半死世界へようこそ
生きることは難しい。なぜなら、お金を稼ぎ、食事を取り、水分を取り、睡眠をして始めて生きられるからである。しかし、死ぬことは簡単だ。生きるための行為を一つでも放棄すればいいのだから。
気がつけば俺は『死後の世界』にいたのだから。
俺は死んだのだ。高校一年生の入学式後の下校時に飲酒運転した車に引かれたのだ。その時の記憶ははっきりと覚えている。そして、引かれた瞬間、俺の意識は消え去り、気がつけば何百の人間たちの中の一人として、この死後の世界にいるのであった。
死後の世界と言ったが、ここは天国なのだろうか?
辺りは大勢の人間たちと虹色に輝いた空、そして『ヘブンズロード』と書かれた大きな門が大勢の人の前に立ちはだかっている。
大勢の人、正確に言えば死人たちは良く見ると、外国人が多いことが分かる。
俺と同じアジア系、欧米系、アフリカ系などなど。多国籍の死人たちが門の前に大行列しているのであった。
「すいません? ここ、どこでしょうか?」
驚いたことにどう見ても、欧米系の中年のおじさんが俺に話しかけてきたのであった。俺が一番驚いたのは日本語が正確だったことだ。
「日本語お上手なんですね」
すると、意外な言葉が返ってきた。
「私は英語しかしゃべれませんよ」
そんな馬鹿な! 確かに日本語を話していた。英語の苦手な俺が聴き間違えるはずがない。すると、おじさんはまたしても予想外なことを言った。
「あなたこそ、英語が上手ですね」
俺は英語を話してはいない。と言うか英語が話せない。苦手なのだから。
「俺は日本語を話したつもりですけど?」
すると、今度は欧米系のおじさんが納得していないような顔をしていた。
「話が合いませんね。今も私は英語を話しているんですが?」
「俺も日本語を話しています」
確信はなかったが、もしかするとこの世界に『言語の違い』という概念がないのではないだろうか? それとも、翻訳してくれる魔法か何かがあるのか?
一体この世界は何なんだ?
その後、欧米系のおじさんはどこかへ行ってしまった。すぐに追おうと思ったが、大勢の人々がいたので、すぐに見失ってしまった。
しかし、冷静に人々を見ると、本当に年齢、国籍が異なることが分かる。この場合、日本人を探し、状況を解明した方がいいかもしれないが、中国人や韓国人までいるとなると、日本人かどうか判別することが実質不可能に近い。しかも、お互いに違う言語を話しているにもかかわらず、まるで脳内変換されているとなると、パニックになる人々も出てくるだろう。
そう思っていると、神父の服装をした白髪の欧米系な老人が叫びだした。
「ここは天国じゃ!」
すると、その周囲にいる人が『天国』という言葉に反応したために、辺りがさらにあわただしくなっていく。
「私は死んだのか?」
「地獄かもしれない?」
「一体何なんだこの世界は」
欧米系、アジア系に関わらず、大勢の人々が騒ぎ出した。無理もない。空が虹色に輝いているくせに、太陽のない得体の知れない世界に突然やってきたのだ。混乱してしまうのは仕方がない。
しかし、俺は冷静でいようと、深呼吸をした。死んでいるはずなのに呼吸をするのだから、矛盾もいいところだ。
酸素がこの世界に存在するということか。しかし、酸素を作り出している草木は見た限り存在していない。人が多かったのでジャンプして先まで見たが、肉眼では植物は確認できなかった。
虹色に輝いた空と門と死人たちしかいない。まさに非現実的な世界だ。
「我々は天国に来たのです。これは神のお導きによって」
先ほどの神父らしき老人が周囲の人々に語っている。
「じゃあ、俺たち本当に信じ待ったのかよ!」
俺と同年齢くらいの欧米系の金髪をした少年が叫んでいる。
「そのとおりです。この事実を受け止めましょう」
「そう簡単に受け止められっかよ。何が天国だ。何が神のお導きだ。俺は絶対信じないぞ。俺は死んでねぇ」
異常なまでに叫んでいる少年。どこかで見たような・・・・・
「少年よ。この事実を深く受け止めなさい」
さすがは聖職者というべきか。冷静である。
「うるさい、じじい。この俺に指図するな」
同年代のはずなのに上から目線の少年だ。俺にはまねできない傲慢さだ。
「少年よ。今騒いだところで、何か変わるというわけではありませんよ。それに皆さんにも迷惑がかかってしまう。羞恥心を抱きなさい。少年」
「そうだ。お前うるさいぞ」
「そうだそうだ」
周りの大人や子供が一斉に金髪の少年をハッシングした。しかし、金髪少年は憎しみに囚われており、まるで駄々をこねる子供のようであった。
「てめぇらうるさいぞ。パパラッチかこのやろう。俺を誰だと思ってんだ。俺はハリウッドスターのマイケル・コスナーだぞ!」
思い出した。確か、ハリウッド大作に何本も出演し、人気の子役出身男優のマイケル・コスナーだ。俺も彼の出演作品を見たことがある。しかし、人気子役がどうしてこんな所にいるんだ? いや、なぜ死んでしまったのかと疑問を抱くほうが正しいだろう。
彼が有名俳優であることに気がついた周囲の人間たちが驚いて口を閉じてしまった。あの神父ですら、静かになってしまった。
これがアメリカンドリームの力とでも言うのか?
