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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
26/40

出張−7




「ーーー梢!」


川村と篠山が帰ってしまうと、途端に全身から力が抜けた。

椅子から転げ落ちそうな梢の体を支え、顔を覗き込んだ。


「梢、大丈夫か?」

「・・・・・・った・・・」

「・・・ん?」


消え入りそうな声で呟くと、聞き返そうとした柿崎の首に、梢の腕が巻き付いて来た。

小刻みに震える体を抱き締めると、梢は首筋に顔を埋めてくる。


「こ、怖かった・・・ほんとに・・・逮捕されるかと・・」

「もう、大丈夫だから・・・」


柿崎の肩に顔を擦り寄せ、怖かったと何度も呟きながら嗚咽を漏らす梢を強く抱き締めた。


「・・・・・ゆ、う・・・・」ふと、梢の体から力が抜けた。


「・・・梢?」


ぐったりとした顔を覗き込むと、小さな顔から血の気が失せている。

ホッとしたのと、寝不足から、梢は気を失っていた。





「何が大丈夫よ!この馬鹿息子!!」


聞き覚えのある声が室内に響いた。梢を腕に抱いて顔を上げると、白いスーツに身を包んだ母、 登紀子が立っていた。

登紀子は、腰に手を当て仁王立ちになっている。


「・・・母さん。なにしてんの?」

「何ですって?!」


驚きに呆然と言葉を発した息子に、母が怒りの声を上げた。


「あ~いたいた。もう、登紀ちゃんってば、足が速いんだから~」


両手に荷物を持った真も、登紀子の後ろから顔を出した。


「やあ、裕一郎くん。久しぶり!・・・あれぇ?」


真はカバンを床に置くと、柿崎の腕の中でぐったりしている梢を覗き込んだ。


「・・・梢ちゃん気絶してるね?どうしたの?」

「大方、緊張が解けたんでしょ?」一緒に覗き込んだ登紀子がそう言った。


揺すっても目を覚まさない梢を、処置室に運ぼうとしていた柿崎は、怪我人は安静にしてろ。と体格のいい婦長に叱られ、仕方なく看護師に預けるとベッドへ横になった。頭の傷がズキズキと痛んむ。


「裕一郎くんも、災難だったねぇ」


傍らの椅子に腰掛けた真が暢気そうに言った。


「まったくだよ・・・」

「どうして避けれなかったのよ?!」


母のとんでもない発言に、息子は呆気にとられた。


「・・・ドラマじゃあるまいし、んなことできるわけないだろう。大体、なんで二人ともここにいるんだよ」


行った途端、母の顔が鬼のように険しくなった。


「あんたが事故になんかあうからでしょっ!!この忙しい時にっ!すこしはこっちの都合も考えてよ!!駆けつけてみれば、梢さんまで怪我したって言うじゃない?!」


母は何に怒っているのかわからなかったが、父はニコニコと笑っている。


「登紀ちゃん、もうちょっと声のボリューム落とそうね?ここ、病院だから。」

「あ、あら・・・ごめんなさい・・・つい興奮しちゃって」

「うんうん、いいんだよ。登紀ちゃん」


真が静かに諭すと、登紀子は夫の顔を見て大人しくなった。相変わらずこの夫婦はよくわからない。

どうやら心配して来たようだが・・・それにしても、この怒りようはなんなんだ?柿崎が訝しんでいると、真がふんわりとした顔で口を開いた。


「君が、突っ込んで来た車から、川村誠司さんを助けたって聞いたから、急いで来たんだよ。絶対に利用されると思ってね。」

「・・・?専務がどうかしたのか?」


おしどり夫婦は顔を見合わせると、それぞれ顔を寄せて声を潜めた。


「・・・あの人、有力政治家と繋がってんの。お金も着服してるって噂。彼とその政治家を一網打尽にしようと、地検で捜査を進めてたらしい。そこに、あの事故。」

「・・・・ってことは。」

「そ。怪我を理由に事情聴取を免れようとしたの。あんたは、しなくていいコトをして、無駄に怪我をしたのよ。もともとそういうシナリオだったのに、あんたが庇っちゃった上に、あんたの怪我が重いもんだから、向こうとしては予定が狂っちゃったわけよ。」


