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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
32/40

男二人の長話。若干くどいかも・・・





柿崎は適当に車を走らせる。助手席の男は一言も言葉を発する事なく流れる景色を眺めていた。


「・・・何か忠告してくれるんじゃなかったのか?」

「うん。」

「・・・じゃあ、さっさと話せよ」

「じゃ、とりあえずどっか止まってよ。」


柿崎はチッと舌打ちすると、コンビニの駐車場に車を乗り入れた。


「まぁた色気のない所に」と、本橋がふざけた口調で笑った。

「野郎を色気のある場所に連れて行く趣味はないんでね。」


柿崎は苦虫を噛み潰したような顔で言い捨てた。


「それもそうだな」本橋は声を上げて笑った。


車を降りてコンビニに入ると缶コーヒーを買った。本橋は他にタバコを一箱買った。



コンビニの駐車場で、二人で立って缶コーヒーを飲む。


「・・・・苦いな・・・・」


柿崎は思わず顔をしかめた。こんなに苦く感じたのは、あの時以来だ。


「あれ?柿崎さんコーヒー飲めないの?」

「・・・いや」


本橋は眉を寄せる柿崎を横目に、コーヒーを飲む。


「そういえば、梢もコーヒーが飲めないの知ってる?」


本橋がチラリと視線を寄越すのを、横目で睨み返した。


「・・・知ってる。」

「ふ~ん・・・じゃ、飲むとどうなるかは?」

「・・・・知ってる。」


宮城での出来事を思い出していた。


「・・・・梢に自棄を起こさせるなんて・・・柿崎さん何したの?」

「・・・お前には関係ない」

「いや。関係あるよ」


本橋は、コーヒーの缶を握りしめて鋭く柿崎を睨んだ。

眼鏡の奥の目が怒りを滲ませている。


「・・・どういう意味だ?」


柿崎もまた、缶を握る手に力がこもる。そんな男の様子を見て、本橋は静かに口を開いた。


「俺の予想が当たってたら、梢、直に倒れるよ?」

「な・・・何を根拠にそんな!」


柿崎は思わず声を荒げた。その様子に、本橋の目がさらに鋭さを増していく。


「梢、もう何日残業してる?」

「・・・え?」

「把握してないのか?あんたの彼女だろ?」


本橋は呆れたように溜め息を吐くとタバコに火をつけた。ふーっと煙を吐く。



梢が残業するのはいつもの事だ。確かに、課長からは減らすように言われているようだが・・・

しかし、かれこれ五日にはなるだろうか?


「何の根拠があってそんな事を言うんだ?」


柿崎は動揺を悟られないように本橋を睨む。本橋は法廷で審議を争う弁護士の顔を覗かせた。


「コーヒーを飲むなんて、あんなのはヤケ酒と一緒だ。理性が残ってるからな。」

「・・・・」あれが理性の残る大人のすることか?柿崎は少し疑問に思った。





「・・・俺は昔、彼女を捨てた」


本橋はいきなりそんな話しを持ち出した。別れた時の事は知らなかった柿崎は、黙って本橋の話しに耳を傾けた



「俺が大学4年、梢が3年の時だ。付き合って2年だったかな?」



本橋が、ぽつりぽつりと語り始めた。




「告白したのは梢の方からだ。」



バドミントンのサークルで、本橋はやたらモテる男だった。

梢も、他の女子と同様、キラキラと輝いて見える本橋に憧れていた。


一世一代の勇気を振り絞って本橋に告白をした。大きな桜の木の下で・・・


「・・・す・・好き・・・です」


もの凄くどんくさい女が入部したとメンバーが話していたのを聞いて、興味を持ってはいた。

どんな女だろうと見ていると、本当にどんくさい。

走らせてものろく、ラケットにシャトルがちっとも当たらない。ひたすら空振りしている。


ここまで運動音痴なのは初めて見た。

その印象がいつの間にか好意に変わっていた。梢は何をやっても一生懸命なのだ。そこが可愛いと思った。


その梢が自分を好きだと言ってくれる・・・。女子に好きだと言われるのはしょっちゅうだが、こんなに嬉しいと思った事はなかった。


「いいよ。つきあおっか」

「・・・え・・・あの・・・ありがとう・・・ございます・・・」

「ぷっ!なにそれ?」


本橋はからからと笑った。もじもじと俯く姿がまた可愛いくて小さな手を握ると、梢がぱっと顔を上げた。その顔は朱に染まっていて可愛いくて・・・思わずキスをした。


それが、二人の初めてのキスだった。


唇が離れると、溢れそうなほど目を見開いた梢がいた。思わず苦笑が浮かぶ。


「あれ・・・キスは早すぎた?」

「・・・・あ、い・・いえ・・・」


真っ赤になってる梢を抱き締めていた事が知れ渡り、暫くの間噂の的になった。





本橋は言葉を切ってふーっと煙を吐いた。あんな煙いものなんでそんなに旨そうに・・・柿崎はコートの襟を立てて隣にいる男を睨んだ。


「・・・それがどうした」


自分の知らない梢の話しなんて聞きたくもない!コートのポケットに手を突っ込み本橋に背を向けた。


・・・あの梢が告白をした・・・?


