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Prologue

「」の中の()は主人公が言っているつもりでいて、周りには聞こえていない部分です。


 黒に白の刺繍がついた制服は、気品というより金持ちの強欲と威厳を表しているように思える。金色の(ボタン)は派手だし、そもそも校章が獅子の形なんてどれだけ目立ちたがりが作ったのだろう。そう思いながら、ようやく釦を一番上まで止め終わる。

 執事の真中に鞄を渡し、家を出ると、黒光りした法堂(ほうどう)家の車が迎える。これも、どうしてこんなに細長いんだ?


 真中に導かれ入った車の中は、七夜(ななや)好みのクラシックが流れている。同年代の子はこういうのは好まないからと両親から没収されたCDは、運転手の手によって七夜を癒しに戻ってきたようだ。真中が微笑んでいるところ、きっと緊張しているだろうと気を利かせてくれたのだろう。声に出さず、七夜は喜んだ。

 動き出す車の中で、一人小さく溜息を吐いた。まさか、本当に外出を許可してくれるとは。あの時は本当に踊ってしまうくらい喜んだものだ。


 この一七年間、両親の溺愛によって、七夜が外に出たのは両手で数えきれるくらいしかない。下手す

ると片手がギリギリ埋まって終わるくらいかもしれない。最後に出た日から随分経って、何年になるだろう。思い出そうとも覚えていないから無理だろうが、その前に出たのは親の会社に行く時だった気がする。


 外へ行くのに親の許可がいるのは、当たり前だと思っていて、やっとこの日常が異常なことに気付けたのは、七夜が十三歳の時に、真中が連れてきた一晃(みはる)のお陰だった。一晃は真中の一人息子で、友達のいない俺の話し相手として真中が連れて来てくれたのだ。



 家の外について色々話してくれた一晃に、七夜が一度聞いたのだ。自分が知らないことを、どうしてそんなに知っているのか、疑問に思ったから。

『一晃……、どうしてそんなに詳しいの』

 話すのに慣れていないためか、たどたどしい話し方で聞くと、一晃は驚いたように言った。

『ええと、別に当たり前のことですよ?』

『……でも、俺の知らないこといっぱい知ってるよ』

『――――七夜さん。逆に、どうして知らないのですか?』

 そう言われ七夜が外出回数を言えば、一晃の顔が真っ青になって、その場で倒れたのだ。それで、そうして倒れたのかと聞いて、説明した〝普通〟の全て。

 確かに本などでは〝学校〟に行き、〝友情〟や〝恋愛〟を育てるものが普通だ。でも、それは本が作り物だからという理由で、自分が〝学校〟に行っていないのがおかしいとは思っていなかった。



 異常に気付いて二年が経った時。七夜は話し相手の一晃がいるからずっと今まで通りの日常を送ってきたが、歳を重ねるごとに欲望が強くなり、とうとう両親に言ったのだ。僕も一晃と一緒に学校へ行きたい、と。


 告げた時、母の顔は真っ青になっていて、父は笑顔だった。真逆の表情の理由は、愛しているあまりに世間知らずになるのを恐れはじめていた安堵の父と、今まで軟禁を強要してきた罪悪感に後悔していた母のばれてしまった焦り。そんな二人だから、七夜が我儘を言えばすぐに決まった。これからは自由にしていい、と。

 だが、七夜はほとんど外のことを知らない馬鹿であるため、あとの一年は常識を知るのに勉強するのに使った。


 そして――――今日は、ようやく学校に入学する日である。


 七夜が入学するのは、白羽(しらは)高校というところだ。希望通り一晃と同じ高校に入ることになっている。外に出られるだけでも嬉しいのに、これから、念願の〝学校〟に通えることになったのだ。嬉しいという言葉で収まるものではない、今日家に帰ったら狂喜乱舞を両親の前で披露せねば。


 車が止まり、真中が到着を教えてくれる。開かれたドアから顔を出すと、校門の前には一晃が待っていた。入学初日だから案内してくれるのだろう。一晃の柔らかい笑顔に、少しだけ緊張が解れる。一晃が頼りになるからと、七夜の両親が頼んだらしい。