「そうだ。この俺はアメリカで成功したスーパースターなんだよ。だから、口答えするんじゃねーよ」
非常に態度が悪い。きっと、生きている時に周囲からちやほらされ、甘やかされて育ったのだろう。
しかし、それは生きていた頃の話だ。この世界ではいずれ通用しなくなる。そう考えるととてもむなしい。
「この俺は死んでねーよ。きっと、この俺に仕掛けたドッキリか何かに決まってる。皆グルなんだろ。最新のCGか何かでこの俺を馬鹿にしてやろうってんだろ!」
最新のCGでできるなら、3D眼鏡は必要ないだろうと俺は思ってしまった。実際、マイケル・コスナーが出演した映画のほとんどが3D映画であり、通常より料金が増しになっているので俺の財布は何度も泣かされたのだ。
「そうさ、俺たちは死んでなんかない。だって、しゃべれるし、体だってある」
すると、彼に同調する者が現れた。
「マイケルの言うとおりだ。だって俺、呼吸してるし」
「そうね。私も生きているって実感がある」
マイケルファンなのかは分からなかったが、数人の男女が彼の意見に賛同している。
確かに、生きている実感はある。呼吸もしているし、服だってきている。まあ、学生服ではあるが。では、この世界は一体何なのだろうか? 神父の言った天国か? それとも、CGか何かのトリックなのか? では、言語が違うにも関わらず、互いに聴き取り合えっているのはなぜか?
多くの疑問と矛盾をはらんだこの世界を今の俺には断定することはできない。
「マイケルの意見に賛成!」
肥満体のアメリカ人の大人たちがマイケル・コスナーの意見に賛同している。本当にアメリカ人は単細胞だ。周りが何も見えていない。それとも見ようともしないのか? アメリカ人のそういう所が他国に嫌われる要員なのかもしれない。
「ちょっと、勝手に決めないでよ。それじゃあ、何。私たちはあなたのドッキリにつき合わされてるの? 冗談じゃないわ!」
アジア系の二十代前半くらいの女性がマイケル・コスナーの考えを否定している。
「お前もドッキリに仕掛け人なんだろ?」
マイケル・コスナーはドッキリだと決めつけ続けている。
「そんなわけないでしょ。誰があんたのような餓鬼のためにこんな茶番をしなきゃいけないのよ!」
彼女の意見にアジア系の人々が賛同し、マイケル・コスナーたちを非難した。
「うるせいよ。中国人。てめえはチャイナタウンにでも帰れ!」
マイケル・コスナーたちは彼女らアジア系の人々を罵倒している。
「私は韓国人よ。どうしてアメリカ人はアジア系を見ると、すぐ中国人にするの。馬鹿じゃないの?」
これはもっともな意見であった。アジア系を勝手に中国人にしようとする。それは間違った認識だ。アジアは広いのだ。日本を忘れてもらっては困る。
「何人でも結構だよ。俺は認めないからな。何かのトリックに決まっている。俺が死ぬはずがない。この俺はアメリカンドリームを掴んだ勝利者なんだからな。
「ああ、キリストよ。我らに祝福を。ここはあなた様がいる所ならぜひ我らをお導きください。この罪深き我らに」
先ほどの神父がひざをつき、祈りをささげている。キリスト教主義者のようだ。とは言ってもキリスト教にもいろいろあると聞いている。詳しいことは分からないが、少なくとも俺はキリスト教を信じてはいない。
しかし、神父がひざをついたことは俺が思っていた以上に大きいものであった。キリスト教らしき外国人たちがひざを突き始めたのである。最初は数人から数十人へと代わって言った。
宗教はキリスト教だけではない。俺が知らない数多くの宗教を信じている人々がいる。そのため、誰がどの宗派であるか分かるはずがなかった。もし、この世界が天国ならば、『神様』という絶対的存在がいることになる。彼らはそれを分かっていてひざまずいているのだろうか?
