掌の上の戦い
中々サイトに繋がらなくてギリギリでした。
何とか間に合って良かった……。
行政府3階。
その一角を占める大会議室。
そこには幹部を含む行政府の職員たちが集まっていた。
彼らは日本で言う内閣や国会に相当する、都市の中枢であった。
行政府に侵入者がいると聞いて一時は混乱した彼らだが、現在はだいぶ平静を取り戻している。
理由の1つは部屋の中央に設置された魔道具である。
天才シリルスが再生した古代文明の結界装置。
この都市の防衛機構の小型版というべき強力な魔道具。
部屋から出る事は出来ないが、室内にいる限りの安全は保障されていた。
「ふぅむ、見事なものだ」
「ええ、個人的に1つ欲しいくらいですわ」
「交渉してみるかね? 全財産をつぎ込めば買えるかもしれんぞ」
「いやいや、儂らではとても起動できませんよ」
「さようですな。かの俊英の魔力があってこそです」
一先ずの安全が確保されたので、彼らの気持ちにも余裕が出来ていた。
外の戦闘に負ければ、ここが安全でも意味は無いのだがそれはそれ。
少なくとも現状では文官の彼らに出来る事は無い。
彼らの出番は戦後である。
勝っても負けても地獄のような忙しさになるだろう。
負ければ物理的に地獄行きかも知れないが。
「しかし、フェノーゼ翁も心労が尽きないでしょうな……」
「さよう。あれ程フットワークが軽いとは……」
「返す言葉もございませんな……」
恐縮するのは父や息子に比べて影の薄いシリルスの父だ。
彼自身は劣っている訳ではないのだが、フェノーゼとシリルスが有名過ぎるのだ。
さて、問題はなぜ彼が恐縮する必要があるのかだが
「噂とはあてにならないものですな」
「さよう、まさか……」
「「「ご子息が出陣するとは」」」
「止めはしたのですが……」
そう、シリルスはこの部屋にはいないのだ。
彼はメリアが迎撃に出た後、サポートが必要だと言って自身も部屋を出て行った。
周囲の反対など物ともせず、ジャマーを起動させて結界を通り抜けてしまったのだ。
後を追おうにも結界は檻の役目を果たし、警備の兵達も出る事が出来なかった。
「ふむ、それだけメリア嬢に情を抱いているということですかな」
「あれも哀れな娘でしたがフェノーゼ殿に任せたのは正解でしたな」
「私の娘も忘れないようお願いしますぞ」
「はは、もちろんです……」
なにげに正室候補の父親から釘を刺されるシリルス父。
ある意味ではここも戦場であり、彼も戦士なのかもしれない。
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当のシリルスはなんと屋上にいた。
3階に本命があるのだから、それを無視して屋上には来ないだろうと考えての事だ。
もちろん個人用の結界装置は用意してあるので、工作員の1人や2人怖くは無い。
その性能は10人を超えると厳しいかな? といったところだ。
「流石はメリア。これで残るは4人」
シリルスが手にしているのは、彼の武器。
外見だけ見るなら、それはタブレット端末を大きくしたような物だった。
もちろんこの世界に存在するような物ではない。
これはシリルスが、古代文明の遺跡から集めたパーツを基に組みたてた専用の魔道具である。
もちろん遺跡自体に取り付けられたモニターや端末に比べれば性能は劣る。
しかし、そもそも一般には同じような機能の魔道具が存在しないのだ。
その価値は計り知れない。
空中に浮かんだいくつものディスプレイ。
ファンタジー世界では違和感を抱く光景だが、転生者であるシリルスにとってはなじみ深い物だ。
そこには行政府の全体マップといくつかの光点が映し出されている。
青い光点が1つ。
緑の光点が多数。
赤い光点が4つ。
青い光点の座標は2階、メリアだ。
緑の光点は3階、大会議室の職員たちだ。
そして3階を移動中の赤い光点は、当然工作員たちだ。
「よし、2階は完了。居場所のバレた工作員なんてこんなモノか」
実は行政府には偽装された魔法端末が複数設置されている。
もちろん許可など取っていないし、その存在はメリアでさえ知らない。
完全にシリルスの独断である。
それらの端末は大した機能は持っていない。
せいぜい音を立てたり合成した匂いを出したりする程度だ。
しかし、使いようによっては強力な武器になる。
シリルスはこれらの端末を遠隔操作して、工作員たちの行動を誘導していた。
自分達が無意識に行動をコントロールされているなど、工作員たちは全く気付いていない。
気付かぬまま分断され、あるいは集中力を乱されメリアに狩られていったのだ。
言うなれば、これはシミュレーションゲームだ。
キャラを直接動かすのではなく、環境を操作して目的を達成するタイプのゲーム。
もちろん、誰もが上手くできるわけではない。
