天然の要塞
都市まであと1日という距離で敵の進軍は停止した。
おそらく補給や魔道具の最終チェックを行っていたのだろう。
偵察部隊や工作員を送り込んだが、翼の生えたエルフのような存在によって追い散らされてしまった。
これによって、向こうにもアンヘルが存在する事が確定した。
そして今、再び移動を開始した『ギガント・ルーク』は一定の速度で侵攻を続けている。
このまま行けば、明日の朝には目視できる距離に到達するだろう。
だが、敵は機動要塞だけではない。
「探知網に反応在り! 魔法生物です!」
「反応多数! 最低でも数百はあります!」
「やはりか。予想していたとはいえ厄介だな」
都市の防衛部隊の指揮を執るのは若きダークエルフ。
イルダナの当主であるラームであった。
『ロスト・イリジアム』側も黙って待っていたわけではない。
精霊や魔法による罠を仕掛け、正確な探知結界を敷設し、準備を万端にして待ち受けていたのだ。
「はぐれが数体ならともかく、現役のガーディアンが数百ですか……」
「ええ、馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んできてくれれば楽なのですが……」
副官として彼に応えるのは熟練のハイエルフ。
西大陸に知らぬ者はいない大魔法使いにして、冒険者ギルドの長であるラーマスだ。
トラップの設置は彼と冒険者達の主導で行われた。
冒険者は、こういった搦め手において都市の警備軍を上回る。
「防御結界はいつ起動させる予定なのですか?」
「要塞を目視で確認してからです。ただ、固執する訳ではないので必要だと思ったらお知らせください」
『ロスト・イリジアム』の最大の特徴は、古代の防衛機構が一部とはいえ生きている事だ。
他の都市では失われた、大規模防衛結界という切り札。
しかし、魔導炉の出力の低下までは避けられなかったので、稼働時間には限界がある。
「報告! 魔法生物が第一防衛ラインに接近!」
「よし。ラーマス殿、お願いします」
「了解です。さあ、行きますよ!」
ラーマス率いるエルフ部隊が、一斉に植物操作の固有魔法を発動する。
効果は即座に現れた。
魔法生物たちがバラけない様に、左右の木々の密度が厚くなる。
逆に正面は避ける様に森が薄くなっていく。
木々はまるで漏斗の様に魔法生物たちを中央に集めていく。
それは網を配置し魚を誘導する漁のような光景だった。
左右は既に緑の壁となっており、力押しでの突破は困難。
単純な思考ルーチンしか持たない魔法生物は、唯一の道である正面に突撃する。
だが
「来るぞ! バリスタ用意!」
「詠唱開始!」
一本道を突撃してくる魔法生物に、守備隊の攻撃が襲い掛かる。
城壁に設置されたバリスタが発射され、攻撃魔法が撃ち込まれる。
当然魔法生物も反撃を開始するが
「来るぞ! 正面!」
「耐魔法障壁展開!」
「耐物理障壁展開!」
守備隊はダークエルフが攻撃、エルフが防御と役割分担されている。
シリルスの調査結果により、遺跡の魔法生物は魔法兵器と物理兵器の両方を装備している事が判明している。
よって、防御要員を2つに分け、それぞれが魔法防御と物理防御に専念することになっている。
当然防御力は半分になるが、敵の動きを誘導し、攻撃方向を正面に限定すれば障壁の密度を厚くできる。
「来たぞ!」
「稼ぎ時だ!」
防衛隊の凄まじい弾幕を突破する頃には魔法生物達はもうボロボロだ。
そこにハンマーやメイス、大剣や斧などを持った冒険者たちが襲い掛かる。
どれも頑強な魔法生物に有効な武器ばかりだ。
さらに身軽な軽戦士たちは破壊された魔法生物たちの残骸を集め、臨時のバリケードを構築していく。
剥ぎ取られた魔石は魔法使いに届けられ、消耗時の電池代わりに使用される。
魔法生物は最低でも数百体と予想されている。
長期戦を想定した作戦だ。
「今の所は上々か……」
「できるだけ減らしたいところですね」
現状は都市側が有利。
だが、このままで行くはずがない。
指揮を執るラームもラーマスも決して油断はしていない。