何百という人ごみの半分以上がひざまずいていた。その流れは波のようにやってきて、俺がいる周りの人々も周囲の空気を呼んだのか倒れこんでいく。俺は無宗教なので一人立ったまま周りの人々を見ていた。
仮に神様という創造主が存在したとしても俺は頭を下げないだろう。下げる義務がないからだ。所詮、神様という考え方は人間が作りだした産物だ。そんなものは存在しない。この場所だって、天国かどうかは分からないのだ。そもそも、死後の世界=天国という考えは人間の考えであって死後の世界=地獄とも考えられる。そもそも、天国という考え方自体、人によって違うのだ。極楽土壌なのか、それとも魂が再び現世へ帰るサイクル機能を有した場所なのかどうか。俺の発想力では俗的なことしか浮かばないが、俺たち人間が考えている価値観とはまったく異なった場所かもしれない。ただ、門に『ヘブンズロード』と書かれているのを見ると、一応天国であることが分かる。しかし、天国の入り口がこんな所にあるなんて誰も考えはしなかったであろう。
「お前たち、ひざまずくんじゃない! 俺たちは死んでないんだ。いいいかげん、猿芝居は止めろ!」
マイケル・コスナーは未だに否定している。マイケル・コスナーだけではない。彼のファンと思しきアメリカ人の人々は彼の意見にしたがい、ひざまずこうとはしていない。
アメリカ人が頭を下げることなどそうそうないか。
「マイケル君、神の世界に対して無礼ではないか!」
神父様がマイケル・コスナーを叱責している。
「何馬鹿なことやってんだよ! そんなことしたって何にもならないだろう!」
確かに、頭を下げたところで何かが変わるわけではない。変化があれば話は別であるが。
「君は神を冒涜する気か! 罪深き少年よ」
人は生きる限り罪を犯していると宗教家はよく言うが、一体罪とは何なのだろうか? 罪という概念そのものが、人間が作りだした概念であり、人によって異なる。法律を犯したことが罪なのか? それとも、動植物を食べて生きていることが罪なのか。神を仮にののしったとして一体何が起こるのだ?
数多くの文化、宗教、人種、国、言語。これらの壁を超越した所に俺たちは存在している。神様がどうこうより、そちらの方を疑問視するべきではないだろうか?
呼吸ができ、重力を感じ、衣服を着て、今ここにいる。どうやってここへやってきたのか? どのような原理でこの世界が成り立っているのか。
神の話などどうでもいいことなのだ。
「お前らこそ、馬鹿じゃねーのか」
マイケル・コスナーは右手の中指を上に上げて挑発した。
「君は本当にはしたない。愚か者よ」
「じゃあ、何度でもやってやろうか?」
マイケル・コスナーは、今度は親指を立て、下に向けた。
「あなた、いいかげんにしなさいよ」
先ほどの韓国人女性がマイケルに向かって怒鳴り散らした。
「中国人は引っ込んでろ!」
マイケルは韓国人女性に向かってつばを吐いた。すると、韓国人らしき男女数人がマイケルに向かって掴みかかってきたのだ。
「何済んだよ!」
胸倉をつかまれたマイケルは動じていない。
「韓国人なめんなよ!」
韓国人たちは異常なまでの怒声で周りを驚かせた。これは俺の偏見であるが、韓国人は少し感情的になる傾向がある。確かに、マイケルの態度は見るに耐えないがここまで憤りを感じるほどではない。まあ、状況が状況なだけに、彼らも混乱しているのだろう。
すると、韓国人の男性がマイケルの顔を思いっきり殴ったのだ。マイケルは後方に飛んでいき、倒れた。
「野蛮人が!」
マイケルは立ち上がり、マイケルと彼の支持者のアメリカ人が反撃してきたのである。韓国人対アメリカ人の図式ができあがってしまい、双方がもみ合いになってしまった。それを見かねた大勢の多国籍の人々が彼らのも見合いを止めようとしている。俺も止めようと考えたが、人が多かったので諦めた。
一二分くらいでけんかは収まったが、双方に大きな溝ができてしまったことは周知の事実であった。
すると、今度はアフリカ系の少年がするどい目つきでマイケルたちを眺めていることに気がついた。
とても、嫌な予感がする。この危ない感じは一体なんだ?
