異文化交流
地球行きを選択した多くの人々が扉をくぐっている間、俺と小島はただそれを見つめるしかなかった。
上野が行ってしまい、虚しいだけの喪失感を味わっていた。
「これから、どうなるんでしょうね?」
小島は不安を隠せなかった。
「どうなんだろうな。さっきの湖みたいな場所がこれからもあるとすると、憂鬱だな」
しかし、自然と後悔はない。俺は見てみたいのだ。この旅の先にある『天国』というものを。
そして、旅を諦めた人々がすべて地球へ追放され、扉は天使たちの手で閉じることになった。
「では、皆さん。旅の続きを行いますので我々についてきてください」
天使の誘導により、再び旅が始まった。
俺と小島はいっしょに行列の中を歩き始めた。
次第に草原から離れ、道を歩き始めると、草原の色が次第に黒く変色していくのが分かった。美しかった色が漆黒の風景へと変わり、俺は少し落ち込んでしまった。まるで、俺の心を見透かしたように草原の色が変わったのではないかと思った。
もし、この途方もない考えが正しければ、この草原には意思があのかもしれない。
なんてね・・・・
しばらく、この黒き景色を見ながら俺たちは歩き続けた。
変わる草原、変わらない空。人数が減っていく死者たち。旅を続ければ、もっと多くの人々が悪魔になったり、地球への追放などで死者たちはさらに減るであろう。
いや、初めからそう仕組まれているのではないだろうか?
試されている。
この世界は俺たちを見て、観察しているような気がした。
「二人じゃさびしいですね」
小島は本音をこぼした。
「そうだな。上野の穴は大きかった」
上野は決して口数が多かったわけじゃないし、そんなに話をしたわけでもない。でも、あの悪魔の棲む湖で上野を助けたことは俺にとって一生の思い出になった。不謹慎な考えではある。しかし、あの時勇気を出して上野を助けたことは正しい選択であった。あの瞬間、俺と小島、そして上野の三人に絆のようなものができたと俺は思ったのだ。
非常に幼稚で馬鹿げていると世間では言うであろう。しかし、これが俺の本音である。上野はどう思っていたかはもちろん分からない。うっとうしかったかもしれないし、もしかしたら俺のことを嫌悪していたかもしれない。
男にとって女性とは人生最大の謎なので、上野の心理状態を理解しようとしても限界がある。だからといって、土足で人の心に入ろうとすることはよくない。しかし、扉近くの望遠鏡で彼女の心を土足で入ってしまった。知りたいという人間の欲求に負けてしまった俺を上野はどう思ったのだろうか。しかし、あの時はそれが正しいと判断したから、そうしたのだ。しかし、そんなことはただの理屈に過ぎない。
「地球か・・・・今みたいに病気じゃなかったら、どういう人生を送っていたのか考えちゃいますね」
上野に小島。ともに重い十字架を背負わされた若き子供たちは必死に人生を送っている間、俺は気楽な生活を送っていた。そのことが今になって俺に重い十字架、いわゆる『罪悪感』を与えている。
もし、小島や上野が俺と同じ学校を通っていたならば、彼らの人生は大きく変わっていたのだろうか? 『もし』という言葉自体が俺自身を象徴する愚かな言葉である。もしなど存在しない。後悔先に立たずの原理だ。
しかも、仮にそうだとしても、俺は見てみぬ振りをしていただろう。辛い現実から目を背け、楽しいことだけを探す。それが今の学生だ。勉強という苦痛から解放されたい一心で楽しいものに没頭する。そのために、理不尽なことがあっても目をそらしてしまう。
きっと、俺もそうやって余計な視界は見ないようにして、二人を見捨てたはずだ。
しかし、この世界にきて、俺は上野を助けた。それはなぜだろうか?
今にして思えば、これは矛盾する行動である。
一体何が俺を突き動かしたのか?