登紀子が淡々と話す内容は、信じがたいものだった。

しかし、車が突っ込んで来たタイミングを思い出してみれば、そう言ったシナリオがあったと言われてもおかしくはない・・・柿崎は二の句が繋げず、眉間に皺が寄った。


「登紀ちゃってば、そんなにハッキリ言っちゃったら、裕一郎くんが可哀想でしょ?」

「ふん。嫁も守れなくて何が大丈夫よ!聞いてて恥ずかしかったわっ!!」

「・・・う・・・」


柿崎は、ひょっとしたら死んでいたかもしれないと思うと、ゾッとした。


「だ、だけど。梢の件は関係ないだろう?」


専務が事情聴取されるのと、梢が受けた暴行は関係ない。


「関係大有りなのよ。」


登紀子は背筋を伸ばして腕を組んだ。眉間に皺を寄せている。

彼女が眉間に皺を寄せるのは、仕事モードの時だけだが、極稀に演技が入っている事もあるので、実の母親ながら掴み所がない人だ。


「それはどういう意味?」

「たぶんね、君の【名誉の負傷】を理由に、名実共に娘の婿として引っ張り込んで、裏仕事の片棒を担がせようとしてたんじゃないかな?娘も乗り気だったみたいだし。」


柔らかな口調の真だが、目は鋭い光を秘めている。

柿崎の眉間にも深い皺が寄った。


「川村氏は、裕一郎くんにいるであろう恋人を探し出して、別れさせるつもりでいたんだ。いろいろ工作を考えていたみたいだよ?でも、その準備も半端で、恋人が誰かもわからない内に梢ちゃんが現れた。川村冴子はかなり焦っただろうね。」


真はうんざりと溜め息を吐いた。


「おまけにあの娘。気に食わない人がいると、チンピラ雇って思い通りにしてきたみたい。泣き寝入りさせられた人も多いみたいよ。たぶん、冴子は別れるように詰め寄ったんでしょう。梢ちゃんは言う事を聞かなかった。で、あの怪我。」


「梢ちゃんらしいねぇ」


真がベッドに頬杖を着いてそういった。


「おまけに!」登紀子が思わず大きな声を上げ、真に優しく嗜められた。


「・・・おまけに、あの川村ってやつは、梢ちゃんの人の良さにつけ込んで、娘の不始末を押し付けようとしてるのよ!」

「なっ・・・なんだそれ!」


柿崎は体を起こして声を荒げた。


「しー。裕一郎くん、声が大きいよぉ。」

「・・・・なんで、そんなこと言えるんだよ?」柿崎は声を低くして理由を尋ねた。


「こっちだって裏が取れてんのよ。それに、あんた達の話はずっと聞いてたのよ。ドアの外でね。ビデオも同時に警官から見せてもらって、すぐに証拠品として確保するように手を打ったの」

「登紀ちゃん、かっこ良かったよ~♪」真はにっこりと笑うのを、息子はさらりと流した。


「案の定、川村はビデオの処分を誰かに指示してたわ。」

「思惑が外れて悔しそうだったねぇ」


真は、普段の穏やかな顔とは真逆の黒い笑みを浮かべていた。


「・・・なんで?ビデオがなくても・・・」

「甘いわね。どんなに小さな証拠でも、向こうにしてみれば潰しておくのが安全なの。」


「川村は、証拠のビデオを始末して、梢さんから訴えられた場合に言い逃れができるようによ。たぶん、もう少し遅かったら、警備員も買収されてたかもね。これまでもそうして来たみたい。」

