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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
30/40

セピア色の思い出




黒を基調にしたドアを静かに開くと、薄暗い寝室に男がそっと忍び込む。

音を立てないようにそっと閉じられる。


ベッドまでは数歩の距離。男は足音を忍ばせそっと近付いて行く。


松葉杖を付いてもカーペットが音を吸収し、ベッドに横たわる人影は気付きもしない。

ふかふかの羽毛布団と肌触りのいい毛布にくるまり、気持ち良さそうに眠っているさまは、さながら眠り姫のようだ。



寝相の悪い眠り姫。


『・・・起こさない方がいいかな?』

そう思いながら寝顔を見詰める男は、松葉杖を床に起き、床に座って寝顔を堪能した。

顔の下半分は布団に埋もれて隠れているが、閉じられた瞼や、寝乱れてくしゃくしゃの髪そのすべてが愛おしい。


起こさないようにそっと柔らかな髪を撫でる。その心地よさに眠り姫の眠りはさらに深くなる。このままでもいいが、やっぱりちゃんと顔を見て名前を呼んでほしい。


男はそっと髪にキスを落とす。


「・・・梢、朝だよ・・・」


小さく囁いた途端、梢がガバッと体を起こした。何やら切羽詰まったような顔をしている。


「梢?」

「柿崎さん。課長から急ぎの書類を預かってきました!」

「書類?・・・おまえ何言ってんだ?」


柿崎は首を傾げ、梢の顔を覗き込んだ。言葉はハッキリしているが、この顔はどう見ても・・・

大きな手で、くしゃくしゃになった髪を撫で付けてやると、梢の顔が真っ赤になった。


「・・・・あ・・・れ・・・?」


梢は真っ赤になって、寝惚けていた事を誤摩化そうとしたが、頭が上手く回らないらしく妙な汗を浮かべている。


「ぷっ!・・・寝惚けてたのか?」

「・・・あ・・・う・・・」


恥ずかしさで顔が熱くなる・・・。仕事をしてる夢を見ていたところで声をかけられたのだ。不可抗力だと言いたいところだが、寝惚けていた事には変わりはない・・・


「くっくっくっ・・・お前が寝惚けるの・・・初めて見た・・・くっくっくっ」


『そんなに笑わなくたって・・・』梢は唇を尖らせ、口元を隠して笑いを堪える男を睨んだ。


「くっくっくっ・・・こずえ、可愛いなぁ・・・」

「~~~~~~~わ、笑い過ぎです!!」


いつまでも肩を震わせている柿崎に「~~~きらい!」と叫ぶと、梢は毛布を頭から被って引きこもってしまった。


「いいじゃないか、寝惚けるくらい。恥ずかしがるなって♪」

「しらないっ!向こうに行って!!」


恥ずかしさに毛布の砦から叫ぶ梢に、柿崎はその大きな体で襲いかかった。

容赦なく体重をかけられ、とにかく重い・・・


「~~~~お、重いです!どいてください!!」


毛布の下から抗議の声が上がるが、構わず伸し掛かる。


「さっさと降伏しろ。そんで、さっき言った言葉を取り消せ!」


さもないと押しつぶしちまうぞ? そう言って、わざと体重をかけると、梢はあわてて毛布から顔を出した。


待ちかねたように唇が塞がれる。直ぐに舌が絡み付いた。


「・・・ん・・・ふぅ・・・さっきの・・・言葉って?」


濃厚なキスからようやく解放され、潤んだ瞳で伸し掛かる男を見上げた。

男は僅かに拗ねたような顔で見下ろしている。


「・・・俺を嫌いって言ったろ。取り消せ。」

「(気にしてたんだ)・・・いや。って言ったら?」


梢が挑戦的に片眉を上げると、柿崎は不敵な笑みを浮かべた。


「・・・・好きって言うまでくすぐってやる。」

「!!」


言うや否や、逃げ出そうとする梢を毛布の上からくすぐり始めた。梢は悲鳴混じりの笑い声を上げながら、毛布の中で身悶えた。伸し掛かる男の大きな手は、容赦なく脇腹をくすぐってくる。