「お久しぶりです、七夜さん」

「……ん、……久しぶり…………」

「背、高くなりましたね。ああ、緊張しなくとも大丈夫です。皆いい人ばかりですから」



 真中から七夜の鞄を受け取り、鞄を持っているとは違う方の手で、七夜の背中を軽く叩く一晃。緊張で無愛想な返事になってしまったが、一晃は不満を漏らさない。久しぶり、というのは、七夜が世の中について勉強している一年間は、一晃に一度も会わせてくれなかったのだ。集中できないだろう、と。つまり、今七夜と一晃は一年ぶりに再会したのである。


 七夜に今の一晃は、一年前とは大きく印象が違って見えた。一年前はまだ小さな少年の印象だったのが、今はもう大学生のような落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 耳の少し下くらいまであるフワフワの茶髪は、光の角度で金髪にも見える。母から受け継いだだろう空色の目はこちらを見て細められている。小さい少年はもういない。爽やかな好青年が、そこにいた。泣きボクロがチャームポイントな美人さんにも見える。母親はフランス人だが、一晃の顔は日本人よりだ。


 真中に別れを言い、校章の獅子が二頭暴れている大きな門を一晃が開けると、中世ヨーロッパのお城か、エルサレム神殿と比べるべきだろう大きさの、白羽高校が姿を現した。七夜はその大きさに圧倒されながらも、自分の家もこれくらいかと平常心を保ちながら、一晃を左後ろから着いていく。



「一晃……」

 声が震えている。周りの風景が、教えてもらった〝学校〟の常識とは違うから。一晃の肩がびくりと飛び上がった。

「な、何でしょう?」

「…………知識と、違う」



 中に入った白羽は、汚れ一つない綺麗な校舎だった。七夜の家ほど豪華ではないが、学校にいては凄いのだろう。途中で見た校長室の扉にも、左右対称の金獅子が飾られていた。そもそも一晃が通っている学校ならば、それなりに有名なところでもあるだろうし。それに、あの両親が許したのだから、心配いらないのも分かっているのだが……。

 右を見れば青い髪と茶髪の男子が睨みあっている。左を見れば眼鏡をかけた男子と黒ではなく白色の制服を着た男子が話し合っている。制服を変に着ている男子もいれば、ちゃんと着ている男子もいる。



「知識、ですか?」

「……男ばっかり…………」

「ここは男子校ですから。共学よりこちらの方が楽しめると思いまして、入学したんです」

「……………………外国人?」

「そ、それは……」

 問えば、目を逸らされる。今、七夜が指をさしている青い髪をした男子は、外国人ではないらしい。七夜は、外国人ではないのに、どうして髪が黒じゃないんだと不思議に思った。

「一年前にね、合併したんだ、白鳳(はくほう)高校と天羽(あまは)高校。それで、文化の差が出来て、今の状態になっちゃって」



 真後ろから声を掛けられる。声は七夜の頭より上から聞こえた。

振り返ると、さっき話し合っていた白い制服を着た男子が笑顔で立っていた。後ろでは眼鏡の男子が従者のように恭しく頭を下げた。

 白色の制服を着ている男子は、一晃を見ると、顔を顰める。後ろの眼鏡の男子は、信じられないとばかりに目を見張っていた。



「神崎……」



 そう呟いたのは、一晃。見ると忌々しそうに舌打ちをした。

(――って舌打ち?)

 神崎と呼ばれた白の制服の男子が一晃を見た時、雰囲気が変わったように、一晃も神崎を見た時の表情が変わった。今まで優しく笑っていた一晃の目は、神崎を睨んでいる。睨まれた神崎も、一晃を睨み返す。


 驚いた。今まで、一晃のこういう表情は一度も見たことがない。

 睨んでいた二人の間には隠しきれない亀裂が入っており、騒いでいた周りも静かになっていた。慌てた眼鏡の生徒が止めようとするが、一晃への不快感を露わにしているため、火に油を注いでいるようだものだ。

