あるべき場所へ
マイク・ハワードは極当たり前の白人一家に生まれた。
家族は両親と姉。
頭は悪くないが、勉強よりスポーツが好きだった。
家族仲は良く、明るい家庭だった。
しかし平穏な生活は一瞬で崩れ去る。
異世界への召喚。
悪魔との戦い。
ファンタジーの様な出来事がその身を襲ったのだ。
現実は物語の様には行かない。
彼は恐怖し、傷ついた。
しかし両親により正しく育てられたマイクは、正義感にあふれる少年だった。
力を貸して欲しいと懇願する皇帝。
疲弊した国民。
それらを見過ごす事は出来なかった。
必死に訓練して力を付けた。
悪魔の放つ配下(悪魔は歪みをモンスターに変える能力を持っていた)を倒し経験を積んだ。
聖教国とも力を合わせ必死に戦った。
そして遂に、マイクは悪魔を倒すことに成功する。
これで自分の役目は終わった。
国は救われ、自分は帰る事ができる。
そう思った。
「……帰る方法が、無い?」
のらりくらりとはぐらかし、これからも力を貸して欲しいなどといいだす皇帝。
遂にマイクは我慢できなくなり、問いただした。
その結果知ったのは、異世界召喚に送還術は存在しないという事だった。
召喚対象が自力で、あるいは敵の手で送還されないように術式自体が意図的に抹消されたというのだ。
激昂するマイクに対し、帝国は送還技術を研究させると約束した。
しかし、最早マイクは帝国を信用する事が出来なかった。
マイクもバカではない。
一度疑問に思えば理解するのは早かった。
自分が知らされていたのは、帝国にとって都合の良い事ばかりであった事を。
異世界召喚とは召喚者の望む者を召喚する。
彼らにとって自分は奴隷であり、道具なのだ。
民の困窮も国の上層部の腐敗が原因であり、悪魔は関係無かった。
聖教国は異世界召喚を邪法として迫害している。
マイクの知識で言えば、魔女狩りや十字軍の様な事をする非道な国だと教わった。
しかし、実際に侵略しているのは帝国側であった。
そして万単位の生贄を必要とするのだから、異世界召喚は邪法と非難されても仕方ない。
自分も生贄の犠牲の元、ここにいるのだ。
自分以外の3人の異世界人は、全員が技術者だった。
建築技術者はビジネスと割り切っており、待遇さえ良ければ他に興味は無い人物だった。
研究者も好きな実験をさせてもらえるのなら、非道な事でも許容していた。
最古参の医者は異世界を発展させたいと願い、医療の知識や技術を広めようとしていた。
しかし、3人とも帰還は諦めるか帰りたいと思っていなかった。
そして始まったのは内部粛清。
聖教国との和平を望む勢力は次々に暗殺されていく。
マイクにも汚れ仕事の依頼が来たが、断固として拒否した。
自分はそんな事をするために剣を取ったわけではない、と。
気が付けば数年の月日がたっていた。
野盗やモンスターの討伐を行っていたマイクは、珍しく皇帝に呼び出された。
送還技術開発に進展があったのかと期待したが、それは裏切られた。
皇帝は言った。
「聖教国を攻める。その先陣を切れ」、と。
当然反発するマイク。
しかし、皇帝は続ける。
このままでは帰還方法は見つからない。
しかし、聖教国にならヒントがあるかもしれないと。
聖教国には天使より授けられた技術が存在する。
反異世界召喚国なのだから、対抗技術として送還法を開発しているかもしれないと。
すでにマイクは理解していた。
こいつらは自分を良い様に利用したいだけで、これはその為の方便にすぎない。
聖教国にその技術がある可能性は低いだろう。
そして、なら次はこの国、なら次は……と、侵略に利用するつもりなのだ。
マイクは絶望した。
それは自分が帰れる可能性が低い事を理解したからであり、こんな連中の為に戦ってきたのかという失望のためだった。
それを感じ取った皇帝は先回りした。
他国では反異世界召喚が主流であり、逃げ出しても今以上に冷遇され、帰れる可能性は今より低くなると彼に吹き込んだのだ。
帰れないと知ると、なお膨らむ望郷の念。
マイクの精神にヒビが入った。
彼は僅かな可能性にかけて戦う事を選んだ。
以前の快活さは影を潜め、機械の様に戦い続けた。
かつて共に戦った聖教国の騎士たちも手にかけた。
彼の心はどんどん壊れていった。
しかし、彼の力は本物で聖教国の勇者さえも圧倒してみせた。
そしてある日、彼は戦友ウェインと刃を交えた。
彼は攻撃魔法が苦手なため勇者とはされなかったが、その剣術は飛び抜けていた。
10年で彼は精鋭騎士団の隊長に上り詰めていたのだ。
しかし、有利なのはやはりマイクだった。
ウェインは必死にこちらに呼びかけた。
停止していた心が僅かに動き、言葉が漏れる。
それは切実な心の叫びであり、悲鳴だった。
何度もあった出来事だ。
しかし、知り合いの勇者も、天翼騎士団第3部隊の隊長も彼を救う事は出来ず倒れた。
本来ならウェインも同じ運命をたどるはずだった。
「いいだろう」
しかし、今回は答える者がいた。
気が付くと自分の剣は受け止められており、自分の胸は槍に貫かれていた。
相手は黒髪紫眼の黒いコートの男だった。
「座標確定。時間軸修正。送還」
男が何やら呟く。
次の瞬間、マイクの視界は暗転した。
目を開けると、そこは自分の部屋だった。
見なれた日常風景。
ふと、何かを思い出しそうになる。
「マイクー、そろそろ起きなさーい」
「あ、はーい」
自分を呼ぶ、母の声にハッとなる。
そうだ、学校に行かなければ。
急いで着替えて荷物を持ち、部屋を出る。
ふと、聞き覚えのある、しかし、なじみの無い声が聞こえた気がした。
部屋を振り返るが誰もいない。
首を傾げながら階段を下りていく。
マイク・ハワードはありふれた日常に帰っていった。
その事を当たり前に受け止める。
だが、何故か今日は平凡な日常が輝いている気がした。
「忘れろ。全ては悪い夢だ」
ダイジェスト風でした。
一応、救いのある結末にしました。
帝国への対応は決まった様なものですね。
ジャッジは……有罪!




