紅葉、来襲!
授業のため、職員室を出ようとしたかなめを、南雲が呼び止めた。
「福井先生、水瀬から電話です」
「水瀬から?」
首を傾げながら、かなめは南雲から受話器を受け取った。
「もしもし?―――ああ。水瀬か?……何?ルシフェルと一緒に休みたい?仕事か?」
二言三言会話したかなめが、突然、受話器に怒鳴った。
「グタグタ抜かしてないで、とっとと来いっ!」
ガンッ!
受話器を叩き付けられた電話が机の上で砕け散った。
「せ、先生!?」
職員全員が驚きの視線を向ける中、ポニーテールを角の如く逆立てたかなめが南雲に怒鳴った。
「南雲っ!」
「は、はいっ!」
「あの二人、登校してきたら生徒指導室に押し込んでおけっ!」
「はっ?」
「五月病で休みたいなんてぬかすバカの性根、たたき直してやるっ!」
「―――大体」
昼休みになってようやく教室に戻れた水瀬達を前に、あきれ顔の美奈子が言った。
「何だって、五月病で休みたいなんて言い出したの?」
「だって……」
「私達の身になれば、わかるよ」
「水瀬君はともかく、ルシフェルさんまで?」
真面目で通るルシフェルが仮病を使ってでも休みたがる理由。
それが、美奈子にはわからない。
「何があったの?私には話せないこと?」
「……一昨日」
水瀬が言った。
「一昨日、三年生に転入生が入ったの、知ってる?」
「ああ。未亜が何か言っていたような」
「その人が原因」
「……近衛の関係者?」
水瀬達は、無言で頷いた。
「ってことは、そんなに厄介な人なの?」
「近衛であれ以上に厄介な人って、いない」
「ルシフェルさんがそこまで言うとは」
美奈子は、驚いた視線を水瀬に向けた。
「水瀬君以上ってことだよね?どんな人?」
「ぷうっ!桜井さん、失礼だよ!」
「だけど―――」
「おい、水瀬、ナナリ」
入り口にいた男子生徒が声をかけてきた。
「お客だぜ?三年の」
ガタッ!
美奈子の前で、水瀬達があからさまな狼狽を見せた。
「ぼ、僕達、いないって言って!」
「いるじゃないっ!」
水瀬の声より一段階高い声が教室に響き、教室に女子生徒が入ってきた。
リボンは三年生。
ただ、外見はかなりあどけなく、外見上は水瀬と同い年といっても過言ではない。
つまり、幼い。
「何よ!さっさと来いってメールしたのに無視して!」
「で、電池が切れてまして……」
「わ、私……ちょっと急用が」
「―――二人とも」
女子生徒は、平べったい胸元を人差し指で突いた。
「わかってるね?」
「……」
「……」
水瀬とルシフェルは、青い顔をして席を立った。
「あ、四方堂先輩」
心配になって水瀬達を探しに出た美奈子は、三年の廊下で生徒会長の四方堂緑とすれ違った。
ロングヘアーをリボンで束ねた知的な眼鏡っ娘。
騎士養成コース在学中だが、本人の騎士ランクはかなり低い。
「あら?桜井さん」
両手で書類を抱きかかえ、ほくほく顔の緑に、美奈子は訊ねた。
「あの……水瀬君達見ませんでした?」
「えっ?知らないけど」
美奈子は、先程訊ねてきた三年生の女子生徒のことを緑に告げた。
「ああ。紅葉ちゃんのことね?」
「紅葉?」
「ええ。津島紅葉。数日前に転入してきた子。水瀬君とも知り合いだったのね」
「……知り合いというより、水瀬君達を従わせていたようにも」
「ふぅん?」
「水瀬君達の態度からして、嫌々連れて行かれているって感じなんですけど」
「そう?」
「……あの?」
美奈子は緑の態度が不思議で、思わず訊ねた。
「普段の四方堂先輩なら、少しは心配してくれると思ったんですけど」
「別に?紅葉ちゃんだから」
「先輩」
「はい?」
「何か、積まれたんですか?」
「えっ?ははっ。紅葉ちゃん、メサイアについて滅茶苦茶詳しくて、非売品の写真とか、いろいろもらっちゃったのよ」
「それで黙っていてくれと?」
「うん♪生徒会は、紅葉ちゃんについては、一切関与しませんって念書あげたもん♪」
メサイアの前には人権も規律もへったくれもない。
常日頃からそう豪語するメサイアオタク。
それが、目の前にいる四方堂緑という人物だ。
「……で、津島先輩、今、どこに?」
結局、美奈子が水瀬達と再開できたのは、保健室だった。
「ったく、情けないわねぇ」
保健室のベッドの上で唸る二人を前に、憮然とした表情を浮かべるのは、紅葉だ。
「何よ。あの程度で動けなくなるなんて、それでも魔法騎士?」
「そ……そうはいいますけど」
水瀬達は痛む体で紅葉に文句を言った。
「光速で飛んでくる飛翔物体をあんな風に……」
「大体、あれ、何の役に立つんです?」
そんな二人に、紅葉は情けがなかった。
「え?―――えっと」
しばらく考えた後、紅葉は笑いながら言ったのだ。
「忘れちゃった♪」
「……」
「……」
「ま、やってれば思い出すから♪さ、二人とも、クスリが必要なら」
紅葉がどこからか取り出したのは、一抱えもあるような極太の注射器。
「この―――よっと、“逝き帰りX”を打てば、致死率99%の確率で確実に」
「死ぬ、死んじゃいますっ!」
「大丈夫よ―――理論上は」
「それ、人間相手の理論なんですか!?ね、どうなんです!?」
「え?自信ないなぁ……えっとぉ……何相手に研究したんだけっけ?」
「僕達にも人権が!」
「うるさいっ!中佐の命令に少佐が逆らうなっ!」
―――結局、二人が何の実験をやっていたのか?
その答えは、ついにあかされることはなかった。
理由?
答え:紅葉が忘れ去ったまま、他の研究に没頭するようになったから。
合掌。




