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メッセージ 秋企画 紅葉編

作者: 水聖

メッセージ 



春はおずおずと遠慮がちにやってくるが、秋はいきなり訪れる。


9月に入っても、記録的な猛暑が続いた今年、ひょっとしたらもう秋は来ないんじゃないか、などと思っていたのだが。


「うわっ、寒い!」


突然吹き付けてきた冷たい北風に、奈央は思わず身震いした。都会のビル風はうっかりすると吹き飛ばされそうになるほど強い。長袖とはいえ、薄いTシャツ1枚で出てきたのは失敗だった。

ここしばらく、暖かい日が続いたので、完全に油断していた。時刻は午前11時過ぎ、今からこれでは、とても夕方まで我慢できそうにない。


何か暖かい上着を買おう、待ち合わせまでにはまだ時間があるし、バイト代が入ったばかりで幸い懐のほうはわりと温かい。

そう思った奈央は目の前のモールに入った。


そういえば、ショッピングは久しぶりだ。

ここしばらく、いろんなことがありすぎて買い物どころではなかった。

前に買い物に来たときに水着の飾られていたセンターにはコートやジャケットを身に着けたトルソーが並んでいて、季節の移りかわりを実感する。


しばらく見てまわっていると、赤いカーディガンが目に留まった。

真紅と朱の中間くらいの色合いが色づいた紅葉を連想させる。


「どうぞ、羽織ってみてください」


店員の女性に促され、鏡の前で身につけてみる。

我ながらよく似合っていると思った。


「とてもよくお似合いですよ。そちらカシミア混なのでとても温かいですし、着心地もいいでしょう。今年は猛暑続きで秋物の出足がよくなかったので、そちらはもう30%オフになってるんです。これからの季節にぴったりですし、お買い得ですよ」


すすめ上手な店員のセールストークに従って、カーディガンを購入し、タグをはずしてもらって、身につけたまま店を出た。

これで夜になっても安心だ。


通路にはさまざまなワゴンが並んでいる。それらを見て歩くのも久しぶりのことで楽しい。

出口近くにはメッセージカードの売り場があり、季節ごとに色々なカードが売られている。目前に迫ったハロウィンのカードはもちろん、もうクリスマスのカードもたくさん並んでいた。少々気が早いのではと思わないでもない。

そして、定番のバースディカード。

ケーキやプレゼントの絵柄に混じって紅葉のカードもあった。

(今年は、紅葉見に行けるかな・・・)

父がそう言ったのは、桜の季節が終わった頃。

そして結局、紅葉を見ることなく父が逝ったのは、夏の初めのことだった。



秋生まれの父はことのほか紅葉が好きだった。

毎年、紅葉を見にいくころは父の誕生日の近くだった。


今年はどこにしようか?TVの紅葉予想を見ながらドライブの計画を立てるのが秋の定例行事、父へのプレゼントを何にするのか考えるのも奈央にとっては定番ともいえることだった。そしてプレゼントに添えるメッセージカードを選ぶのも恒例だった。

