人の手で
その日、樹海の深部で巨大な魔力反応が観測された。
都市内での『爛れた牙』暴走も収まり、次の手を警戒している矢先の出来事だった。
半年前の中央大陸における魔力爆発を教訓とし、強化されていた観測装置。
その新型機をもってしてもギリギリの大きさであった。
ロスト・イリジアムは厳戒態勢に入り、周辺都市への警告を行った。
同時に冒険者ギルドに大規模ミッションを申し込み、冒険者を募った。
『爛れた牙』に関する調査報告も同時に公開され、冒険者ギルドはフォーモルと敵対する方針を決定した。
その本気さを表すようにギルドマスター自らが、手練れの冒険者と共にロスト・イリジアムへと駆けつけた。
ラーマス・ククノー。
その年齢は1000歳近いとまで言われる古参のハイエルフだ。
保守的なハイエルフにあっての異端児。
他種族との交流を是とし、冒険者ギルドの創設にも係わった生きた伝説だ。
その実力は冒険者としても最高位。
森というフィールドに限れば、Aランク相当とまで言われる妖精種の英雄の一人である。
実際に高位の魔獣が変化した妖獣を、単独で討伐した事もあるのだ。
評判は多少誇張されていても嘘偽りではない。
彼の参戦は都市の人々に大きな安心感を与え、参戦する兵達の士気も大いに上がった。
そんな人物と会談を行っているのは、決して劣らぬ格を持ったハイエルフだった。
「要請を受け入れてもらい感謝するぞ、ラーマス」
「いえ、お気になさらず。フェノーゼ殿の要請が無くても押しかける気でいましたので」
「ふん、相変わらずフットワークが軽いな。……羨ましいぞ」
「ははは、責任から逃げ出したと言われますけどね」
フェノーゼ・セネリア。
公的な役職を引退して尚、圧倒的な影響力を誇るハイエルフの長老格。
息子は既に新たな幹部として活躍しており、孫も都市随一の研究者。
本人としては平和な老後を送りたかったのだが、そうも行かないのが世の中だ。
相手はフォーモルの残党。
かつて自身が裏から手を回し潰そうとした者達。
彼には全てを見届ける義務があった。
和やかに話し合う2人は旧知の仲である。
かつて家も氏族も捨てて都市を去ったラーマス。
都市を守るために残ったフェノーゼ。
だが、2人に確執は無かった。
「やはり、お前の選択は間違っていなかったな」
「できれば間違っていて欲しかったですよ。何も起きないのが一番ですから」
ラーマスが都市を去った理由はいくつかある。
有力氏族の後継者という立場に興味が無かった。
天才的な魔法の才を活かしてみたかった。
未知の文化に触れたかった。
どれも間違ってはいない。
だが、もう1つ理由がある。
それは
「外側から都市を守る、か。お主の送り込んだあの男がいなければ手遅れになったかもしれん。感謝するぞ」
「いえ、彼を送り込めたのは偶然なんです。我々も調査はしていたのですが、確証は得られなかったので……」
話は湾岸都市の事件に。
あの事件が起きなければ、事態はもっと悪化していただろう事は明白だった。
「ふむ、ディノ、魔人族の強者か」
「今はシリルス君の所にいるんでしたか」
「うむ、腕が立つこともあるが孫とずいぶん気が合うようでな」
「ほう、あの天才児と……。悔しがる令嬢が多いでしょうな」
冗談めかすラーマスだが、現実には冗談ですまない。
シリルスとお近付きになりたい者は、男女問わず数えきれないのだ。
事実フィオに妬みからちょっかいをかけ、死ぬほど後悔した愚か者もいる。
「あの娘も付いている。孫の心配はしとらんよ」
「メリア嬢ですか。彼女にとっても因縁の相手ですね」
これから起きる戦いは、歴史に残るものとなるだろう。
その先にあるであろう未来を、妖精種の古老2人は語り合った。
-------------------
「ふむ、つまり俺は前面に立つべきではない、と?」