「さあ!言え!好きって言え!」

「きゃははははは!!や、やだーー!!ず、ずる、い!あはははは!!」


毛布を捲って潜り込むと、華奢な体を背後から抱き締め首筋に吸い付いた。


「ひゃあ!!」

「まだ言わないか?」


舌が首筋を這う感触に首を竦めると「ご、ごめんなさい!!」慌ててそう言った。

絡み付いてくる腕から逃れようと必死に暴れる。


「梢・・・答えが違う。」

「やぁん!!」


パジャマの上から体を探られ、梢は体を捩って抵抗した。柿崎は唇を尖らせて梢の頬にすり寄る。


「なんで抵抗するよ?」

「・・・・朝っぱらから何考えてるんですか!」

「ん?俺は起こしに来ただけだけど?梢こそ何考えたんだ?」

「・・・・・・」


ニヤニヤと笑いを浮かべて見下ろす男の言葉に、梢は思わず赤面する。

この男には勝てる気がしない・・・梢は深い溜め息を吐く。


「・・・起きますから、どいてください」

「おっと、忘れるところだった。」


柿崎は体を起こすと、梢も体を起こした。


「なんですか?」

「・・・まだ好きって聞いてないぞ?」


目の奥を覗き込むように顔を寄せる柿崎に、梢は思わず顔を背けた。


「梢?」

「・・・・・」

「言え。」


梢は少し躊躇ってから、意を決したように両腕を伸ばすと、その行動に意表をつかれた顔をしている男の頭を抱き寄せた。



形のいい耳に唇を寄せる。


「裕一郎さんが好き・・・」

「!!」


ぞくりと首筋の毛が逆立つ。細い腕が弛んで離れると、そこには勝ち誇ったような顔が。


「これでいいですか?」


そう微笑む梢に、今度は柿崎が顔を赤らめる番だった。


『やられた・・・』赤らんだ顔を両手で覆い、動揺する自分を宥めた。


「裕一郎さん?」

「・・・上出来だ。」そう言ってキスを落とすと、松葉杖を拾い上げて立ち上がった。


事故から一ヶ月、驚異的な回復を見せている柿崎だが、医者からはあと一ヶ月はギプスを外すなと言われていた。

白いギプスには、営業部のメンバーからの寄せ書きが所狭しと書かれている。


「さて、朝飯が冷めちゃったな。」

「・・・余計な事してるからです」


ぼそっとそういうと、さっさと柿崎を部屋から追い出し、手早く身支度を済ませた。

簡単に化粧を済ませると、リビングに向かった。


リビングはキッチンと対面式になっており、大きな窓からは燦々と朝日が降り注いでいる。

大きくはないダイニングテーブルには、和の朝食が揃っていた。


焼きシャケにほうれん草のおひたし、出し巻き卵にご飯とみそ汁。白菜の漬け物まで添えてある。

ここまで完璧な朝ご飯を彼氏が用意するというのは、彼女としては嬉しいが、嫁としてどうなんだろう?


少々複雑な気分だが、あまり料理に自信がない梢は、柿崎に丸投げしていた。柿崎の作る食事はおいしいのだ。

二人そろって両手を合わせ、いただきます。と言うのが柿崎家のルールらしい。梢は違和感なく従う。


「梢、引っ越しの準備はどうなってる?」

「進んでますよ。」




北海道での出来事の後、松葉杖をついたまま梢の両親に挨拶に行った。

28になっても結婚しない娘を心配していた両親は、柿崎をことのほか気に入ったらしく、逃がさないように直ぐに結婚しろと捲し立てた。そんな両親の様に梢は赤面したが、当の柿崎は、俺が彼女を離しません。と宣言し、さらに両親を喜ばせた。


