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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
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懲罰委員会。



オフィスに入ると、直ぐに篠山課長に梢の意識が戻ったことを報告した。

篠山は、丸い顔に人懐っこい笑みを浮かべ「そうかそうか」と喜んでくれた。まるで父親のようなその笑顔に、柿崎も自然に笑顔が溢れる。


「あと、もう一つ。有休の延長はできませんでしょうか?」


意識が戻ったとはいえ、まだ退院の目処めども立っていない。まして、二週間もの昏睡状態こんすいじょうたいだったため、体力もままならない。

なんとしても、体力を回復させたい。その為には、あと一ヶ月…いや、半月でも猶予ゆうよが欲しかった。


「なんとかもう一月ひとつき、有休を伸ばせないでしょうか?」

「・・・う~ん流石さすがに今からは難しいんじゃないかな?」

「そこをなんとか・・・まだ退院の目処めどもたっていませんし、なにより体力が・・・」


柿崎は食い下がる。なんとしてもこの要求を通すのだと必死だ。篠山は腕を組み、難しい顔でう〜んとうなった。


「すでに二ヶ月の有休とってるし、いまからは難しいんじゃないかな?」と、チラリと柿崎を見上げた。

「・・・え?・・・は?」


話しが見えず固まっている部下を眺めた。


「・・・・・課長・・・いま、なんて?」


確か、梢の入院初日に出した申請は【一ヶ月】だったはずだ。理解できないと言った表情で、課長を見下ろした。

当の篠山は、滅多に見られない柿崎の表情を見て、堪えきれずほくほくとした笑みを浮かべてしまった。


疑問が確信に変わった。


「か、課長・・・まさか・・・」

「ふっふっふっ僕だってダテに課長をしてるんじゃないんだよ?」

「・・・まさか・・・」

「いーねー!キミのそんな顔が見れるとは思わなかったよ!」


あっはっはっ!と、篠山は愉快ゆかいそうに笑った。


柿崎から梢に一ヶ月の有休申請を出された時、一月ひとつき余計に申請しておいたのだ。

課長の読みは見事に的中し、その上、隙のない優秀な営業マンを出し抜くことが出来たのだ。篠山はこれ以上ない満足感に笑いが止まらないようだ。


「・・・課長・・・ありがとうございます!」


ようやく理解した柿崎は、ぷっくりと丸い篠山の手を両手で握った。その思いがけない握力に、篠山が顔を歪めた。

あまりに強く握られ「おいおい!僕の手を潰す気かい?!」と、篠山は呆れたように笑った。



しかし和やかな雰囲気は、柿崎の言葉で一変した。


「・・・課長。例の書類を整えてきました。」

「・・・そ、そうか・・・」


篠山は強張こわばった表情で、柿崎の持つ書類を見た。二人の間に重い沈黙が広がる。

どれほど仕事の効率が悪い部下であったとしても、自分の部下はみな我が子のように可愛い。

篠山は間違いであってほしい気持ちで、柿崎の顔を見上げた。


「・・・それで、佐々木くんは・・・?」

「はっきり言って・・・・真っ黒ですね。」

「・・・・まっくろ・・・」


課長は困惑の面持ちで柿崎の言葉を繰り返した。禿げ上がった額に脂汗が滲んでも、篠山は拭う事なく唇を噛んで、柿崎の話しに耳を傾けている。その表情を真っ直ぐに見据え、柿崎はかいつまんで詳細を述べた。


「佐々木はこの二年で、数十回にわたって備品などを水増し請求した上にその金を着服。会社の必要経費も水増し請求し、架空の領収書も提出しています。そして、その金の殆どを、現在交際している女性に貢いでいるようです。延べ八百万を越える損害です。そして、消費者金融からの融資も受けているため、損害の弁済は難しいかと思います。」

