当て外れ
夜の森の中を進む集団があった。
種族はバラバラだ。
妖精種もいれば獣人もおり、ヒューマンもいる。
そこそこの実力はありそうだが、統率が取れているとは言いにくい。
臨時パーティを組んだ冒険者、もしくは寄り合い所帯の傭兵と言ったところだろうか。
ただし人数だけは多い。
50人近くはいるだろうか。
「なあ、ホントに大丈夫なのかよ……」
「まあ、怪しいのは確かだな」
「でも報酬がなぁ」
見た目通り、彼らは冒険者や傭兵だった。
それも長く中堅クラスに登る事が出来ず、燻っている者達ばかり。
こういった者達の中には、安全よりもハイリスクハイリターンを好む者が多い。
実力だけでは無理、ならばそれ以外で補うしかない。
秘伝の知識、強力なアイテム、方法は色々だ。
だが、先立つ物が無ければ始まらない。
多少うさん臭くても報酬さえよければ彼らは乗る。
だからこそ、使い捨ての捨て駒にされる事も多い。
「あの積み荷、何なんだろうな」
「もう少し近付けば解るだろ」
彼らの目的地は大都市『ロスト・イリジアム』。
失われた楽園の名を持つ古代遺跡を利用した都市だ。
そこに積み荷を持ち込むのが今回の依頼。
だが、正直言って不可解な点が多すぎた。
何しろ、『荷を1人が1つ持って都市に入り込み、できるだけバラバラにばら撒いて来い』、そんな訳の解らない依頼なのだ。
ばら撒く方法もこちら任せ。
店に売っても良いし、譲っても良い。
何なら適当なところに放置しても良いという。
何がしたいのかさっぱり解らない。
彼らにとって不幸だったのは、彼らの持つ情報の不足だろう。
ある程度の冒険者や傭兵なら、悪名高い呪われた武器の噂くらい聞いた事があっただろう。
かつてのロスト・イリジアムの内乱や、それを発端とした現在の厳戒態勢も知る事が出来ただろう。
だが、その日を生きるのに精一杯だった彼らは、そういった大局的な情報の価値を忘れていた。
自分達が囮、あるいは生贄にされている事に気付けなかった。
勘の良い者も確証が無い以上、いくら怪しいと思っても強硬に主張は出来ない。
それ程に報酬が破格だったのだ。
例え依頼主がそれを払うつもりが無いとしても、それは彼らには解らないのだから。
同じような集団が何組も、数日かけて依頼をこなしていた。
なんでも今が最大のチャンスなのだという。
彼らにその意味は解らなかった。
エリフィムの天才魔術師、最強の暗殺メイド、そして裁きの悪魔。
彼らが都市を離れている事など、自身には関係ない事なのだから。
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「失礼します」
「うむ、入れ」
カチャリとノブが回り、会議室の扉が開く。
入室してきたのは緑色の髪と目の少年、そしてメイド服に身を包んだダークエルフの女性。
シリルスとメリアであった。
「お待たせして申し訳ありません。メリア、お配りして」
「はい」
遺跡の調査結果やゴラーの今後の動きの予測。
判明している限りを記した資料を配っていく。
と、そこで気付く。
父を含むハイエルフの幹部は揃っている。
しかし、メリアの兄を含むダークエルフの幹部が半数ほどしかいないのだ。
「ああ、ラーム殿達は任務中なんだよ。ちゃんと渡しておくさ」
「解りました。では失礼します」
「シリルス……、頼むから危険な事はしないでくれよ」
懇願するような父の声。
周囲の都市幹部達も同意の表情だ。
自分の代わりはいない、そう言われるのはいつもの事だ。
誰の代わりもいない、などと反論するほど愚かではない。
この都市にとっての優先順位というものがあるのだ。
「解っております」
「そうか……」
父の心配そうな表情は変わらない。
僕の気性をよく知るがゆえに。
僕とメリアは、そのまま会議室を辞した。
「お兄様まで出動中ですか……」
「ラームさんなら1人でも対抗できるからね。兵士を消耗するのは得策じゃない」
「そう、ですね……」
今、ロスト・イリジアムはテロの危機にさらされている。
僕らが出ている間に多数の『爛れた牙』が持ち込まれたのだ。
タイミング的に僕らの不在を狙っていたとみて間違いない。
実際に浸食され暴れる者が発生しており、警備の兵士はフル稼働状態なのだ。
