血の刃
行政府に侵入した工作員は16名4小隊。
彼らは散開して行政府を駆け回る。
目標は都市の首脳達だ。
彼らを抑えれば勝負は決まる。
しかし
「どうなっている? 誰もいないぞ」
「兵士はおろか、文官もメイドもいないじゃないか」
「避難したのか? だとしたら何処だ」
「行政府に避難所など無かったはずだが……」
都市を追われた後も情報収集は欠かしていない。
この建物にシェルターなど無いはずだ。
だとすれば、どこかに全員が集まっているのだろう。
フォーモルの工作員の脅威は、かつての内乱で誰もが知っている。
侵入を警戒して対処していたとしても不思議ではない。
「他の者達は?」
「2階に向かいました」
「ならば我々は1階を調べるか。誰かいるかもしれん」
行政府の1階は広い。
職員の宿泊施設などもあり、そこに誰かがいる可能性がある。
この時、4人は気付いていなかった。
自分達は狩る側だと信じ切っていた。
かつて自分達の先陣を切っていた存在。
彼女にとっては自分達など、屠殺前の家畜にすぎない。
その刃が自分達を狙っている事に気付く事が出来なかった。
「む?」
「誰かいますね」
「ここは浴場か」
探知魔法に反応があり4人は足を止めた。
宿泊施設の奥にある浴槽に誰かいる。
人数は1人だ。
脱衣所の扉を僅かに開くとメイドの後ろ姿が見えた。
大量のタオルを手にしている。
4人は頷き合うと中に踏み込んだ。
「え? きゃあ!?」
「動くな。声も出すな」
ドサドサとタオルを取り落としたメイドが振り向く。
金髪碧眼に眼鏡をかけたエルフの女性だった。
どことなく気品を感じる顔立ちだ。
おそらくは行儀見習いとして働いているどこかの令嬢だろう。
「な、なんですか、貴方達は……」
「質問するのはこっちだ」
「大人しく答えれば殺しはしない」
「い、嫌。助けて……」
メイドは落とさなかったタオルを抱えたまま浴室に逃げていく。
4人は舌打ちをしながら後を追う。
すると、メイドはポケットから果物ナイフを取り出した。
そして半狂乱になって暴れ出す。
「来ないで! 来ないでったら!」
「チッ、こいつ……」
「キャッ!?」
「おわっ!?」
バシャーン!!
業を煮やした1人がナイフを潜り抜け、腕を押さえる。
しかし、メイドはその勢いで浴槽に倒れこみ、工作員も一緒に落ちてしまう。
ナイフで斬ってしまったのかお湯に僅かな血が浮かぶ。
「おいおい……」
「何やってんだよ」
呆れた顔で2人が近づいて行く。
しかし、お湯に落ちた2人は一向に立ち上がらない。
「おい、どうし、痛っ!」
「な、うっ!」
バシャ バシャ
「あ?」
心配した2人が近寄ると突然メイドの手が閃いた。
仲間を引き上げようと伸ばした手を、果物ナイフが斬りつける。
斬られた2人は糸が切れたように湯船に倒れこむ。
最後の1人も、何が起きたか理解できず呆けたように硬直する。
「気を緩めすぎですよ」
「なっ!? クッ!」
立ち上がったメイドがタオルを投げつけ、工作員は素早く反応しそれを払い除ける。
すると、タオルの後ろからナイフが現れた。
暗殺者が良く使う飛刀の技だ。
彼がとっさに首を傾けたのは流石の練度と言えるだろう。
だが、完全にはかわし切れなかった。
精神的な動揺が彼の反応を一瞬鈍らせたのだ。
それは彼の頬に僅かな切り傷を付ける原因となった。
そして、その傷は彼の命を絶つ原因となった。
彼の意識は一瞬で闇に落ちた。
「思ったより簡単でしたね。そして、このナイフ……」
メイドは投擲したナイフを回収すると眼鏡を外した。
すると彼女の姿が変化し始める。
金髪は銀髪に、瞳は青から赤に。
メイド=メリアは彼から渡されたナイフをまじまじと見た。
見た目はただの果物ナイフ。
しかし、これは特殊能力を持つ魔法武器なのだ。
銘は『白雪姫』。
その能力は、僅かでも傷を付ければ相手を眠らせるというものだ。
このナイフの恐ろしい所は毒ではないので解毒剤が効かず、条件を満たすまでは眠り続けるという点だ。
その条件とは『物理的な衝撃を受ける』こと。
