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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
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君のためにできること





「ああ・・・俺、もう柿崎さんと離れられないかも・・・」


本橋はうっとりと溜め息を吐いた。向かいからチッと舌打ちが聞こえる。


「飯食う度に気色悪い言い方するなっ!!」


柿崎は全身に鳥肌を立ててテーブルを叩いて睨むが、本橋はその向かいでうっとりと目を潤ませる。


「だってさぁ、何食っても旨いんだもん!【男は胃袋を掴め】ってアレ、いまなら納得できるよ!」

「・・・なんだそりゃ・・・ただのトンカツだろう?大げさな。」

「いや!マジこれ旨いって!!定食屋やったら?梢をウェイトレスにしてさ!」

「なに馬鹿なこ・・・と・・・・」


柿崎の脳裏に、嘗てのウェイトレス姿の梢が浮かんだ。梢と一緒に定食屋をやるっていうのもいいかなぁ…。


一瞬そんな妄想が過った。


「・・・・・馬鹿な事言ってないでさっさと食え!」

「あ!いま間があった。」

「うるさい!」


図星を突かれた柿崎は、取り繕うように声を荒げたが、すぐに諦めたように溜め息をついた。

目の前の本橋は、幸せそうに揚げたてのトンカツにかぶり付く。カリッと小気味いい音がした。


「・・・それはそうと、佐々木のやつどう料理する?」

「料理に繋げるな。・・・そうだな、会社に報告して告発するのが筋なんだけどな」

「領収書の水増し請求は犯罪だろ。なに躊躇ってんの?」


本橋は付け合わせのトマトを、千切りキャベツごと口に放り込む。租借しながら柿崎を見る。

柿崎はみそ汁を飲み干し、残ったトマトを口に放り込むと、それで食事を終えていた。


お茶を淹れると旨そうに啜った。


「・・・総務課の方でもおかしいと思っていたらしい。だがちょっとでも追求しようとすると逆ギレして、ひたすらわめき散らして手に負えなくなるんだそうだ。それで、それ以上の追求ができなかったと、総務の斎藤が言っていた。」

