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つり橋の罠

「このつり橋について説明します。皆さんよくお聞きください」

 湖の時と同じだ。

「この釣り橋はご覧のとおり、五つ存在します。もちろん、どの橋を使用しようと問題はまったくありません」

 その言葉を聞いて少し安心した。五つの橋の中の内、四つはトラップでがけに転落してしまうとかだったらどうしようかと思ったからだ。

「しかし、この橋は黒いロープで支えられています。踏み板以外すべてそうです。もし、この橋を渡る場合、踏み板以外の箇所、つまり黒い部分には絶対に触れないでください」

「おい、じゃあ、この先の長い下ががけになっている橋を手すりも使わずに渡れってのかよ!」

 マイケルコスナーが天使たちに質問した。

 ロープだけではなく、手すりも見事にヘドロのように塗られている。少しでも足を滑らしたら、がけに墜落してしまう。

「そのとおりです。もし、その黒い箇所を触れた場合は、がけまで繋がっている黒いロープを渡って這い上がってきます。もちろん、時間制限はありませんのでゆっくりとお進みください」

 辺りは再びどよめきの嵐になった。

「私、高いところ苦手なのよ」

 さっきまで強がっていたメアリーが突然恐怖しだした。

「問題ないさ。板を踏みながら進めばいいだけのことだ」

 実際に、踏み板の横幅は人の肩幅くらいはある。問題はない。

「それに俺は高い所は好きでね。問題ない。まあ、板が外れたとかそういうハプニングがなければの話だけど」

「ああ、馬鹿は高いところが好きって言うやつですね」

「うるさーい!」

 もちろん、小島は本心で言ったのではないことは分かっていた。メアリーを落ち着かせようとわざとそのようなことを言ったのだ。本当にいいやつだ。小島という男は。俺なんかよりよっぽど生きる価値のある男だったのではないだろうか。

「何、その話」

「日本ではそういうんですよ。馬鹿は高いところが好き、馬鹿は風邪を引かないってね。昔からの言い伝えみたいなものです」

「神路は風邪とか引いたりする?」

「いや、俺は万年皆勤賞だったけど」

・・・しまった。自ら墓穴を掘ってしまった。

「ああ、やっぱり。馬鹿ってうらやましいわ」

 メアリーからの史上最大の侮辱を受けた俺であったが、笑顔を取り戻してくれたので安心した。しかし、皆勤賞の俺が簡単に死んでしまってはどうしようもないが・・・

「余計なお世話だよ。しかし、橋を渡るのにまた悪魔が待ち伏せているとなると、やっかいだな。この試練で必ず失敗する人が出てくる。それを考えると、迅速な行動が必要になる」

 我ながら、かっこいいことを言っている。しかし、その本音は『逃げ』である。早く、こんな場所から脱出して天国へ逃げたいのである。

 俺は周りの人々を確認すると、誰も動こうとしない。皆、恐怖に駆られているのだ。こういう空気の時、絶対に日本人は動かない。周りの反応を確かめてから動く。しかし、それでは駄目だ。この状況で最初に動くとすれば、アメリカ人。特に自意識過剰な人物。それはマイケル・コスナーだ。あの男は口ばかりでかなりのへたれだ。そんなやつが最初に橋を渡れば、たちまち失敗し、皆が橋を渡り終える前に悪魔の餌食になる。それだけは阻止しなくてはならない。

「いくぞ!」

 俺は小島とメアリーに力強く言った。

「え?」

「先輩?」

 俺は二人の腕を掴み、五つある橋の中で一番真ん中のものを選び、板だけを踏むように心がけながら、渡り始めた。

 いざ、橋を渡ろうとすると、手すりがない状態で進むことがいかに難しいかを実感することになった。俺、小島、メアリーの順番に渡り始めた。その結果、三人分のゆれが発生したのである。俺は恐怖しながらも、両手を絶対に黒い手すりには触れないように細心の注意を払った。しかし、左右のゆれが激しく、俺はひざを下ろし、踏み板に手をつけて、バランスを維持せざるをえなかった。

