エリフィムの事情
「……何が目的だ?」
「やはり解りますか」
「微かにだがな。大した隠蔽だ」
ギフトの気配。
つまり、こいつは転生者だ。
だが今一こいつの意図が読めない。
こいつは明らかに俺が転生者狩りの実行犯だと知っている。
どうして知っているのかも疑問だが、なぜ平然としているのか。
状況的に会わざるを得ないのは事実だが、むしろ会おうとしていた節もある。
俺を逆に倒そうとでもいうのか?
悪いが、いくらあのメイドが凄腕でもそれは不可能だ。
何がしたいのだろう。
「隠蔽じゃないですよ。僕のギフトは未覚醒なんです」
「何?」
「『ポケット・クリーチャー』って知ってます?」
なんだ、その某有名人気ゲームみたいなのは。
ボールでモンスター捕まえる系の新作か?
あ、いや、俺と同じ世界とは限らないのか。
「そのものは知らんが、似たようなものは知ってる」
「おお、通じた。こういうのって全世界共通ですね。じゃあ、『マスター・カプセル』は」
「捕獲成功率100%か」
「その通りです」
転生者は様々な世界から連れてこられたと聞いている。
中には当然、俺の元の世界に近い世界もあるだろう。
こういう文化は似るものなんだな。
「これって普通どう使います?」
「1体しか現れない捕獲が困難なボスに使うな」
「普通はそうですよね。でも僕は取っておくんです」
「コレクターか」
「似たようなものですね。1個しかない物を使うのがもったいないんですよ」
ふむ、確かにそういう奴はいる。
別にマスターを使わないと捕獲できない訳じゃないからな。
最強のボスを市販の最低性能のボールで捕まえたーって自慢する奴もいたし。
「つまり、お前はギフトを覚醒させるのがもったいなかったと」
「ええ、とにかく環境に恵まれてたもので。ギフトが無いと生きられないとか、そんな状況にもなりませんでしたし」
この大陸は国という枠組みが存在しない。
古代ギリシャのポリス国家の様に、1つの都市が一つの国として機能している。
大都市ロスト・イリジアムの名門の嫡男と言う立場は、王族クラスの大貴族に相当する。
加えてエリフィムという希少種族は魔法の天才だ。
そして凄腕で美人の護衛兼メイド。
ギフトなんぞ無くても不自由はしなかっただろう。
これだけ聞くと嫉妬に狂う奴もいるだろう。
だが、ニクスはともかくシゼム辺りはこいつと大差は無かった。
肉体スペックは知らないが、政治的センスは十分だったと思う。
だが、彼はギフトを使い裏社会に踏み込んだ。
そして破滅した。
「必要無いと思うと不思議なもので、疑問を抱き始めたんです。僕らの出会った神に、そしてギフトに。アレは本当に神なのか? そしてギフトとは何なのか? こんな都合の良い力が何のリスクも無く使えるのか? 限がありませんでしたよ」
「いや、ある意味当然の疑問だな」
ゲーム風に言えば未鑑定のレアアイテム。
なんとなく使う気が無くなったシリルスは、むしろギフトを活性化させないように気を付けたという。
ギフトは欲望や願望に反応して活性化する。
ならばと欲望を溜め込まず、しかし羽目を外さないように生きてきたという。
並行してギフトについての情報収集も行ったそうだ。
情報元はもちろん転生者ネットワークだ。
自分からは書き込まなかったので、他の転生者は彼の事を知らない。
だが、彼は他の転生者の事をよく知っていた。
そしてネットワークに転生者を狩る者の存在が書き込まれる。
さらにギフトの危険性を指摘する者も現れた。
シリルスは家の力を使って直接調査を始めた。
そして、すぐ隣の都市で転生者と狩人の接触があった事を突き止めた。
凄まじい情報の速さだ。
「ギフトの浸食が浅ければ悪影響は無いんですよね? こんな爆弾、サッサと取り除いて欲しいんですよ」
「大したものだな」
「ええ、まあ。この世界がゲームみたいに優しくないってのは良く解ってるんで……」
「?」
「あ、いえ。こっちの事です。じゃあ、お願いします」
シリルスは立ち上がると俺の前に立ち手を広げた。
俺も神槍を呼び出し、浄化の力を纏わせる。
と、その時、扉から刺す様な殺気が俺に叩き付けられた。
これは
パンッ
シルリスが手を鳴らすと部屋全体が結界に包まれた。
速いし精密な見事な術式だ。