「先輩? どうしました?」
小島に呼びかけられ、我に返った。
「あ、ごめん。つい考え込んじゃって・・・」
「楽しい話でもしましょうよ。このままじゃ、暗くなってしまいます」
「そうだな」
小島のそういう性格は嫌いじゃない。むしろ好感できる。
「しかし、楽しい話が浮かんでこないな・・・・」
こんな時だからこそ、くだらなくてもいい。とにかく明るい話をしなければならない。しかし、こんな時だからこそ、思いつかない。
「何かあるでしょう。先輩。学校に通ってたんですから」
その言葉を聞いたとき、心に釘が打たれるような感覚に襲われた。『罪悪感』というなの釘を。
病気や環境に恵まれた俺だからこそ、不条理な人々に目を向ける必要があったのだ。
「学校といえば・・・・そうだな・・・・運動会とか?」
「そうですよ。学校行事の話をしてください」
運動会か・・・・・何かあったかな・・・・
「何が聴きたい? 小島」
「そうですね。運動会ってどんな種目があったんですか。僕一度も運動会に参加したことがないんですよ」
「そうか。辛かったな」
「本当ですよ。人生を無駄にしすぎました」
その言葉には異常なまでに説得力を感じた。
「運動会のルールは分かるか?」
「実は、よくは・・・・」
「分かった。細かい所から話そうか」
旅に会話はかかせない。それにこの先何があるか分からない不安感を払拭したかった。
「紅白に分かれて競技を行うのは知っているか?」
「それは聴いたことがあります。でも、その決め方とかあるんですか?」
「そういえば、考えたことがなかったな。たぶん、生徒会とかが決めてると思う。まあ、基本的にはクラス別で色が別れる」
「学年別ではないんですか?」
「全学校が同じようにしているわけではないけど、だいたいの学校はクラス別に紅白を別けるから違う学年同士で競技種目を競い合い、得点の高い色が勝つって仕組みだ」
「へぇ、そうなんですか。得点で勝敗を決めるんですね」
「そう、そのために体育の授業を使って運動会の練習に費やされるけどね」
「うそ! 運動会に練習って必要なんですか? というか、運動会に練習って変じゃないですか? まるでやらせみたいじゃないですか」
「そう言われればそうだな」
オリンピックに来て、オリンピックの練習なんて変だよな。
「付け加えるが、予行練習ってのもやるんだぜ」
「予行練習?」
「本番のように競技を行ったり、椅子を配置して、自分の待機場所を確認したりして、本番に備えるんだ」
「じゃあ、本番の前に本番しちゃうんですか」
「まあ、慌てるな。予行練習っていっても、開会式とか閉会式なんかの練習が中心で、競技も実際に走るとかじゃなくて、並ぶ順番とかを再確認するだけだから」
「変な言い方をしますが、安心しました」
「本当だな。変だ」
俺たちは笑いあった。くだらない話であればあるほど、旅に対する不安がかき消される。時にはくだらなく、馬鹿なことが必要なのだと理解した。
「種目は俺が覚えているだけで話すと、競走、リレー、竹取物語、騎馬戦、大玉ころがし、綱引き、玉投げ、演奏行進、ダンス、器械体操、部活別リレー、棒倒しなんかかな」
意外と運動会のことを覚えていないことに俺は驚いた。
「すいません。分からない種目があるんですが・・・・竹取物語とか騎馬戦とか詳しく教えてほしいのですが?」
「分かったよ」
確かに、実際に経験しなければ分からない種目だよな。気がつかなかった。
旅も黒く染まった草原が一面に広がっているだけで何も変わらない。ただ、前に進んでいるだけだ。暇つぶしにはちょうどいい。
「竹取物語から説明するか。一体どんな種目だと思う?」
「え・・・・そうですね。竹取物語ですから・・・かぐや姫とかが出てきて、彼女を月に帰すとかそういう脱出ゲームみたいなものですかね?」
「すごい発想だな。そんな内容だったらおもしろかっただろうな。違うけどな」
「違うんですか?」
「校庭にいくつかの長い棒が置いてあって、それを取り合うだけの競技だよ」
「それだけですか?」
「そう、だから俺たち友人の間では竹取物語じゃなくて、竹奪い合戦って呼んでた」
なんだか懐かしいな。運動会の思いでだけでノスタルジックな気分になるなんて。俺は一体何歳だって突っ込みたくなる。
「でもな、それが結構おもしろかったんだよ」
「綱引きと同じようなものなんでしょう」
小島は少し落ち込んだような態度を取っていた。
「そうなんだけどさ、それが結構激しいんだよ。奪い合いが。特に女子が」
「女子ですか?」
「そう、女って学校行事に結構燃えるからさ、男子に比べてしらける生徒が少ないんだ。だから、女の本性が良く見れてそれはそれでおもしろかったぜ」
「中学や高校の女の子ってそんな感じなんですか」
「かわいらしさなんてどこにもないぜ。年頃の女の子ってのは」
「先輩、女の子のイメージを壊さないでくださいよ」
「すまん、すまん。話を元に戻そう」
「演奏行進ってのは何をしたんですか?」
「ああ、あれは鍵盤ハーモニカとかリコーダーを演奏しながら線に沿って行進するって演目のこと」
「へぇ、そんなことするんですか?」
「まあ、俺は演奏するフリをしてただけだけど」