「なら、尚更だろう?」


本橋はサクサクのトンカツを旨そうに頬張る。シビアな会話にも関わらず、締まりのない顔で頬を膨らませている。

柿崎は食卓に肘を付き、手を組んで目の前でトンカツを頬張る本橋を見る。


「・・・ところで、本橋」

「あ?」


トンカツを口に入れながら間抜けな声で答えた。


「・・・おまえ、無職だったよな?」

「ほおらけろ(そうだけど)?」


頬張りながら答える本橋に、柿崎は半目で溜め息を吐いた。


「最近、おまえから金の匂いがするんだが?」

「え?!ホント?!俺、臭う?」


本橋は自分の腕を鼻にあてクンクンと嗅いだ。


「そう言う意味じゃない!ったく、すっとぼけやがって。その真新しいカルティエの話しだよ!」


言って、本橋の腕を指差した。鼻に近づけていた腕には、豪華なカルティエの腕時計が嵌っている。

ざっと見ても40万は下らなそうなものだ。本橋はキョトンと首を傾げている。


「ああ、これ?この前、先輩に頼まれて民事裁判引き受けたんだ。これはその時のお礼。」

「・・・・悪徳?」

「ひでぇな!ちゃんと依頼を受けてやってんだよ!弁護士の先輩から頼まれたの!」

「・・・・時計は関係ないだろう?」

「それはそれ、これはこれ。」

「・・・やっぱり悪徳じゃねーか。」

「だーかーらぁ!違うってーー!!先輩がくれたんだって!」

「・・・・その先輩って女だろう?」


柿崎はお茶を啜りながらそう言うと、本橋は箸を銜えて黙り込んだ。


「ふふ〜ん図星だろう?」

「・・・・・・・・・・」


勝ち誇ったようにニヤリと笑う柿崎に、本橋は口を尖らせた。


「・・・柿崎サン。なんか、ヤキモチ焼いてるみたいに聞こえるよ?」

「今すぐたたき出してやろう。」

「ほらぁ!」

「違う!女がいるならそっちで飯を食えって言ってるんだ!」


梢が入院して以来、ずっと柿崎が食事を作っているのだ。

残業の時は造り置きまで要求され、どちらが居候だかわからないと柿崎は溜め息を吐いた。


「お前も、見栄映えは悪くないんだし、女は放っておかないだろう。その先輩の所に行けよ。」

「やだね。薫先輩は料理が超ド下手だから。二度とあんなカレーは食べたくないしね。」

「・・・カレー?」

「・・・・恐ろしく苦くて、馬鹿みたいに辛いの。しかも、レトルトカレーだよ?手作り感出すとか言って手を加えたらしいんだけど。一口食って死ぬかと思ったね。」


本橋は味を思い出したのか、渋面をこさえてみそ汁を啜った。器を両手で包み込み、旨そうにずずっと飲み干した。


「はぁごちそうさま!あ〜旨かったぁ♪あ、洗い物は俺に任せて!」


いそいそと食器を運ぶと、鼻歌まじりに食器を片付けた。

は〜〜〜。とりあえず、食費も入れているので、これ以上文句も言えない。柿崎はどうしたものかと頭を抱えた。


「あ、柿崎サン、テーブルの上の緑の付箋が付いた書類見ておいて!」


本橋は食器を洗いながら、流しの向こうにいる柿崎に声をかけた。


「あ?付箋の付いた書類?」


柿崎はお茶を持ってリビングの座布団に腰を下ろした。大きなソファは本橋の荷物に占領されていて座れないのだ。


様々な書類の中から、緑色の付箋を見付けると手に取った。

それは、月毎の備品購入リストと請求金額の一覧だった。


「・・・これは?」

「柿崎サンが集めてきた資料の中にあったんだ。切手代とかファイルだとか、毎月必要じゃないだろう?」

「・・・・・・・・佐々木・・・」


柿崎は渋面をこさえて書類を睨んだ。

佐々木の事を調べれば調べるほど、どんどん埃が出て来る。


「ったく、キリがない!!」


柿崎は書類をテーブルに置くと、頭を抱えた。

未だ梢の昏睡状態が続いている。会社に申請した有休も残り二週間だ。柿崎の焦りは隠せない。

あらかじめ病気休暇を申請すれば良かったのかもしれない。しかし、梢の意識がすぐに戻ってほしいという願いを込めての申請なのだ。柿崎は苛立ちから頭を乱暴に掻いた。


「・・・・柿崎サン、焦ったら駄目ですよ。」

「わかってるっ!」


ジリジリと時間に蝕まれるような気がする・・・確かに、本橋の言うように、焦ったところで状況は変わらない。梢の治療に関しては医師に任せるしかないのだ。


それなら、いま自分に出来る事をするまでだ。柿崎は、気持ちを切り替えもう一度書類を取り上げた。



始めは、梢に負担をかけ続けている佐々木を懲らしめてやろう程度だったものが、調べて行くうちに、笑って済ます事が不可能になっていた。


ヤツを野放しにはできない。柿崎の目が厳しくなった。



不正は不正だ。資料も大体揃った。あとは、いつ告発するかだ。


己の思考に沈んでいた柿崎を携帯が呼び戻した。

ブルブル振動して着信を知らせる携帯を取り上げると、着信相手を見て凍り付いた。




【総合病院】



ーーーーまさか、梢に何かあったのか?!



柿崎は、携帯を握りしめて硬直している。その様子に気付いた本橋が、柿崎の肩をはたいた。


「しっかりしろ!病院からなんだろ?早くでないと!」

「あ、ああ…わかってる」


震える指で通話ボタンを押すと、耳に当てた。


「…もしもし、柿崎です。ーーー梢が!?」


隣に立つ本橋には電話の内容は聞こえなかったが、話し始めてすぐ、柿崎の表情が変わった。


「すぐに行きます!!」


柿崎は電話を切ると、ギプスのまま駆け出そうとしてよろけた。本橋は慌ててその体を支えると、松葉杖を持たせた。


「落ち着けよ!いったいどうしたんだ?梢に何があった!?」

「と、とにかく話しは後だ!今は病院に行かなきゃ!!」


柿崎の取り乱しように、本橋も胸の奥が【もしや】との想いにざわついた。


「とにかく落ち着け!そんなんじゃ、お前が事故っちまうだろう!俺も行くからとにかく上着を着ろ!」


すでに心は病院なのだろうということは、誰の目から見ても明らかだ。それほどまでに、柿崎は取り乱している。

車の鍵も満足に掴めないほどの狼狽ぶりに運転させるのは危険だと判断した本橋は、逸る柿崎を宥めながらタクシーを拾って病院に向かった。


車中で電話の内容を聞いたが、柿崎は答えずイライラと膝を揺らすだけだった。




やがて病院の夜間用出入り口にタクシーが滑り込むと、柿崎はすばやくタクシーを降りた。

本橋も料金を支払って後に続いた。



静かな廊下を急ぎ足で進み、エレベーターに乗り込む。


柿崎は階数を示す掲示板を睨む。本橋はそんな柿崎の様子に、不安が募るばかりだった。

四階までは普段ならあっという間に感じるのに、今日はやけに長く感じる・・・・そう思っていると、静かな電子音と共にドアが開いた。


柿崎は、松葉杖をついているとは思えないほどの早さで病室へ向かう。

しかし、いざ扉の前にくると、柿崎は立ちすくんでしまった。


「・・・・柿崎サン?」


本橋が訝しんで、立ちすくむ男の顔を覗き込むと、唇を噛み締め、ぎゅっと瞼を閉じる柿崎の姿があった。



そっとその肩に手を起き、入りましょう?そう小さく囁くと、柿崎は無言で頷いてゆっくりと扉を開けた。




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