同時に殺気が収まる。
なるほど、手を出すなって伝えたのか。
「良い従者だな」
「ええ。護衛であり、従者であり、姉である。大切な女性です」
「惚気はいい。いくぞ」
突き出された切っ先はシリルスの胸を貫通する。
しかし、傷は無く血の一滴も流れない。
代わりに切っ先には濁った神気が刺さっていた。
それも蒸発するように消える。
呆気ない程の無抵抗だ。
「終わったぞ。覚醒していなければこんなもんか」
「……うん、何だかスッキリしましたよ。ありがとうございます」
シリルスは満足そうに頷くと、再びソファに腰を下ろした。
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「しかし、よくまともに生きてこられたな」
「そうですか?」
転生者達は、ほぼ例外無く前世での事情を抱えている。
それらが生き方を縛り、時に歪ませる。
シリルスの様に恵まれた環境であっても、それはそれで歪むものだと思うのだ。
だが、こいつは先ほど言った。
この世界はゲームのように優しくないと。
普通に考えれば、何かそう思わざる得ない事を体験したのだと推測できる。
だが、そんな経験をすればギフトに頼りたくなるのが人情だ。
怪しかろうがリスクがあろうが、他に手が無ければ頼らざる得ないのだから。
そうなるとシリルス自身ではなく、他の誰かという事になるのだろう。
そして思いつくのは
「聞きたいことがある。さっきのメイドの事だ」
「何ですか? メリアは僕のものです。上げませんよ」
「違う。なぜダークエルフの重鎮の一族がメイドなんてやってるんだ?」
先程鑑定した彼女の名前は『メリア(・イルダナ)』だ。
何故か剥奪されているが、軍部のトップであるイルダナ氏族の令嬢なのだ。
更に魔力を観察すると奴隷紋が解除された形跡もあった。
つまり彼女は解放奴隷なのだ。
称号やスキルも出自に似合わない。
「……」
シリルスは黙って目を閉じた。
そして話し出した。
彼女の過去を。
「彼女が僕に与えられたのは、僕が苗の頃でした」
妖精種は幼児、青年などの代わりに苗や若木などと呼称する事がある。
彼が数十年を妖精種として生きてきた事を実感させる。
「当時の僕はまだゲーム気分が抜けていない状態でした。そこに所有物としてあんな美人が与えられたんです。まあ、有頂天になってしまいましたね」
「まあ、男だしな」
「でも、当時の彼女はクールっていうより空っぽな人形みたいでした。訳ありな感じでしたしね」
彼女は不自然なほどに無知だったが、驚くような速さでものを覚えていった。
その優秀さは、イルダナ氏族の出だと聞いてようやく納得したほどだったそうだ。
シリルスが若木となる頃に、ようやく感情らしい感情を見せてくれるようになったらしい。
誠実にシリルスに尽くし、奴隷からの解放も許された。
「そんなある日、僕は流行り病に倒れたんです。彼女はこちらが心配するほど献身的に看病してくれました」
熱で朦朧としていたシリルスはつい尋ねてしまった。
彼女の過去を。
それは壮絶な過去だった。
「……重いな」
「ええ、この話を聞いて、まだゲーム気分でいられるほど僕は図太くなかったんです」
程なくシリルスは快癒し、メリアの献身は大いに評価された。
同時に彼女はシリルスにとって、ただのメイドではなくなっていた。
言い寄って来る名家の令嬢たちが目に入らなくなるほど。
そして彼女はシリルスの夜伽も任せられた。
出生率の低い妖精種にとっては性教育はかなり重要なんだとか。
妊娠すれば、そのまま妾となるのだ。
シリルスの夜伽はさぞ倍率が高かっただろう。
彼には幼馴染の婚約者がいたが、それはそれという事らしい。
「僕も彼女も初めてでしたが……」
「ストップ。惚気はそこまででいい」
脱線し過ぎだ。
まあ、振った俺が言うのも理不尽だがこいつの食い付きも半端ない。
むしろ彼女との馴初めを聞いて欲しいんだろうな。
悪いがさっさと本題に入らせてもらおう。
惚気を聞かされてうんざりのフィオ。
やはりシリルスは一度刺されるべきなのか?
だが、それを阻むのは他でもないメリアさん。
次回シリルスの目を覚まさせたメリアの過去が明らかに。
メリアの独白という形で紹介しようかと。