「先輩、どういうことですか!」
小島は金切り声で言った。
「リコーダー苦手だったんだよ。リコーダーに限らず、鍵盤ハーモニカとか、とにかく音楽は大の苦手で音符は読めない、記号は覚えられない、音程はずれるばかりで、その時の運動会はリコーダーの演奏だったんだけど、指だけ動かして一度も吹かなかったんだ」
「最低ですね。ちゃんと練習したんですか?」
「散々練習したんだが、音符は間違えるはリズムに合わせられないんでどうしようもなかったんだよ」
実に痛い話だ。友人といっしょに放課後練習に手伝ってくれたが、まったく進歩がなかった。
「リコーダーの穴をふさぐのが苦手だったんだ。指が言うことを利かなかったんだ。音楽の成績はアヒルだったからな」
「アヒル?」
「1から5で成績がつけられたんだが、普通が3なんだけど出来が悪いと2か1なんだよ。っで、俺は2だからアヒルなの」
「ああ、2の形がアヒルなんですね・・・・ってそれ酷い成績ですね。僕の学校ではABC評価だったんで、先輩はCですね」
「そうそう、俺はCって馬鹿にするな。芸術関係は駄目なんだよ」
「でもまあ、僕はほとんど登校できなかったんでC以下ですけどね」
「そんな暗いこと言うなよ。学校だけが人生のすべてじゃないんだ。お前にはお前にしか見えない世界があったはずさ」
何だ、今の哲学っぽい発言は。知ったようなことを言ってしまった。
「病院の景色しか知らないですよ。僕は」
「じゃあ、考え方を変えればいい。知らない方がいいこともあるさ」
「上野さんのいじめみたいなことですか?」
小島からまさかはっきり言われるとは思わなかった。
「そうだな。学校で辛いのはいじめとか人間関係、勉強だな。勉強は好きじゃないから毎日が辛くてね。だからといって、眠るわけにもいかなかった」
「先輩は学校好きだったんですか?」
「好きだったよ。辛いことの方が多かったけど、友達作れたから」
「友達か・・・・・もし、僕が健康体だったら友達できましたかね?」
何て重い質問なんだ。
「作れたさ。上野だってそうさ。違う学校だったら人生変わっていたはずだ。本当に理不尽だよな。社会って」
俺みたいなありきたりな人間が『理不尽』という言葉を使っていいのだろうか? 学校生活を謳歌していた人間は理不尽なことを間接的にしか知ることができない。小島に上野の苦悩を実際に体験したわけではない俺が軽々しく言っていいはずもないか。
「ごめん、話が重くなっちまった。運動会の話題に戻ろうぜ」
俺は胸が苦しくなったので話を戻すよう促した。
しかし、そんな思い空気を打ち消すような人物が俺たちの前に現れた。
「あなたたち、日本人?」
俺たちの後ろから俺と小島の肩にもたれかかってきたのは金髪の欧米系の若い女性であった。
普通に考えれば、非常識でなれなれしい態度であったが、不思議と不快な気持ちにはならなかった。
「私、アメリカ人のメアリーアームストロング。よろしく、小学生の少年たち」
「小学生!?」
俺と小島は驚きのあまり、同時に叫んでしまった。
「俺は高校一年生だ!」
「僕は中学三年生です」
いきなり、話に割り込んできてしかも小学生呼ばわりとは・・・・
「嘘でしょ。私も高校一年生だけど雰囲気がぜんぜん違う。やっぱり、日本はおもしろい」
確かに、アメリカ人のメアリーは金髪で色白で、とても大人っぽい。俺たちより年上にしか見えない。DNAが違うからか。食生活が違うからか。まあ、そんなことを考えたところで俺なんかに答えを見出せるはずがないか。
「さっきから、あなたたちの話を聴いてたんだけど、やっぱり日本って素敵ね」
「日本が好きなのか?」
「大好き。武士道とかアニメ文化とか。あれいいわよね」
「オタクかい?」
「あ、今私に引いた?」
「まさか、日本文化が好きな異国の人を嫌う理由はないよ。それにオタクとかそういうことに俺はこだわらないよ。否定する理由はないからね」
「ああ、良かった。日本人はやさしい人が多いって聴いてたけど本当ね」
「全員がそういうわけじゃないけど、まあそう言われてるね」
上野の話を聴いてしまったために、日本人を信用できなくなっている自分がいる。
「ね、運動会って何? アメリカでも『プレイデイ』ってのはあるんだけど日本とは少し違うから教えて!」
その笑みは周りを明るくし、人をひきつける魅力がある。拒む理由がなかった。
俺は運動会についてこと細かく説明した。
「へえ、日本の学校ってそういうのがあるんだ」
「アメリカの学校じゃ、他に行事はないのかい?」
「プロムかな」
「プロム?」
俺と小島は初めて聞く言葉であった。
「知らない。卒業生が恋人同士とか親しい男女のダンスパーティよ。日本にはそういうのは無いの?」
「フォークダンスくらいしか知らないな」
「フォークダンス?」
小島が質問した。
「運動会で行われるダンスだよ。まあ、ダンスというほどのものじゃないけど。そのプロムとの決定的違いがあるのなら、ペアが次々に変わることかな」
「ペアが変わる?」
「そう、フォークダンスは同じリズムの音が永遠と流されるんだ。それに応じて列を変えてペアを変えるんだよ。そして、ちょっとだけ踊ったらまたペアを変える」
