朝食は一日の基本です。
携帯のアラームで目が覚めた。軽快なアラーム音が頭に響く・・・
細い腕が、ベッドサイドの携帯に延ばされ、アラームを止めた。
「ん~~~あたま痛い~~」
気怠い体をベッドの上に起こし、痛む頭を両手で押さえた。
「はい、お水。」
「あ、ありがと。」
冷たいペットボトルの水が差し出され、左手で頭を抱えたまま受け取ると、痛む頭にくっつけた。
「あ〜きもちい〜♪・・・なんか変な夢見た気がする〜」
「へえ、どんな?」
「それがね・・・・・」
独り言のように話しながらペットボトルの蓋を捻り、梢ははたと顔を上げた。
そこには、忌々しいほど見覚えがある顔が、すこぶる爽やかな笑顔で見下ろしていた。
「・・・かき・・・ざき・・・さん?」
「おはよ♪コズエ♪」
「・・・・・ホンモノ?」
「他に誰がいるよ?」
「・・・・・・・・」
「おーい、深山ー?」
「・・・・・・なんで・・・ここに?ーーーーハッ!」
梢は素早く自分と周囲を見回した。
見覚えのある部屋・・・自分の部屋だ!ちゃんとパジャマも着ている!
よかった。大人な漫画にありがちの【目が覚めたらホテルでした】なんて展開にならなくて・・・
って、ホッとしてる場合じゃない!!
自分の部屋なのは分かった。しかし、どうして柿崎がここにいるのだ!
『ま、まさか、泊まった・・・の?』
・・・パジャマに・・・着替えた記憶がないぞ・・・
頬を触れば、化粧もちゃんと落としてある・・・
「~~~~~~~」言葉にならず、どうみてもパニクっている梢に、見下ろしていた男は呆れたように溜め息を着いた。
「・・・心配すんな。自分で着替えたんだよ。化粧もちゃんと落としてさ、大したもんだよ。」
柿崎は感心したようにそう言った。
ついでに、「手を貸そうとしたら引っ叩かれた。」と、不本意そうに微かに赤い頬を見せた。
とりあえず、大人な一夜を過ごしたわけではないと分かり、ホッとした。
ホッとした途端、次の疑問が沸き上がってきた。
自分を見下ろす男の、何とも言えない違和感・・・。
「・・・っていうか・・・なに?・・・その格好・・・」
「ん?似合う?」
がっちりした体型の柿崎は、梢愛用のピンクの可愛らしいエプロン姿でポーズをとった。
「いえ、似合いません。・・・何してるんですか?」
「ひでぇなぁ!弁当作ってたんだよ」
「・・・・お弁当?」
「そ♪お昼たのしみにしてな♪」
呆然としている梢を他所に、柿崎の機嫌はすこぶるいい。
が、いつまでも硬直している梢に難しい顔付きになった。
「深山、どうでもいいが、さっさと支度しないと遅刻するぞ?」
「え、は、はい…」
柿崎にそう言われ、動揺が隠せずにいた梢は少々ムッとしたが、時計を見ればそろそろ支度をしなくては本当に遅刻しそうだった。
急いでパジャマのボタンを外し始めて手を止めた。
何やら熱い視線を感じる・・・。
傍らを見ると、いい位置に陣取ってる柿崎が、じっと見ていた。
「・・・何見てるんですか?」
「ん?気にしないで続けて♪」
「嫌です。ってか、いつまでいるんですか?」
「・・・つれないこと言うなよぉ!」
柿崎はつまんなそうに口を尖らせたが、ちっとも可愛くない。ピンクのエプロンがさらに不気味だ。
ボタンに手をかけたまま睨む梢に、柿崎はコロッと表情を変えてにこっと笑った。
「ま、いいや。とにかく顔洗って来い。飯にするぞ」
「はぁ?・・・飯って・・・朝食もつくったんですか?」
「もちろん♪」
いい匂いに気付いてテーブルを見ると、朝食が用意されていた。
ベーコンエッグにサラダ、トーストの他、愛用のティーポットに紅茶も用意してあった。
