神と信仰
深い樹海の奥にその遺跡はあった。
古い遺跡であるはずなのに不自然なほどに劣化が無い。
しかし、不自然なほど植物に覆われている。
これは、この遺跡を根城とする集団による隠蔽工作だった。
数は少ないとはいえ古参のダークエルフの精鋭。
フォーモルの術者にとって、この程度の隠蔽は難しいものではない。
植物の成長を加速して物理的に遺跡を隠し、更に結界で魔術的な探知を妨害する。
調査隊が迂闊に踏み込めない樹海の深部である事もあり、今の所発見される事は無かった。
そして今、その遺跡の隣に新たな遺跡が鎮座していた。
そう、この遺跡は元々ここに在った物ではない。
信じられない事に移動してきたのだ。
空を飛んで。
彼らの主君、フォーモル氏族の若き当主ゴラー。
彼は遂にアールヴ最高の遺産である天使と機動要塞の両方を手に入れたのだ。
天使に守られながら近づいてくる空中要塞を目にした時の感動は、言葉で表せるものではなかった。
彼らはすでに勝利を確信していた。
現在ゴラーは機動要塞に籠ってメンテナンスを行っている。
本来なら遺失した技術によって動く遺跡のメンテナンスなど不可能だ。
だが、偶然発見し、起動に成功した天使達。
彼らの持つ知識によってそれは可能となった。
天使達によると、低高度の飛行など要塞の機能の一部でしかないのだという。
本来の機能は、強大なエント族と渡り合えるほどの圧倒的なものなのだ。
今、ゴラーはその機能を開放しようとしているのだ。
最大のネックは莫大な魔力が必要な点だが、ゴラーには当てがあるという。
今度こそフォーモルがロスト・イリジアムの覇者となれる。
フォーモルの残党たちは期待に胸を高鳴らせていた。
一方、要塞内部では
「……どうだ? 足りるか?」
〈起動は可能〉
〈最大で3日間、連続稼働が可能〉
〈各種兵装の使用によって稼働時間は短縮〉
動力炉に1本の剣を翳すダークエルフの青年。
フォーモル氏族の当主であり、今回の騒ぎの中心人物であるゴラーだ。
彼の問いに答える無機質な声。
それは起動に成功したテストタイプのアンヘル達だった。
ゴラーが発見した遺跡は、データ収集が完了したアンヘルの保管庫だった。
動力炉はまだ辛うじて稼働しており、保管されていたアンヘルも大半が無事だったのだ。
その数、なんと15体。
単体としては欠陥品であっても、様々な種類がこれだけ集まれば十分に脅威である。
そして、ゴラーは彼らの価値を正確に見抜いていた。
それは情報源。
アリエルの様に自我を持たないロボットのようなアンヘル達。
だが、彼らの持つ情報はアリエルと同等かそれ以上だった。
ゴラーは彼らから情報を引き出し、戦力を増強してきたのだ。
隠れ家としていた遺跡もアンヘル達から聞き出した物である。
内部のトラップも彼らならフリーパスのものが多かった。
警備の魔法生物と所属が同じなのだから。
危険な森の中も彼らが警備を行えば安全だった。
それどころかゴーレムやパペットを従え、逆に戦力を増強してしまった。
「そうか。まあ、1日あれば勝負はつくだろうな」
〈肯定〉
〈戦力差は歴然〉
完成型のアンヘルが手に入らなかったのは残念だが、仕方ないと割り切った。
セキュリティのレベルが高すぎて、アンヘル達でも解除できなかったのだ。
何度も調査員を送ってはいるが結果は芳しくない。
犠牲が多く、もう調査は打ち切るべきという声が多数を占め始めているのだ。
そもそも、もうそんなものは必要ない。
フォーモルは最終兵器を手に入れたのだから。
問題は『ギガント・ルーク』を起動させるためのエネルギーだった。
動力炉自体は生きていたが、生成される魔力では全く足りなかったのだ。
魔石を大量に加える事で、どうにかここまで移動させたが魔石の在庫は切れてしまった。
調査の結果、アールヴの研究者は完成直前に死んでしまったらしい。
残された技術者たちが作った動力炉では出力が足りず、結局起動できないままエントの襲撃を受ける事になった。
ゴラーもバカではない。
世界樹から魔力を奪えば起動は可能だろうが、そんな事をする気は無い。
なぜ、わざわざエントを敵に回さなければいけないのか。
そもそも、手に入れるべき都市が滅んだら意味は無い。
そうなると別のエネルギー源が必要になるのだが。
「まったく便利な剣だよ」
〈異議あり〉
〈詳細不明〉
〈危険〉
「ふん、黙ってろ」
この剣は今のゴラーの始まりの剣であった。
誰も扱えぬ呪われた剣。
しかし、呪いの効かないゴラーは使いこなせた。
この剣を使うようになってから妙に周囲が素直になった。
頭の固い父が自分の言う事を聞くようになった。
命令された者は素直に従うようになった。