「いいじゃないですか。大勢の女子たちと踊れるなんて」
小島がそういう発言をするとは思わなかった。
「それ良いわね」
メアリーも同じことを言う。
「それが駄目なんだよ。日本人は異性を意識しすぎるから緊張しちゃうんだよ。だから、俺はフォークダンスは嫌いだった」
「先輩、それは贅沢な悩みです」
「違うんだよ。フォークダンスは恐怖のダンスなんだ!」
「意味が分からないんですけど」
メアリーが冷たく言い放った。
「よく考えてくれ。確かに、異性と手をつなぐことは悪い気はしない。けれど、それは男子視点なんだ。俺たちがもっとも恐れているのは女子たちの『陰口』なんだ」
俺は昔のことを思い出し、少しだけなつかしくなった。
「俺の友達に色黒で少し気持ち悪いやつがいるんだ」
友達をそういうとは俺も心が黒くなったものだ。
「そいつは女子が大好きだったから、フォークダンスの時もまじめに女子生徒の手をちゃんと握ってダンスしたんだ」
「それの何がいけないのよ! 紳士じゃない」
「ところがどっこい。彼と手をつないだ女子たちが気持ち悪いといって友人の陰口を始めたんだよ。それは男子側にも広まってしまい、男女間の仲が悪くなってしまったんだ。そのために、俺も含めた多くの男子生徒は女子に対して恐怖心を抱くようになってしまったんだよ。そのため、フォークダンスの消極的になってしまって、つまらない行事になってしまったんだ」
「そんなことがあったんですか?」
「馬鹿みたい。日本人ってそういうところあるんだ?」
「女子の悪口の対象になったら、男は立ち直れないんだ。ただ、そのきっかけを作った友人はそのことを知らないけどね」
「そうなんですか?」
「おかげで俺はあいつを恨んだよ。まあ、半分はお笑いとしてだけど」
「その友達はどうしてるの?」
メアリーから質問を受けた。
「別の高校に入って元気にしてるさ。いつかその話をして友人集めていじり倒してやろうと思ったんだけどな。ついにできなくなっちまった」
実のくだらない企み。しかし、それがお馬鹿な男子高校生の特権でもある。馬鹿なことができ、それをネタに笑う。学生時代にしかできないものだと思っていた俺は大人になりたくなかった。
話を一旦やめ、辺りを見渡すと、黒かった草原を通り越し、山道に入っていた。急な坂ではなかったので、違和感無く歩いていた。
「いや、僕が思っている以上に運動会とは奥が深いものなんですね」
小島が勝手に結論を出していた。
「そんなわけ無いだろ。ただの間抜けな思い出だよ」
「でも、先輩がうらやましい。思い出があるだけでも恵まれてます」
「また、そうやって重いことを言う」
「ねぇ、突然割り込んできたからわかんないんだけど?」
メアリーが困惑していたので、小島の許可をもらって、経緯を説明した。
「そっか・・・・ある意味私と似てるね」
予想外の言葉であった。
「私は家に引きこもりがちだったから、あんまりそういうおもしろい思い出とかないんだよね。私オタクだから友達もそんなに多くなかったし」
「その割には明るいじゃん」
「話せる人となら明るいんだけど。そうじゃない人といっしょにいると黙っちゃうの」
「アメリカ人ってもっとハイテンションなイメージがあったけどな」
「好きなこととかしている時はハイテンションよ。でも、そうじゃないときは落ち込む。それは他の国でもいっしょでしょ」
「そうだな」
勝手な決めつけや偏見は世界を縮めてしまう。気をつけよう。
「で、運動会の話をしなさいよ。アメリカのはそこまで形式にこだわっていないいい加減なものだけだから」
「そうだな・・・・騎馬戦について話すか?」
「騎馬戦ってどういう意味? 馬に乗って戦うの?」
メアリーの発言はいかにもアメリカ人らしい考え方だったので少し笑ってしまった。
「そうなんだよ。馬に乗って敵を蹴落とす競技なんだ!」
「先輩、嘘はいけませんよ」
「っち、ばれたか」
さすがに日本人の小島にはばれるか。
「嘘、本当に信じちゃったじゃない」
「馬に乗って戦う時代はとうに終わっているよ。馬に乗れる学生なんてほとんどいない」
「じゃあ、騎馬戦はどうしているのよ?」
「三人の生徒が馬になるんだよ」
「馬になる?」
「そう、そうして戦闘役の生徒一人を三人が支えて持ち上げる。これで騎馬の完成だ。後は敵の騎馬を崩すか、騎士につけられている鉢巻を奪って勝敗を決める」
「何だかわくわくしますね」
「俺も騎馬戦は一番好きな科目だった」
「君は騎馬戦どうだったのよ?」
メアリーが話に食いついてきた。
「俺は神路、こっちは小島だ」
「変なファーストネームね」
「ああ、そうか。アメリカじゃ下の名前で呼ぶんだっけ。っまいいか」
「僕は別にかまいませんよ」
そして、話を元に戻した。
「俺は軽かったから、見事に騎士に選ばれたぜ。ただ・・・」
「何があったのよ。説明しなさい!」
押しの強い女だな。アメリカ人すべてがそうでありませんように。
「頭に巻きつけている鉢巻を奪われたら、その騎馬は負けになるんだが・・・俺たちの騎馬は皆臆病者で見事に逃げ回って生き残ったんだ」
「先輩、それは卑怯じゃないですか」