シリルスには指揮官や演出家の才能があるのかもしれない。
「これ位の手助けはオッケーだよね?」
メリアの事は誰よりも信頼している。
だが、それとこれとは別問題だ。
心配する事を止める事は出来ない。
だから動いた。
動いてしまった。
自分の立場を考えれば動くべきではないのに。
だが、後悔はしていない。
「よし、そろそろかな」
モニターには、ティーセットの乗ったワゴンを押すメリアが映し出されている。
一方で工作員たちは大会議室の結界を破壊しようと必死になっている。
正面突破を選択する時点で、彼らは既にシリルスの術中にはまっているのだが。
そこに静かに真の暗殺者が近づいて行く。
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「駄目です。破れません」
「おのれ、ここまで来て……」
忌々しそうに呟くのは工作員たちの隊長だった。
先陣を切って進み、多数の生体反応を探知したのはつい先ほどの事だった。
しかし、その部屋は強力な結界に守られていた。
破壊を試みているのだがビクともしない。
「隊長、後続を待った方が良いのでは?」
「むう、そうだな。これ以上の魔力の消耗は避けるべきか」
「ここで待ちますか? それとも、こちらから合流しに行きますか?」
「時間が惜しい。2階に降りて合図の笛を吹け」
「了解です」
工作員の1人が階段に向かって走り出す。
残りの3人は回復薬を飲んで魔力回復に努める。
部屋数の多い2階には2個小隊を回してある。
彼らと合流すれば人数的には十分だろう。
しかし
「遅いな」
「何をしているんだ……」
だいぶ時間が経つのに誰も来ない。
外からは激しい戦闘音が聞こえてくる中、行政府の中は不気味なほど静かだった。
普段冷静な工作員たちの心にも不安と焦りが忍び寄る。
そんな時
「!」
「これは!?」
「血の臭いか! いくぞ!」
漂ってきたのは血の臭い。
3人は弾かれたように反応し、駆け出す。
敵の存在を感知した彼らは、不安も焦燥も忘れ去る。
敵の意図したとおりに。
「む?」
「臭いが消えた?」
道標のように漂っていた血の臭いが消え去り、困惑する工作員。
我に返ったように周囲を見渡し、気付いた。
1人足りない。
暗殺者はターゲットの隙をつく事が本領。
ならば隙を作ってやればいい。
1、2階で猛威を振るったシリルスの心理誘導。
それからは隊長率いるチームでさえ逃れられなかった。
「バカな……」
「どうなっている……」
キィ
「「!」」
混乱したところへ僅かに響く音。
弾かれたようにそちらを見た瞬間、天井から細い刃が突き出された。
それは工作員を頭頂から串刺しにして、再び天井に消え去った。
ドサ
「!?!?」
絶命した身体が倒れる音に振り向いた隊長。
部下の死体を目にした彼は完全にパニックに陥った。
この場を離れようと一目散に駆け出す。
そして10歩も歩かぬうちに、その首はポロリと落ちた。
その切断面は焼き切られたようになっており、血は全く流れていなかった。
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「終わりました」
「ごくろうさま」
最後の工作員が死んだところでシリルスはモニターを消し去った。
その隣にはメリアの姿と彼女の押してきたワゴンがあった。
その場所は工作員たちの居た場所の真上である。
シリルスは血の臭いで彼らをここに誘導したのだ。
そしてメリアは屋上の床越しに攻撃を加えた。
全てはシリルスの掌の上だったのだ。
手早く紅茶を用意しながらメリアが話しかける。
「『ヒートワイヤー』でしたか。回収の手間は面倒ですが威力は問題無しです」
「普通のワイヤーと違って、魔力を通さなければ切断力は無いから安全なんだよ」
「斬る、というより焼き切ると言った感じですね」
「そう、そこもポイント。熱で切るから物理無効の敵にも効くんだ」
実は、隊長には早い段階でワイヤーが巻き付けてあった。
何時でも殺せるのであえて泳がせてみたのだ。
その結果、予想以上の混乱ぶりを披露してもらえた。
「でも、良く解ったね? 僕がここにいる事をさ」
「当然です。私の居場所は貴方の隣なのですから」
かつての同僚を殲滅しても何も感じなかった。
意外ではあったが不思議ではなかった。
もう、とっくに自分は過去から解放されていたのだから。
そう言って微笑むメリアは、まるで夜空の月の様にシリルスには見えた。
なにげにシリルスも参戦。
こういう感じのゲームもありますよね。
別のVRゲームノベル見てたら、それにもサイバー・ジーニアスの概念と名称が出てました。
やっぱり皆、同じような世界観だと似た設定に行き着くんですね。
名称まで同じで驚きましたが。




