女王の戯れ
フィオが予想した通り、フォーモルの残党の大半は都市へ潜入していた。
とはいえ、人数はそう多くない。
ダークエルフにも得手不得手はある。
知識や技術に秀でた者は要塞での任務がある。
故に潜入したのは戦闘や隠密に優れた武闘派だった。
その数は24人。
全員が手練れである事を考えるとかなりの脅威である。
彼らの大半は脇目も振らずに都市の中央、行政府の建物へと駆けて行く。
最重要任務である、都市の首脳暗殺を実行するためだ。
しかし、少数は都市に散らばっていく。
彼らの目的は後方撹乱である。
物資を奪い、都市に火を放ち、負傷者や非戦闘員を殺害する。
例え戦争であっても忌避されるような行為だが、彼らは躊躇わない。
フォーモルには後が無いのだ。
手段など選んでいられない。
ゴラーには要塞がある。
しかし、敵にはラーマスがおり、ラーマスにはアレがある。
打てる手は全て打っておいた方が良い。
24人のうち、16人4小隊が行政府に、8人2小隊は撹乱に向かう。
しかし、彼らは同じ運命をたどることになった。
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都市部に残った2小隊の内、1つは破壊工作のために散り、1つは住民が隠れているであろう避難所を探していた。
「よし、こんなものか」
木造の大型家屋に爆薬を仕掛けた工作員の男が呟く。
建物が密集しており、1つをふっ飛ばせば連鎖的に多数の建物が崩壊する。
破壊工作を仕掛ける側からすれば狙い目だった。
爆薬は道具袋にまだ大量に入っているが、何ヶ所も仕掛けなければならないので節約したい。
だから構造的に弱い部分に仕掛けるなど、特殊な技術を振るっている。
技術だけ見れば、流石はかつての軍部の主流と賞賛すべきだろう。
後は着火するだけだが導火線など必要ない。
離れて魔法を撃ち込むだけでいいのだ。
巻き込まれないように、少し離れた広場に向かう。
「先ずは一ヶ所ッ!?」
掌に生み出した炎を放とうとした瞬間、突然体が傾いた。
足に激痛を感じて目をやると、膝から下だけがそのまま立っていた。
いつの間にか足を切り落とされたのだ。
〈ウフフフ……〉
「!?」
突然聞こえた無邪気な少女の笑い声。
這いつくばったまま視線を戻すと、目の前に何かが置いてあった。
見覚えのある物だ。
「あ?」
それは自分が仕掛けたはずの爆薬。
そして自分の掌には自分で生み出した炎が。
「ひぁ……」
都市の一角で閃光が弾けた。
しかし、何故か爆風も爆音も都市には響かなかった。
〈クスクスクス……〉
ただ、楽しげな笑い声のみが響いた。
そして、似たような光景がこの後3ヶ所で発生した。
一方、住民の避難所を狙う小隊は困惑していた。
予め調べておいた避難所が何処も空っぽなのだ。
それどころか
「おい、何で誰もいないんだ?」
「兵士すらいないぞ……」
都市からは一切の人影が消え去り、不気味な静寂に包まれている。
今まさに戦争中であるにもかかわらずだ。
さすがに異常を感じ、立ち止まる工作員たち。
いつの間にか薄い霧まで漂い始めている。
「え~ん、え~ん……」
「!?」
「今のは?」
「子供の声か?」
「……この状況だ。少し怪しいが何か手掛かりがあるかもしれんな」
4人は意を決し、泣き声の方向に歩き出す。
相変わらず人どころか動物1匹見当たらない。
まるで住民が死に絶えたゴーストタウン、あるいは全てが幻の町。
警戒心はこれ以上ない程に高まる。
「いたぞ」
「女の子か?」
霧が立ち込める路地裏に座り込む人影。
工作員たちは近付くとホッと息をついた。
特徴の無いエルフの少女だ。
怪しい所は見当たらない。
もっとも、この状況以上に怪しい事などそう無いだろうが。
「(どうする?)」
「(何か知っているかもしれん。話を聞こう)」
「(了解だ)そこの君、どうしたんだい?」
「え~ん、え~……ふぇ?」
声をかけると少女は顔を上げた。
金髪碧眼の典型的なエルフ顔だ。
美人ではあるが、エルフという種族の平均からすれば標準ラインだろう。
「お兄さん達、だれ?」
「見ての通り兵士だよ。お父さんやお母さんはどうしたんだい?」
「グス……避難所に行く途中ではぐれちゃったの……」
「(ふむ、この状況については知らなそうだな)」
「(やはり結界の類と考えるべきか)」
彼らも歴戦の軍人だ。
この状況についての分析は行っている。
そして立てた仮説は、自分達は結界に捕らわれているのではないかというものだった。
侵入者のみを迷わせる結界は、高度だが珍しいものではない。
迷いの森などは特に有名である。
「お父さん達とはぐれたら急に霧が出てきたの。そしたら誰もいなくなっちゃったの」
「そうか……。霧が出る直前に何かなかったかい?」
「え、と。転んでお守りを落としちゃったの」
「お守り?」
「うん。町の人、皆に配られたお守り」
「(成程な……)」
少女の証言で大体の原理は把握できた。
これはマーカーを持たない者を迷わせる結界だ。
効果対象の識別方法としては比較的ありふれたものといえる。
当然、その対処法も確立されている。
「そのお守りっていうのはどんな物だい?」
「これ位の玉」
「よし。じゃあ、お兄さんたちと一緒に探そう。見つかったら避難所まで送ってあげるから案内してくれるかな?」
