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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
7/40

弁当箱の中身。

長ったらしくてすみません・・・。

仕事をしていても、今朝の柿崎の表情が気になって集中できなかった。

夕べ一体何があったんだろう?どうして、柿崎はあんな顔をしたんだろう?


色んなことが、気になって仕方がない。


当の柿崎はといえば、十五分ほど遅れて出社した。

着替えるために一度家に戻ったのだろう。ダークブルーのスーツ姿だった。

すぐに取引先へ出て行ったため、顔を合わせることは殆どなかった。


『・・・私・・・何か言ったのかしら?』


梢は、朝からずっと柿崎のことを考えている自分に気付いた。

いつもの自分らしくないと頭を振ると、梢は新たなファイルを捲って仕事に意識を切り替えた。




「梢?もうお昼だよ?」

「・・・え?」


声をかけてきたのは同期で同じ部署の岡部真弓だった。気がつくと回りには自分と真弓しかいない。


「仕事熱心なのはいいけど、たまにお昼抜いてるでしょ?ちゃんとご飯食べなきゃダメだよ?!」

「・・・う、うん」


なんか、今朝も同じようなことを言われたな・・・梢はまたも柿崎の顔を思い出した。

なんだか、柿崎に踊らされているような気がして、釈然としない。


「雨降ってきたみたいだから、食堂に行こう?」

「うん」


梢は、今朝柿崎が作ってくれたお弁当を持って、真弓と共に食堂へと向かった。




エレベーターで地下に降りると、食堂がある。



食堂は、大きなガラスが天井まで嵌ってあり、その一辺は、そこが地下であることを忘れさせるほど、明かりを存分に受け入れている。

そして、ガラスの向こうには、中庭のような広く丸い空間が広がり、木々が安らぎを与えてくれていた。

社員食堂というよりは、お洒落なカフェのようなしつらえだ。



沢山の社員が毎日利用する大きな食堂は、何人もの調理師が毎日大量に食料を提供している、いわば、縁の下の力持ちといえた。ここで、様々な情報を交換したりもする、社交場でもあった。