父はメールなどの電子メッセージが嫌いだったから、奈央は必ずメッセージカードを購入して、手書きのお祝いメッセージを郵送していた、去年まで。


・・・そうか、今年はプレゼント考えなくてもいいんだ。カード買わなくてもいいんだ。

忙しい生活を送っていることと、一緒に住んでいたわけではないことで、普段は忘れている父の不在。

でも、時折こうやって事実に直面すると、やはりまだつらい。

思わず涙がこぼれそうになり、あわててその場を離れようとした時


「三上?」


聞き覚えのある声がした。


「谷本くん?久しぶりだね」


高校の同級生の谷本駿也だった。

同じ高校から同じ大学に進学したけれど、学部が違うからあまり会わない。

父が亡くなったとき直接連絡はしなかったけど、同級生のネットワークで知ったのか葬儀には来てくれた。

でも、葬儀の最中は慌しくてほとんど話ができなかった。高校のとき、一度だけ同じクラスになったけど、もともとさほど親しい関係というわけでもないし。


「うん、俺、三上の連絡先知らないし・・・」

「え?そうだっけ?」


そう答えると谷本駿也はなんだか情けなさそうな顔をした。

数少ない同窓生なのに悪いことしたかな。そう思った奈央は携帯を出した。


「今、聞いていい?」

「あ、うん。もちろん」


駿也もポケットから携帯を取り出した。

赤外線通信で連絡先を交換する。


「よし、OK。これでいつでも連絡できるな」

「そうだね、同窓会、とまではいかなくてもみんなで集まって飲みに行くとかしたいね、今度」

「それもいいな。それでさ、三上」

「なに?」

「その、大丈夫か?」

「大丈夫って、あ、見てた?」


駿也は頷いた。


「今くらいの時期ってさ、けっこうキツイだろ、いろんなこと片付いて暇になったころがさ」


確かにそうだ。

亡くなってからしばらくは、片付けなくてはならないことが山積していて悲しみに浸っている時間などない。

けれど、一段落ついたこの時期。

折りにふれて思い出す、父とすごした記憶。

そして、思い知らされるのだ。

もう決して新たな記憶は紡げないことを。


「うん、そうかも。でも、よくわかるね、谷本くん」

「経験者だからさ、これでも」

「え?そうだったの?」

「俺小学6年のときに事故でお袋亡くしてるの。突然だったから何がなんだかわからなかったな」


知らなかった。でも確か保護者会に駿也の母親は来ていたはずで。


「中3のときに親父再婚したからさ。いい人だし、好きだけど、やっぱりたまに思い出す。もうたまに、になったけど」


そうだったのか。中学は同じじゃないから知らなかった。駿也はいつもとても明るくて、ムードメーカー的な存在だったし。

しばらく会話が途切れた。

だけど、会話がなくてもつながっているような不思議な気持ちだった。

同じ痛みを知るもの同士だからなのかもしれない。


「三上、今日はデートとか?」

「ううん、彼とは先月別れた」


同じサークルの一学年上の人と付き合っていたけど、父の具合が悪くなってからずっと会ってなくて。久しぶりにサークルに顔を出したら呼び出されて「他に好きな子ができた」と告げられた。

そのときはショックだったけど、そのあとほとんど思い出すこともなかった。

今思えば大して好きではなかったのかもしれない。


「ごめん、俺空気読めなくて」

「いいよ、気にしないで。言われなかったら思い出しもしなかったし」


あわてて謝る駿也を見ているとなんだか笑いがこみ上げてきた。

ひとしきり笑ったら、さっきまでのつらい気持ちがずいぶん軽くなっていた。これが笑顔のパワーというものなのかもしれない。


「じゃあ、これからどうするんだ?」

「友達と映画見にいくの。そのあとごはん食べて、帰りは夜かな」

「そっか、じゃあ、またな」

「うん、またね」


谷本駿也に手を振って、モールを出た。

また、冷たい秋風が吹きつけてきたけれど、さっきのように寒くは感じなかった。

暖かいカーディガンのおかげかな、そう思っていると。


メールの着信音がした。

待ち合わせ場所に着いたって連絡かな、と思い、携帯を開く。


・・・谷本駿也

さっきわかれたばかりなのに、何か言い忘れたのかな。

ファイルを開くと


奈央へ

今度一緒に紅葉見に行かない?

             駿也


ふと笑みがこぼれる。

カーディガンだけのせいじゃないな、温かいのは。

そういえば、いつのまにかファーストネームになってる。


駿也へ

いいよ、いいスポット探しといてね。

              奈央


メールを返して携帯を閉じる。



今年は一緒に紅葉見にいけないけど、別の人と紅葉見られそうだよ。

お父さんも空の上から見えるかな。


それと・・・

電子メッセージってのも、そんなに悪くないよ。



奈央は父に向かって呼びかけた。


風は冷たいけれど、心も体も温かい。

奈央は歩き出した。






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