俺の予感は的中し、そのアフリカ系の少年はマイケル・コスナーめがけて背中から飛び乗り、首を絞めていた。
「お前、何すんだ!」
アフリカ系の少年には明らかに『殺意』を感じる。目が尋常ではない。
「アメリカは俺たちの敵だ」
俺たち? 一体何の話をしているんだ。
「く、苦しい」
今、マイケルが苦しいと言った。きっと、英語で言っているのだろうがはっきりと聞き取れた。苦しみを感じるということはやはり、俺たちは生きているのだろうか?
俺の脳内にいろいろな疑問が浮かび上がり、混乱してくる。数学の応用問題を解いているような不愉快さを感じる。
「放せ!」
マイケル・コスナーは体を左右に振り、アフリカ系の少年を振り落とした。
「この黒人やろうが! 何のつもりだ!」
マイケルの罵声は大勢の人々に響き渡っていた。
「アメリカ人は敵、俺たちの敵、殺さなければならない敵」
少年は殺気に満ち溢れている。よほどアメリカ人が嫌いなようであった。
アフリカ系少年は尚をマイケルに向かって飛びついてきた。マイケルは少年のほほを殴りつけ、マイケルはそのまま少年の胸倉をつかんで怒りをあらわにしている。
「この黒人やろう。ぶっ殺してやる」
マイケル・コスナーは少年を地面に叩きつけ、殴りつけている。それを見ていたアフリカ系の大人たちが止めに入っていった。
「相手は子供じゃない!」
黒人女性の一人はマイケルに向かって叫んでいる。
「この餓鬼、この俺を殺そうとしてたんだ!」
マイケルの意見は正しかった。確かに彼の目は殺意に満ちていた。しかし、子供相手にあそこまでする必要はなかったはずだ。まあ、状況が状況だけに混乱し、精神状態が不安定であるのだから仕方がない。
「アメリカ人は悪魔、アメリカ人は敵、アメリカ人は皆殺しだ」
少年はアメリカ人を完全に敵視している。
「この俺がお前なんかに何したんだ?」
マイケル・コスナーは憤慨し続けている。
「坊や、アメリカ人に何かされたのかい?」
黒人女性が少年を優しく抱きしめながら、聴いた。誰が何人なのか俺には分からなかった。黒人の人々見ると、皆同じに見えるし、白人系の外国人も同様だ。俺は最低だ。
「アメリカ人が僕の両親を殺した。だから、やり返すんだ」
「はあ、何のことだよ? 意味わかんねーし」
しかし、一部の黒人系の大人たちはその意味を察したのか、マイケルたちアメリカ人をにらみつけていた。
無知な高校一年生の俺はこの状態を理解できなかった。
俺の知っているアメリカは肥満大国とハリウッド映画くらいだ。
「そうか、アメリカ人に両親を殺されたんだね。かわいそうに」
「何もしていない僕の両親を殺したんだ。アメリカ人は。人殺し! 人殺し!」
「だからって、何でこの俺がとばっちりを受けなきゃいけないんだよ! 関係ねーだろ!」
マイケルの怒声はますます広がる。
「分からないのかい。自分の軍隊がしていること?」
少年をなだめている女性がマイケルに向かって言った。
「あんたたちの軍が少年の両親を殺したって言ってるんだよ。戦争で」
そうか。そういうことだったのか。
俺はなんて馬鹿なんだ。アメリカが中東で戦争を仕掛けていることを忘れていた。
イラク、イラン、アフガニスタンでアメリカは戦争を起こしたのだ。実際、アメリカ人は多くの中東国民を敵にまわし、テロ組織を作ってしまい、自爆テロが中東で多発しているニュースを聞いたことがある。その時に両親を殺されたのか。この少年は。
「アメリカは正義のために戦争をしてるんだ。お前たち黒人がしっかりしねーから紛争が終わらないんじゃないか!」
この発言はまずい。アメリカ人の無知を象徴する発言だ。
「あなた、何にも知らないのね。この子に比べたら、よっぽど子供よ。あなたは」
「何だと! このアマ、この俺を馬鹿にするのか!」
