできなかった。
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〈あ、来た来た。おーい、ハウル、リンクス、こっちだよ~〉
〈やはり敵は撤退したみたいだな〉
〈おいおい、もうおしまいなのかよ〉
〈ハウル、お前は血の気が多すぎるぞ〉
〈ほっとけよニャンコ〉
〈その辺にしといたら~? 子供っぽいよ~〉
〈〈お前に言われたくない!〉〉
その頃フェイ、ハウル、リンクスは都市の正門の上に集合していた。
侵入者は片付き、魔法生物が撤退したので暇になったのだ。
暴れ足りないハウルと大して興味のないリンクス。
傍から見るとじゃれ合う子犬と猫だが、もし喧嘩になれば都市は滅びるだろう。
〈それよりほら、アレアレ〉
〈ほう、アレが例の要塞か〉
〈で、あの木がエントかよ。俺もあっちに行きたいぜ〉
ノルマを果たした彼らは、非常時の保険として待機が命じられていた。
彼らからすれば、自分達が本気で戦えば即ケリがつく戦いだ。
緊張感など欠片も無いのは仕方がないだろう。
気分は試合の観客である。
〈そういや嬢ちゃんの方はどうなんだ?〉
〈アリエルちゃん? あそこ。直に終わると思うよ~〉
〈ふむ、確かに。敵の動きが悪くなってきているな〉
〈どれどれ。あ~、ありゃガス欠だな。もう5分と持たねえわ〉
自分達には劣るが、同じ主人の力を宿す存在である。
アリエルが負けるなど微塵も考えていない。
実際に遥か上空の戦いは終わりを迎えつつあった。
「敵エネルギー残量40%。粘りますね」
攻撃タイプが省エネ戦闘に切り替えたため、アリエルはより自由に動けるようになっていた。
それでもエネルギー切れを僅かに先延ばしにするだけだ。
敵アンヘルは決断を迫られている。
即ち一か八かの攻勢に出るという賭けだ。
生体ロボットであるアンヘルにとって、不確定な要素を含む選択は選びにくい。
しかし、他に手が無くなれば、賭けが唯一の勝算となれば選ばざる得ないだろう。
このままでは勝率は下がる一方だ。
アリエルが向こうの立場なら、そろそろ決断しなければならない。
「問題はどのユニットが、どんな行動を取るかですね」
向こうが取れる手段は多くない。
もっとも有効で可能性が高いのは捨て駒を使う戦術だ。
向こうの利点は数に勝る事。
15機中14機が落とされても、こちらを落とせれば勝ちなのだ。
故に相討ち上等で突撃して来ることが予想される。
「機械は常に最適に選択をする。故に読みやすい、ですか」
まだ出会って間もないが、アリエルはマスターから多くの事を学んでいる。
その中には、あえて効率や合理性を無視することも含まれていた。
最善の選択は常に同じとは限らない。
相手に選択させるという駆け引きは、杓子定規なプロトタイプ達には不可能だろう。
だが、柔軟な思考を持つアリエルには可能だった。
「そこですね!」
〈!?〉
突如アリエルの背後から突き出された手刀。
しかし、アリエルはあっさり回避し。逆にその腕を掴む。
フォーメーションが崩せないなら動かせるのは遊軍となる。
プロトタイプ・アンヘル達でそれに当たるのは、牽制役の斥候タイプだった。
直接戦闘には向かないが、高い敏捷性と隠密性でアリエルの動きを妨害していた1機。
それがついに死角から直接攻撃を仕掛けてきたのだ。
しかし、その行動はアリエルによって誘導された結果だった。
あっさりと対応したアリエルは反撃に出る。
バチン!
接触部分から不可視のパルスが流し込まれ、斥候タイプがビクリと痙攣した。
そして、そのまま動きを止めてしまう。
斥候タイプはやられても、一瞬でも動きを封じられると計算していたアンヘル達。
予想外の結果に一瞬連携が乱れる。
アリエルは片手に斥候タイプを掴んだまま、近くの近接戦闘タイプに接近。
反対の手をその胸に突き入れた。
再び発生したパルスが近接タイプを停止させる。
アリエルはただ膠着状態を維持していたわけではない。
アンヘル達の情報粒子体の波長を解析し、停止コードを作成していたのだ。
接触して直接流し込まなければ効果は無いが、逆に言えば触れさえすれば一撃必殺だ。
これで13対1となり、アリエルの勝利はほぼ確定した。
「降伏して欲しい所ですが、無駄でしょうね」
プロトタイプ達は道具にすぎない。
道具には自ら降伏する権限が無いのだ。
複雑な内心を押し殺し、機能を停止させたアンヘルの構造粒子体を奪おうとする。
だが
「これは!?」
両手に持っていたアンヘルの輪郭が崩れ出していた。
慌てて投げ捨てると2機はスライムのような不定形になり、徐々に縮んでいく。
ふと周囲を見渡すと、残りのアンヘル達も同じような状況になっていた。
不可解な事に魔力自体は減るどころか増えている。
「これは擬似アポトーシス機能? 粒子体を魔力に還元しているのですか……」
アリエルはフィオの膨大な魔力を使って粒子体を増やした。
ならばその逆、粒子体を分解することで魔力を発生させることもできるのだろう。
実際に人体は飢餓などで生存に必要なエネルギーが枯渇すると、筋肉をアミノ酸に分解してエネルギー源にしてしまう。
同じような機能をアンヘルが持っていても不思議ではない。
アリエルの翼も似たような機能を持っている。
だが
「ボディや情報粒子体まで還元するなんて……。私にはこんな危険な機能はありません。ならばプロトタイプだけの機能? それとも後付け?」
アリエルの疑念を他所に状況はさらに彼女の予想を裏切った。
緊急のエネルギー回復を行うのかと思いきや、アンヘル達は全ての粒子体を魔力に還元してしまったのだ。
15体ものプロトタイプ・アンヘルはあっさりと消滅してしまった。
姉妹達のあまりにあっけない死に動揺を隠せないアリエル。
そんな彼女を上空に放置し、発生した膨大な魔力はある場所に向かって流れ込む。
そう、魔力が向かう先は要塞だった。
「あの要塞で何が起きているのですか……」
残されたアリエルは呆然と呟いた。
久々の使い魔トークでした。
そして要塞トランスフォームの準備が着々と……。




