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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
8/40

名前。

出発の朝です。

予告通りの時間に呼び鈴が鳴った。

一応チェーンロックをしたままドアを開けると、上機嫌じょうきげんの柿崎が覗き込んだ。


梢は溜め息をつくとロックを外し、ドアを開けた。


「迎えにきたよハニー♪」

「・・・行くの止めようかな・・・」


朝に弱いこずえは、ドアを開けるなりハイテンションな柿崎にうんざりと肩を落とす。どうしてこの男は、いつもこんなに元気なんだろう?


「荷物これで全部か?」

「はい。あ、自分で・・・」

「いいって、いいって♪」


柿崎は、玄関に置いてあったガーメントバッグとボストンバッグを取り上げた。

梢はその後から続き、ドアにカギをかけた。


「ん?それは?」


梢はバッグの他に紙袋を下げている。

その大きい紙袋は、大手おおて百貨店のもののようだが・・・。


「・・・えっと・・・一応、ご両親への・・・お土産です・・・」

「・・・いい嫁だ♪」

「・・・・・ど・・・どうも。」


普段から気が利く女だと、同僚からの評価も高いだけのことはある。

残業が早く終わり、駅で別れた後に買いに行ったのだろう。梢の気遣いに感動した。


柿崎の考えはどうあれ、挨拶するのだから手土産は当然だ。

梢にしてみれば普通のことだったのに、それを褒められて、妙に恥ずかしくなってしまった。


梢が恥ずかしそうに下を向いているので、男は遠慮なくその様子を眺めた。



柿崎は、梢を誘うのに必死で、土産のことまでは考えていなかった。

気付かず両親に会っていたら、梢の印象が悪くなる・・・柿崎は自分の不手際を叱責したくなった。

梢の気遣いに、救われた気がした。


「そんじゃ、行きますか!?」

「・・・はい・・・」


二階建てアパートの階段を下りると、一台の白いステーションワゴンが目についた。


「・・・車・・・ご自分のなんですか?」

「そうだよ?」


都会では、駐車場代も馬鹿にならない。梢の周囲では、運転免許は持っていても、車はレンタカーという友人が殆どだった。最近では、赤の他人と一台の車をシェアするんだとか・・・。


自分のものではない車に乗るということ自体、免許のない梢には到底理解できるものではなかったので、自家用車を持っているだけで、柿崎が凄い人物に思えた。


「俺の実家は田舎だから、車がないと不便なんだ」

「ご実家はどちらなんですか?」

白石しらいしだよ。宮城県の。」

「・・・はあ・・・」正直なところ、梢には、県名以外よくわからない地名だった。宮城県といえば、やっとこさ仙台が思い浮かぶ程度である。



梢を助手席に乗せ、荷物を後部座席に置いて運転席に乗り込むと、愛用のサングラスをしてエンジンをかけた。


持ち主同様、車も上機嫌に唸りを上げた。




思いの外、柿崎は運転が上手かった。

アパートの周辺は道幅が狭い。角の家は塀に沢山の傷がついている。そんな道を苦もなく通り抜け大きな道路へと出た。土曜日の早い時間であるが、わりと交通量が多い道に出ても、全く危なげない。


