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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
36/40

病院ではお静かに。





ゆっくりと扉を開くと、ベッドの周りをせわしなく看護師が動き回っている。


看護師は、手際よく酸素マスクを外すと口元を拭い、点滴のスピードを調節した。

傍らでそれらの作業を見守っていた医師は、看護師が離れると聴診器を取り出した。


入院着の胸元へ差し込み、心音や呼吸音を聴き、看護師が持ってきた電子カルテをチェックすると、看護師に何やら指示を出している。



二人はドアを開けたまま、呆然とその光景を見守った。



「・・・か、柿崎サン・・・こ、梢は・・・どうなったの?」

「・・・・・・」


柿崎は何も答えず病室へ入って行く。

何も知らされていない本橋は、震える足をどうにか動かして柿崎の後から病室に入った。




二人は部屋の中程で、医師の診察が終わるのを待った。



やがて、医師の診察が終わると、立ち尽くしている柿崎の方に歩み寄ってきた。


「昏睡状態だった理由は、恐らく煙を大量に吸った事に寄るものでしょう。明日は後遺症などの有無を検査します。」

「・・・宜しく・・・お願いします・・・」


柿崎は深々と頭を下げた。本橋も同じく深々と頭を下げると、「あまり長話はしないで下さいね」そう言って、看護師と共に部屋を後にした。



柿崎がゆっくりと横たわる梢に近付く。彼の人は静かに目を閉じている。


「・・・・・梢・・・」


そっと頬に触れると、ぼんやりと瞼が上がり、声の主を捜すようにゆっくりと周囲を見回す。

そして傍らの男を見付けると、ふわりと笑みを浮かべた。


「・・・ゆう・・ろ・・さ・・・」


耳が覚えている声よりも、弱々しく掠れていたが、まぎれもなく梢の声だった。

柿崎は大きな手で嗚咽が漏れそうになる口を覆うと、顔を上げて込み上げそうな涙を堪えた。

もう一度、彼女の口から名を呼んでもらえるなんて・・・


「・・・ゆういちろう・・・さん?」


梢は夢でも見ているような顔で、傍らに立つ柿崎を見上げた。


「・・・あ・・・れ・・・?」


梢は見覚えのない部屋に驚いたように、きょろきょろとし始めた。


「・・・梢?」


本橋が横から顔を覗かせ、状況が掴めずにいる梢に声をかけた。しかし、梢は戸惑ったように周囲を見回している。


「・・・・こ、こ・・・どこ?」

「・・・梢、何言ってんだ?」


本橋は、梢が記憶障害を負っているのではないかと息をのんだ。


「・・・私、アパートにいたはず・・・なのに・・・?」


ああ。と、柿崎も本橋も安堵の息を吐いた。


「アパートの火事で、煙に巻かれて病院に担ぎ込まれたんだよ」


本橋がそう言うと、梢はぼんやりと首を傾げた。


「・・・火事?」

「病院で説明されたろ?」

「・・・・ん?」


ぼんやりと小首を傾げる梢に、柿崎は溜め息をついた。


「・・・適当に返事してたな。」寝惚けている時の梢の悪い癖だ。



そんなやり取りをしているうちに、ぼんやりと記憶が戻ってきた。






あの日、残業が早く終わってアパートに戻ったら、アパートから煙が上がっていた。

貴重品を含む荷物の殆どは柿崎の部屋にある。燃えて困る物はない。そう思いながらも、何気なく胸に手を当てた。


「・・・指輪っ!!」


いつもはフェイクレザーの紐に通して首から下げていたのだが、柿崎の背中を見送ったあの日から、見ると切なくて、ベッドサイドの引き出しにしまったままになっていた。


煙が上がり時折炎が上がるアパートを見上げ、梢は躊躇った。


『もう・・・必要ない・・・』そう思っても、どうしても諦めきれない。


警備と消防の隙をついて部屋に飛び込んだ。

アパートの一階の部屋が火元のようだ。二階までは大丈夫だろうと思ったのだが、ドアを開けると部屋の中は煙で一杯だった。

