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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
9/40

星に願いを・・・。

庶民的な造りの旅館に到着すると、広い駐車場に車を止めた。

入り口で可愛い仲居さん達が、桃色の着物に濃紺の前掛け姿で二人を出迎えた。


中で簡単に受付を済ませると、直ぐに荷物係が台車を押してやってきた。

フロントでカギを受け取った係の男は、「お部屋へご案内します」と二人を誘導する。

大きな窓の向こうには、大きな池があり、風情ある空間を演出していた。


荷物係はエレベーターの中で「五階の萩の間です」と告げ、お風呂の場所や他の施設について簡単に説明した。


五階でエレベーターの扉が開くと、午後の日差しを避けるように閉じられた障子戸が目についた。反対の窓からは温泉街も見える。


「こちらです」と案内されるままついて行くと、細い窓と客室がいくつも並ぶ廊下を、半分過ぎたところが二人の部屋だった。


杉板に【萩】と書かいてある。

荷物係が扉を開けると、微かにラベンダーの香り。



荷物を中に運び入れた男は「後ほど係のものが参ります。ごゆっくりどうぞ」そう挨拶して出て行った。




部屋の中央に大きな座卓と、ふっくらと膨らんだ座布団が座椅子と共に二脚あり、床の間には備長炭が掛け軸の前に置かれていた。



二人は広縁(ひろえん)に立つと、窓の外に広がる景色を眺めた。

眼前には雄大な山々が間近に迫り、眼下には川が滔々と流れている。


「ふぅ・・・」

「疲れたか?」


広縁の椅子にへたり込むように座る梢に柿崎が声をかけた。

疲労のせいだろう、顔色が悪い。


「平気です。」


滅多に遠出などしない梢には、七時間ものドライブは体力的にキツかった。

しかし、いつまでも座ってはいられない。すぐに、柿崎の両親へ挨拶に行かなくてはならないのだ。


「時間なら大丈夫だから、少し休め。顔色が悪い。」

「いえ、大丈夫です。」


梢は自分に言い聞かせるように立ち上がると、洗面所に向かった。



確かに疲れていたが、それよりも緊張の方が強かった。


初めて会う人間を、本意ではないにしろ、これから騙しに行くのだ。気分が良い訳がない。

梢は胸に沸き上がる違和感が、罪悪感なのだと悟り、足を止めた。


「・・・柿崎さん、やっぱりこんなこと・・・よくないですよ・・・」


ふすまに背を預け、小さな声で呟いた。

背中を向けていた柿崎は、荷物の方に歩きながら、視界の隅でその様子をみる。


「気にすんな。」

「・・・・そんなの・・・無理です。」


二人のガーメントバッグを外套掛けにかけてしまうと、襖に寄りかかる梢の後ろに同じように立った。


「・・・深山・・・俺が嫌いか?」

「・・・・・よく、わかりません」

「よかった。嫌いだと即答されなくて」


柿崎は冗談めかして笑った。三日前の梢なら嫌いだと即答しただろう。大した進歩だ。


「嫌いじゃないならいいじゃん♪」

「そう言う問題じゃありません!」


振り返り大きな声を上げる梢は、いまにも泣きそうな顔をしていた。

柿崎は、そっと梢の頭を撫でた。梢も大人しくしている。これも大きな進歩だと柿崎は思う。


梢は切な気に俯く。


「・・・だって、ご両親を騙すことになるんですよ・・・?」

「俺はそうは思わないよ?」

「・・・どうしてですか?」


梢が、信じられない!といった表情で柿崎を見上げると、彼の方は、いつもの自信に満ちた表情をしていた。柿崎がこういう顔をする時は、どんな商談も必ず上手く行く!と、課長が言っていたのを思い出した。


「簡単なことだ!おまえが、俺を好きになればいいんだ!」

「ーーーーはあ?」


思わず素っ頓狂な声が上がった。空いた口が塞がらない梢は、あんぐりと柿崎を見る。

それを面白そうに見下ろしていた柿崎が、不意に真顔になると梢の細い体を抱きしめた。


「ーーーーーなっ!!!」

「よーーーーーっく聞けよ?!深山!!」


柿崎の大きな声が、胸に押し付けられている耳に響いてくる。そして、彼の早い鼓動も聞こえてきた。


「俺は、深山が営業部に来る前から・・・ずっと好きだったんだ。」

「・・・え?」


腕が緩むことなく梢を抱きしめているので、柿崎の顔は見えなかった。


訳が分からない。

営業部に来る前といっても、彼女は入社してからずっと営業部にいる。かれこれ四年になるだろうか。

大学を卒業してもなかなか就職が決まらず、二年ほどアルバイトをしながら何社も面接を受け、ようやく今の会社に入ったのだ。


その頃の自分を知っているというのだろうか?柿崎の胸に抱きしめられたままぼんやり考えていた。

柿崎の声が、その胸を通って響いてくる。


「その当時、俺は慣れない営業の仕事に四苦八苦してた。まだ二十五だし、別の仕事やろうかな?なんて思ってた。」


柿崎は、抱きしめていた腕を離し、ふんわりした座布団に梢を座らせると、向かいに胡座(あぐら)をかいて座った。


「私生活も散々だった俺は、毎日ふて腐れてた。そんな頃・・・深山に会ったんだ。」

「・・・・・」


梢は黙って聞いていた。


「おまえさ、会社の近くの喫茶店でバイトしてたろ?」

「・・・・・・はい」


それは、梢がまだ大学生の頃の話だ。

その頃、父がリストラされ母のパート代だけでは学費が賄えないため、いくつものアルバイトを掛け持ちしていたのだ。喫茶店はその一つだ。


「一目惚れだった。」

「・・・・・・はぁ・・・」


梢は、現実味がなさすぎて頭が着いていけず、ただのろのろと曖昧あいまいな返事を返す。

そんな彼女に構わず、柿崎は話を続けた。


「信号待ちしてて、店の窓越しに目が合ってさ、そしたら、おまえが笑顔で会釈したんだ」

「・・・私が・・・ですか?」


毎日が忙しすぎて、そんな些細な事など覚えている筈はなかった。


「その顔が忘れられなくて、何度か喫茶店に行ったんだぜ?でもさ、何度行っても逢えなくて、辞めたのかと思ってたら、午前中だけだっていうじゃん。でも、午前中に行くのはどうしても無理だったから、すごくガッカリしたもんだ」