自分は、頑な梢しかしらない・・・やっと自分の方を見るようになったのに・・・

ポケットの中の手が拳を作る。




「で、ここからが本題」


本橋は銜えていたタバコを携帯灰皿でもみ消すと、ポケットからミントを取り出し二粒口に放り込んだ。


「梢の父親がリストラされて、在学が危なくなったんだ」

「・・・知ってる」

「黙って聞け。」


本橋は眉を歪めて僅かに高い位置にある男の顔を睨んだ。


「梢は必死にバイトしてた。そりゃもう、朝から晩までね。」

「・・・ああ・・・」喫茶店で見かけた頃か・・・懐かしそうに目を細めた。


「俺は、ちょうど司法試験を受けるつもりでいたから、会えなくても苦じゃなかった・・・でも・・・」


本橋はもう一本タバコをくわえ火をつけた。手の中に残るジッポーを懐かしそうに親指でなぞる。


「・・・このライター・・・梢からの誕生日プレゼントなんだ」

「・・・へえ」


気のない素振りで答えるが、胸の奥がチリッと痛んだ。


「食費を切り詰め、寝る間も惜しんで学費を稼いでいた梢が、俺が何気なく言ったのを覚えてて・・・俺に贈ってくれた・・・」

「・・・・何が言いたい。」


柿崎は焦れたように睨んだ。


「・・・せっかちな男だな・・・聞けって!」

「なら、さっさと話せ!」


ったく。と舌打ちすると、本橋はライターをポケットにしまった。


「あの頃、今で言う【援交】してるって噂が立ったんだ」

「援交?あの梢が?」

「・・・根も葉もない、質の悪い噂さ」


本橋はタバコを銜えたまま、夜空に向かって煙を吐いた。星空の中を飛行機が飛んで行く。


「だが・・・思うように勉強が進まなかった俺は、苛立ちからその噂を信じてしまった」

「・・・梢は?」

「そんな事はしてないって必死だった」


本橋は痛みを堪えるように瞼を閉じた。柿崎は、たかが写真ごときで梢を攻めた自分を、思い切り打ちのめしてやりたくなった。


本橋がタバコを味わい、携帯灰皿にしまう間、二人は黙りこんだ。


「仲直りしようとしてたところに、写真が送られて来たんだ・・・」

「・・・写真?」

「・・・そう。梢が男と食事をしている写真と・・・ホテルに入る写真だった。」

「まさか・・・」


ふぅと溜め息を吐くと、息がタバコの煙のように白く広がった。



「もう、問い詰める気力もなくなってた・・・梢は必死に誤解だと泣いて説明してたけど、聞く耳を持たなかった」



沈黙は長く続いた。



・・・そういえば、始めて食事に誘った時、誤解を招くような行為はするべきではないと言ってた・・・

柿崎は今更ながらあの時の台詞を思い出した。


「・・・・・梢を・・・信じなかったのか?」


白い息を吐きながら、柿崎が尋ねた。本橋は空になったタバコを覗き込んで握りつぶした。


「・・・全てを知ったのは・・・梢と別れた後だった・・・」


俯く本橋を、じっと見詰めた。



「ゼミの帰り、梢の妹から電話があって、梢が倒れたって教えてくれたんだ。別れてちょうど二週間だったっけ。」

「・・・・二週間・・・」

「病院に駆けつけたら、酷くやつれた梢が、点滴の管に繋がれて横たわってた・・・」


前髪を掻き揚げながら空を仰ぐ。


「・・・梢の妹が付き添っていた。そこで聞いたんだ・・・すべてを・・・」

「・・・すべて」


本橋は両手をコートのポケットに押し込み、背中を丸めた。


「・・・写真の男は、クリーニング屋のアルバイト仲間だったんだ。単に、ラブホテルからの洗濯物を回収に来ていただけだったんだ。食事も、バイトが始まる前に立ち寄っただけだった」


馬鹿だろう?本橋は切なげな目で柿崎を見上げた。柿崎は、どう答えたらいいかわからず、黙り込んだ。


「写真だって、よく見ればすぐに誤解だってわかるものだった。二人の肩から上、作業衣だとわからないような撮り方だった・・・」

「・・・いったい誰が?」

「・・・・俺の昔の女。」


ばつの悪そうな顔でちらりと柿崎を見た。


「・・・それで?寄りを戻そうとは思わなかったのか?」


柿崎がその点が気になった。誤解だったのなら、謝るとかしなかったのだろうか?