「はい。勿論、負けそうになったらお願いしたいですが……」
ほぼ同時刻、フィオとシリルスも数日後に迫った戦いについて話し合っていた。
シリルスの口調からも、真面目な話であることが窺える。
巨大な魔力反応は間違いなく『ギガント・ルーク』の起動によるものだ。
都市と距離は離れているが、相手は巨大ロボットだ。
一歩の幅がデカいのか、予想外のスピードで接近している。
偵察隊の持ち帰った情報によると、敵の兵力は予想より多い。
要塞とアンヘルとフォーモルの残党、後は傭兵が少々というのが当初の予測だった。
しかし、数百体もの魔法生物がしたがっている事が判明した。
アリエルによると、テストタイプ・アンヘルなら遺跡のガーディアンを支配できるとのことだった。
敵の戦力が大幅に強化されているという事実。
単純に勝利を望むなら、フィオと使い魔達を前面に押し出すべきだ。
だが、シリルスはそれに反対した。
それは戦後を踏まえた考えだった。
「今回の事件は言ってしまえばロスト・イリジアムの内輪揉めです。だからこそ、自分達の力で解決しなければ同じ事が起きかねません」
「それで犠牲が出てもか?」
フィオ自身それほど気にしていない事を聞いてみる。
何となく言いたいことは解っていた。
これは答え合わせのような問だった。
「犠牲の出ない戦争など何の教訓にもなりません。命が尊いからこそ、それがあっさり失われる戦争を忌避するんです」
「俺がやり過ぎると戦争の怖さを知らない馬鹿が現れる、か」
中央大陸の帝国でもそうだった。
過激な主張をする奴ほど実際の経験は無い奴が多い。
戦場を、失われる命を、殺し殺される恐怖を、知らないからこそ大口が叩けるのだ。
「はい。それに今回の一件は転生者が直接関わっていません。ギフトに関係する『爛れた牙』が粗方失われた以上、貴方に頼りすぎるのは良くない」
「最後の一本は残ってるはずだが、それはどうする?」
「僕らでどうにかできそうなら、是非」
「ふむ」
ここでフィオはシリルスの本音に気付いた。
シリルスはゴラーとの決着を自分、あるいはメリアの手で付けたがっている。
気持ちは解らなくも無いが……。
確かこいつは都市から出る事を禁止されてるんだよな。
リンクス辺りを護衛に付けておけば大丈夫かな。
「まあ、いいだろう。俺はアリエルと共に敵のアンヘルを相手にする。ただし、ヤバそうだったら直ぐに対処するぞ。それが条件だ」
「ええ、それで構いません。僕だって死ぬ気は無いし、死なせたくありません」
アリエルは遺跡からの発掘品という扱いだ。
現在も都市の外で待機中で、ここ数日で結構顔も知れている。
向こうにもアンヘルがいるし、むしろ積極的に出さないとだろう。
そして肝心の要塞だが。
「要塞は当初の予定通りか?」
「そうです。植物操作能力を持つ者を総動員して動きを止め、内部に侵入して停止させます」
「定番だな」
「変形するとはいえ元は建物ですからね。大体あんなデカブツを外側から壊すなんて非効率的ですよ」
効率を追求した戦争を否定しながらも、効率を優先するシリルス。
しかし、フィオは漠然と感じていた。
そんなに上手く行くはずがないと。
「(爛れた牙は本当に機能を停止したんだろうか?)」
進撃を続けるギガント・ルーク。
ゴラーはそういう仕様だと思っていた。
アンヘル達は聞かれなかったので答えなかった。
だから誰も気にしなかった。
最後の一本に蓄えられていた魔力。
それを注ぎ込まれたギガント・ルークは動き出した。
誰も操縦していないのに。
まるで意思がある様に。
何かが乗り移った様に。
ボタン1つで勝負が決まる戦争。
失われる命よりかかる費用が問題になるんでしょうか。
隣に巨大軍事国家が存在する日本。
ハトポッポやシー〇ズの言うように、オトモダチになれば攻めてこないのでしょうか。