「ホント! うん!」
5人で周辺を探すとビー玉のような玉が見つかった。
この手の結界の対処法とは、マーカーを手に入れる事である。
もちろん簡単な事では無いが、今回は幸運だった。
「じゃあ、行こうか」
「避難所はこっちで良いんだね?」
「うん」
一人が少女を背負い霧の町を歩きだす。
避難所を制圧すれば、都市軍はそちらに手を割かなければならなくなる。
そうなれば、ゴラーにとっても行政府に向かったチームにとっても援護になる。
4人は平静を装いながら歩き続ける。
「あれ?」
「ん? どうしたんだい?」
「お兄さんたち4人いたよね?」
「ああ。それが?」
「1人いないよ?」
「は?」
突然、声を上げた少女。
言葉通り、最後尾にいたはずの工作員がいなくなっている。
残った3人は誰もそれに気付かなかった。
「(どうする)」
「(探す時間が惜しい。行こう)」
「(了解だ)」
混乱するのも数瞬、彼らは先を急ぐ。
この立ち直りの速さは流石だった。
だが、
「うぁ……」
「!」
「どうした!」
後ろから聞こえた呻き声に振り返る。
すると、最後尾の1人が倒れていた。
いや、それだけではない。
彼は人型の影のようなモノに全身を覆われていた。
苦悶の表情で暴れるが、抵抗は無意味だった。
絡みつく影は離れる様子が無い。
やがて水が砂に染み込むように影は消え去った。
工作員ごと。
「ヒッ!」
「どうし……なっ!?」
気が付くと、周囲の至る所から黒い影が滲み出ていた。
顔には目の位置にポッカリと穴が開き、口の位置に三日月のような裂け目がある。
先程仲間を襲った化け物だ。
即座に判断を下し走り出す。
向かう先は避難所だ。
おそらく、あれは攻撃用の魔法生物だ。
ならば、いくらなんでも守護対象の居る所まで追いかけては来ないだろう。
そう信じて走り続ける。
「ヒィ! た、助け……」
「くそっ!」
だが、そこら中から襲い来る影がさらに1人を捕える。
残ったのは少女を背負う1人のみ。
少女の指示に従い懸命に走る。
気が付くと影は消え去っていた。
「(消えた? 避難所が近いからか? いや、そうか!)」
「そこを右だよ。次に真ん中の道を真っ直ぐ行って右ね」
そこで最後の1人は気付く。
少女と同行しているだけでは味方とは見なされないのだ。
自分が無事なのは少女と接触しているから。
むしろ仲間は、自分と少女を追いかけていると見なされたのかもしれない。
「(くそ、もっと早く気づいていれば)」
「そこを右に曲がるとゴールだよ」
後悔に身を焼きながら、少女の指示通り右に曲がる。
遂に目的地。
ようやく、たどり着く。
だが
「な、ここは……」
そこは見覚えのある場所だった。
当然だ。
少女と出会い、玉を探し回った路地なのだから。
彼はぐるりと回って出発地点に戻ってしまったのだ。
「おい! どういうことだ!」
「……」
背負った少女に怒鳴る。
もう取り繕う余裕も無い。
だが、返事は無い。
そこで気付く。
いくら子供といっても軽すぎる。
全く重みを感じない。
それどころか体温も感じない。
恐る恐る首を回してみる。
少女の顔を見ようとする。
「ヒィ!?」
その顔に表情は無かった。
あるのは2つの穴と三日月。
影の化け物と同じ顔。
「ああ……」
ふと、自分の身体を見る。
上半身は既に影に覆われていた。
化け物達が襲ってこなかった理由が解った。
自分は既に捕らわれていたからだ。
「あああああああああああああぁ!?」
少女の輪郭が崩れる。
粘液のように影が全身を覆いつくす。
絶望の悲鳴が口からこぼれる。
〈残念~。ゲームオーバーだよ~〉
無邪気な、しかし妖艶な声が聞こえた。
そして次の瞬間、全てがグシャリと潰れる音が聞こえ、彼の意識は消え去った。
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〈あっけないな~〉
工作員4人を閉じ込めた亜空間を握り潰し、フェイは呟いた。
全く以って期待外れだった。
もう少し粘ってくれると思ったのに。
これではまた暇になってしまう。
〈あっちは流石に任せないとだよね~〉
手を出し過ぎるな、とマスターからは厳命されている。
こんな事なら玩具をもっと長持ちさせるんだった。
今更ながらに調子に乗り過ぎたと反省する。
〈取りこぼしが出ないかな~〉
物騒な事を呟くフェイ。
その視線は16人の刺客が侵入した行政府に向けられていた。
行政府では全員が魔道具に守られた大広間に避難していた。
魔道具はシリルスが再生した古代文明の遺産だ。
ここにいる限り安全は保障される。
だが
「行くのかい?」
「はい」
今、1人のメイドが大広間を出ようとしていた。
客人をもてなすために。
「止めても無駄みたいだね」
「はい、これを逃したら御礼の機会は無くなってしまいます」
「解った。ただし約束だよ?」
「はい。必ず無事に戻ります」
優雅な仕草で一礼すると、メイドは安全地帯から抜け出した。
「ここはメリアの庭だ。彼から貰ったアレコレもあるしね」
呟くシリルスの声には彼女への信頼が漲っていた。
フェイの性格は子供の様に無邪気で残酷です。
彼女にとって敵兵など籠の中の虫にすぎないのです。