「妹のかえでに、もう近付かないでくれって泣かれたんだ」

「・・・楓」


柿崎は市立図書館で司書をしている梢の妹を思い出した。梢と仲がいい。

挨拶に行ったとき、梢を泣かせたら承知しないと凄まれた。


「・・・コーヒーを飲むのは、まだいいといったろ?」

「あ、ああ・・・」

「本当に傷ついたときの梢は・・・休まなくなるんだ」

「・・・休まない?」


柿崎は訝しげに首を傾げた。それを見て、本橋は顔を上げた。ポケットから新しいタバコを取り出し、封を切った。一本取り出して銜える。


「そう。休まないんだ。食べず、眠らず、とにかく体を動かして嫌な事を考えないようにするんだ。」

「・・・・・・・・」


「バイトは早朝から深夜まで。それも移動の時間を考慮して、短時間に回れるように巧みに掛け持ちするんだ。見事なくらいにね。そして、バイトがない日は部屋の掃除をするんだ。それも、徹底的に。楓が心配して休むように言っても、心配ないと言って休まなかった・・・そして、倒れた・・・」


柿崎は呆然と話しに聞き入っている。梢の部屋が、生活感がないほど整っていたのを思い出し眉を寄せた。


「・・・過労と栄養失調で意識を失った梢は、それから三日間、目を覚まさなかった」

「・・・三日・・・」

「札幌の病院で、横たわる梢を見たとき、またかと思った。」

「・・・あれは・・・」


ジッポーを弄んでいた本橋は、わかってるよ。と苦笑いを浮かべ、そして正面から柿崎の前に立った。


「もし、あんたが梢を泣かせているなら。梢にやせ我慢をさせているなら。梢を返してもらう!」

「ーーーなっ!」


梢を捨てたくせに!そう言いたいのに言葉が出なかった。


挑戦的に睨む本橋に、柿崎はうまく言葉が見つからず、口籠ってしまった。

つまらない嫉妬から、梢を苦しめているのは、まぎれもなく今の自分なのだ。




冷たい風がコートの裾を揺らして通り過ぎて行った。







その時、柿崎の携帯が振動した。





着信は、イトコの拓也だ。



『あ、裕兄?あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、深山梢ってあの梢さん?』

「あ、ああ・・・そうだけど、梢がどうした?」


拓也は東京消防庁の救急隊員だ。胸騒ぎがする。


『アパート火災で出動して、煙に巻かれた女性を救出したんだ。それが、顔を見たら梢さんだったんだ!』

「ーーーなんだと?!」


時計を見ると午後9時を回っている、いつもならまだ残業している頃だ。


「拓也!本当に梢なのか?」

『ああ、間違いない。部屋のドアに表札が出てたって、うちの隊員が言ってた。』


柿崎は携帯を落としそうになった。膝から崩れるように座り込むと、本橋が携帯を取り上げた。


「すみません、お電話を変わりました。弁護士の本橋と言います。それで、火災の状況は?」

『あ、はい。火元はアパートの一階で、梢さんは外出していたようなんです』

「外出・・・(残業か)それがどうして?」

『はい。消防の話しでは、消防隊が目を話した隙に部屋に飛び込んだようなんです』


なんて無茶を・・・本橋の呟きを聞いて我に返った柿崎は、本橋から携帯を奪い取った。


「拓也!状況をもっと詳しく話せ!」

『ゆ、裕兄ぃ・・・俺の知ってる範囲は少ないけど、大事なものが部屋にあるんだって言って、飛び込んだらしいんだ』

「・・・大事なもの・・・?」


呆然としていると、本橋が再び携帯を取り上げた。


「それで、どこの病院に収容されたんですか?!容態は?!」

『あ、はい!意識不明で都内の○○総合病院に搬送されました』

「・・・意識不明・・・・ありがとう」


ピッと携帯を切ると、柿崎の腕を掴んで車に引きずって行った。


「ほら!いつまでへたれてんだ!総合病院だ!いくぞ!!」

「ーーーい、言われなくても!!」



我に返った柿崎は、車に飛び乗ると、本橋と共に病院へと向かった。






ヘビースモーカー本橋。話なげーよ!

そして、梢ちゃんピンチ☆

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