「は・・・ぴゃくまん・・・」


篠山は、震える手で真っ青な顔に流れる汗をハンカチで拭った。自分の部下がしでかした不始末に、動揺を隠せないようだ。


柿崎は、課長の様子を伺いながら話しを続けた。


「・・・知人の弁護士に依頼して書類を作成してもらいました。上に提出していただけますか?」

「わ、わかった」

「必要なら私も出席します。」

「そうか」


柿崎はそう言うと、篠山に存在感のある分厚い茶封筒を渡すと、軽く頭を下げて仕事に戻っていった。

小さな応接室に残された篠山は、深く苦い溜め息を吐くと、手の中にある封筒をたずさえ、足取りも重く常務の執務室へと向かった。




午後に入り、外回りから戻った柿崎は、課長から終業後に居残るようにと言われた。

理由は問わずともわかる。柿崎は、ただ「わかりました」とだけ答えると、席に戻ってパソコンを叩いた。





終業後に行われたのは、懲罰委員会ちょうばついいんかいの為の、事実調査を行う特別委員会だった。



長い廊下を進むあいだ、篠山と柿崎は一言も言葉を発する事はなく、ただ黙々と足を運んだ。

グレーのカーペットが靴音を吸収し、等間隔に配置された蛍光灯の下で足を止めた。



木目調のチョコレート色のドアには、シルバープレートに黒のゴシック体で【会議室】と記してあった。


もちろん、単なる会議室ではない。会長や社長を始め、おもだった重役が会議を行う特別な会議室である。

すでにびっしょりと汗をかいている篠山が、ふくよかな手をさらに丸めてドアをノックした。


「入りたまえ。」中から低いがよく通る声が聞こえると、篠山はごくりと唾を飲み込み、「失礼致します」と、少々上擦うわずった声で挨拶をしてドアレバーに手をかけた。





広い会議室は、暖色系の落ち着いた色調で統一され、ところどころに観葉植物が配置されている。

部屋の中央には楕円形にテーブルが配置され、窓は暮れかけた僅かな夕日を遮るようにブラインドが下ろされている。


篠山と柿崎が中に入ると、室内は痛いほどの緊張感に包まれていた。



テーブルの上座には、懲罰委員会の委員長・副委員長他、進行役の常務、総務課の課長などの他、顧問弁護士が同席している。全員が重苦しい表情で二人を迎えた。

ドアに一番近い下座には、各部署の部長・課長が渋面をこさえて座っていた。

その表情は皆、死刑の判決を待つ被告人のように血の気が失せていた。



「掛けたまえ。」進行役の常務が二人に声をかけ、座った事を確認すると、常務が特別委員会の開催を宣言した。すこししわがれた声が、朗々と会議室に響く。



「我が社の信頼を損なうような事案が報告されている。この度の会議は、それらの詳細を吟味ぎんみし、厳正げんせいに処分するための意見交換の場とする。」


進行役の常務は、テーブルの上に置かれた書面に視線を走らせながら、下座の面々を伺った。

招集された面々は、俯いて膝の上の握り拳を見ていた。ただし柿崎だけは、背筋を凛と伸ばし、真っ直ぐに居並ぶ重役を見詰めていた。




特別委員会では、佐々木の他に4人が横領・着服・電車内での痴漢行為で立件された事が議題に上がっていた。

どれも頭の痛い案件のためか、書類に目を通す委員達はそれぞれ渋面をこさえている。


顔を揃えた各部の代表に委員達は、事細かに詳細を尋ねた。

部下の人となりにまで及び、しどろもどろに用意していた書類を読み上げていた。


「自分の部下の事を、もっとよく監督しておくべきだったね」


委員長が重々(おもおも)しくそう告げると、篠山の番が回ってきた。




柿崎が用意した書類はもっとも優れていた。

弁護士である本橋が作成したのだ。その出来映えに、同席した顧問こもん弁護士も感心したように頷いている。柿崎は自分の事のように誇らしかった。



委員長が書類から顔を上げる。


「柿崎くん、仕事の合間に良くこれだけの証拠資料を集めたね!」

「はい、ありがとうございます」


「ホテルの領収書まで会社に出してたのか・・・この程度の偽装ぎそうも見抜けないとは・・・受理したうちの連中も相当な馬鹿だな。」


総務の課長が呆れたように溜め息をついた。


他の案件と共に協議するため、柿崎達は隣の小会議室で待たされることになった。




会議室では、委員長が採決を取った。


「本日の議題に上がった面々は、後日懲罰委員会に掛けます。そこで彼等の弁明を聞きましょう。その上で、厳正なる処分を言い渡します。異存はありませんね?」


委員長が良く通る声でそう言うと、その場にいた全員が「異議なし」と声が上がり決定された。




隣に設けられた小会議室では、各部の部長・課長等が所在無さげにうろうろと歩き回っている。

全館禁煙の為、愛煙家と思しき部長が椅子に座ってはイライラと足を揺すり、別の課長はドアに顔を寄せて隣の様子を伺っている。


しかし、重役会議用の会議室は完璧な防音処置が施されており、物音一つ漏れ聞こえる事はなかった。


篠山と柿崎は、壁際の椅子に並んで座って時が経つのをじっと待った。




再び会議室に呼び戻されたのは、時間にして一時間ほど経った頃だろうか。