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その頃フィオは、都市の中央近くの高い建物の屋上にいた。
地の利と種族の特性をうまく利用した防衛計画は、今の所上手く行っている。
戦闘の進め方はフィオの眼から見ても中々に見事だ。
「成程、大したものだな」
〈ハウルもリンクスも暇でしょうね~〉
フェイの言う通り、伏兵に備えて都市の側面を守る2匹は暇だろう。
だが、都市の住民の立場を考えれば暇な方がありがたい。
軍も、警察も、悪魔も、暇は平和の証なのだから。
そして、そんな願いは天に届かない。
「マスター、来ます」
「だろうな」
アリエルの警告と共に上空から光が降り注いだ。
降り注ぐ光の正体は発光する羽根だ。
アリエルも使用するアンヘルの基本武器【フェザー・バレット】だ。
圧縮された構造粒子体はまさしく銃弾のような威力を発揮し、更に魔力で強化されているため障壁も貫通する。
連射も可能であり、シンプルだが非常に強力な武器だ。
現に魔法生物を抑え込んでいた森の防壁は、削り取られるように破壊されていく。
「アイツらにも出番が来たな。俺も行くか」
〈キュキュ!〉
〈じゃあ、私はここで全体のサポートですね~〉
「私が彼らの相手をします」
フィオは正面に向かって跳躍し、アリエルは6枚の翼を広げて飛翔する。
フェイは小妖精の姿から本来の妖精女王の姿に戻る。
戦況は次のステージへと移っていく。
「駄目です! 魔法生物、散開して都市の包囲に動いています!」
「どうなっている!? いきなり動きが変わったぞ!?」
「上空からの攻撃、止まりません!」
その頃、守備隊は大混乱に陥っていた。
視認できない上空からの援護攻撃は、それ程のインパクトだったのだ。
現代においても航空戦力は戦況を一変させる。
アンヘルという古代兵器はまさに戦術兵器であった。
「予備部隊を城壁に向わせろ! 我々はここを死守する」
「必ず一対多数で挑んで下さい!」
アンヘル達は攻撃を加えるだけでなく魔法生物の指揮を行っていた。
ただ突っ込んでくるだけだった先程より、遥かに手強くなっている。
さらに、魔法生物の動きを妨害していた植物の防壁は完全に破壊されてしまった。
再び作り出そうにも、要塞攻略を考えるとこれ以上植物操作部隊を酷使するわけにいかない。
彼らには要塞の足止めという重要な任務があるのだ。
「ラーム様、都市の障壁を起動させましょう! 流れ弾が都市内に飛び込んでしまいます!」
「むう、やむを得んか……」
都市と非戦闘員への被害は出すわけにはいかない。
だが、要塞の戦闘力は未知数だ。
ここで使用して良いのか?
ラームが決断しようとした時、仲間の残骸を魔法生物が投擲した。
数百キロはあろうかという金属の塊。
それが砲弾と化して都市内に投げ込まれる。
だが
「何ッ!?」
「逸れた?」
「あれは風の結界か?」
突如、防壁に沿って凄まじい上昇気流が発生し、残骸を天高く弾き飛ばしてしまった。
吹き飛ばされた残骸は遠く離れた森の中に落下していく。
防衛部隊も呆気に取られて動きを止めてしまう。
しかし、魔法生物たちは気にすることなく攻め寄せる。
「ラーム殿、今は戦闘に集中しましょう」
「! 申し訳ない……」
ラーマスに声をかけられハッとするラーム。
彼の目の前にはまだまだ無数の魔法生物が蠢いている。
考えている暇など無い。
自分達に有利な事なのだから確認など後でも良い。
今は目の前の敵を速やかに殲滅するのみ。
「うん?」
「気のせいか? また動きが悪くなったような」
最初に気付いたのは最前線で魔法生物と戦う前衛達だった。
上空からの攻撃と共に、突然組織立った動きに変わった魔法生物。
それが、また最初のような単純な動きに戻っているのだ。
原因など彼らには解らない。
そもそも、なぜ動きが良くなったのかも解らなかったのだ。
ならば考えるだけ無駄。
むしろ好都合。
攻めに転じる彼らの頭上。
遥か上空では幾つもの光が瞬いていた。
遂に戦闘開始。
次話はアリエルvsアンヘル部隊の予定です。