回収された『爛れた牙』はフィオさんに纏めて浄化してもらっている。
本来ならメリアも鎮圧に参加するべきなんだろうが、それは禁じられている。
これは明らかな陽動作戦だ。
刺客が侵入する可能性がある以上、メリアは護衛に残らなければならない。
「しっかし、どうして利用されるかねぇ? 明らかに怪しいだろうに」
「知ろうとしなければ解らず、見ようとしなければ見えない。そういう事でしょう」
「死ねばそこで終わりなのにな……」
運び屋は伸び悩んでいる冒険者や傭兵だった。
中級の壁を越えられず、燻っている者はいくらでもいる。
ゴラーはそんな連中を片っ端から運び屋として使っているのだ。
ある者は捕まり、ある者は抵抗して殺された。
また、ある者は自身が『爛れた牙』に浸食された。
無事に済んだのは数%だろう。
ついでに言えば、僕がゴラーの立場なら連中を放ってはおかない。
金を払うどころか、口封じに殺すか『爛れた牙』を持たせるだろう。
「その辺の勘や嗅覚も、強さの内なのでしょうね……」
「厳しい世界だよ、全く」
とは言え、僕らが帰還してからは新たな持ち込みはゼロだ。
ラームさん達が対応しているのは、それ以前に持ち込まれた物だけ。
それも直に排除し終わるだろう。
何しろ、この都市には恐るべき番犬がいるのだから。
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「よし、そろそろ行こう」
「1人が1つ、この武器を持って行くんだな」
「どれどれ。へえ、良い武器じゃないか」
「おい、抜くなよ? 報酬がパアだぞ」
「解ってるって……ん?」
呑気に話し合っていた2人は異常に気付く。
自分たち以外、誰も声を立てていないのだ。
50人もの人間が声1つ立てない。
そんな状況にようやく気付いた2人。
周囲を見渡すと全員が呆けたような表情で、同じ方向を見ている。
恐る恐るそちらを見ると、そこには予想外のモノが存在していた。
ある意味では夜の森にふさわしい存在。
背中に翅を生やした美しい女性が、妖艶な笑みを浮かべていた。
その全身は淡い光を放っており、宙に浮いている。
イタズラっぽい光を宿した両目から目が離せない。
吸い込まれるような感覚に気が遠くなっていく。
そして2人は周囲の者達と同じく、妖精の虜となった。
〈終わりましたよ~〉
「ご苦労さん」
気の抜けたような軽い声で妖精が呼びかけると、黒い影がそれに答えた。
当然、フェイとフィオである。
フィオは『爛れた牙』を探知でき、その情報は使い魔達に共有されるのだ。
帰還してからフィオ達は、1度も持ち込みを許していない。
いい加減ゴラー側も在庫切れであった。
「う~ん、駄目だな」
〈同じですか~〉
「ああ、リンクは切れてる」
回収した『爛れた牙』は当然調査された。
しかし、結果は芳しくなかった。
ゴラーの持つ最初の1本へのリンクが繋がっていれば敵の位置を特定できただろう。
しかし、回収された物は全てリンクが切られていたのだ。
もっとも、これは予想されたことであった。
ゴードンに食い込んでいた『爛れた牙』もリンクは切れ、魔力と邪気は自己を循環している状況だったのだ。
フィオの存在を警戒してなのか、それとも他に理由があったのか。
そこまではフィオには解らなかった。
フィオは知る由も無かったが、これは邪神側のトラブルが原因だった。
黒き神に負傷させられた邪神は、傷を癒し探知から逃れるため休眠状態に入っていたのだ。
『爛れた牙』が魔力を送信しようにも受信できない。
そんな状況が続き、遂にリンクが切れてしまったのだ。
これにより『爛れた牙』を通じてゴラーを見つけたり邪神に干渉する事は出来なくなった。
しかし、逆に言えば邪神からの干渉も不可能となったのだ。
これが吉と出るか凶と出るか。
それは、まだ解らない。
それから間もなく、持ち込みを謀った者達は全て捕えられた。
回収された『爛れた牙』は浄化の後、破壊された。
都市内の混乱も次第に収まっていった。
こうしてフォーモル側の第一手は辛うじて阻止された。
しかし、これはまだ前哨戦に過ぎなかった。
爛れた牙は既に邪神とのリンクが切れていました。
では、邪神に送られるはずの力はどこに?
まあ、バレバレでしょうけど……。