 睨んでいた一晃が顔を歪めて目を逸らすと、神崎も睨むのをやめ、視線を七夜に向けてきた。片手を出して、微笑む。



「初めまして、法堂七夜くん。僕は神崎(かんざき)(そら)。白羽の生徒会長をしている。今日からよろしくね」

 神崎がそういうと、眼鏡の男子も言った。

「初めまして。自分は森坂(もりさか)(とおる)と言います。同じクラスと聞いていますので、何か困ったことがあれば声をかけてくださいね」



 深々と頭をさげる。

 俺は、と言いかけたところで、一晃に腕を引っ張られる。強制的に振り向かされた後、神崎と森坂に背を向けて走らされた。



「……一晃?」

「早めに職員室に行かなければ、担任が教室に行ってしまうかもしれません。なので」

「ああ、」なんだ、そういうことか。行き成り走り出したから、驚いた。



 それから、黒髪の中に赤髪や金髪の混じった生徒を後にしながら、やっと職員室に着いた。一晃が職員室のドアを開けると、中にいた教員たちが振り返る。震えながら隅による者もいれば、その場で固まっている者もいた。

(なんか、――一晃、怖がられる?)

 不思議に思っていると、ジャージを着た金髪の教師が声をかけてきた。



「おー、やっと連れて来やがった。遅かったな?」

永倉(ながくら)先生」



 永倉と言われた男は、教師なのに関わらず金髪だった。少々つり気味の目に見られて、七夜は思わず固まってしまった。正確には一晃を見ているのだが、一緒にいるため、七夜は自分を見られていると思ってしまったのだ。

 多くの人に会っただけでいっぱいいっぱいなのに、今度は怖い人に会ってしまった。腰まで伸ばされた金髪が、一番その印象を与えた。

 七夜が固まっている間に、一晃が永倉に説明する。



「途中で神崎と森坂に捕まりました」

「ああ、あいつらか。それは気の毒にな。――後ろにいるのが法堂か?」

「はい」



 一晃は、七夜を振り向かずに頷いた。永倉と一晃は教師と生徒の関係なのだが、その中には親しみが込められている。話の内容も分からず、無言のまま二人を見ていると、視線に気づいた永倉が笑った。



「俺は永倉哲哉(てつや)。お前の担任だ」

「(あ、)…………法堂七夜(と言います)……。よろしく(お願いします)」

「七夜さん、俺は三組ですので。昼休みに教室に伺いますね」



 七夜は緊張で声が出なかったが、なんとか名前を言うと、永倉の笑みに見惚れた。先程会った神崎と森坂も同じくらい綺麗な顔をしていたが、一晃と神崎の気まずい雰囲気の所為で、七夜は気付いていない。

 七夜が見惚れてじっと見ていると、永倉は顔を逸らした。その耳は赤くなっている。

(風邪ひいてるのか?……ああ、顔を逸らしたのも風邪をうつさないためか)


 一晃はその様子を見ながら、一言声をかけると職員室から出て行った。その口調を聞いて、永倉とその他教員は驚いていた様子だったが、七夜は一晃に小さく手を振っていたため、知らなかった。



「じゃ、じゃあ、行くか。法堂、お前は二組だ」



 こくりと頷いて、職員室から出て行く永倉の後ろを着いて行った。教室に行く途中、先を歩く永倉がよく後ろを向いていたが、きっと着いてきているか心配になったのだろう。

 チャイムと共に永倉が教室に入り、名前を呼ばれて、中に入る。中では生徒の半分くらいが黒髪で、それ以外の生徒はほとんど教室にいないか、髪がピンクだったり赤だったりして、まともに話を聞いてない生徒だった。が、七夜が声を出すと、談笑していた生徒も一斉に静まる。



「(初めまして、)法堂七夜(と言います)。…………よろしく(お願いします)」



 永倉同様に自己紹介すると、指定された席に座った。周りからの視線が痛かったが、きっとこの時期に入学してくるのが珍しいのだろう。七夜そう思って、窓側の席になったことを密かに喜んでいた。もうすぐ六月。夏に入り始めるから、窓側はきっと涼しいだろう。


 こうして、七夜の高校生活が始まった。




































 周りが自分をどう見ているかも知らないまま。



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