マイケルはまた怒り出し、黒人女性に迫ってくる。
「アメリカ人はすぐに自分が正しいと言い出す。でもね、戦争に正しいも間違いもないのよ。そこにあるのは罪のない人の死だけなの。戦争がどれだけ罪の無い人々が死んでいっているかあなたに分かるの?」
黒人女性は自身に満ちた態度で言った。
この多くの国籍の人々が集うことが、いかに危険か思い知らされた。同じ人間のはずなのにいがみ合い、憎しみあい、ののしりあい、それが暴力へと発展していく。非常に危険で悲しい光景であった。
「じゃあ、何か! アメリカ人が悪いっていうのかよ!」
マイケルは怒り心頭であった。
「そんなこと言ってないでしょ。私は戦争の犠牲者の気持ちを分かってほしいって言っただけよ」
「俺たちアメリカ国民は何に対しても正しいんだよ。世界の中心なんだよ。間違ったことをアメリカはしていない!」
「アメリカ人は人殺しだ!」
別の黒人男性が叫びだした。
「何!?」
「そうだそうだ。人殺しの偽善者だ!」
「神の罰を受けろ」
「地獄に堕ちろ」
マイケルを中心とした場所は反米一色へと染まっていった。
「お前ら、何言っているんだ! 俺たちアメリカ人を侮辱するじゃねー。アメリカ人はもっとも優れた人種なんだよ!」
すごい自信だ。愛国心の塊だな。
「じゃあ、何か。俺たちは劣等な種族だって言うのかよ!」
もう人種が混同していて、誰がどの国の人々かわけがわからなくなった。マイケルの周りを黒人、白人、黄色人種の人々が群がっている。国が違うだけでこれだけ混乱を招くとは・・・・人間とはどこまでも不器用な生き物だ。
「もう止めなさい。皆さん」
アジア系の黄色人種のおじいさんが皆に問いかけた。一体何人なのだろう?
「するさい。中国人。黄色は黙っとけ!」
「私は日本人です。それに黄色っていう言い方は差別ですよ。マイケル君。言い方には気をつけましょう。皆さんも落ち着きましょうよ。少なくとも、ドッキリとかやらせとかではないですから。私だってどうしてここにいるのか分からないんですから」
日本人だったのか。やはり、同じ国籍の人がいると安心する。言葉は通じても、他国の人間はやはり他国だ。俺も小さい人間だ。
「まずは、この場所はどういう所なのか確かめないと」
日本人のおじさんは周囲の多国籍の方々をまとめていっている。このままうまくいけばいいのだろうが・・・・
しかし、俺の予感は的中した。
「黄色人種のくせにリーダーぶってんじゃねーよ。日本人はアメリカの言いなりにでもなってればいいんだよ。大統領がころころ変わるくせに生意気なんだよ」
「日本は大統領って職はないよ。首相はいるけどね」
おじさんはやさしい言い方で訂正した。
「どうだっていいんだよ。そんなこと。俺は早くこんなわけの分からない場所から出たいんだ」
それは皆同じ気持ちのはずだ。だからこそ、おじさんは冷静になろうと言っているんじゃないか。
「だから、皆で話し合おうじゃないか。どうしたらこの場所から抜け出せるか。こんなに人がいるのだから、いい案がきっと浮かぶよ」
このおじさんからは人間味を感じる。日本人だからとかそういうことじゃない。純粋にいい人だ。
「わ、分かったよ」
マイケル・コスナーはふてくされたように答えた。
「では、皆さん。一体どういう経緯でここに着たのか話しましょう」
周囲の人々はそれで納得したのか落ち着きを取り戻していった。
「皆さん。一旦座りましょう。全員立っていても話が聴けないですから」
すると、大勢の人々がドミノ倒しのように座っていった。あぐらをかいたり、体育座りなどいろいろな座り方を見ることができた。
ドミノ倒しは俺の所にまでやってきたので、俺も体育座りで腰を下ろした。
「ではまず、私から説明します」
日本人のおじさんが立ち上がり、口を開いた。