チラリと湯船に目をやる。
3人の工作員は既に溺死していた。
頬を叩くだけで目を覚ます反面、溺れ死ぬまで目覚めない。
使い方次第では恐ろしいナイフだった。
そして、それを振るうのは最強の暗殺者。
もし彼女が変装していなければ、彼らは一目散に逃げるか土下座して降伏していただろう。
勝てるはずなど無いのだから。
「素晴らしい武器ですね。この眼鏡も実に有用です。さて……」
メリアは最後の1人を仰向けにする。
そして、その顔の上に濡らしたタオルを重ねて乗せた。
窒息死は最も苦しい死に方の1つだ。
意識は無いのだから関係無いのだが、何となく3人と同じ殺し方にしようと思ったのだ。
「さて、次はどれを使いましょうか」
今回はフィオに渡された武器を使った。
ならば、次はシリルスに貰った武器を使うとしよう。
濡れた服を魔法で乾かし、再び眼鏡を装着する。
メイドの去った浴場には4体の死体だけが残された。
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「おい、どこだ! 返事をしろ!」
行政府の2階には来客用の小部屋が多い。
そこで2小隊8人が手分けして捜索を行っていた。
しかし、1人、また1人と次々と仲間が消えていく。
冷静冷徹が信条の工作員もパニック状態だ。
そして、それは市街地でフェイに捕らわれた者達と似た状況でもあった。
もはや隠密行動など考える余裕も無い。
喚き散らしながら仲間を探す。
「! 生体反応がある!?」
探知魔法に反応があった。
客室の一つだ。
彼は少し迷ったがそこへ向かう事にした。
ドアを僅かに開けて中を覗き込む。
すると正面のソファーに腰掛ける人影があった。
部屋が暗くて良く見えないので暗視の魔法を使う。
「お前、無事だったのか!」
座っていたのは同僚だった。
手に包帯を巻いている以外に外傷らしきものは無い。
ただし、俯いたまま反応が無い。
探知魔法で生体反応があったのだから、生きてはいるはずなのだが。
「おい、どうし……」
不審に思い近づいた瞬間、同僚の身体から何かが突き出された。
それは数mも伸び、彼の額に刺さり貫通した。
意識が闇に飲み込まれる寸前、ソファーの後ろから立ち上がる人影が見えた気がした。
「『串刺し教鞭』ですか。面白い武器ではあるのですが……。どこが教鞭なのでしょう?」
2階にいた工作員の最後の一人を仕留めたメリアは、使用した武器を待機状態に戻した。
見た目はただのペンだが、スイッチを押す事で数mも伸長する暗器。
斬る事は出来ないが、先端が鋭く尖っており、エストックのような貫通力を誇る。
相手が反応できないほどの速さ、まさに一瞬で伸び縮みするシリルスが作った隠し武器だ。
教鞭の要素はどこにもないが、シリルスに言わせると教鞭に似ているのだそうだ。
ポケットに入れておけるし、見つかっても武器だとは判らない。
性能自体はかなり優秀だ。
「それにしても、探知魔法の穴ですか……」
フィオから受けたアドバイスを思い出すメリア。
彼曰く『探知魔法で大半の術者は平面で情報を認識している』のだそうだ。
故に立体情報を正確に認識できない術者が多いのだという。
これはゲームにおける簡易マップのようなものだ。
2次元座標で光点を表示する簡易マップでは、オブジェクトが重なっていると個々を判別できない。
今回メリアは死体の座るソファーの下に潜むことで自分の生体反応を誤魔化し、同時に仲間が生きていると思い込ませて隙を作ったのだ。
正面から戦うなど甘い事は言わない。
卑怯? 汚い? 負けて死ねば名誉も名声も意味はなさない。
それが暗殺者の戦いだ。
「さて、これで残るは4人ですか。手早く済ませないとお茶の時間に間に合いませんね」
メイド服を翻し、3階に向かうメリア。
ちょうど同じころ、市街地ではフェイが工作員たちにゲームオーバーを言い渡していた。
騙し打ち上等。
それが暗殺者の流儀です。
工作員たちも、4人で正面から戦えばメリアが苦戦するくらいの手練れなんですが……。
敵に実力を発揮させない事も強さですね。