梢はハンカチを口に当て、以前、会社で受けた消防訓練の通り、姿勢を低くして中に入って行った。



「ゲホッゲホッ」



煙が喉を刺激して呼吸が苦しい。煙が目に滲みて前もよく見えない。それでも必死に奥に進んだ。

ついこの前まで、柿崎と過ごし、引っ越しの準備をしていた部屋は、煙がかなり充満していてものの形がわからないほど霞んでいる。


ゲホッ!ゲホッ!ゴホッ!『・・・はやく・・・見付けなきゃ!』梢は必死に床を這った。


どうにかベッドまでたどり着き、手探りでベッドサイドの引き出しを開ける。

しかし、床に伏せた不自然な体勢と手探りだけでは見付けられず、焦った梢は体を起こして引き出しを漁った。


「ゲホッ!ゲホッ!・・・あ!あった!!」


しかし、紐が何かに引っかかっているらしく、力を入れて引っ張っても取れなかった。



「ゲホッ!ゲホッ!ゲホッ!!」



だんだんと意識が朦朧としてきた。梢は急いでハサミを取り出し紐を切った。

どうにか指輪を掴んだものの、そのまま床に倒れ込んでしまった。煙は既に部屋全体に広がっている。

早くここを出なくちゃ!そう思っても、体が鉛のように重く、もはや体を起こす事すら出来なくなっていた。



ゲホッ!ゲホッ!ゴホッ・・・・



『・・・わたし・・・死ぬの・・・かな?・・・彼に・・・誤解されたまま・・・なんて・・・嫌だなぁ・・・』


手の中の指輪を見詰める目から涙が溢れた・・・ぎゅっと指輪を握りしめたところで意識が途絶えた。







そこまで思い出した梢は、ここが病院だというのは理解できた。そして、柿崎と別れた事も・・・

だから、どうして彼がここにいるのか、聞いていいものかどうか迷った。


『・・・きっと・・・仕方なく・・・だよね・・・?』梢は胸の痛みを噛み締めながら、柿崎の顔を見上げた。涙を堪えるために唇を噛む柿崎の顔は、見上げる梢には怒っているように見えた。


見ていられず、思わず顔を背けてしまった。柿崎はムッと眉を顰めた。


「・・・あの・・・ゆ・・柿崎さん。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」


急に堅い声になった梢の言葉に、柿崎の肩がピクリと震える。


「・・・・・梢?」

「・・・あの・・・私の荷物は、すみませんがもう少し預かって頂けませんか?」


柿崎の顔を見ていられず横に向けたまま、突き放すようにそう言った。

自分は捨てられたのだと、再認識したくはない・・・どうか、このまま帰って・・・梢の想いとは裏腹に、傍らに立つ男から低い声が落ちてきた。


「・・・それは・・・どういう意味だ?」

「・・・あの・・・とりあえず、住むところが決まるまで・・・」

「どういう意味だ?」


ぞくっと背筋が寒くなるほど低い声音。それは、柿崎が本気で怒っている証だ。


「・・・か、柿崎さ・・・」

「どういう意味かと聞いている。」


柿崎の声がひときわ低くなった。梢は顔を背けたまま、布団を握りしめ言葉を探した。


「・・・あ・・・あの・・・だから、もう、大丈夫なので・・・」

「・・・それでは答えになっていない。」


梢の言葉に、柿崎はギリッと奥歯を噛み締め、苛立ったように松葉杖を放り出すと、横たわる梢の肩を掴み、もう片方の手で、乱暴に小さな顔を自分に向けさせた。梢は瞼を閉じて必死に抗った。


「・・・・は、離して・・・」

「俺を見ろ!」

「・・・・や・・・柿ざ・・」


「俺を見ろっ!」声を荒げる柿崎を、本橋が慌てて腕を掴んで止めに入った。


「ちょっ、ちょっと柿崎サン!?落ち着けって!」

「うるさい!お前は黙ってろ!!」


掴まれた腕を振り払い、梢の頬を両手で挟むと、ぐっと顔を近づけた。梢は小刻みに震えながら小さく首を振った。


弱ってしまった両手で逃れようとするも、大きな手の拘束は緩まない。薄く目を開ければ、これまで見た事もないほどの怖い顔。梢は目を反らす事もできず、震えながら見返した。