婚姻届の方も、すぐに出しに行くのだろうと思っていた梢の予想を裏切り、どうせならクリスマス・イブに出そうといいだしたのだ。


「レストランで食事をして、その後出しに行こう」と、笑顔で言った。

デカイ図体に似合わず、そういうイベントが好きなようだ。こんなに女心をくすぐるくせに、あの給湯室でのプロポーズはなんだったんだろう?梢は首を傾げた。


そして、どうせ結婚するんだし、一緒に暮らそう。と言う事になり、仕事の合間をみて荷物をまとめているのだ。


「俺の怪我がなかったら、もっと早いんだけどな・・・」


柿崎は申し訳なさそうにワカメと豆腐のみそ汁を啜った。


「ある程度まとめてしまえば、あとは業者さんがやってくれますから大丈夫です。」


梢は軽くそう言って、ふっくらと焼き上がっている塩シャケを口に入れた。

程よい塩加減にご飯が進む。


「とりあえず、今日は俺も手伝うよ」

「え?でも・・・」


梢は、出来るならギプスが取れるまで安静にしててほしかった。北海道から帰っても、一日休んだだけで、いつも通りに出社しているのだ。足への負担が気にかかる。


「ん?大丈夫だよ。俺は早く梢と暮らしたいから」

「・・・そう・・・ですか・・・」


ほどなく食事を終えると、コーヒーと紅茶をだしてくれた。至れり尽くせりである。

カップを口に運ぶと、温度は梢好み。いつもながら絶妙なのだ。


「・・・ねえ、裕一郎さん。私が猫舌なのどうして知ってるんですか?」

「ぐっ。」


柿崎がコーヒーを吹きそうになった。


「・・・そりゃ・・・梢への愛だよ」

「うそくさ。」


梢はカップを口に運びながら、遠慮なくバッサリと切り捨てた。


「・・・誰かに聞いたんですか?」


片眉を上げて様子を伺うのは、梢が嘘を見破ろうとしているときの癖だ。柿崎は、嘘発見機にかけられているような気がして、カップを持つ手に汗が滲んだ。


「・・・別に・・・」

「・・・怪しいなぁ」


首の後ろにもこっそり汗が滲む。これ以上追求しないでくれ・・・。柿崎は誤摩化すようにコーヒーをぐいっと飲み干し、食器を片付けにキッチンへと逃げて行った。


対面式なので、食器を洗う柿崎は丸見えなのだが、美味しい手料理を堪能できた事に免じて、これ以上の追求するのは止める事にした。





梢のアパートには車で向かった。

幸いと言うべきか、骨折したのが左足だったため、オートマチック車の運転に支障はないのだ。


部屋に入ると、あらかた荷物が片付いてさっぱりしていた。


「とりあえず、服とか必要と思えるものは先週の内に運んだので、ゆっくりでいいかなって思ってたんです」

「暢気だなぁ。俺はいますぐ暮らしたいんだ。」

「もう!駄々っ子みたいなこと言わないで下さい。」


梢は小さなヒーターのスイッチを入れると、片付けの途中だった荷物を隅に避けた。


「さて、どっから始める?」

「柿崎さん、まだ怪我をしているんですから、座ってていいですよ」

「それじゃ、来た意味がないだろう」


ベッドに腰を下ろし、呆れたように梢の後ろ姿に溜め息を吐いた。

ふと、積み上げてあるCDの間に数枚の写真が挟まっているのが見えた。





何となく一枚を引き抜いて・・・





・・・見てしまった。





そこには、幸せそうに満面の笑みを浮かべた梢と、その頬に口付ける本橋の色あせた写真だった。

別の一枚を引き抜くと、本橋の頬に口付ける梢が・・・



『・・・なんで、こんなものを・・・』柿崎は残りの写真全てを手に取った。




どの写真にも、幸せそうに笑う恋人達がいた。





梢の髪はいまよりも長く、ゆるくウェーブがかかっている。




服装も、いまよりずっと華やかで可愛らしい。





柿崎が出会う前の・・・自分が知らない梢がいた・・・





男の中に、これまで感じた事のない感情が沸き上がってくる。




「・・・・梢」


声が唸るように低くなる。


「なんですか?」


細々したものを選り分けていた梢が振り向くと、テーブルに写真を放り投げた。


「・・・これはなんだ?」