梢は、降りしきる雨が伝う窓際の席に落ち着くと、真弓がプレートを取りに行っている間に弁当箱の蓋をそっと開けた。



気分は浦島太郎である。幸いなことに、煙は出なかったが。



煙の代わりに、食欲をそそる香りが梢の鼻孔をくすぐった。


エノキダケをベーコンで巻いて焼いたもの、ゆで卵、茹でたブロッコリーと塩シャケの切り身などカラフルなおかず達が、小さな弁当箱の中に行儀よく収まっている。


ご飯には薄焼き卵とハムが、彩りよく並んでいて、凝った細工が施してあった。



梢は己の目を疑った。。。白いご飯を彩るもの・・・・それは・・・熱いメッセージだ。




【コズエLOVE】



今時文字入りって・・・。し、しかもLOVEって・・・


あり得ない文字入りに、衝撃が走った。


あの男が、梢のピンクのエプロン姿でこれを・・・?さ、寒い・・・寒すぎる・・・



「み、見なかったことにしよう・・・」梢はそっと蓋を閉めた。


今朝のエプロン姿からすれば、容易に想像できた筈であるが、なのに、すっかりそのことを失念していた自分に呆れる。

まさか、こうもベタな台詞が書かれていようとは・・・やつもなかなか古い人間のようだ。



気の抜ける弁当に、いろいろ気に病んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。



真弓がビーフカレーとサラダを持って戻ってくると、梢の前の席に腰掛けた。


「・・・梢?どうかしたの?」

「・・・・な・・・・なんでもない・・・」


笑っているのか怒っているのか分からない梢の微妙な表情に、真弓は心配そうな顔になっている。

真弓が食べ始めても、梢は一向に弁当を開こうとしない。


「梢?食べないの?」

「あの・・・ちょっと・・・食欲が・・・」


梢の腹が否と鳴く。真弓は思わず、梢のぺたんこなお腹に視線を落とした。


「・・・お腹・・・鳴ってるみたいだけど?」

「き、気のせい・・・」

「おお!岡部に深山、これから飯か?」

「あ。柿崎さん」


諸悪の根源が、今朝の憂いはどこへやらな笑顔で声をかけてきた。


「あ、柿崎さん。今戻りですか?」

「うん。先方と食事する筈だったんだけど、予定が変わっちゃって戻ってきたんだ。ここいい?」


梢が動けずにいるうちに、厚かましく梢の隣の席に陣取った。


「どうぞっていうか、もう座ってるじゃないですか」

「まあ、そう言うなって♪」


真弓が笑って言うが、梢は相変わらず俯いたままだ。

気にする風もなく、柿崎は自分の食事に手をつけた。


柿崎のメニューはトンカツ定食、特盛り。

千切りにされた大量のキャベツのベッドに寝そべるのは、力士の雪駄せったかと思うほど大きなトンカツだ。彩りのトマトが小さく見える。


「いただきまーす♪」


柿崎は、豪快に笑うと、皿の上のでっかいトンカツに喰らい付いた。切ってあっても一切れがやたらでかい。しかもかなりのボリュームがあるのに、見る見るうちに巨大トンカツは柿崎の胃袋へと消えて行った。


真弓もカレーを口に運びつつ、営業課の星と称される柿崎に話を振る。


「そういえば、Y企画でしたっけ?商談はどうでした?」

「誰に言ってる?上手く行ったに決まってんだろ♪」

「さすがですね」

「ん?深山、飯食わねーの?」


梢の肩が微かに震えた。小さな弁当箱も一緒に震える。


「・・・梢?さっきから変だよ?具合でも悪いの?」


真弓が心配そうに顔を覗き込むも、梢は俯いたままだ。


「・・・・・・・・・大丈夫」

「しっかり食べないと、午後の仕事にも支障が出るぞ!」

「・・・・・・・・わかってます」


弁当を開けたときの梢の反応が見たくて、理由をつけて戻ってきたんじゃないだろうか?

梢は密かにそう思った。

ここで何か言えば、周りから変に勘ぐられる。それは梢にとってよろしくないことだ。


様々な感情を抑えつつ、梢は弁当箱の蓋を二人に見えないようにすき間を開けた。

素早く文字の部分だけを食べてしまうと、何事もなかったように蓋を解放した。


「梢、何してるの?」


キョトンとする真弓とは対照的に、柿崎がほくそ笑んだ。

その気配に、梢は屈辱感でいっぱいになった。



言いたいことは山ほどある。


まず、何から言おう。この弁当のメッセージについての苦情か?

それとも、夕べ何があったか聞く方が先か?


歯噛みする思いで、弁当の中身を突く梢に、真弓が思い出したように声をかけた。


「そうだ梢、この土日なんだけど空いてる?」

「・・・土・・・日?」

「そう!雑誌の懸賞で、箱根温泉の宿泊券が当たったの!一緒に行かない?」


これ以上、柿崎に振り回されたくない。しかし、約束してしまったし・・・

梢が逡巡していると、横から暢気そうな声が割り込んできた。


「あ~岡部、悪いな。深山は土日は俺と用があるんだ」

「ーーーえ!そうなの?梢!」


真弓の素っ頓狂な声に、周囲の視線が一気に集中した。

梢は恥ずかしさのあまり、耳まで真っ赤になった。


「え・・・あの・・・ちが・・・」

「おいおい深山、俺との約束が先だろう?!」

「あ・・・う・・・」


テーブルに肘をつき、梢を覗き込む柿崎の笑顔は・・・ちょっと怖かった。


「ってことは、デートですか?!」

「そ♪だから、温泉は他の子誘ってね」

「そーゆーことなら仕方がないですね!梢ってば、早く教えてよね!」

「~~~ち、ちがーう!真弓・・・違うの!」


頼りな気な声を発する梢に、真弓はさらにキョトンとなった。

真弓がよく知る梢は、明るく朗らかではあるが、こんなに動揺したりしない人物だ。

目の前で首まで赤くなっている娘は、どうみても恋する乙女の恥じらい以外にない。


「変な梢。隠さなくてもいいんじゃない?千佳子はもう斎藤君と付き合ってるし」

「ちがうの・・・そうじゃなくて・・・」


千佳子に遠慮していると思っているようだが、フリとは言え【柿崎の嫁】として、彼の実家に赴かなくてはならないなど、真弓にどう説明できようか!

絶対に『結婚するの!?』って騒ぐに決まっている!


