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7.紫丁香花―Lilac―

久々過ぎて主人公の下の名前を忘れたとか。

 絶対に間違えたくないと決めたことがある。

 それが、今、好きな人と違う道を歩き続けることであろうとも。

 それが、どれだけの痛みを負うことになっても。

 絶対に、間違えない。




1週間っていうのは思っていたよりも早かった。


いつもなら、憂鬱な月曜が来て、早く週末よ来いと念じながら授業を受けてるのに。

この1週間だけは本当に早かった。毎日のように一緒に帰って、どうでもいい話をしたり、おじさんにコーヒーをご馳走してもらったり。


そんな毎日がどうしようもなく楽しかった。


楽しかったから。楽しかったから、終わりを迎えてしまうことがどうしようもなく寂しくて。


でも、間違えないと決めたから。


だから、最後の今日を、これからも続いていくけど、決定的に違う明日を迎えるために、


「おはよう、高宮」


俺は笑った。笑顔で声を掛けた。


「おはよう、春馬」


返ってきた返事は、何故か仏頂面だった。


なんで人の決意を、こう、無茶苦茶にしにくるかな、こいつは。


「あんたの笑顔が妙に腹立つのよ」


「言いがかりだって」


「今日が名残惜しいのが私だけみたいじゃない。もうちょっと感情出してよ。なんか悔しいじゃない」


ああもう。なんだってこんなに嬉しいこと言ってくれるかな、こいつは。


寂しいと思ってるのが俺だけじゃないってのは嬉しい。嬉しいんだ。でも、ね。


「いいでしょ。期限は今日までなんだから、今日だけは精一杯楽しんだって。明日のことは明日悩めばいいのよ」


「はぁ。わかった。わかったよ。悩んで覚悟決めたこっちが馬鹿みたいだ。わかったから、明日からはお互い頭抱えるか」


俺がそう言うと高宮はドヤ顔で頷いていた。


なんか少し腹立たしい。


「さ、教会、案内してくれるんでしょ」


「そうだな。行くか」


諦めも肝心。腹立たしいけど、それも笑って流せる。これは、そういうものだと思う。






母さんが俺を連れて行った教会は、本人達曰く若者が多い珍しい部類になるらしい。


というのも、日本という国でキリスト教そのものはそこそこにメジャーだけど、キリスト教徒になると相当マイナーなのだそうだ。だから、母さんとしても俺の立ち直りのために探したのが徒歩圏内にあったのは本当に助かったらしい。聞くと、母さんはこの辺の出身じゃなかったらしいし。


で、そんな教会の中。


「へえ、すごいじゃん。ピアノはシンセだけど、エレキギターにベース、電子ドラムにアコギもあるんだ」


「教会って聞いてパイプオルガンでも連想してた?」


「うん」


会堂の中に設置されている楽器類を見て高宮は目を輝かせていた。


「意外だろうけど、今じゃクリスマスの定番の賛美歌なんかはオルガンが壊れたときにギターで演奏できる曲として作られたらしいから教会にギターがあるのは意外でもないらしいぞ」


俺も最近知ったことだけど。


「へえ」


高宮も返事をしつつも目線はシンセサイザーにしっかりと注がれている。


そんなことをしているうちに、牧師先生が壇上に立った。


「ほら、そろそろ始まるから」


「うん」


言って、俺も高宮も周りと同じように頭垂れたり、目を閉じたりとしてみた。俺もこうしてここに出席することはほとんどなかった。デートスポットとして正しいかはよくわからないけど。でも、きっと高宮のあの顔を見る分には間違いじゃなかったんだろう。


始まって、少しすると賛美歌が始まった。


「わ、みんな同じくらいか高校生くらいなんだ」


「うん。大人も混じってるけど、楽器やってるメンバーは結構若いよね」


そして、始まった曲で高宮が目を丸くする。


「私、賛美歌って厳かなのばかりだと思ってた」


来る前に聞いてたんだけど、家に練習用に讃美歌集があって、昨日はその中の曲を実際に弾いて歌ってたんだとか。で、今実際に聞いてるのはロックじみてたり、ポップスみたいで俺達みたいなのでもすごく馴染みやすかった。


たまに、もっと下の年齢向けっぽいのが混じるけど。


「意外だろ? でも、これはこれで結構楽しいし、行ったことないけどライブっぽくて楽しくないか?」


「だね。前の画面に歌詞出てるから音がとれたら思いっきり歌える」


実際、周りの人たちはもう声を張り上げて歌ってる。というか、完全に歌い慣れてる。そんなことを思ってるうちに高宮が完全に音をとったのか普通に歌い始めた。


その顔は本当に楽しそうで、こいつは真剣に、そして何よりも音楽を好きでいるんだって納得も出来た。

さて、俺も下手なりに音とって歌ってみるかな。聞いてる分には全然音とれてないのも混ざってる感じだから、ちょっとくらい下手でも恥ずかしがることはない。寧ろ、隣で楽しそうにしてるんだから、俺だってさ。