「ずるいわよ。そういうの」
二人から糾弾されるは思わなかった。
「いいじゃないか。俺たちは生き残りたかったんだよ。無駄に戦って負けるくらいなら逃げ回って生き残ったほうが得策じゃないか」
「白けますね。先輩」
「つまらない人」
二人からの非難はさらに悪化してしまった。
「俺の勝手だし。まあ、生き残った数でチームの勝敗を決めるんだが、結局負けたんだよな。俺たち」
「先輩が戦わないから」
「敵前逃亡で逮捕だわ」
「かんべんしてくれ!」
少しだけ、上り坂の角度が大きくなったが、それでも登山というよりはピクニックのような感じだ。しかも、道は左のぼりなので山を回りながら上っている。周りには地球と同じ草木が生い茂っている。色はもちろん緑だが、草原のときと同じように色が変化するかもしれない。
「まさか、登山ができるなんて思ってもみませんでした」
そうか、小島は登山をしたことがないのか。小島にとって、もしかしたら今が一番楽しい時間なのかもしれない。
「俺は、登山は苦手だったな」
「先輩は登山をしたことがあるんですか?」
「私も聞きたいわね」
「中学一年生の時に一泊二日の宿泊学習ってのがあったんだ」
「宿泊学習?」
「まあ、学校単位での旅行みたいなものだったけど。協調性を身に着けるためにグループになって野外活動をしたんだ。その時に登山を始めて経験した」
「じゃあ、生きていた中で一度しか登山したことないんですか?」
「そうだよ」
「そういえば、私も登山の経験があまりないわね」
メアリーも同様の意見を言った。
「僕は山登りに興味があったのに一度たりとも上ることができなかった。先輩たちもったいないですよ」
「お前にそう言われると、返す言葉がないな」
俺の中に渦巻く罪悪感が少しずつ広がっていく。
「まあ、先輩たちの人生ですから、僕が文句を言ってもしょうがないんですが・・・」
一瞬間ができたが、メアリーがすぐに破壊してくれた。
「まあ、いいじゃない。それより、神路の話の続きを聞かせなさいよ!」
「ああ、まあ登山をしたんだが、俺は体力がなかったもんで、一番後ろで上っていたわけさ。すると、俺の後ろにいる先生がいちいち俺をせかすんで困ったもんだったよ。拾った枝を杖代わりにして必死に登ったんだ。しかし、どんどん皆からは離れていくし、疲れるしで本当に惨めな思いをしたよ」
「なんか、先輩らしくでいいじゃないですか」
「かっこわるーい」
双方から本音を聞かされるはめになった。
「あの時に誓ったんだ。もう二度と山には登らないって。ただ、登った時の景色は最高だった。何かを成し遂げた達成感はあまりなかったんだ。ただ、頂上の景色は青空とそこに漂っていたきれいな白い雲、そして風が心地よかった。下には一面緑色した大地が広がっていて、まるで神さまにでもなったかのようだった」
俺は決してかっこよくはなかった人生であったけれど、ちゃんと自分自身の歴史を作ってきたのだと改めて実感させられた。そう思うと、ますます小島が哀れに思えてくる。しかし、今の小島は生き生きとしている。生きていた頃にできなかったことを今しているからだ。彼が上野と同じ地球行きを希望しなかったのはこの天国への旅を楽しみたかったことと、地球に対して未練がないのであろう。
「だったら、また登山して楽しめばよかったのに」
「登山には下りがあるんだ。同じ道を戻っていくという実につまらない折り返し行動。俺はそれがいやだったんだ。せっかくの達成感をぶち壊されて、とても不愉快だった」
「なるほど、そういうものなんですか」
小島は納得したようであった。しかし、メアリーはそんな俺の考えを真っ向から否定してきた。
「逃げてるだけじゃない。辛い現実から!」
「何!」
俺はメアリーがどすの聞いた声で言ったので驚いてしまった。
「運動会の話から聞いてたけど、あなたは逃げてばっかりね。もっと、人生を楽しめばよかったのに。辛くても何かに挑戦する。それが人の生きる意味よ!」
アメリカ人ははっきりと物を言うと聴いたことがあるが、その意味を今理解した。
「すいません。何も挑戦できなくて・・・」
俺ではなく、小島が謝ってしまった。
「小島が謝ることはないわよ。事情が事情なんだから。私は小島の物陰に隠れて逃げようとしている神路に言っているの!」
なんてきつい女なんだ。変なやつに捕まってしまったようだ。しかし、ここまでエゴを押し通されては武士道ジャパンの名が廃ってしまう。
「逃げたっていいじゃないか。俺は山が嫌いになってしまったんだ。ロープウェイみたいに楽に登山ができれば話は別だが」
「騎馬戦の時だって逃げてばっかり。あなたは卑怯者よ」
「それが初対面の人間に言う台詞か!」
「これが日本人なのね。弱い人種だわ」
「うるさい。戦争大国アメリカに言われる筋合いはない!」
こんな会話を山登りしながら言っているのだからどうしようもない。
「私は、戦争は嫌いよ。関係のない人が犠牲になるんだから。アメリカ人を一緒くたに決め付けないで」
まずいな。このままでは収集がつかない。ここで俺が折れるわけにもいかないが、だからといってメアリーが謝罪するとも思えない。どうするればいい?