「私の名前は長宮雄一です。出身は日本の東京という所で生まれました。年齢は五十歳です。都内のサラリーマンをしていました。しかし、タバコの吸いすぎで肺がんを患ってしまい、転移してしまい、末期のガンと診断されました。治療をしていましたがうまくいかず、病院で寝たきりの状態でした。それで、ある日眠っていると、急にここに来てしまったというわけです」
つまり、病院で絶命したということか。五十歳で肺がんになり、亡くなってしまうとは不幸だ。しかし、高校生で死んだ俺がいう台詞でもないか。
「つまり、あんたは病死したんでっか?」
明らかに関西弁らしき声が聞こえた。
「そういうことになります。あなたも日本の方ですか?」
「バリバリの大阪人やで!」
同じ五十代前半くらいの男性が言った。
「そうですか。せっかくですのでご紹介をお願いします」
「せやな!」
関西系のおじさんが立ち上がった。
「わいは日本の大阪っちゅう所出身ですがな。名前は針川卓と言います。お見知りおきよ」
とても明るく感じのいい人であった。
「わいは酒の飲みすぎで肝臓やられちゃいましてな。それで病院で入院していたらこんな所にきてたっちゅーに。ホンマ、びっくりでんなぁ」
この人も病気が理由で死んだというわけか。その割には二人とも明るい。死んだという感覚がないのだろうか?
「聴いてのとおり、私たち二人の日本人は死んでここに来たということです。でなければ、こんなに元気なわけがないです」
確かに。病気で入院しているやつがあんなに元気なはずがない。この現実を多くの人々は自身が死んでしまった事実を受け入れられるだろうか。特にマイケル・コスナーは絶対認めないのではないだろうか。傲慢な有名俳優には酷な話であろう。
「では、やはりここは天国?」
大勢の人々の中の誰かが言った。
「そうだ。ここは天国だ。間違いない」
「そうだ、そうだ」
少しずつであるが、大勢の賛同者が現れている。皆、自分たちが死んでこの場所に来ていることを理解しているようであった。
「そんなの嘘だ。俺は反対する」
マイケル・コスナーが挙手をして批判した。
「俺は死んでいない。その話は嘘だ」
「では、あなたの紹介からここに来た敬意を説明してください」
長宮さんはマイケルを刺激しないように敬意を払って誘導した。
「この俺の名前はマイケル・コスナー。誇り高きアメリカ市民にして超有名な俳優だ。高校一年生でアメリカンドリームを掴んだ選ばれし人間だ」
そのトンでも発言に大勢の人々は戸惑いと憤りを感じていた。しかし、当の本人はそのことに気がついていないように見える。
「ここに来た経緯だが、この俺は住んでいる町で友人といっしょにホームパーティへ出かけていた時、気がついたらここにいたんだ。だから、おっさんたちのように病気で寝込んでいたとかそんなことはなかったんだよ。気がついたらここにいた。それだけだ」
彼の話が本当なら、死んでいないことになる。
「では、あなたは死んでいないにも関わらず、ここに来たと?」
「ああ、そうだよ」
「そうですか・・・・」
長宮さんはどこか腑に落ちない様子であった。
「では、他の人にも聴いて見ましょう。誰かお話したい方いませんかね?」
すると、黒人系の男性が挙手をして立ち上がった。
「俺はアフリカ系のアメリカ人です。大学の奨学金を得るために軍隊に入りました。すると、戦場へ連れて行かれ、そこで絶命しました。敵の発射したロケットランチャーの攻撃に遭い、爆発に巻き込まれ、気がついたら、ここにやってきていました」
何とも辛い話だ。目標を立たれた辛さは相当なものだろう。
「そうでしたか。さぞ辛かったでしょう」
長宮さんが気を使っていた。
「ええ、大学に行きたかったです」