怖い!そう思う反面、頬に感じる熱い手に心が震え、涙が溢れ出した。


「・・・梢、答えろ。」

「・・・どうして怒るの?・・・だって私たち・・・別れた・・・でしょ・・・?」


ビクッと体を震わせたのは柿崎の方だった。梢が会社で素っ気ない態度だったのは、【自分は捨てられた】との想いからだと柿崎は初めて気が付いた。


己のつまらない嫉妬が、深く彼女を傷付けた・・・柿崎は自分を殴り飛ばしたくなった。


「ーーーー俺は、別れた覚えはないっ!」

「ーーーーぁっ」


いきなり、横たわる梢を抱き起こすように掻き抱いた。小さく驚きの声を上げた梢に構わず強く抱き締める。馴染みのない痩せた背中が切なかった。


だが、密着する梢の胸から心臓の鼓動が伝わって来る。動揺してか、酷く乱れた心音だ。

ーーーー生きてる!柿崎は梢の肩に顔を埋め、嗚咽を堪えた。熱い息が服を通して梢の肌に届く。


「・・・俺が・・・俺がどんな気持ちだったか・・・」

「・・・え?」

「・・・この二週間・・・どれだけ心配したと思ってんだ!」


胸に伝わって来る拍動が嬉しくて、さらに強く抱き締めると、腕の中の梢が弱々しく抗った。


「・・・か・・・かき・・ざ・・き・・さ・・・・苦しっ!」

「・・・あっ・・・すまん・・・」


慌てて腕を緩めると、梢の顔を改めて覗き込んだ。真っ白だった頬が僅かに色を取り戻したように見える。梢は、戸惑いを隠せない表情のまま、たった今聞いた言葉に耳を疑った。


「・・・・二週間?」


梢自身は、ほんの一晩くらいだと思っていたのだ。柿崎は、覆い被さったまま、愛おしげに頬を撫でた。


「そう。あの火事から二週間、梢はずっと昏睡状態だったんだ・・・」

「・・・そんなに・・・」

「・・・・もう・・・目が覚めないかと・・・」


再び梢の肩に顔を埋めると、その時の恐怖が沸き上がり、震えが止まらなかった。

負担をかけないように気遣いながら、その体を抱き締めた。


「・・・梢・・・ごめん・・・ごめんな・・・お前を責める資格なんて・・・ないのに・・・」


そのやせ細った左腕がそっと背中に回される。小刻みに体を震わせながら、柿崎は涙を流した。


「・・・柿崎さん・・・泣いてるの?」

「・・・・・」


声を詰まらせる柿崎に、梢は不思議そうに、やせ細った手で宥めるように大きな背中を撫でた。


「・・・梢・・・」

「・・・・・・柿崎さん?」


梢の問いに、柿崎は涙でぐしゃぐしゃになった顔で「名前で呼べよ!」と文句を言った。




「ちょっと柿崎サン!そろそろ場所代わってよ!!俺も梢の顔見たいんだけど!?」


本橋が痺れを切らして声を上げた。柿崎は完全無視で梢を見詰めている。気のせいか、梢の姿を隠しているようにも見える。本橋は呆れたように両手を腰に当て、盛大な溜め息をついた。