「あの、先輩に質問していいですか?」
いいタイミングだ。小島。
「さっきからずっと、旅を続けていて思ったんですけど。一度も疲れを感じないんですよね、僕」
「・・・・あ!」
そういえば、旅を始めてからずっと、疲れを感じていない。あれだけ歩けば少しは疲労するはずなのに・・・肉体がないからだろうか?
「そういえば、そうだな。まったく気がつかなかった」
「私も」
「これなら先輩も登山を楽しめるんじゃないですか」
「そうだな・・・」
他に返す言葉が見つからない。
「これなら、逃げなくても済むんじゃない?」
メアリーが勝ち誇ったような顔で言った。無性に腹が立ったが認めざるをえなかった。
「分かりました。文句言わずに山を登りゃいいんだろ」
まあ、疲労感がないならそれでいいのだが。しかし、この世界には悪魔がいる。俺たちを仲間にしようと獲物を狙っているやつらだ。きっと、この山にも悪魔は出現するはずだ。その時、俺たちは逃げ切ることができるのだろうか?
「あ、森の色が変わってる」
メアリーが木々に指を刺し、俺たちに教えてくれた。草木は緑色から青に変わっていく。本当に変わった世界だ。俺たちの地球での常識を覆してしまうこの世界観。
「色が変わる植物とかってあるんですかね?」
小島が俺とメアリーに聞いてきた。
「そりゃ、日本には春夏秋冬があって、桜とかの葉っぱの色が変わるけど、あんな風に劇的に変わることはないよ」
「春夏秋冬って日本独特の季節変化のことでしょ?」
メアリーが笑みを浮かべながら質問してきた。
これが、地球の登山の最中であったら、疲労して言葉が出ないところだ。
「そうだよ・・・・そういえば、メアリーはどこに住んでたの?」
「フロリダよ。だから、一年中温暖気候で退屈だった」
「俺なら暑さに耐えられないな。ふやけちまう」
「その前に逃げ出すでしょ!」
「そんなに逃げ癖はついてないよ。メアリー。こう見えて、悪魔がいた湖で女の子を助けたんだからな」
上野の話をここで持ちかけるべきだったか正直分からなかった。ただ、メアリーといると何でも話してしまう。彼女の魅力なのだろう。
「それ、本当? 神路はどうみても勇者ってタイプじゃないよね」
メアリーは俺の話をまるで信用していない。
「それは本当ですよ。あの時の先輩はかっこよかった。まあ、その女の子は地球へ行ってしまいましたけどね」
小島が少しテンションの低い声で説明した。
「そうだったんだ。私もいっしょに旅してたアメリカ人の女の子が二人いたんだけど、悪魔になるのが怖くて地球に逃げちゃった」
「俺は逃げなかったぜ」
得意げに言って見せた。
「そういえば、そうね。少し見直してあげる」
「勝手なことばかり言いやがって」
「そのことはもういいんだけど、私一つだけ気になっていることがあるの?」
メアリーの顔から笑みが消えた。
「何だ?」
登山をしている死者たちは仲間を作り、話をしながら進んでいる。次第に木々が多くなり、虹色に輝いている空が多くの枝と葉によって遮られている。
「湖の水に触れた人って本当にマイケルだったのかな?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が止まりそうになった。
「僕は知りません。なにせ、自分のことで精一杯でしたから」
明らかに俺に話を振ってくる。どうするべきか。本当のことを話すべきだろうか? しかし、マイケル・コスナーの話はしたくはないし、余計なことになりそうな気がしたのだ。
そういう考え方が、メアリーから『逃げている』といわれるのかもしれない。しかし、俺は自分が正しいと思う行動を取りたい。
「神路はどう?」
「俺も知らないよ。自分の足場ばかり気にしてたから」
「そう・・・あの黒人少年が叫んでいたことが頭から離れないのよね」
「そういえば、あの少年はどこにいるんだろうな?」
俺たち三人は列の前後を確認したが、少年の姿を確認することはできなかった。
「あの子、私たちアメリカ人を酷く憎んでいたから、気になってしょうがないのよね。もし、何かしたのなら、一度話してみたいんだけどね」
「あの様子じゃ、襲ってくるぞ」
俺は本音を言った。
「まるで他人ごとみたいな言い方ね。他国の問題だからって関係ないって顔しないでよ」
「お前は俺の心理状態をよく読んでるなぁ。確かに、他国のことだから安心しているのは事実だ」
「酷い人ね」
「生きていた頃は人格に対して否定されたことがあまりなかったんだがな」
「先輩はそんなに悪い人じゃないですよ。ただ、生き方が少しへたくそだったんですよ」
「小島、同じ日本人なのに寝返るのか!」
「僕、国籍で人は判断しませんから」