剣自体が、自分の使い方を教えてくれているようだった。
そのアドバイスを受け、同じシリーズを集めた。
イルダナの逆襲を受け、渇望した女性を手に入れられなかった無念。
それさえも糧にするようにゴラーは進み続けた。
剣の声が何故か聞こえなくなっても、止まろうとはしなかった。
ゴラーはもう自分が教わる事が無くなったのだと解釈した。
現に声が聞こえなくなってから、この剣には膨大な魔力が集まる様になった。
まるで神に供物をささげる様に、『爛れた牙』の使用者と犠牲者から。
その力は遂に『ギガント・ルーク』を起動させられるほどにまで膨れ上がった。
そう、自分はこの剣と共に神になるのだ。
欲しい物は全て手に入れる。
逆らう者は全て殺す。
世界はそうあるべきとゴラーは信じた。
彼はもう
止まれない
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ロスト・イリジアムから少し離れた森の中。
そこに大規模な結界が張られていた。
その強度は凄まじく、隠蔽機能も素晴らしかった。
それでも近づけば気付けるだろう。
空間を震わせるような魔力が、内部で渦巻いている事に。
強大な力を持った存在が戦っている事に。
「……降参、です」
「いや、大したもんだよ」
座り込むアリエルと気持ち埃塗れになったフィオ。
両者による模擬戦はフィオの完封で終了した。
と、言ってもフィオは手を出していない。
アリエルには、来たる決戦で活躍してもらう必要がある。
機能100%ではないアリエルにダメージを与えるのは、やるべきではない。
では、何をしていたのかと言えば戦力確認である。
実戦の前にアリエルの戦闘能力を把握しておくのは必須であった。
「多種多様なバリエーション、攻防共に隙が無い、さすがだな」
「そうでしょうか?」
フィオは手放しで褒める。
実際アリエルの戦闘力は特級品であった。
構造粒子体が体内で無数の魔法陣を形成し、強力な魔法を無詠唱で多重起動する。
翼は時には武器に、時には防具に変形し、変幻自在の万能兵器と化す。
まだ、若干状況判断が甘いが、それも時間の問題だ。
事実アリエルはこの模擬戦で膨大な戦闘データを収集し、驚異的な速度で成長していったのだ。
今回フィオはターゲットとして防御に徹していた。
アリエルは攻撃をためらったが、全力の攻撃をあっさりシールドで防がれると即座に考えを改めた。
つまり『マスターは自分より強い』と再認識したのだ。
この場はアリエルにとっては自己アピールの場となった。
アリエルは全力で自分を売り込んだ。
だが、結局攻撃はまるで通らなかった。
フィオは合格と言ってくれたのだが、なんとなく気落ちしてしまうアリエルであった。
一方、フィオはフィオである違和感を感じていた。
アリエルの攻撃は正直言って強力だった。
下手すれば使い魔と同等、戦闘向きではないリーフやシミラよりも純粋な火力は強いかもしれない。
だが、苦も無く完封できた。
この身を守るシールドは全方位に展開してあってもまったく揺るがなかった。
広範囲を守るシールドは一点集中タイプより脆いのにだ。
これはつまり
「フェイ、リーフどうだ?」
〈キュキュウ~(間違いないです)〉
〈マスター、強くなってますね~〉
「やはりか……」
アリエルを起動させた時から感じてはいた。
自分の魔力が以前よりも増大しているのではないかと。
自分の魔力の上限は、禁断の地に満ちていた魔力の総量と同じである。
それだけでも神種数体分を超える膨大な量だ。
だが、その上限値は減りはしないが増えることも無いはずだった。
「どうなってんだ?」
彼自身は身に覚えはない。
だが、それは自覚していないだけで、彼はあちこちに種を撒き散らしていた。
それらが芽を出した結果にすぎないのだ。
まず、フィオは下級の従属神ではあるが神にカテゴライズされる
そして神は信仰というエネルギーを受け取る事で、より強く高次の存在に成長する。
そう、フィオは彼を神と認識した者達の祈りを受け取り神として成長しているのだ。
思い返して欲しい。
彼が中央大陸と南大陸で行った行為を。
まるで天災のように全てを押し流し、吹き飛ばすような力を。
信仰の形は様々だが、荒ぶる神を信仰の対象とする宗教もあるのだ。
帝国、教国、そして獣人。
彼を認識した者達の祈り、畏怖、崇敬、それらは『裁きの神』としてのフィオの力を高めていた。
使い魔に向けたものであっても、その根源はフィオである。
当然フィオへの信仰と見なされる。
彼がその事実に気付くのはもう少し後の事になる。
さてさて、そろそろバトル開始と行きましょうか。
迫り来る巨大兵器、対するフィオは?