「結構難しいな」

 両手で板に力を入れ、バランスを取り戻し、俺は再び立ち上がった。そして、ゆれないようにゆっくりと踏み板に重心をかけていく。

「怖い、怖いよ」

 メアリーは底が見えないがけとその高さに怯えている。

「落ちなければ問題ない!」

「そんな簡単に言わないで!」

 メアリーからの怒声が帰ってきた。

「慌てることはない。時間はいくらでもある」

 死人に時間の概念があるのか正直疑問である。しかし、がけに落ちて悪魔になどなりたくはない。皆でこの試練を乗り切るんだ。これはゲームではない。全員クリアできるのであるから。

 腰を下ろして、板に手を置き、再び立ち上がり、ゆっくりと歩きながら、バランスを保つためにまた腰を下ろし、踏み板に手をつける。この繰り返しである。

 なかなか前には進めない。しかし、あせってしまっては悪魔を呼び出してしまう。もし、悪魔が現れれば、ロープをたどって這い上がってきて、橋はさらに揺れてしまうだろう。もし、そうなってしまえば、大勢の人々が湖と時と同じように悪魔に連れ去られてしまう。だからこそ、最初に橋を渡った俺たちはとても責任が重いのだ。しかし、味方を変えれば、早く橋を渡りきってしまえば、仮に悪魔が現れたとしても、逃げ切る可能性が高い。

「こんなに緊張したのは初めてですよ」

 小島は明るい笑顔で言った。

「何そんなことを言っているのよ!」

 ぴりぴりとしたメアリーがあいも変わらず怒鳴っている。

「だって、この世界おもしろいんですから」

「どうしてだ?」

「僕が今まで緊張したことと言えば、心臓の手術くらいでした。でも、何度も何度も受けてれば緊張もしなくなりますし、正直飽きます。それに死ぬほど怖い思いは生まれつき味わってきたので正直怖くないんです」

 その言葉は俺を安心させた。小島の言葉にはそれだけの力が備わっているのだろう。

「わくわくですね」

「いいノリだな。小島!」

 そうさ。こんなところで怖がっている場合ではないのだ。俺は天国をこの目で見たいのだ。天使たちも知らない未知なる世界。俺が夢見た壮大な旅はまだ始まったばかりなのだ。

「いくぞ! こんなところで終わってたまるか!」

 俺は立ち上がり、少しスピードを上げて進んだ。若干ゆれても、踏み板に手をつけることはしなかった。ゆれに対する恐怖心は少しずつ慣れてきている。

「メアリー、何を怖がっている。お前らしくないぞ!」

 少し前まで俺を散々馬鹿にしてきた仕返しを今俺は果たそうとしている。実に小さい男だ俺は。しかし、そんなことでひるむメアリーではないだろう。アメリカ人の頑固さとプライドの高さは伊達じゃないはずだ。

「うるさいわね。橋を渡ったら仕返ししてやる!」

 そうだ。その調子だ。お前はそういうキャラでいい。こちらもテンションが上がってくるものだ。

「早いこと、この橋を渡って、天国へ行くぞ!」

 俺は自信に満ち溢れながらも、身長に踏み板に体重をかけていく。しかし、俺は少し考えが甘かった。この橋を渡るのは俺たちばかりじゃないのだ。俺たちの行動を見た多くの人々も五つある橋を渡ろうとぞろぞろと進んでいたのだ。そのため、俺たちが使っている橋は左右にゆれ、バランスを保つのが難しくなった。 

 しかし、だからといって橋を渡るなと言える状況ではなかったため、後方にいる人たちに迷惑をかけないようにできるだけ早く前へと進んでいった。

「おい、何ちまちま歩いてるんだよ!」

 隣のつり橋で、マイケル・コスナーが俺を挑発していたのだ。

「こんなの簡単じゃねーか。何びびってんだよ」

 マイケルはまったく恐怖を抱いていない。そう表情に出ていた。とはいえ、一応は俳優である。強がりの演技かもしれない。しかし、今はあんなやつの存在はどうだっていい。

 俺は無視し、手すりを使わずにバランス感覚だけを頼りに一歩一歩前進していくのであった。後方を見ると、メアリーと小島も俺についてきている。しかし、俺との距離がどんどん離れてきているのが分かる。それだけ、二人はこのつり橋に全神経を集中させているのだ。これ以上の無駄な会話は不要のようだ。