「いま、微妙な時期だからね。だけど、あのままだったら、梢ちゃんの身が危なかったかもね・・・冴子が暴走してくれて返って助かったんだ」


真顔でいう彼の言葉の裏に何が秘めてあるのか、柿崎は正確に理解した。


「・・・なんてヤツだ・・・」柿崎は怒りに拳を強く握りしめた。



温和な口調とは裏腹に、真の顔が引き締まった。

登紀子は怒りを抑えるように爪を噛む。


「そこで、あんたの出番なわけよ。」登紀子は息子に向き直った。


「梢ちゃんに、示談はしないようにと説得してほしいの!明らかにこっちが暴行の被害者なんだから!こっちから訴えなくちゃ!!」

「それは・・・無理だろうなぁ・・・」柿崎は途端に弱気な事を言った。

「・・・だよねぇ・・・」真も何故か同意する。


物事に筋を通したい性格の梢だが、冴子を訴えるかと聞けば、絶対にNOというだろう。

それは、真にも登紀子にも簡単に想像できた。


「そこを何とかするのがあんたの仕事でしょ!」

「な、何とかって?」

「そぉだよ裕一郎くん。好きな娘が怪我させられて、君は黙っていられるの?僕なら、もし登紀ちゃんに何かあったら,あらゆる手を尽くして報復するよ?」

「・・・真さん・・・それは私も同じよ!」


息子のベッドと挟み、手を取り合ってうっとり見詰めあう。


「・・・母さんはともかく、国家権力しょってる父さんが恐ろしい事言うなよな・・・」


柿崎は半目になって物騒な父母を見た。


そんな薄情な息子に育てた覚えはない!と二人に言われた柿崎だったが、彼自身このまま黙っているつもりはなかったのだ。


「・・・説得・・・してみるよ」


柿崎は、告訴以外で方法を考えていたのだが、この二人が出て来てしまったのでは無理に思えた。


ふー。と深い溜め息を着くと、梢も納得するような方法を頭の中で練った。










梢が目を覚ますと、四方を白いカーテンに覆われた場所で、あまり弾力のないベッドに寝かされていた。

ぼんやりと白い天井を見上げると、液体が入った透明のバッグが、銀色のスタンドからぶら下がっているのが目に入った。そこから細いチューブが長く伸び、横たわる細い腕へと続いている。