「・・・・・無視かよ。」

「・・・え?啓哉ひろやもいるの?」


梢は驚いたように辺りを見回すが「気のせいだ」と、顔を自分の方に戻した。


「ひでぇ!ずっと看病してきたのにぃ!!」

「え?そうなの?え?看病?」

「ご苦労さん、もう帰っていいぞ。」

「おいっ!」


柿崎は頑として梢の側を離れないため、本橋は反対側に回り込むことで、ようやく梢の顔が見れた。

酸素マスクなしの顔を見るのは、本当に久しぶりだ。窶れた頬が痛々しい・・・


「・・・おはよ、梢。ちょい寝過ぎかな?」

「・・・啓哉、いま起きたの?もう、外まっくらよ?」

「お前が寝てたんだよ!」


梢は真面目な顔で天然ボケをかました。その顔を、大きな手が包み込み、自分の方に戻した。


「俺だけ見てろ。」

「柿崎サン、意地悪っすね。ずっとメソメソ泣いてたくせに」

「泣いてない!!」

「泣いてたじゃん!寂しいって言ってさ。今だって、すごい顔じゃん。」

「うるさい!」


二人のやり取りをぼんやり聞いていた梢は、柿崎の顔をじぃっと見詰めた。


「・・・ほんと?」

「・・・・・・・」


柿崎は耳まで真っ赤になって黙り込んだ。梢は重い腕を一生懸命に伸ばしてその頬に触れた。

すこし骨が浮いた手の感触・・・柿崎はその手を大きな手で覆い、自分の頬に押し付けた。


「・・・裕一郎さん・・・ほんとに?」

「・・・ああ・・・本当だよ。寂しくて寂しくて仕方がなかった・・・」


梢は目にいっぱいの涙を浮かべて微笑んだ。


「・・・・うれしい・・・」

「・・・梢・・・」


飼い主に戯れ付く犬のように、梢の顔にキスの雨を降らせた。


「あのさぁ、恥ずかしから、そういうの二人だけの時にしてくんない!?」

「お前が出て行け。それで二人きりになる」

「・・・・・やだね。っていうか、ここ病院だぞ?何考えてんだよ。」


本橋は腕を組み、離れようとしない柿崎にそう言った。しかし、当の柿崎は、体を丸めるように覆い被さったまま返事すらしない。


「おい、柿崎!俺の話し聞いてるか?」

「・・・・・」

「お~~い!」


柿崎はキスの雨を降らすのに大忙しのようだ。本橋は大きな溜め息をつくと、野暮だなと、しばらく二人を放って置く事にした。



しかし、病室に梢の苦し気な吐息が溢れ始めた。官能とは違う、呻きに近い本当に苦しそうな声。

柿崎の情熱全てをぶつけられ、息があがった梢が、意識朦朧とし始めていた。


「おいおいおい!!梢をまた意識不明にする気か!!落ち着け柿崎!!」

「ーーーっ!」


はっと我に返った柿崎は、腕の中でぐったりとした梢に慌てふためいた。


「こ、梢!しっかりしろ!梢!!」

「あ~あ。まったく・・・この節操なしが!」


腕を掴む本橋を恨めしげに睨むが、我を忘れたのは自分なので、しょんぼりと椅子に腰を下ろした。


「梢、梢、大丈夫か?」


本橋が声をかけると、梢はぼんやりと目を開け、こっくりと頷いた。


「・・・お前も災難だな」

「どういう意味だよ!」

「意識が戻ったばっかりの梢に無茶したのはお前だろうがっ!!」


図星を突かれ眉根を寄せる柿崎は、赤い顔で言い返す。


「嬉しいんだから、しょうがないだろう!」

「威張ることか!!少しは自制してみろっ!!そもそも自制って言葉知ってる?」

「うるさい!」


つい大声で二人が言い合いをしていると、ドアが勢いよく開き、大柄な看護師が鬼の形相で入ってきた。


「静かに出来ないなら出てって下さい!!」


二人は同時に振り返ると、看護師の迫力に思わず固まった。


「・・・す・・・すみません・・・」

「・・・気をつけます・・・」


あんたが一番声デカイんじゃ・・・という言葉は辛うじて飲み込んだ。


「いいですね?病院では静かにして下さい」

世にも恐ろしい造り笑顔でそう言うと、看護師はドアを閉めて去って行った。



「び・・・ビックリした・・・」


本橋は、胸に手を当て跳ね回る心臓を押さえた。柿崎は自分自身に呆れたように頭を掻いた。

傍らでは、梢がクスクスと楽しそうに笑っていた。


柿崎も本橋も、梢の笑顔に釣られて笑みを浮かべた。


「・・・・笑うなよ」

「ふふふ、ごめんなさい。でも、二人ともとても仲が良くなって嬉しい」