 俺は何も言わずに先へ進む。

 俺たちが使用している橋は人が増えてきたためにゆれがますます激しくなった。すると、隣で橋を渡っているマイケルが調子に乗って踏み板を早歩きで進んでいったのである。プライドが高いマイケル・コスナーはきっと誰よりも早く橋をクリアしたいのだろう。しかし、そんなことは実に無意味だ。誰が先に橋を渡ることは重要ではないのだ。失敗しないこと。それがもっとも大切なことなのだ。湖の時だってそうだ。失敗さえしなければ、何の問題もない場所だったのだ。

 そのことをまるで分かっていないマイケルは誰よりも先に橋を渡りきろうとしたが、それは不可能であった。彼は誰よりも踏み板に体重をかけているのでどの橋よりもゆれが酷かった。そのために、マイケルの後方にいる人々はなかなか前へ進むことができずにいた。

「マイケル! 早く進むのは止めろ! 後ろの人たちが前へ進めないじゃないか!」

 俺は大声で注意した。無意味なことは分かっていたけれど、言わずにはいられなかったのである。

「うるさい! この俺に指図するな。凡人の分際で!」

「頼んでいるだけさ。ただ、周りの人の気持ちを少しは考えてほしいだけさ」

 マイケルも含めたすべての人の無事を俺は心から願っていた。

 すると、早足であったマイケルがバランスを崩し、踏み板に腰を落としてしまった。けれど、黒いロープには触れてはいない。

 俺は安堵し、前へと進んでいく。俺が進んだ分だけ、後方にいる人が触れ、つり橋のゆれはますます酷くなる。俺はスピードを下げ、ゆっくりと踏み板に足を乗せる。

「神路、待ってよ!」

 メアリーが俺に向かって叫んでいる。

 気がつけば、メアリーや小島との距離がどんどん離れていた。他の周りの橋を見ても、進みが遅く、順番をつければ、マイケルが一番で俺が二番のほぼツートップ状態だ。

「遅いぞ。追いてっちゃうからな」

 俺は冗談で言った。

「この橋を渡りきったら許さないから!」

「先輩、酷いです」

 二人からの恨みつらみが飛び交うが、彼らのペースに合わせたところで何か変わるはずもない。なら、早く橋を渡りきり、後方の人々に迷惑をかけないほうが得策だ。

 すると、あることに気がついた。

 横にあるつり橋を渡っていたはずのマイケルが腰を抜かしていたのだ。先ほどこけたことが原因でようやくこの橋の怖さが分かったようであった。

 そして、俺はマイケル・コスナーを追い抜き、トップへとのぼりつめた。しかし、これは競走ではない。勝ち負けの概念など存在しないのだ。

 マイケルは恐怖のあまり、立ち上がるのが困難になっていた。実に間抜けで痛々しい。あれが人気のハリウッド俳優だというのだから呆れてしまう。

 しかし、マイケルを救う余裕は俺にはない。

 俺はヘドロのようなロープに触れないようにゆっくりと脚を動かしていた。

 あと少し、四分の三をクリアしたので自信に満ちていたが、それはもろくも崩れ去った。

 マイケル・コスナーが使用しているつり橋がまるで何かに掴まれたかのように大きく左右に揺れたのである。そのため、マイケルや他の人々は黒いロープを掴んでしまったのだ。下を見ると、そのつり橋から垂れ下がっている黒いロープから邪悪な悪魔たちが綱を頼りに上昇してきたのである。誰かが誤って黒いロープを掴み、それを知った悪魔たちが一斉に登ってきたためにロープが大きく動いたのだと俺は考えた。

 悪魔たちが這い上がってきているため、マイケルたちの橋は左に傾き、黒い手すりを使わなければもはや渡れない状態であった。

 なんとかしなければ。

 俺は内に秘めた小さな正義感が湧き出るのを感じた。メアリーは、俺は逃げていると言ったが、俺だって人間だ。人を助けたいという願望はある。

 俺は残りの踏み板を進み、橋を渡り終えようとした矢先、この橋も左右に揺れてしまった。俺はすぐに体勢を低くし、踏み板に両手をついた。しかし、後方にいる大勢の人々は手すりやロープに触れてしまい、悪魔が這い上がってきてしまった。