歯切れも悪くオロオロしている梢に、柿崎が助け舟を出した。


「あ〜岡部。期待してるところ悪いんだけど、俺の接待に付き合ってもらうだけだ。面倒臭いから皆にナイショなの。OK?」


唇に指を立て片目を眇める柿崎に、真弓は極秘任務を受けたエージェントよろしく、小さな声で「ラジャ!」と、親指を立ててウィンクした。


『二人とも、気が合って結構ですね。いっそ真弓を連れてってくれませんか?』梢はぐったりと項垂れた。


・・・とりあえず、妙な噂を流される自体だけは防げそうだ。梢はホッと胸を撫で下ろした。



「さて、午後はS興産に行かなくちゃ。んじゃ、お先に♪」


いつもの暑苦しい笑顔を残して、柿崎は軽やかに去って行った。





***




梢は今夜も残業していた。

特に仕事が遅いわけではないが、家に帰ってもすることがない梢は、早々に帰りたがる同僚から頼まれて、仕事を肩代わりしているのだ。

確かに疲れるが、その分月末の給料に色がつくのは、嬉しい限りである。


そんなわけで、梢はせっせと業務に勤しんだ。



「・・・どうして今日も残業してるんだ?」

「わっ!ビックリした・・・忘れ物ですか?」


梢は一度だけ柿崎を見てそう言うと、再びパソコンとファイルに戻って行った。

背後から溜め息が聞こえる。


「深山・・・法事の件だが覚えてるか?」

「はい。その件でしたら了解しております。」


堅苦しい物言いは、梢の仕事中の癖でもある。


「・・・なら、明日の土曜日から出発するから、早朝六時に迎えに行く。準備しておけよ」

「・・・日曜だけじゃないんですか?」


梢がようやく、椅子ごと柿崎に向き直った。

男は深い溜め息を着く。


「・・・やっぱり忘れてやがる・・・」

「・・・何をですか?」


呆れたように半目になる柿崎は、すこし躊躇ってから一気に告げた。


「・・・り、旅館に・・・一泊するんだよ。」

「・・・・・・・いっ・・・ぱく?」


梢の頭は、隅々まで真っ白になってしまった。

柿崎も、今朝の反応から、もう一度言わなければいけないだろうと、覚悟はしていた。



彼にしてみれば、覚えていてほしかったのは別のことなのだが、この際置いておくことにした。



「・・・えっと・・・一泊なんて・・・そんな・・・困ります・・・」

「はぁ・・・そう言うと思ったよ。でもな、夕べおまえはハッキリと承諾したんだぞ?」

「・・あ・・ありえません!いくら酔っていたからって、そんなことを軽々しく承諾なんて・・・」


梢は戸惑いながら、必死に昨日の記憶を辿る。



・・・しかし、疲れた体に流し込まれたアルコールは、キレイサッパリ記憶を洗い流してしまっていた。なんにも思い出せない。



「あ、あの・・・別々のお部屋・・・取ってもいいですよね?」

「いいわけねーだろう!新婚夫婦ってことで行くんだ。お袋が気を利かせて二人部屋とってくれたんだ・・・」


どことなく赤らむ柿崎に、梢もさすがにキレた。


「〜〜〜〜ば、バッカじゃないのっ!!!考えなしにも程があります!!大体、そもそも始めから間違っているんです!正直に嘘だったと話すべきです!!」

「・・・おまえ、ホントは覚えてんじゃないの?昨日も同じこと言ったよ?」


仮にも先輩に対し、バカだのアホだのと言われた柿崎は、溜め息まじりに頭を掻いた。

しかし直ぐに顔を上げると、しっかりと梢を見据えた。


その柿崎の目に、梢は金縛りにあったように動けなくなった。


「おまえが何と言おうと、俺は撤回するつもりもないし、おまえを明日、嫁として連れて行くからな!」


眉間に皺を寄せ、柿崎は大きな声で断固とした宣言を言い放った。


「俺も手伝ってやるから、さっさと帰るぞ!明日は早いんだから!」

「な、なに勝手なこと・・・言って・・・」


ムスッとしながら自分のパソコンを立ち上げると、有無を言わせず梢の抱えているファイルの半分以上を持って行き、鬼のような早さで処理して行った。



そのお陰で、梢はいつもより二時間も早く残業を終えてしまった。

どっちも不器用っていうかなんていうか・・・。


やっと、次に進めます。

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