「ああ、それ?掃除してたら出て来たの」


梢は事も無げにそういうと、写真に手を伸ばした。

その手を大きな手が掴む。思っていた以上に力が入ってしまい、梢は思わず顔を顰めた。


「ゆ、裕一郎さん?」

「・・・見付けただけなら、どうしてCDの間にあったんだ?」

「・・・別に、深い意味なんて・・・い、痛い離して!」


柿崎は大きく息を吐くと、手を離した。


「・・・まだ・・・あいつが好きなのか?」

「・・・どうしたんですか?柿崎さんらしくありませんよ?」




ーーーー柿崎。




何気なく言った言葉だった。しかし、柿崎は眉根を寄せ、さらに厳しい顔になった。


梢はなかなか自分を名前で呼ばない。徐々に慣れればいいさ、と思っていた柿崎だったが、いまこの時に名字で呼ばれた事に、酷く腹が立った。



「あいつと今も会っているのか?」


あの事件のあと、本橋は事務所を辞めたと聞いた。その後、本橋がどこにいるのか柿崎は知らないのだ。

昔の写真だとわかっていても、沸き上がる嫉妬を抑える事が出来なかった。


「もう啓哉とは会ってないし、たまたま見付けた写真の上にCDを重ねてただけじゃない!」




ーーーー啓哉。




柿崎の苛立ちが怒りに変わった。




「じゃあ、これはいらないんだな?」


そう言って本橋に口付ける梢の写真をビッと破った。

何度も破ると、細切れにした写真をテーブルの上に蒔いた。


「ーーーや、やめて!!」


二枚目の写真を引き裂こうとした手から写真をむしり取った。



他の写真も掻き集めると、胸に抱き締めた。泣き出しそうな顔する梢に、柿崎は余計に腹が立つ。



「・・・昔の男が・・・そんなに大事か?」



(言ってはいけない)と頭の中で警報が鳴る。



「・・・今も・・・・好きなのか?」


(やめるんだ!)




もう一人の自分が警告するが、嫉妬に狂った男の言葉は止まらなかった。


「そんなこと!・・・私は、柿崎さんが好きって・・・言った・・・」


目を潤ませて放つ梢の言葉は本物だろう。そんな事はわかっている。

自分をこんなにも苛立たせるのは、ついこの間会った、梢の嘗ての恋人・・・その男の影が急に存在感を持ったからだ。



今は自分が傍にいるのだからと、あの時は気にも止めなかったのに、何故いま、こんなにも心を掻き乱されるのか。


「・・・それなら、その写真はどうするつもりだったんだ?」

「・・・ど、どうって・・・別にどうもしませんよ?」


眉間の皺がより深くなる。


「・・・昔の男の面影ごと俺に抱かれる気か?」

「そんなこと!」


梢の言葉を遮り、「冗談じゃない。」吐き捨てるようにそう言うと、片足で立ち上がり上着を羽織った。


梢はどうしていいのかわからず、松葉杖を付いて玄関に向う後ろ姿に呼びかけた。


「こ、これは、私の手で捨てようと思っていたんです!」

「そうだな。【お前とあいつ】の思い出だもんな」


振り返る事なくそう言うと、部屋を出て行った。




鉄製の扉が、二人の間を分けるようにバタンと閉じた。





ぎこちない足音が遠のいて行く。






ーーーどうして、信じてくれないの?





自分の部屋なのに、まるで知らない場所のように感じた。





これまで見た事のない柿崎の怒りに初めて触れた梢は、力なく床に座り込んだ。

体の震えが止まらない・・・





床には嘗ての恋人との写真が散らばっている。




こんなものに思い入れなんてなかった。ただ、自分の手で捨てたかっただけだ。





それなのに・・・






散々振り回して来たのは柿崎の方だった。






でも、今は柿崎と生きて行こうと決めたのに。






その想いを踏みにじられた気がした。






・・・私がいけないの?






・・・私・・・また捨てられたの・・・?







柿崎が出て行った扉を見詰め、梢は、ただ静かに涙を流した。






少し修正しました。

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