「まずい! 皆早く渡りきるんだ!」

 俺はスピードを上げ、踏み板だけを使って進んでいく。もし、先頭にいる俺が手すりやロープに触れてしまった場合、その場所の下から悪魔がやってきてメアリーたちが悪魔の餌食になる可能性を考慮したためである。

 しかし、俺とは違う考え方をしているやつがいた。

 マイケル・コスナーはそんなことはお構いなしに手すりを使ってもうスピードで橋を渡っている。そのため、マイケルが触れた手すりの下から数多くの悪魔が這い上がってきて、ロープは左に傾き始めていた。すると、欧米系の五十歳くらいの男性が足をすべらせ、橋から転落してしまったのだ。

 その時、その男性は大きな断末魔の叫びを俺たちに残したために、恐怖心はさらに増加してしまった。特にメアリーはその男性の落下する光景を果てしなく深いがけで見えなくなるまで眼球を大きく開きながら見ていた。

「メアリー!」

 俺は大きな声でメアリーに叫んでみたが、ショック状態のメアリーには声は届かなかった。

 放心状態のメアリーは固まって動こうとしない。

「メアリーしっかりしろ! 皆で天国へ行くんだよ!」

 しかし、何も変わらない。それは他の人たちも同じであった。恐怖は伝染し、大半の人々に感染していく。

 しかし、橋を渡らなければ俺だって危ない。どうすればいい? このまま一人だけ前に進むか? それとも、一旦戻ってメアリーと小島がいる場所へと戻っていくか?

 俺の中で葛藤が始まっていた。人々を助けたいやさしき心と、自己利益を優先させる醜いエゴの塊の心が。

 すると、予想外の人物からの声が聞こえた。

「先輩、メアリーは僕が何とかしますから先へ行ってください!」

 小島のたくましい言葉は俺の胸に不思議な痛みを与えた。

「おい、何を言っている!」

「大丈夫です。それに先輩が先へ行かないと僕たちも前には進めないですよ」

「だからって・・・・」

 しかし、小島に言っている言葉は間違ってはいない。それにこの場から早く離れたいという逃げの願望が俺の心を支配しようとしている。

「ごめん、先に行く」

 俺は辛い現実から逃げる決断をした。もちろん、これを否定することはできない。間違ったことはしていないのだから。しかし、正しいとも思えない。

 けれど、どうすることもできない俺は前に進んでいった。

 せめて、無事この難問をクリアして後方にいる人々の迷惑にはならないようにするしかない。

 そして、ヘドロ色の手すりやロープに一度も触れることなく、俺は橋を渡りきることができた。

 安堵感と同時に罪悪感が心の底から湧き出てきた。

 メアリーはまだ体が動けないようである。それは他のつり橋を渡っている人々も同じであった。唯一動いているとすれば、マイケル・コスナーが使っていたつり橋は完全に悪魔たちの巣窟へと変わっていった。マイケル以外のつり橋を渡っていた人々は前方からやってくる悪魔たちに対抗していた。そのために、つり橋の道を完全に封鎖されてしまったのだ。それだけじゃない。その橋から数多くの悪魔たちがどんどん這い上がってくるのだ。そのため、バランスを崩し、橋から落下する人々が増えていった。その叫び声はトラウマになりそうであった。

「皆、慌てるな! 落ち着いて橋を渡るんだ!」

 しかし、そんな言葉は誰の心にも届いてはいなかった。もはや、どの橋もパニックを起こした大勢の人々であふれていた。

「私、これ以上渡れないわ!」

 メアリーもそのパニックの一員となっていた。

 このままではメアリーや小島の後方にいる多くの人々が悪魔の犠牲になってしまう。何とかしなければならないが、もう一度橋を渡る勇気が俺にはなかった。

 しかし、どうにかしなければならない。このままではメアリーのせいで悪魔の餌食になるものは増えてしまい、メアリーを先頭に立たせた責任のある俺はその罪悪感から逃れることができなくなる。

「メアリー、聞いてくれ! 君が橋を渡らなければ他の人も前には進めないんだ。幸い、この橋には悪魔はまだいない。大丈夫だ。お前ならできる。慌てるな。前だけ見るんだ。避けいな視界はすべて遮断しろ!」