二人は顔を見合わせると、柿崎はもの凄く嫌な顔をしたが、本橋はにんまりと笑った。


「梢、俺さぁ、柿崎サンにすっかり胃袋掴まれちゃって」

「胃袋?」

「本橋!!気色悪い事言うなっ!!」


二人の会話がよほど面白かったのか、梢は楽しそうに声を上げて笑った。

笑いが収まると、目を潤ませたまま柿崎を見上げた。


「胃袋って手で掴めるの?」


梢は不思議そうに首を捻っている。二人はその天然っぷりに思わず笑い声を上げた。


再び、ガラッ!と勢い良くドアが開いた。


「他の患者さんは寝てる時間なんですが?!」再び大柄な看護師が苦情を言いにきた。


さすがに11時を回っているため、看護師もピリピリしているようだ。



いや、時間が。というより、柿崎と本橋が煩いのだ。

三人はクスッと笑うと、それぞれ声を潜めた。


「・・・じゃあ、そろそろ行くよ」


柿崎が、大きな手で頭を撫でた。


「・・・・・・」


細い指が、追い縋るように柿崎の小指を掴んだ。強く握ったつもりなのに、力が入らず小刻みに震えている。


「・・・梢?」

「・・・・・・帰っちゃうの・・・?」

「・・・う・・・」


うるうるした目で見つめられ、しかも、小指をぎゅっと握られて、柿崎は金縛りにあった。

本橋は溜め息をくと、ポケットからタバコを取り出した。


「・・・俺、タバコ吸ってくるわ。」


本橋が出て行くと、ほぼ同時に梢に覆い被さった。何度も口付けを交わし、強く抱き締めた。

消毒の匂いが切ない。何度も唇を吸う。


ようやく顔を上げると、梢はぽろぽろと涙を零していてギョッとした。


「・・・梢、どうした?」

「・・・裕一郎さん・・・私、あなたに捨てられたと思ってた・・・」


胸の奥が罪悪感で締め付けられる。


「・・・ごめんな・・・俺のヤキモチから、梢に酷い事を言って・・・ごめん・・・」


梢は涙を零しながら首を振った。


「違うの・・・私が誤解を招くような事をしたから・・・」

「・・・おまえってやつは・・・」


誤解を招くような事をした方が悪い・・・頑に守り通してきた信念だ。

柿崎は仕方なさそうに笑うと、もう一度キスを落とした。


「名残惜しいけど、行かなきゃな・・・」

「・・・・寂しい・・・行かないで・・・」

「・・・梢・・・」


ビックリするほど素直に甘える梢に、柿崎は余計に離れ難くなってしまった。

唇を重ね、さらに細くなってしまった体を抱き締める。


「~~~~~そんな可愛いこと言うなよぉ!我慢できなくなるだろ!?それとも誘ってんの?」

「さ、誘ってません!」


梢は真っ赤になって反論した。その顔に吹き出すと、ようやく体を起こした。


「じゃあ、また明日」

「・・・絶対・・・来てね?」

「必ず来るよ。おやすみ」


唇を合わせる間も繋がれていた二人の手が、ゆっくりと名残りを惜しむように離れた。



そして、ドアが閉まるまで視線は離さなかった。



見詰めあう。ただそれだけで、胸の奥から暖かな愛しさが沸き上がって来る。

それはきっと、梢も同じだろう。



そう思うと、柿崎は口元が緩むのを押さえる事が出来なかった。





「・・・お前は野獣か?この節操なしめ」


ドアを閉めると、本橋が壁に寄りかかっていた。


「・・・・覗きか?感心しない趣味だなぁ弁護士。」

「覗いてはいないよ。そこまで無神経じゃないから」

「どうだか。」


ふん。と鼻を鳴らす柿崎に、本橋は眉間に皺を寄せて睨んだ。


「病院は静かなんだよ。その意味わかる?」

「・・・・・・さあな。」


柿崎はしれっとそう言うと、松葉杖を持ち直しさっさと廊下を歩いて行った。




二人は病院を出ると、イルミネーションが彩る大通りまで歩いてタクシーを拾った。



「さて、忙しくなるぞ!本橋、手伝えよ?」

「・・・・へ?・・・何するの?」



ニヤリと笑う柿崎と、嫌な予感を覚える本橋を乗せたタクシーは、光の粒を纏う街路樹の下を、滑るように走って行った。






本橋くんの予感は、このあと的中☆

意外に泣き虫な裕一郎くんでした(笑)

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