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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
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虚しい叫び。

すみません。まだ会社です。

深山みやまって、足遅いんだなぁ」

「・・・・・・・・・・・」


全速力で走った筈なのに、エレベーターのボタンを押す前に柿崎に追いつかれた。

梢の指がボタンに触れる前に、無骨な指がボタンを押す。


膝に手をつきはぁはぁと肩で喘ぐ梢に、息一つ乱していない柿崎が不適に笑った。


「おまえ、運動不足なんじゃないか?それとも、運動音痴なの?」

「ち、近寄らないで・・・ください・・・!」


完全に息が上がっている梢は、カバンを胸に抱きしめジリジリと後ずさっていく。

そんな梢の様子に、柿崎もさすがに「悪かったよ。」と謝ったが、その笑顔では信用できない。

今にも泣きそうな目で怒る梢に、柿崎の眉が困ったように下がった。


「そんなに怒るなよぉ」

「・・・ほんの少しでも油断した自分が悔しいんです!」

「あ~。確かに、男に油断は禁物だな。うん。」


訳知り顔で頷く柿崎を思いっきり蹴飛ばそうとした時、到着を知らせる電子音が軽やかに鳴り、エレベーターのドアが開いた。乗り込もうとした梢は、その場で凍り付いたように立ちすくむ。


「・・・・」


エレベーターの中は、完全に密室になる。いきなり唇を奪うケダモノ男と二人きり?!それは絶対に嫌だ!!梢は荷物を抱きしめたまま微動だにしない。


彼女の心の叫びが聞こえたかのように、男はふー。と溜め息をついた。


「・・・・・乗らないのか?」

「柿崎さん、どうぞ乗って下さい!」


怒っているからなのか、走ったからなのか(恐らく両方だろうが)梢は頬を真っ赤にしてエレベーターを指差した。


「深山は乗らないのか?」

「私は結構です」

「・・・階段で降りる気か?ここ五十三階だぞ?」

「ご心配なくっ!」


猫が威嚇をするように声を張る梢に、柿崎も少々呆れ顔で現実を突きつけた。


「100mあるかなしかの廊下を走って、そんなに息が上がってる女が、五十三階から階段で降りれるわけがないだろう。ひょっとしたら死ぬんじゃないか?」

「お、大きなお世話です!!さっさと行って下さい!!」


早口で捲し立てる梢に、柿崎は腕を組んで「やだね。」と言い放つ。

憮然とした表情で梢を見下ろしていたが、柿崎の大きな手が彼女の腕を掴み、有無を言わせない力でそのままエレベーターに乗り込んだ。


「ーーーやっ!離して!」

「・・・何もしないよ。落ち着けって。」


再びパニック状態に陥った梢に、柿崎の低く落ち着いた声が降ってきた。

エレベーターのドアはゆっくりと閉じ、二人を乗せた箱はぐんぐんと階下を目指す。



落ち着かせようと優しく肩を抱き寄せる。それは、柿崎なりの思いやりだったが、肩を抱かれている梢は、まるで処刑台に連れて行かれる死刑囚の気分だった。


その華奢きゃしゃな体が小刻みに震えているのに気付き、柿崎が首を傾げるように顔を覗き込んだ。

梢の顔は強張っていた。唇も震えている。


「ひょっとして・・・男が怖いの?」

「あっあんなことされれば、誰だって怯えますよ!!」


体を小さく固くしている梢に「それもそうだな」と呟いて、あっさりと解放した。



超高層ビルに設置されている高速エレベーターは、沈黙する男女を乗せ、速やかに二人を目的地へと送り届けた。軽やかな電子音が到着を知らせる。


ドアが開くと警備員が立っていた。


「おや、深山さん残業でしたか。お疲れさまだね」

椎野しいのさん、こんばんは。ご苦労様です」


今年七十二歳になる椎野は、定年後に警備員になった。元はサラリーマンだったそうだ。

よく残業する梢は、椎野の他、三人の老警備員と仲が良かった。


物腰が穏やかな彼は、小学生の時に亡くなった祖父に似ていて、梢は特に大好きだった。

椎野の労るような言葉と笑顔に、緊張が解けていく。


「おや、柿崎さんも残業ですか?」

「ええ、まあ」


何が残業だ!このケダモノめっ!!引き攣る笑顔の裏で梢は毒づいていた。


「深山さん、女の子なんですから、夜道には気をつけて下さいね」

優しい椎野の言葉が胸に沁みた。「・・・はい。ありがとうございます」祖父に言われたようで、本当に嬉しかった。


「大丈夫です、私が責任を持って送りますから」

「ーーーーー!!」


なんですと!?梢が素早く隣の柿崎の顔を見た。それは嫌だと言う前に、椎野が目尻の皺をさらに深めた笑顔で頷いた。


「ああ。柿崎さんが一緒なら安心だねぇ。」

「ーーーーー!!」今度は椎野を見た。穏やかに笑う老警備員。


この人が一番信用出来ない人間ですッ!!梢の声にならない訴えは、椎野には届かなかった。

「気をつけてね」と、白手に包んだ皺くちゃの手を帽子のつばに当てると、ちょこんとお辞儀をし、そのままエレベーターに乗り込んで行った。



「ホントに家まで送るよ?」

「結構です!」


梢はパンプスの踵を鳴らして早足にドアへと向かう。

自動ドアが開く数秒すらもどかしいのか足踏みをしている。なんだか小動物じみたその後ろ姿に、柿崎は笑いを堪えた。



とにかく早く帰ろう!その一心で歩いていると、難なく追いついた柿崎に腕を掴まれた。


「深山。まずは飯を食おう。」

「だから!」

「はいはい。おまえさんの意見は分かったから。ほら行くぞ。」


「分かってないじゃん!!」虚しい叫びはようやく声となって外に出たが、柿崎の耳に留まることはなかった。

次で話の本題に入れるかな?

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