一通り終わって。


そんな気はしてたけど、俺は牧師先生の話の最中に思いっきり寝た。そして、高宮に呆れられた。


「ね、あのシンセ触っていいんだよね?」


「多分いいけど、さっきやってた人に声かけよう。それからでいいだろ?」


やってたのは高校生くらいの女の人。すごいいい笑顔で歌いながら弾いてたのが印象的だった。まあ、知ってる人なんだけどさ。


「うん。すみませーん」


高宮が物怖じせずに声をかけた。


「私? って、初めて来た人だよね?」


「はい。高宮鈴っていいます。こっちの春馬にピアノあるって聞いて連れて来てもらったんです」


「真樹くんの紹介なんだ。私は山川美里。ピアノに興味あるの?」


山川さんは、当然といえば当然だけど、俺を知ってる。立ち直るまでここに通ってる間に顔見知りになった人だ。


「興味があるというか、こいつ、ピアノで私立行ってますし、これから先もピアノで食ってくって言ってるようなのですよ」


「へえ、そんなすごい子なの? で、真樹くんは久しぶりね。もう少しくらい来てもいいんじゃない?」


山川さんの言葉は曖昧に笑って流しつつ、高宮が弾きたがっていることを伝えると、すぐにいいよ、と返事をもらえた。

 そんなところを見てたのか、大学生くらいだと思う男の人がアコースティックギターを抱えて寄ってきた。


「君が弾くの?」


「鈴ちゃんっていうの」


山川さんが紹介してる間に、高宮は適当なフレーズっぽいものを曲であるかのように弾いてみせた。

後から本人に確認取ったら「適当な和音とかを組み合わせて鳴らしただけ」と言い放った。少しではあるけど、ピアノジャズもかじってみた結果らしい。


「へえ、面白いね。ちょっと俺も鳴らしていいかな」


「どうぞ」


こうして、唐突に、無茶苦茶だけどセッションが始まった。

 更に、暫くするとドラム、ベース、エレキギターと続々と集まってきた。彼らと一緒になって音を溢れさせていく高宮は本当に楽しそうで、眩しかった。


「真樹くんは、あの子のこと好きなの?」


シンセから離れ、俺のそばまでやって来た山川さんが俺に問いかける。


「好きですね。でも、今日これで終わりにするってお互いに約束してるんです」


「へえ、何でまた」


「山川さん、怒らないんですね」


実のところ、この教会。中学生や高校生の恋愛を推奨していない。というのも、キリスト教において夫婦以外で体の関係を持つことは罪とされてる。で、体が大人になろうとしているけど、心は子どもというアンバランスな中学生や高校生は誰かと一緒になったとき、そういった欲望を抑えられない、と思われてるからだ。俺もそれが間違いだと思ってない。


 だからこそ、素直に高宮への好意を口にした俺を咎めると思っていただけに、山川さんの態度は意外だった。


「怒らせるようなことするんだったら、真樹くんは絶対にあの子を連れて来なかったと思うから。滅多には来ない君だけど、それくらいのことならわかるよ」


「聞かなきゃよかったです」


「でも、真樹くんの気持ち、何となく分かるよ。ちょっと話したり、一緒にいるところを見てるだけでも分かる。2人とも、すごく似てるもんね。多分、今、真樹くんが思ってることは鈴ちゃんも思ったことあると思うよ」


高宮が、俺のことを眩しいと思ったことがあるかはさておくとして。


「多分、これから先、どうやって生きていきたいかまですごく似てて、でも、似てるだけで、だから、きっと最後まで交わらない。同じところを目指して、平行線を歩いてくんだ。俺はそう思ってます」


「だろうね。何となく、想像はつくよ」


結局、今は好意を抱いていても、一緒に歩けない時点で、俺たちは必ず終わる。それを先延ばしにすると、自分たちでは終わりにできなくなる。


 きっと、それは好きあってる同士じゃなくて、そう、きっと、親友のそれで。俺たちはそれで続いていくんだと思う。


「にしても、鈴ちゃん、間違いなく有名になるね」


「でしょうね。これから先、親友としてやっていこうと思ってるんで、俺も負けられないなって思ってます」


そう、負けられない。俺にできること。俺だからできること。俺の、したいこと。それでどう生きていけるかなんて分からないけど。


「俺とあいつは、きっとどこまで行っても、仲間なんだと思います。同じ思いを抱いて、同じ目標のために違う道を歩く仲間で、そういうのをきっと、親友って言うんだと思います」


「そういうのは、本人に言うべきだと思うけど」


「言いませんよ。恥ずかしい。それに、何もかも言葉にして分かり合うのもいいですけど、俺とあいつは、なんというか、すごく回りくどいやり方でメッセージを伝えてきたので。だから、そういうのでいいと思うんです」


いつも、俺は花と、花言葉に思いを託してきた。だから、最後までそれでいいんだと思う。


「それでいいと思うんなら、それでもいいけど。で、何の花を贈るの?」


「ライラック。ライラックの花束を」


もちろん、紫で。

次回、非常に短いエピローグで完結します。

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