当然のように二人分。
「・・・せっかくですが・・・」
「深山。朝食は一日の基本だ!しっかり食え。それに、深山はもう少し肥った方がいいぞ?」
「・・・大きなお世話です」
二日酔いでとても食事をとる気分ではなかったが、香ばしいベーコンの香りが食欲を刺激する。
意図せず腹が鳴った。「ほらみろ♪」と言った柿崎のしたり顔に腹が立つ。
柿崎がキッチンへ向かった隙に素早くパジャマを脱ぐと、手早く着替えを済ませ洗面所へ向かった。
『・・・なんでこんなことになったわけ?』歯を磨きながら夕べのことを反芻する。
軽めのサワーくらいで記憶をなくす梢ではなかったが、このところ残業が続いていて疲れていたのは確かだった。その上、柿崎にまで振り回されて、一気に酔いが回ったんだろうと判断できる。
【一日限定の嫁】に同意したことまでは覚えている。しかし、それ以降の記憶が曖昧だった。
『何か言われたような気がするんだけど〜。なんだっけ?あ〜ぜんっぜん思い出せない!いいや、思い出せないってことは、大した内容じゃないでしょ。』歯磨きの終了と共に考えることを放棄した。
すぐに後悔するのだが。。。
「んじゃ、いただきまーす!」
朝っぱらからやたら元気な柿崎は、大きな掌をパンと合わせると、自らが作った朝食をもりもり食べ始めた。
見ているだけで食欲が萎えそうな食べっぷりだが、食欲をそそる朝食に、梢も両手をあわせた。
「・・・い、いただきます・・・」
未だスッピンの梢だが、とりあえず食事が先だという柿崎に促され、手狭なテーブルについた。まだほんのり暖かい目玉焼きは、梢好みの固めで、ベーコンもカリカリで美味しかった。
トーストにもしっかりマーガリンが塗ってあり、実に至れり尽くせりであった。
「旨いか?」
柿崎は、それが重要であるかのように食べている梢の顔を覗き込んだ。
どんな時でも、威圧的な空気は変わらないのだなぁと、梢は溜め息を着きたくなった。
「お・・・美味しいです」
「そーだろう!俺の愛情が籠ってるかな♪」
「ぷっ!なんですか?それ・・・」
満足そうに笑う柿崎に、梢もつい笑ってしまった。
梢のスッピンは普段とあまり変わらない。柿崎も笑っている梢に目を細めた。
「そう言えば、どんな夢見たんだ?」
「え?・・・・ああ・・・なんか、凄く変な夢でした」
「ふ〜ん。どんな?」
すでに食べ終え、紅茶を飲みながら訪ねる柿崎は、なんだか取り調べする刑事のようだと梢は思った。
「えっと・・・柿崎さんが、その・・・私を好きだとかなんとか・・・変な夢ですよね?」
「・・・・おまえ、ひょっとして・・・覚えてないのか?」
「・・・え?」
笑われるか、からかわれるだろうと思っていた梢は、柿崎の表情に戸惑った。
彼はなんだかショックを受けたような、複雑な顔をしていた。
「・・・柿崎さん?」
「覚えてないならいい・・・じゃ俺行くわ。」
「・・・え?・・・あの・・・」
食べ終えた皿を自らキッチンに運び、手早く洗うとエプロンを外し、玄関脇に掛けてあった上着を羽織った。
「あ・・・あの?・・・柿崎さ・・・」
上着を羽織る際、彼の空色のシャツが皺だらけなのに気づいた。
そして、ベッドの足下にきちんと畳まれた毛布を目にし、泊まったにしても、彼は梢に対して誠実に振る舞ってくれたのだと理解した。
「それじゃ、会社で」
それまで憎らしいほど厚かましい態度だったのに、梢の顔を一度も見ることなく彼は部屋を出て行った。
梢は、柿崎の表情が気になって、彼が出て行った扉を、ただ呆然と見詰めていた。
柿崎氏、いろいろとショックだったようです。(笑)
少し付け足しました。