後輩になめられている。互いの壁がなくなったと考えれば明るい考え方である。しかし、ただ馬鹿にされているならそれは問題だ。小島はもしかすると、頭に乗るタイプの人間なのかもしれない。いや、今までそういった経験がなかったから、それを今実行しているのかもしれない。
俺はこの世界で旅をしているが、小島にとっては、人生をやり直しているのかもしれない。ではメアリーはどうなのだろうか? 直接聴くべきだろうか? もし、上野と同じ辛い人生を送っていたと思うと、胸が苦しくなる。日本好きでアニメとかにも興味があったのなら、学校でオタク扱いされ、浮いていた可能性はある。しかし、こんなに明るく、なつっこい少女からは想像もできない考えだ。
「不器用な生き方だったことは認めるよ」
ここは素直に従うのが適当であろう。
「え、そんなにダサい人生だったの?」
メアリーははっきりと言う。イラつくが、嫌いではない。
小島は今まで俺が話したことをまるで体験したかのようにメアリーに説明した。小島ももっと人らしい生き方をしたかったのだと思うと、胸が余計に重くなる。俺はのんきに生きていた頃にもっとも重いことは『死』であると思っていたが、行き地獄という考え方がなかった。だから、上野や小島のような人生に心から同情してしまう。
「うわぁ、かっこ悪い。神路って」
「余計なお世話だ」
「でも、そんな先輩が僕にはうらやましいんですよ。間抜けな生き方でも、先輩の人生には汚点がない。どこかきれいっていうか。そういうのにあこがれるんですかね」
「そんなきれいなもんじゃないさ。人生ってのは」
ふと、坂が急になっていることに気がついた。これを見ると、登山の苦しみを思い出してしまう。一瞬のトラウマなのだろう。実に格好悪く、くだらないトラウマだ。
「登山っていいですね。生きているうちに、一度は上っておきたかった」
小島の言葉は本当に重く、暗い。
「いいじゃない。今こうして登ってるんだから。こんな体験、普通はできないわよ」
そりゃそうだ。
「しかし、この山には一体何があるんだろうな?」
「やっぱり、悪魔がいるんじゃない」
メアリーは恐怖を感じていない。むしろ、自信に満ちた表情であった。
「悪魔が怖くないのか?」
メアリーの強気に若干の疑問を俺は抱いた。あの全身が黒く、化け物のような姿に俺は正直恐怖したからだ。悪魔は仲間を求め、俺たちに襲い掛かってくる。それはかつて地球で見たゾンビ映画のような感覚だ。ゾンビに噛まれ、人間がゾンビとなり、その悪夢のような連鎖が無限に続く。この世界にいる悪魔は俺にとってはゾンビのようなものなのだ。
「ぜんぜーん。湖の時、何対の悪魔に回し蹴りと前蹴りで対抗したと思っているのよ。言ったでしょ。私は日本の文化が大好きなの。だから、日本特有の戦い方の『空手』を習ってたの。まさか、こんなところで役に立つとは思わなかったけど。
すると、一瞬ではあったが、俺と小島はメアリーから数センチだけ離れてしまった。一種の拒否反応、正確に言えば俺たちの中に眠る恐怖がそうさせたのだ。
「今、私に対して引かなかった?」
「いいえ!」
俺と小島は同時に答えた。
「嘘、私を馬鹿にしたでしょ」
「いや、馬鹿にはしていません・・・・・後は先輩が説明します」
「そうそう・・・・って俺か!」
完全に小島にはめられてしまった。
さあ、どうするか? ここは逃げるのが一番いい・・・・しかし、それではメアリーにまた馬鹿にされるだけだ。しかし、女性を怒らせるとろくなことがない。感情で行動する女性の心理は幼稚な俺には理解できない。
「説明してもらいましょうか。神路」
メアリーの目には女性特有の殺意をにじませている。
「俺たちは空手をやっている女性を馬鹿にしたりはしないよ。ただ、強い女性に恐怖を感じてしまっただけさ。男の勝手な理由だよ。女性はおしとやかでなくちゃいけないっていう男のエゴが働いちまったんだよ」
我ながら、もっともらしいことを言ってみたが・・・・
「ふ~ん。本当よね?」
「本当だよ。それに日本文化を学んでいるお前を否定しようがないだろう。まあ、俺と小島は空手を習ったことがないから何ともいえないが」
「体育の授業とかで空手はなかったの?」
「そういえば、僕も体育の授業についてはよく知らないのですが・・・」
二人からの質問攻めにあってしまったため、答えるしかなかった。
「残念だけど、空手は体育の授業科目にはなかったんだ。柔道とか剣道はあったけど、体育でかじった程度のことしか教わらなかったよ」
「他には体育で何を習ったんですか?」
学校を知らない小島からの質問であった。