「メアリー、いっしょに行こう。先輩ができたんですよ。僕たちができないわけがないじゃないですか!」

 小島の援護はありがたかったが、感善に馬鹿にされていることに若干の苛立ちを感じていた。

「小島、こんな時に俺の悪口を言うんじゃない!」

 すると、皮肉にもメアリーから笑みが生まれた。

「そうね、神路ができたんだもの。私が渡れないわけがない」

「おい、何二人で納得しているんだ!」

 しかし、これでいい。これでメアリーが復活するのであればそれで・・・

 メアリーは立ち上がり、震える両足で再び踏み板を歩き始めた。その後に小島もついてくる。

「よし、いいぞ。その調子だ!」

 俺たちのつり橋には悪魔は現れず、順調に人々が渡っていった。しかし、マイケル・コスナーが使用した橋は完全に悪魔に占拠され、使用不能になっていた。つり橋に取り残された多くの人々は悪魔との死闘を余儀なくされた。悪魔に引きずられ、橋から転落された者、必死にもがき、悪魔を殴り、逆に谷底に落としている者、橋から脱出し、別のつり橋を使用しようと列に並びなおしている者と皆それぞれで、混沌としていた。

 俺にはもうどうしようもなかった。悪魔に対抗できるならそうしたい。しかし、やつらはまるで虫のように下から続々と這い上がってくる。そして、残りの橋を悪魔たちはにらみつけている。橋から橋へと渡るには距離があり、直接やってくることは不可能であろう。悪魔といえども元は人間である。動物のような身体能力は有していないはず。

「本当に不気味だな。悪魔は」

 まるで他人事のように言ったのは一人、橋を渡りきったマイケル・コスナーであった。

「お前、そんなことがよく言えるな!」

「知るか。この俺はな。自分さえ良ければそれでいいんだよ!」

 最低だ。最低の人間だ。お前の身勝手のせいでどれだけの人々が悪魔の餌食になったと思っているんだ。

 しかし、こんなどうしようもない男に構っている余裕はない。少しでも大勢の人々を救わなければならない。しかし、何か打つ手はないのだろうか? ただ、一方的に悪魔に襲われるなど理不尽にもほどがある。

 翼を使って橋を渡った天使たちに俺は近寄った。

「すいません。悪魔に対抗できる方法はないんですか? これでは理不尽すぎます!」

 しかし、天使たちは無表情で言った。

「それがルールです。我々はガイド役にすぎません」

「おかしいですよ。どうして悪魔なんて存在するんですか? そんなのいなくたっていいじゃないですか?」

 俺は大声を上げて言った。

「仕方がありませんね。では、この世界の仕組みを少しだけ説明しましょう」

「仕組み?」

「私は言いました。悪魔は必要不可欠であると。悪魔は負の感情しか抱けない化け物です。その彼らの苦しみこそがこの世界を維持するのに必要なのです」

「何だって・・・・・・」

 俺は一瞬自分の耳を疑った。

「この世界を維持するには悪魔が必要なのです。彼らの嘆きはこの世界のいわばエネルギー。すべての源なのです。空も山も谷も草原も。この世界を彼ら悪魔たちが維持している。もし、彼らがいなくなれば、この世界は崩壊し、天国にもいけなくなる」

「そんな・・・・そんな理不尽なことが・・・・」

 俺はひざを落とし、絶望した。

「地球にいたのですから理解できるはずです。格差社会がいい例でしょう。富を得るものがいれば必ず、それを失うものがいる。低下層の人々がこの世界では悪魔たちなのです。彼らのようになりたくなければ、生き残るしかありません」

 必要悪だというのか・・・・・こんな世界。間違っている。

「おかしですよ」

「気持ちは察しますが、これが現実です」

 その言い方・・・・そうか。そういうことか。

「悪魔が人間だったなら、あなたたちも人間だったんですね」

 俺は冷たく言い放った。

「そのとおりです」

 天使は動揺せずに答えた。

「やっぱり・・・・だったら、この状況をよく平気で見ていられますね」

「何百年も見ていれば、慣れます」

「慣れる?」

「最初に言ったはずです。あなたたちは同じ時間になくなった人々の集まりだと。この世界は地球との時間的空間が若干違います。あなたたちの一秒後に死んだ人々も我々と同じ天使たちによって旅をしているのです。我々もこの旅を終えれば、つぎの死者たちのガイドをする。それを永遠と繰り返すだけの存在なのです。我々天使たちは」