「柿崎さん、運転上手いんですね」


梢は素直に感動していた。褒められた運転手は「そうか?」と一言いい、ハンドルを握り直した。


「あのさ深山、名前・・・お互いに呼び慣れておいた方がいいと思わないか?」

「・・・・・はあ」


急にそんなこと言われても・・・と内心思ったが、確かにこのままではまずいだろう。

だが梢は、そうですね。と言ったきり、視線を窓の外に流してしまった。


二人の間に妙な沈黙が広がる。



柿崎は、サングラスの下で半目になった。胸に【もしや】と疑惑が沸き上がってくる・・・。

低い声が命令口調で降ってきた。


「・・・深山。俺のフルネーム言ってみろ。」

「え。フルネーム?」


ギクリとしたように肩が竦んだのを、柿崎は見逃さなかった。


「そう。早く。」

「か・・・・柿崎・・・かきざきぃ~~~・・・」


梢は柿崎のフルネームを知らなかった。というより、必要がなかったので覚えていなかった。

信号で車が停止すると、柿崎はハンドルに額を押し付けて、大げさに溜め息を着いた。


「深山・・・正直に言え。」

「すみません。覚えていません。」

「・・・・酷いなぁ」


柿崎は、虚しい溜め息を吐くと、名刺は?と訪ねた。携帯の番号を書いて渡したのはほんの三日前だ。


「・・・会社の引き出しに。」

「名前、見てないの?」

「見たような気もしますが・・・すみません、忘れました。」

「・・・・・あっそ」


率直なのは結構だが、もうちょっと自分に関心を持ってほしかった。

悔しいような悲しいような・・・柿崎は複雑な気分だ。


「あ~あ・・・俺ってかわいそう・・・」


情けない声でそう言うと、信号が青に変わるのと共に静かに車を走らせた。




それから暫くは、お互い口もきかず、景色だけが流れて行った。



途中、大きな渋滞にも合わず、車は順調に東北自動車道とうほくじどうしゃどうへと入った。

風景も畑や田んぼが多くなり、周囲は山ばかりになってくる。



車内には、梢が好きな曲がかかっていた。柿崎も聴くんだなぁと思いつつ、それに耳を傾けた。

ほぼ毎日残業していた梢は、朝が早かったのもあり、いつの間にかうとうとしていた。


「ーーーーーだ。」

「・・・え?」


突然の声に、梢は目を覚まし、声を発したであろう運転手をみた。

柿崎は、サングラスをしたままチラリと梢を見る。


「・・・悪い。寝てたのか。」

「・・・なんですか?」

裕一郎ゆういちろう・・・俺の名前だ。覚えとけ。」

「・・・はあ。」


へそを曲げたような柿崎に、少し呆れたが、そもそも名前を覚えていなかった自分が悪かったのだ。

ここは腹を決めるしかない。これは【柿崎に依頼された仕事なのだ】梢はそう思うことにした。


どうすれば、夫婦に見えるだろう?梢の思考はこれから会う柿崎の両親に向けられていた。



梢の胸の中に、小さな違和感が一つ芽生えるが、その正体に気付くまえに、沈黙を破ったのはやはり柿崎だ。



「俺のお袋は、裕次郎のファンでさ、その名前を付けたかったんだが、長男に次郎はないだろうって親父に言われて、裕一郎になったんだそうだ」

「ふふっお母さん、残念だったでしょうね」

「いやいや。おまえにはもったいない名前だから、付けなくて良かったって言ってるよ」

「あははは!」


声を立てて笑う梢を横目で見ながら、やっと笑顔を見せてくれたと、目を細めた。


「そう言えば、ずいぶん長時間走ってますね。次のサービスエリアで休憩にしませんか?裕一郎さん。」

「ーーーえ?!」


呼べと言ったのは彼であるはずなのに、柿崎は頓狂とんきょうな声を上げた。


「・・・み・・みや、ま?」

「なに驚いているんですか?呼べと言ったのは、そっちでしょ?」

「あ・・・う・・・うん」


妙に狼狽うろたえる柿崎が面白かったが、運転中なのでこれ以上は刺激しないでおこうと思い、助手席で大人しく風景を眺めた。


山っていいなぁ・・・。梢はうっとりと景色に見入っている。いつもは高いビルに囲まれているので、緑に囲まれるのは凄く新鮮だと、梢は嬉しそうにしている。


・・・柿崎の心中は・・・特に心臓が、異様に跳ね回って苦しいくらいなのに。




たった二日間だけなのだからと、梢は腹を決めて、開き直ることにしたのだ。

【仕事】なのだと割り切ってしまえば、なんでも出来そうな気がした。



サービスエリアに入ると、柿崎は車を降りてその大きな体を延ばす。

昼食にはまだ早かったが、小腹が空いた柿崎は、梢と共に軽食を取ることにした。


たくさん並ぶ店から、いい匂いが漂ってくる。


「いい匂いですね!裕一郎さん、何を食べますか?」

「あ・・・う・・・そう・・・だな・・・」


梢は名を呼ぶことに慣れたようだが、柿崎は呼ばれる度に挙動不審きょどうふしんになった。


柿崎に散々振り回されてきた梢には、名前を呼ばれて狼狽うろたえる姿がなんとも面白かった。




外のテーブル席に座り、柿崎は大盛りの焼きそばを頬張る。

梢は『どの辺りが軽食なの?』と、首を傾げつつ、普通のサンドウィッチを食べた。


「・・・ホント、頭の切り替え早いな・・・深山は・・・」


大盛り焼きそばは、あっという間に胃袋に消え、缶コーヒーを飲みながら、柿崎はしみじみと呟いた。


「梢ですよ。裕一郎さん!」

「・・・うっ・・・は・・・はい。」


子供の頃は、裕一郎なんて年寄りの名前みたいで嫌いだった。

だが、梢の声で呼ばれると、自分の名前がなんだか耳に甘く、特別な感じがした。



くすぐったい気持ちで、名を呼ばれる毎に、柿崎の口数が減っていく。

柿崎自身も、かなり動揺していることに驚いている。

『なんでこんなに顔が熱いんだ?!耳も熱いぞ?』照れている自分を持て余し、何度も座り直している。


そんな柿崎の様子に、梢も落ち着かなくなってきた。


「て・・・照れないで下さいよ柿崎さん!・・・こっちまで恥ずかしいじゃないですか!」

「あ・・・うん・・・ごめん」


二人とも俯いたまま、暫くもじもじとしていた。



「い、行くか・・・梢」

「は、はい・・・裕一郎さん」


顔を赤らめた初々しい二人は、買い足したお土産と、飲み物を手に車に戻った。

食事を含め、四十分ほどの休憩で、再び高速へ合流した。



その後、何度か休憩をとりながら、ごく自然にお互いの名前を呼び合い、普通に会話できるようになったころ、目的地の旅館に到着した。




七時間もかかった長距離ドライブは、柿崎が思っていた以上に、梢との距離を縮めた気がした。

 


いろいろ突っ込みたいでしょうけど、お願いです!堪えて下さい!


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