「そうだな。体力テストってのが一学期にあってな。五十メートルのタイムやソフトボールでの遠投、持久力、握力なんかを測らせてられた。それで大体の成績が決められるんだ」
「へぇ、そんなこともやるんですか」
「サッカーとか野球はしたの?」
メアリーが興味心身で聞いてきた。
「ああ、やるよ。何でもやる。バレーボール、バスケットボール、鉄棒、跳び箱。でも、運動神経がいまいちの俺は体育が好きになれなかった」
「先輩って外でスポーツするタイプではなさそうですもんね」
「上下関係の激しい部活は大嫌いなんだよ。理不尽なことをされるからね」
「どんなことをされるんですか?」
小島は上下関係とは無縁の人生を送ってきたので知る良しもないか。
「野球部だったら、一年生は練習すらできない。先輩たちのためにボール拾いや雑用ばかりさせられるんだ。キャッチボールくらいはするけど、それくらいだと思うよ。マネージャーじゃないんだからさ。おかしいぜそんなこと。だから、俺は嫌だった」
「また、逃げてるだけじゃないの?」
たましても、メアリーに突っ込みを入れられた。
「これは逃げるさ。スポーツってのは楽しむためにやるもんだよ。でも、部活じゃ勝つことばかりにこだわって、肝心の楽しむことを忘れちまうんだ。そういうのが純粋に許せなかったんだよ」
「私なんかチアリーダーの試験を何度も受けたけど、全部失敗したのよ!」
メアリーは大きな目をさらに広げ、俺と小島に言った。
「試験なんてあるんだ。補欠とかそういうのじゃないのか?」
「あるのよ。まあ、才能がなかったのよね。でも、一度でいいから皆の前で踊りたかった」
「日本にはあんまりチアリーダーってのはないからな。よく分からないけど」
「そうなの?」
「ああ、せいぜい甲子園の試合で見るくらいだろうな」
「『甲子園』って何?」
そうか、メアリーはアメリカ人だ。いくらこの世界に言葉の壁が存在しなくとも、意味の通じない固有名詞はいくらでも存在するか。
「高校野球の全国大会のことだよ。また、甲子園って場所で行われるから、まとめてそう呼ぶんだよ。まあ、俺は高校に入るなり、いきなりお陀仏したから関係なかったけどね」
「本当よね。私たちまだこんなに若いのに・・・」
そういえば、メアリーはどうして死んでしまったのだろうか? 今のノリなら話せるかもしれないが、人の死というものは思っている以上に重い。いくら親しくなったとしても、人の心に土足で入るものではないか。
しばらく、カーブしている上り坂を進んでいる。直線状で進めないのがどこかもどかしいがしかたがない。
しかし、こうして旅をしていると、なんだか心が落ち着く。
現実世界では旅をしようにも必ず、事前の準備や費用がかかり、おまけに無駄に疲労する。しかし、このファンタジックな世界ではそのような概念は一切不要である。親しい亜友人と会話をしながら、目的まで進んでいく。それは実に有意義な時間であり、もし生きているなら、いい思い出になる。しかし、この旅にはリスクがある。悪魔といういかがわしい存在のリスクが。
メアリーを先頭に俺、小島と後ろに並んで歩き続けている。左右の大木が邪魔で三列になれないのだ。大木の葉の色は変化し、今は青くなっている。
「色がまた変わった!」
メアリーは興奮しながら言った。
「不思議な世界ですね。本当に」
小島は笑みを浮かべながら言った。
すると、今度は心地よい風が吹いてきた。
「風まで吹くなんて本当は地球にいるんじゃないかと思っちゃうわ」
メアリーのその話がもし本当であるならば、マイケルコスナーのような考えが頭を過ぎってしまう。実はすべてドッキリで、この怪奇現象や悪魔のすべてトリックで演出でしたと。もちろん、そんなわけはないが、本当であってほしいと思っている自分がいる。しかし、この旅を楽しんでいる自分もいる。この矛盾した日本からやってきた少年はこの先の展開がまったく予測できない。
しかし、そんな状況の中、恐れていた事態はすぐそこまで迫っているとは俺は考えもしていなかった。
「皆さん。もうすぐで大きなつり橋がありますので」
ガイド役に徹している天使の一人が言った。
俺はとてつもなく嫌な予感を感じた。それは小島やメアリーも同じだったようで、そのつり橋に到着するまで俺たちは無言のままであった。皆、恐怖に駆られていたのだった。
そして、そのつり橋に到着すると、そのつり橋には不可解なことが二つあった。
一つはつり橋が五つ用意されていたこと。そして、二つ目は・・・・板以外の橋を支えているロープがすべて液体状の黒い物質でできていたことだった。この黒い物質には見覚えがあった。悪魔が這い上がってくる湖の色と同じで、ヘドロの塊でできているような不愉快さを感じた。