「永遠・・・・悪魔・・・天使・・・・天国」

 俺が今までイメージしていた世界とか似てもに着かぬこの死後の世界。俺は一体どうすればいい。これでは、悪魔に同情心を抱いてしまう。

「くそ!」

 俺は天使たちから離れた。

 この世界が悪魔たちによって維持された歪んだ世界だと知ってしまった俺は、この世界に対し、激しい嫌悪感を抱いている。

 あのすばらしい景色も皆、悪魔たちの苦しみでできている。それは残酷すぎる事実だ。俺が今まで見てきたこの世界は一体なんだったのだろうか。

 自分が渡った橋まで行くと、メアリーと小島が無事、橋を渡りきっていた。

「本当に怖かったわ」

 メアリーは両膝を落とし、小島も腰を下げている。

「ああ、ご苦労様だったな」

 俺は少し挙動不審な言い方で言ってしまった。

「どうしたの? 様子がおかしいわよ」

 メアリーに気づかれた。

「落ち着いただけだよ」

「ふ~ん」

 メアリーは明らかに俺を疑っている。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ。

 俺は5つある橋を見たが、その内3つはすでに悪魔たちにのっとられている。もう近づく勇気すら持てない。そんな自分がふがいなく、情けなかった。

 小島の後方にいた人々は順調に橋を渡っている。

「皆さん。慌てないで渡ってください!」

 無意味かもしれない。日本人の餓鬼のいうことを聞く人はいないかもしれない。しかし、少しでも自分ができることをしなければ、落ち着かなかったのだ。

 しかし、慌てずに渡る方が不可能というものだ。ついに俺たちが使用した橋の下から悪魔が這い上がってきた。今まで、地球で死にこの世界にやってきてゲームに失敗した低下層の悪魔たちが。

 橋は前後に揺れ、黒いヘドロのような手すりに触れてしまった人々は急いで橋を渡ろうとした。しかし、悪魔たちががけと橋をつないでいるロープから這い上がり、人々の足首を掴んだ。そして、大勢の人々を下へ引きずり込もうとする。

 もう、すべてが混沌としていた。どの橋も悪魔たちに占拠され、悪魔に捕まってしまった者や橋を渡れずにいる人々。実際にこのゲームをクリアできたのは四分の一くらいの人々だけだ。

「では、次へ進みます。皆さん」

「え?」

 俺は天使たちの異常な迅速さと冷静さに恐怖を感じた。

「まだ、人が残っているでしょ!」

 メアリーが俺の代弁をしてくれた。

「待機する理由はありません。橋を見れば理解できるでしょう。もう橋は悪魔たちの巣と化しています。使用不能です。ですので、進むしかありません」

「おかしいですよ」

 メアリーは引き下がらない。

「あなたが我々と行動するかしないかは自由です。では、皆さん。先へ進みますよ」

 メアリーの発言など気にも留めず、天使たちは生き残った人々を誘導し始めた。

「メアリー、先へ進もう。今はそれしかできない」

 俺はメアリーの腕を引っ張った。

「神路。酷いわよ」

「分かってるけど、どうしようもないじゃないか。前にしか進めないんだ。諦めよう」

 今の俺にはそんな言葉しか言えなかった。

「神路の馬鹿!」

 メアリーは無理やり、俺の腕を放し、棒立ちした。

「神路は先に行けば。そうすればいい。逃げたいんでしょこの場所から」

「・・・・・・」

 メアリーの言葉に俺は何も言えなかった。

 人を助けたいと思いながら、一方では早く逃げたいと考えている。矛盾するこの感情を俺はもどかしく思うのであった。

「メアリー、いっしょに先へ行こう。ここにいたってどうすることもできないよ。俺だって皆を救いたい。けど、その方法が分からないんだ」

「日本人はもっとやさしい人々の集まりだと信じてたのに。自己主義のアメリカ人みたいなこと言うのね」

「ここにいたって何もできない。そうだろ!」

「小島、神路といっしょに先に行ったら。絶交よ」

 俺と小島は黙り込んでしまった。その間にメアリーは俺たちから顔を背き、橋をに向かっていた。

 何もできやしない。

 メアリーは再び橋に戻って悪魔と対峙している。

 俺はただ、それを眺めながら、先へ進むしかなかった。


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