ゾロゾロと会議室に戻り、それぞれが席に着くと、先ほど決まった事柄を聞かされた。

誰も動揺する素振りは見せなかった。


しかし、懲罰に関する問題には、忘れてはならない事柄がある。

それは、彼らを監督すべき責任がある上司達への処罰である。


進行役の常務の口から、彼らが恐れていたであろう事が発表された。


「各部の部長・課長はそれぞれ二ヶ月の減給処分とする。」


それまで、どこか他人事な感じさえした彼らが、初めて大きな動揺を見せた。

ざわざわとし始めた彼らを尻目に、委員長は篠山に鋭い視線を向けた。



「営業課課長、篠山光司くん」

「はっはいっっ!!」


委員長に呼ばれ、しきりに汗を拭っていた篠山は勢い良く立ち上がった。



「・・・別に立ち上がらなくてもいいんだけどね。」常務はそう言ったが、硬直している篠山には聞こえていなかった。



委員長は気にする風もなく、書面を見ながら処分を言い渡した。


「篠山課長にも同じく、監督不行き届きで二ヶ月の減給処分!」

「は、はい・・・」


篠山は小さな体をさらに小さく丸めて頭を下げた。それを見た委員長は、テーブルに書類を置いて肘を付くと、にこりと笑みを浮かべた。


「・・・と、言いたいところだがね?」

「は?」


篠山は下げた顔をわずかに上げ、にっこりと笑みを浮かべる委員長にむけた。


「柿崎くんの集めた証拠資料と報告書は、実に素晴らしいものだった。その報告書には、篠山課長の部下に対する心配りがいかに優れているかも、詳細に書かれていた。よって彼に免じて今回限り、君への処分は見送る事にする」



「そんな!!それは不公平だ!」

「そうです、委員長!どうして彼だけが特別扱いなんですか!?」

「彼も同じ処分でなければ、納得いきません!」


各部署の部長・課長が一斉に口を開いた。委員長は片手でそれらを征すると、重々しく口を開いた。



「では聞くが、君たちの口から部下を思いやる言葉が何一つ聞かれなかったのは、何故かな?」


穏やかそうな声だが、上に立つ者の気概に満ちた声音だった。それに続いたのは副委員長だ。


「我々が篠山くんに特別な計らいをしたのは、君らには不公平に思えるだろう。だがね、篠山くんは部下の将来をひたすら心配していた。柿崎くんの報告書には、何とか立ち直らせようと努力をしている課長の事が、事細かに記されていた。君たちにその配慮があったかね?」


不服そうに口を噤んだ面々を見やり、委員長が続けた。


「君たちは、たった二ヶ月の減給処分だが、君たちの部下は職を追われる事になるんだよ?

確かに彼らが犯した罪は赦し難いものだが、君たちからは、彼らを更生させようという気持ちが一切伝わってこなかったのは何故かな?」


穏やかに、だが、反論を赦さない口調で諭していく。

柿崎は、報告書の隅々まで読んでくれた重役達に改めて感謝の気持ちでいっぱいになった。



すっかり押し黙ってしまった各部の代表に、部下への指導のあり方を見直すように言うと、委員会メンバーを見回した。


「私の考えに異議のある者はいるかね?」


すると、すぐさま「異議なし」と返事があがった。



佇立したままの篠山は、ぼろぼろと涙を零しながら深々と頭を下げた。


「あ・・・ありがとうございます!ありがとうございます!!」


柿崎はそれに習うように、篠山の隣で頭を下げた。




委員長は徐に、テーブルの上に用意されたペットボトルの中身を紙コップへと移すと、よほど喉が乾いていたのか、ぐいっと一気に飲み干した。


改めて篠山と、自分の上司を気遣う柿崎を見比べると、委員長の顔に笑みがこぼれた。



「・・・篠山くん、いい部下を持ったね。」

「はい。それはもう!」


篠山がようやく人懐っこい笑みを取り戻すと、委員長もにこやかに柿崎の方に目を向けた。


「柿崎くん、これからも期待しているよ!我が社の為に頑張ってくれたまえ!」

「・・・それは、業務の方ととらえて間違いありませんか?」


柿崎はとぼけたように片眉を上げてみせると、六十半ばの委員長はニヤリを口角を持ち上げた。


「できれば、裏仕事の方を重点的にお願いしたいな」と、柿崎の目を見た。

御免被ごめんこうむります。」


柿崎は至極しごく真面目な顔を作るときっぱりと断った。しかし、その表情に悪戯っぽい色を見付けた委員長は、愉快そうに声を上げて笑うと、特別委員会は閉会となった。





三日後、佐々木は懲罰委員にかけられ、懲戒解雇が決まった。


彼が会社に与えた損害は、到底弁済できる額ではなく、会社側は警察へ被害届を提出すると共に、告訴する事も決まった。




佐々木が、彼の懲戒解雇を知った恋人が、すぐに行方をくらましたと聞かされたのは、裁判の真っ最中だったという。



それを聞かされた佐々木は、ショックのあまり法廷で泣き崩れていたと、裁判を傍聴ぼうちょうしに行った本橋が呆れたように語ったのだった。


課長のフルネーム公開(笑)


誤字がありました!すみません(汗)

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