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リバース チェンジ ワールド  作者: 白黒招き猫
第3章 妖精大陸探索編
117/216

女王の戯れ

 フィオが予想した通り、フォーモルの残党の大半は都市へ潜入していた。

とはいえ、人数はそう多くない。

ダークエルフにも得手不得手はある。


 知識や技術に秀でた者は要塞での任務がある。

故に潜入したのは戦闘や隠密に優れた武闘派だった。

その数は24人。

全員が手練れである事を考えるとかなりの脅威である。


 彼らの大半は脇目も振らずに都市の中央、行政府の建物へと駆けて行く。

最重要任務である、都市の首脳暗殺を実行するためだ。

しかし、少数は都市に散らばっていく。


 彼らの目的は後方撹乱である。

物資を奪い、都市に火を放ち、負傷者や非戦闘員を殺害する。

例え戦争であっても忌避されるような行為だが、彼らは躊躇わない。

フォーモルには後が無いのだ。

手段など選んでいられない。


 ゴラーには要塞がある。

しかし、敵にはラーマスがおり、ラーマスにはアレ・・がある。

打てる手は全て打っておいた方が良い。


 24人のうち、16人4小隊が行政府に、8人2小隊は撹乱に向かう。

しかし、彼らは同じ運命をたどることになった。


----------------


 都市部に残った2小隊の内、1つは破壊工作のために散り、1つは住民が隠れているであろう避難所を探していた。


「よし、こんなものか」


 木造の大型家屋に爆薬を仕掛けた工作員の男が呟く。

建物が密集しており、1つをふっ飛ばせば連鎖的に多数の建物が崩壊する。

破壊工作を仕掛ける側からすれば狙い目だった。


 爆薬は道具袋にまだ大量に入っているが、何ヶ所も仕掛けなければならないので節約したい。

だから構造的に弱い部分に仕掛けるなど、特殊な技術を振るっている。

技術だけ見れば、流石はかつての軍部の主流と賞賛すべきだろう。


 後は着火するだけだが導火線など必要ない。

離れて魔法を撃ち込むだけでいいのだ。

巻き込まれないように、少し離れた広場に向かう。


「先ずは一ヶ所ッ!?」


 掌に生み出した炎を放とうとした瞬間、突然体が傾いた。

足に激痛を感じて目をやると、膝から下だけがそのまま立っていた。

いつの間にか足を切り落とされたのだ。


〈ウフフフ……〉


「!?」


 突然聞こえた無邪気な少女の笑い声。

這いつくばったまま視線を戻すと、目の前に何かが置いてあった。

見覚えのある物だ。


「あ?」


 それは自分が仕掛けたはずの爆薬。

そして自分の掌には自分で生み出した炎が。


「ひぁ……」


 都市の一角で閃光が弾けた。

しかし、何故か爆風も爆音も都市には響かなかった。


〈クスクスクス……〉


 ただ、楽しげな笑い声のみが響いた。

そして、似たような光景がこの後3ヶ所で発生した。



 一方、住民の避難所を狙う小隊は困惑していた。

予め調べておいた避難所が何処も空っぽなのだ。

それどころか


「おい、何で誰もいないんだ?」


「兵士すらいないぞ……」


 都市からは一切の人影が消え去り、不気味な静寂に包まれている。

今まさに戦争中であるにもかかわらずだ。

さすがに異常を感じ、立ち止まる工作員たち。

いつの間にか薄い霧まで漂い始めている。


「え~ん、え~ん……」


「!?」


「今のは?」


「子供の声か?」


「……この状況だ。少し怪しいが何か手掛かりがあるかもしれんな」


 4人は意を決し、泣き声の方向に歩き出す。

相変わらず人どころか動物1匹見当たらない。

まるで住民が死に絶えたゴーストタウン、あるいは全てが幻の町。

警戒心はこれ以上ない程に高まる。


「いたぞ」


「女の子か?」


 霧が立ち込める路地裏に座り込む人影。

工作員たちは近付くとホッと息をついた。

特徴の無いエルフの少女だ。

怪しい所は見当たらない。

もっとも、この状況以上に怪しい事などそう無いだろうが。


「(どうする?)」


「(何か知っているかもしれん。話を聞こう)」


「(了解だ)そこの君、どうしたんだい?」


「え~ん、え~……ふぇ?」


 声をかけると少女は顔を上げた。

金髪碧眼の典型的なエルフ顔だ。

美人ではあるが、エルフという種族の平均からすれば標準ラインだろう。


「お兄さん達、だれ?」


「見ての通り兵士だよ。お父さんやお母さんはどうしたんだい?」


「グス……避難所に行く途中ではぐれちゃったの……」


「(ふむ、この状況については知らなそうだな)」


「(やはり結界の類と考えるべきか)」


 彼らも歴戦の軍人だ。

この状況についての分析は行っている。

そして立てた仮説は、自分達は結界に捕らわれているのではないかというものだった。

侵入者のみを迷わせる結界は、高度だが珍しいものではない。

迷いの森などは特に有名である。


「お父さん達とはぐれたら急に霧が出てきたの。そしたら誰もいなくなっちゃったの」


「そうか……。霧が出る直前に何かなかったかい?」


「え、と。転んでお守りを落としちゃったの」


「お守り?」


「うん。町の人、皆に配られたお守り」


「(成程な……)」


 少女の証言で大体の原理は把握できた。

これはマーカーを持たない者を迷わせる結界だ。

効果対象の識別方法としては比較的ありふれたものといえる。

当然、その対処法も確立されている。


「そのお守りっていうのはどんな物だい?」


「これ位の玉」


「よし。じゃあ、お兄さんたちと一緒に探そう。見つかったら避難所まで送ってあげるから案内してくれるかな?」


