プロローグ
生物と無生物の差はどこにあるのか。
例えば、有機コンピュータと生物の差は?
魂とは何なのか。
多くの科学者がこの疑問に挑戦してきた。
思考? 感情? 代謝?
思考も感情も、神経細胞ネットワークを走る電気信号であり化学物質だ。
有機コンピュータで機械的に再現が可能である。
培養されたクローン細胞臓器も代謝している。
では、これらは生きているのか?
生物は死んだ瞬間重量が減るという。
その理由は?
呼吸が止まりガスが抜けたから?
代謝が無くなったから?
これらの答えをオカルトに求める者もいた。
曰く、魂、精神と呼ばれるものは、未知の物質『霊子』によって構成されている。
物質に霊子が結びつく事で、生物となる。
人間は物質量に対し霊子量が多い。
虫などは霊子量が少ない。
生物が死ぬと霊子は放出されてしまう。
だから軽くなる。
幽霊とは、生前の脳細胞ネットワークの影響を受けたままの霊子だ。
霊子は精神に影響するのだから、呪いなども説明がつく。
しかし、これらは所詮仮説である。
根拠となる霊子が観測できないのだから。
きっとこの疑問は、これからも人類の英知に対しての壁として存在し続けるのだろう。
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世界とは一つではない。
大きな湖に浮かぶ泡の様に、近付き離れ時に接触する。
この場合の距離は物理的な距離ではなく、空間的な位相である。
接触した世界はある時は一つになり、ある時はまた離れる。
時として、本当に泡のように弾けて消えてしまう事もある。
そういったリスクを考えれば、孤立した世界は安全と言えるだろう。
もっとも、お互いの世界の距離を固定する技術を生み出した世界もある。
橋や門の様な装置で互いの世界を行き来する。
そんな世界も存在する。
目的の物を呼びよせる召喚魔法を、別の世界に行使する世界も存在する。
世界を泡に例えるなら、泡に穴をあける行為であり、非常に危険である。
自分にとっても、相手にとっても。
ある時、非常に孤立した世界に、珍しく別の世界が接近した。
片方は魔力と呼ばれる力、霊子と呼ばれる物質が豊富だった。
もう片方は乏しかった。
2つの世界は接触し、僅かな時間で再び離れていった。
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広大な地下空間。
そこに、巨大な有機コンピュータが存在した。
かつて行われた、とあるゲームのβテスト。
その全データのバックアップが、ここに収められていた。
そこに空間の亀裂が発生し、不可視の何かが流れ込んだ。
それは有機コンピュータ内に浸透し、そこに眠るデータと融合していった。
データと何か、霊子の融合したモノは、コンピュータ内部で最も大きいあるプレイヤーのデータをベースに自身を構成していく。
それは精神、魂と呼ばれるモノへと姿を変えていった。
空間の亀裂が消え始める。
流れ込んだ霊子は、引き寄せられるように亀裂に吸い込まれていく。
それに引きずられるように、新たに誕生した魂は別の世界に旅立って行った。
後に残ったのは静寂。
後日、エンジニアがデータの消失に気付くのは余談である。
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そこは不毛の大地だった。
大陸の中央部という地理的条件により、何百何千回と戦争の舞台になった。
何十回と禁術クラスの戦略級魔法が行使された。
億を数える命が散り、大地に血が染み込んだ。
結果、その地には超高濃度の魔力が滞留する事になった。
生物はもちろん、アンデッドや精霊さえも存在できなくなった。
魔力生命体である精霊にとって、魔力は酸素の様なものだ。
しかし、濃すぎる酸素が毒になるように、ここでは精霊も分解され魔力に溶けてしまうのだ。
負の魔力によって動くアンデッドも同じだ。
そんな死の大地の上空に、突然亀裂が走った。
膨大な魔力が押し出されるように流出したが、亀裂が小さくなると押し返されるように戻ってきた。
そして亀裂が消える寸前、それは迷いこんできた。
大きな魂が1つと、付属するように小さな魂が13個。
次の瞬間、この地に満ちる莫大な魔力が収束し始める。
核となるのは異界の魂。
腕が、足が、魔力によって構成されていく。
そして全てが終わった時、この地の魔力は根こそぎ食いつくされていた。
ゆっくりと地上に落ちてくる人影。
その姿は黒髪に黒みがかった肌の青年。
豪奢な槍を握り、黒いコートを身に纏っている。
周囲を舞う13個の魂がその身に吸い込まれる。
浄化された不毛の大地で、青年の目がゆっくりと開かれた。
「ここは……」
そして始まるのは異世界を舞台とした、もう1つの物語。
黒き神の代行者にして、聖なる悪魔の物語。
前作外伝のコピーです。