彼の発言で辺りが静まり返ってしまった。年よりはともかく、若い人々には悔しさと悲しみだけが残っているだろう。俺だってそうだ。まだ、高校一年生であった俺だって未来という名の可能性が存在していたはずであった。それなのに、あんなにあっけなく人生が終わってしまうなんて。
何も成し遂げていなかった自分の人生を悔いながら、俺は他の人たちの話を聴いていく。
一人、また一人と国籍が違う人々の人生を聞いていて退屈はしなかった。この世界では言語の壁が存在しない。そのため、大勢の多国籍人の価値観、風習を味わうことは唯一の楽しみになっていった。
生きていたら、俺は海外に行っていただろうか? きっと、英語が苦手だったから、言い訳にして行かなかったであろう。もし、世界が共通の言語で統一されていたら、人種や国籍の壁は、少しは薄かったに違いない。
それから、何時間経過したであろうか。ずっと数多くの人々の話を聴いている。この世界に時間という概念が存在するかは分からない。しかし、当に数時間は過ぎていると俺は思う。しかも、これだけしゃべっているのに、お腹がすかない。呼吸はしているのに空腹感がまるでないのだ。
本当にこの世界は一体何なのだろうか?
「では、皆さんの話を総合しますと、やはり死んでここに来た可能性が非常に高いですね」
長宮さんがまとめに入っている。しかし、この後に及んでマイケル・コスナーだけは否定している。
「俺は死んでなんかいないって言ってるだろ!」
「しかし、他の皆さんの話ではその意見が妥当なんですよ」
「俺は絶対に認めないからな」
マイケルはしかめっ面のまま地べたに座った。
「次に、この世界が一体何なのかについて話し合いましょう」
すると、続々と手が上がったので、長宮さんは白人女性に発言を許した。
「私はやはり天国だと思います。皆さんの話からここが死後の世界であることは推測できますし、こんな世界見たことがありません」
太陽のないこの世界は確かに地球じゃない。それは確かだ。
「それは違うと思います」
すると、別の白人男性が発言した。
「この世界が死後の世界であることは私も賛成です。けれども、私にとって天国は清き人々しか行けない場所だと思うんです。この中にも人を殺したり、罪を犯した人が大勢いました。その人たちが冷たい言い方ですが、本来は地獄に行くんじゃないかと思うんです」
この発言に該当する罪深き人々がブーイングを行った。
「酷い言い方をしてすみません。けれど、それが私の考えなのです。本来、地獄に行くべき人たちもここにいる。つまり、ここは天国ではないとも思うんです」
言いたいことは分かる。天国と地獄の解釈の違いは人それぞれだろうが、罪ある無しに関わらず、死んだ人々がこの世界に集められている。俺にとっての天国は楽園的なイメージをしていた。しかし、この世界にはそのような感じがしない。空はきれいであたり一面は広がっている。しかし、漠然としすぎている感じがする。
まあ、死んで見ないと死後の世界など分かるはずがないのだが。
よく、テレビで臨死体験について放送されるが、そのイメージとこの世界は明らかにことなっている。つまり、臨死体験は嘘になる。
「なるほど、そういう考え方もできますね」
長宮は否定せずに意見の一つとして認めている。
「あの、いいでしょうか?」
黄色人種の男性が手をあげた。人種は分からない。
「あの門にヘブンズロードと書いてあるじゃないですか。つまり、ここは天国へ向かう道のスタート地点だと思うんです」
そう言われればそうだ。確かに門にはヘブンズロード、天国の道と書かれている。つまり、ここはまだ天国ではない。そう解釈するほうが正論だろう。
「そうだそうだ」
「ここは天国へのスタート地点だ」
大勢の人々から賛同の声が上がった。
「そのとおりです!」
すると、上空から何か人型のようなものが多く降り注いできた。しかも、鳥の翼のようなものがばたついている。まさか・・・・