「ホント! うん!」


 5人で周辺を探すとビー玉のような玉が見つかった。

この手の結界の対処法とは、マーカーを手に入れる事である。

もちろん簡単な事では無いが、今回は幸運だった。


「じゃあ、行こうか」


「避難所はこっちで良いんだね?」


「うん」


 一人が少女を背負い霧の町を歩きだす。

避難所を制圧すれば、都市軍はそちらに手を割かなければならなくなる。

そうなれば、ゴラーにとっても行政府に向かったチームにとっても援護になる。

4人は平静を装いながら歩き続ける。


「あれ?」


「ん? どうしたんだい?」


「お兄さんたち4人いたよね?」


「ああ。それが?」


「1人いないよ?」


「は?」


 突然、声を上げた少女。

言葉通り、最後尾にいたはずの工作員がいなくなっている。

残った3人は誰もそれに気付かなかった。


「(どうする)」


「(探す時間が惜しい。行こう)」


「(了解だ)」


 混乱するのも数瞬、彼らは先を急ぐ。

この立ち直りの速さは流石だった。

だが、


「うぁ……」


「!」


「どうした!」


 後ろから聞こえた呻き声に振り返る。

すると、最後尾の1人が倒れていた。

いや、それだけではない。

彼は人型の影のようなモノに全身を覆われていた。


 苦悶の表情で暴れるが、抵抗は無意味だった。

絡みつく影は離れる様子が無い。

やがて水が砂に染み込むように影は消え去った。

工作員ごと。


「ヒッ!」


「どうし……なっ!?」


 気が付くと、周囲の至る所から黒い影が滲み出ていた。

顔には目の位置にポッカリと穴が開き、口の位置に三日月のような裂け目がある。

先程仲間を襲った化け物だ。


 即座に判断を下し走り出す。

向かう先は避難所だ。

おそらく、あれは攻撃用の魔法生物だ。

ならば、いくらなんでも守護対象の居る所まで追いかけては来ないだろう。

そう信じて走り続ける。


「ヒィ! た、助け……」


「くそっ!」


 だが、そこら中から襲い来る影がさらに1人を捕える。

残ったのは少女を背負う1人のみ。

少女の指示に従い懸命に走る。

気が付くと影は消え去っていた。


「(消えた? 避難所が近いからか? いや、そうか!)」


「そこを右だよ。次に真ん中の道を真っ直ぐ行って右ね」


 そこで最後の1人は気付く。

少女と同行しているだけでは味方とは見なされないのだ。

自分が無事なのは少女と接触しているから。

むしろ仲間は、自分と少女を追いかけていると見なされたのかもしれない。


「(くそ、もっと早く気づいていれば)」


「そこを右に曲がるとゴールだよ」


 後悔に身を焼きながら、少女の指示通り右に曲がる。

遂に目的地。

ようやく、たどり着く。

だが


「な、ここは……」


 そこは見覚えのある場所だった。

当然だ。

少女と出会い、玉を探し回った路地なのだから。

彼はぐるりと回って出発地点に戻ってしまったのだ。


「おい! どういうことだ!」


「……」


 背負った少女に怒鳴る。

もう取り繕う余裕も無い。

だが、返事は無い。


 そこで気付く。

いくら子供といっても軽すぎる。

全く重みを感じない。

それどころか体温も感じない。


 恐る恐る首を回してみる。

少女の顔を見ようとする。


「ヒィ!?」


 その顔に表情は無かった。

あるのは2つの穴と三日月。

影の化け物と同じ顔。


「ああ……」


 ふと、自分の身体を見る。

上半身は既に影に覆われていた。

化け物達が襲ってこなかった理由が解った。

自分は既に捕らわれていたからだ。


「あああああああああああああぁ!?」


 少女の輪郭が崩れる。

粘液のように影が全身を覆いつくす。

絶望の悲鳴が口からこぼれる。


〈残念~。ゲームオーバーだよ~〉


 無邪気な、しかし妖艶な声が聞こえた。

そして次の瞬間、全てがグシャリと潰れる音が聞こえ、彼の意識は消え去った。


---------------------------


〈あっけないな~〉


 工作員4人を閉じ込めた亜空間を握り潰し、フェイは呟いた。

全く以って期待外れだった。

もう少し粘ってくれると思ったのに。

これではまた暇になってしまう。


〈あっちは流石に任せないとだよね~〉


 手を出し過ぎるな、とマスターからは厳命されている。

こんな事なら玩具をもっと長持ちさせるんだった。

今更ながらに調子に乗り過ぎたと反省する。


〈取りこぼしが出ないかな~〉


 物騒な事を呟くフェイ。

その視線は16人の刺客が侵入した行政府に向けられていた。




 行政府では全員が魔道具に守られた大広間に避難していた。

魔道具はシリルスが再生した古代文明の遺産だ。

ここにいる限り安全は保障される。

だが


「行くのかい?」


「はい」


 今、1人のメイドが大広間を出ようとしていた。

客人・・をもてなすために。


「止めても無駄みたいだね」


「はい、これを逃したら御礼・・の機会は無くなってしまいます」


「解った。ただし約束だよ?」


「はい。必ず無事に戻ります」


 優雅な仕草で一礼すると、メイドは安全地帯から抜け出した。


「ここはメリアの庭だ。彼から貰ったアレコレもあるしね」


 呟くシリルスの声には彼女への信頼が漲っていた。


フェイの性格は子供の様に無邪気で残酷です。


彼女にとって敵兵など籠の中の虫にすぎないのです。

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