梢の両手を握って話す柿崎は、当時を思い出したのか、クスっと笑った。


「それから何ヶ月かして、取引先に行った帰りにコンビニに寄ったら、おまえが働いてた」

「・・・・・」


両手を握ったまま柿崎は話し続ける。

梢は、じっと耳を傾けている。握られた手が、とても暖かかった。


「俺は声もかけれないヘタレでさ、ネームカード見て名前覚えたの。でも、それっきり。もう逢えないと諦めかけてた。それが、会社の廊下でリクルートスーツ着た深山を見たときは感動したよ!まだチャンスはある!ってね。その日から、おまえが入社して、同じ部署になるようにって、毎日祈ったんだぜ?!」


驚いたように梢が目を見開いた。


「・・・柿崎さんが、神頼みしたんですか?」

「いーや?お星さまに願ってたよ♪」

「お星さま?!柿崎さんがぁ?!」


デカイ図体で、星に願掛けする柿崎・・・。想像すると、滑稽こっけいで面白すぎる。


「あ、あり得ない・・・か、柿崎さんが・・・ぷぷっ!」

「笑うなよな。お陰で同じ部署になってんじゃん?俺ってすげー!」

「何それ!!あははは!!」


梢は体を揺すって笑った。

一番苦しくて辛かった頃の自分を好きだと言ってくれる人がいた。

恋人さえも逃げ出したのに・・・。なんだか救われたような気がした。


だが、それだけでは梢は納得できなかった。


「一目惚れ云々(うんぬん)はこの際、置いといて。どうしていきなり嫁なんですか?付き合ってる人です。とかでも良かったんじゃないですか?」

「おい!大事なところを置いとくなよな!俺は、深山を嫁にするって決めてたんだからいいんだよ!」

「・・・私の意思は無視ですか?!」


笑いを納めた梢が、生真面目な顔を取り戻すと、真っ直ぐに柿崎を見据えた。

どんな理由があるにしても、自分の意志を無視されるのだけは嫌だった。


だが、柿崎は憎らしいほど自信たっぷりな顔をした。


「いーや?絶対落とすって決めてから。」

「・・・ニセ嫁は、落ちたことにはなりませんよ。」


梢の目が睨むような色になったが、男は全く動じない。


「想い続ければ、叶うんだよ。」

「・・・乙女かっ。全然似合いません!」


梢がぷいっとそっぽを向いても、柿崎の眼差しは変わらず優しい。

どう説得しようか考えているのではなく、ただ、愛し気に梢を見詰めている。


本当は、他の男に梢を取られたくないがために、必死で考えた結果だった。

正面から告白したところで、頑な梢は絶対に付き合ってはくれなかっただろう。

不器用な男の苦肉の策だった。



「深山。」

「・・・なんですか?」


むすっとしたまま柿崎の方を向く。熱の籠った目で見つめ返され、梢は目をそらせなくなった。


「俺と、結婚してくれ」

「・・・・・・・嫌です。」

「ずっと、俺の傍にいてくれ」

「・・・・・・・嫌です。」

「俺は・・・ずっと梢といたいんだ」


堪えきれず梢は俯いた。その唇が微かに震えている。

柿崎の大きな掌にすっぽりと収まっている、細く小さな手も、小刻みに震えていた。


「・・・俺の・・・俺だけの梢になってくれないか?」

「・・・・・・っ。どう・・・して・・?」

「ん?」


震える声で、梢が問う。どうして自分がいいのかと。

男は両手を広げて梢を抱き寄せた。


「おまえが、深山 梢だからだよ!俺がずっと惚れてた女だからだ!他に理由なんていらないだろう!?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜い、意味わかんないですっ!」


涙声で突っかかるも、梢の細い両腕は、しっかりと柿崎の背中を掴んでいた。

柿崎も、その華奢な背中を力を込めて抱きしめた。


「大好きだよ・・・。梢は?」

「・・・・・・・嫌いでは・・・ない・・・かも・・・」

「回りくどいなぁ。それって、好きってことだろう?」

「そ、そこまで言ってませんっ!もう離して下さい!!」


柿崎の胸を押し返すが、がっちりとした腕が絡まっていてびくともしない。

男は、胡座をかいた膝に梢を乗せ、さらにぎゅっと抱きしめた。


「離して下さい!」

「やだっ!梢が好きって言うまで離さない!」

「こ、子供じゃないんですから!!離して下さい!!」

「い〜や〜だ〜!!好きって言えーー!!」

「いーーやーーー!!」



自分を抱きしめる腕は、とても優しいのに、態度は子供っぽくて、普段の姿とのギャップがなんだか笑えた。


そして、これまで忌々しいと思っていた柿崎の事が、もうそれほど嫌ではない事にも気がついていた。


彼が、自分のために、星に願ってくれたことが、なんだかとても嬉しかった。



『自分も好きかもしれないなんて、悔しいから言ってやらない!・・・まだ。』

梢は腕から逃れようともがきながら思った。



大人気ない男女のじゃれあいは、客室係が訪問するまで続いた。

 

 

 


あれ?と思ったアナタは、かなり【いい人】です!(笑)

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