『・・・ここ、どこ?』梢はぼんやりと頭を巡らせると、スーツの袖が見えた。そのまま視線を上げると、眼鏡をかけた男が覗き込んだ。


『・・・誰?』梢はぼんやりと男を見上げている。


「目が覚めた?気分は?」

「・・・・・・だれ?」


どこかで会った気がする・・・ぼんやりと訪ねるが、男は柔らかな笑みを浮かべるだけで答えなかった。


「過労だって。仕事のしすぎなんじゃない?」


物腰の柔らかな男は、低く声を落として語りかけてくる。それは、妙に懐かしく心地いい感覚を呼び起こした。


「・・・ここに来る前、徹夜で仕事してたから・・・」


梢は膨大なファイルと戦った事を思い出していた。


点滴を受けて体もだいぶ軽くなった気がする。しかし、寝不足も抱える梢は、ぼんやりする頭で男を見上げていた。

男は、もっと自分を労りなさい。そう言って、梢の髪をそっと撫でてくれた。


『気持ちいい・・・だれ・・・だっけ・・・?』


彼の手は暖かく心地よかった。その感触に梢の瞼が重くなっていく。


「・・・もう少し眠りなさい」


遠のく意識の向こうで、思い出せない【誰か】がそう言った気がした。








どれくらい眠ったのか、目が覚めた時には気分もスッキリしていた。

処置室の看護師達に礼をいい、先ほどの男性が誰なのか聞いてみた。

だが、誰一人として、梢の傍に男性がいた事に気が付いたものはいなかった。


梢は夢だったのだろうかと首を傾げ、柿崎が待つ病室へと向かった。




梢が足を引きずりながら病室に戻ると、ダークスーツの上着を脱ぎ、寛いだ様子の真と、白いスーツを着て何やら書類に目を通している登紀子がいた。


「あら、もういいの?」

「梢ちゃ〜ん、久しぶりぃ♪」


「おか・・、登紀子さん!?それに、お義父さんも!?ご無沙汰しております・・・」


梢はドアに寄りかかったままでの挨拶を詫びた。


「梢、気分は?」

「あ、はい・・・もう大丈夫です」


真に座るように言われ、素直に丸椅子に腰掛けると、すぐに梢の小さな手を大きな手が包み込んだ。

暖かい手の感触に、梢もホッとしたように微笑んだ。しかし、柿崎の顔は不機嫌そうだ。


「おまえ、過労ってどういう事だよ。残業してきたのか?」


冴子が原因だと思っていた柿崎は、看護師から過労だと聞いて驚いていた。


「あ・・・えっと・・・佐々木くんが、大事な用があるから頼むっ・・・て・・・」

「・・・あいつ・・・一回シメとくか。」


柿崎も、佐々木の【彼女】について知ってはいた。まさか、仕事が手につかないほど嵌っていたというのは予想外だった。柿崎は、眉間に皺を寄せて舌打ちをした。



「さて、梢さんも戻って来た事だし、話を進めましょう」

「時間もない事だしね。」

「・・・なんの話ですか?」


梢は手を握っている柿崎に、問うような視線を向けたが、柿崎は神妙な顔つきで梢の小さな手を強く握り直すだけでなにも言わない。


登紀子は持っていた書類に目を落としながら、一方的に話し始めた。


「川村冴子は、この期に及んで犯行を否認したそうよ。」

「・・・え?」

「きっと、示談を持ち出してくるわ。それを認めちゃ駄目よ!認めれば、被害者である貴女が犯人ってことになるの。」

「・・・でも、それで解決するなら・・・」


三人は一瞬沈黙したが、登紀子が一喝した。


「この、お人好しっ!!【人がいい】のと【いい人】は違うのよ?!わかる?!あんな狸オヤジの思惑通りにしてやることないのよ!!」

「・・・た、狸オヤジ?」



事情がわからない梢は、ぽかんと登紀子を見上げたが、直ぐに我に返った。



「で、でも、冴子さんもさっきごめんなさいって言ってましたし、取引先の専務にこれ以上ご迷惑をおかけするわけには・・・」

「否認してるのよ?!あなたも怪我をさせられてるのに、どうしてそういう考えになるのよ?!」

「で・・・ですが・・・もし有罪となれば、冴子さんは前科がつくことになるんですよね?それは駄目です!」

「それは貴女も同じでしょ!?なに?貴女、自分が前科者になっても裕一郎は自分を嫁にもらってくれるだろうって高を括ってるの?!」

「い、いえ・・・そんなことは・・・」


大きな声が梢の耳を打った。

梢は視線を手元に落とした。自分の手を覆う大きな手を見詰める。


「梢さん、あなたの裕一郎への気持ちはその程度なの?」

「・・・いえ・・・あの・・・」

「ハッキリ言いなさい。貴女はどういうつもりでここにいるの?!ただの部下?都合のいい女?!それともーーー」


話がすり替わったような気がしたが、梢は顔を上げて柿崎の目をみた。優しい眼差しに安堵感を覚える。


「・・・彼の・・・妻として・・・です・・・」

「それ本気?」

「・・・はい」


柿崎の顔が堪えきれずににんまりする。梢は伺うように登紀子を見ると、そこには柿崎と同じくらいにんまりと笑う真と登紀子がいた。



やっぱり親子だ、この人たち。なんだか嵌められたような気になった。



「ふっふっふっ。なら、柿崎家の嫁として、いろいろ叩き込まないとね。腕が鳴るわぁ♪」

「・・・・・・・え」


至極楽し気な登紀子の様子に、梢の背中を冷たいものが流れた。



「まずは、この書類にサインしてもらおっかなぁ♪」ベッドに頬杖をついて、真が笑う。

「・・・え?告訴状?」

「これは、戦いよ梢さん!」腰に手を当て、胸を張る登紀子。

「・・・え??」

「・・・・梢、諦めろ。」梢の口から【妻】という単語が聞けて、満足気な裕一郎。


威圧感のある三人に囲まれて、梢は竦み上がる蛙にでもなったような気分だ。


「あ・・・あの・・・ですから・・・・」



三対一では分が悪い。なんとか切り返せないかと考える。


「あ、あの!私、裁判を起こせるようなお金はありませんから、無理です!!」

「あら。そこにいるじゃない。いいスポンサーが。ちょっと今は役に立たないけど、お金ならあるでしょ。」

「ああ、心配すんな♪」

「・・・裕一郎さん・・・い、いえ!いくらなんでもそんな・・・そ、それに!弁護士さんのアテもないし!」


必死に説得を試みる梢に、登紀子と真が唖然とした顔になった。


「・・・弁護士なら、ここにいるけど?」登紀子が呆れたように言う。

「敏腕だから、安心していいよ♪」真が自慢する。

「・・・え?」梢が真っ白になってフリーズする。


その様子に、真が半目になって息子を見た。


「・・・裕一郎くん。まさか君・・・」

「あ~ごめん。言い忘れてた。」

「・・・な、なにを?」半べそ状態の梢は、閥が悪そうに言う柿崎を見た。


「母さんは弁護士で、父さんは検事なんだ・・・」

「・・・・・・・・・・」


彼らの威圧感は職業柄か・・・梢は再び目眩を覚えた。

真は大げさに溜め息を着いてみせると、息子に顔を寄せてにっこりと笑った。


「またかい?しょうがないね裕一郎くんは。肝心な事はいつも後回しなんだから・・・

よぉし!今日は久しぶりに僕がお説教してあげよう♪」


いつもの冗談めいた口調にも関わらず、柿崎の顔が強張った。


「・・・お、おとーさん・・・それは、遠慮したい・・です・・・」

「ん?それは、聞いて上げられないなぁ♪」


ふっふっふっと至極楽し気な真がベッドに腰掛けると、向かい合ってお説教の体制を取った。

柿崎は引きつった顔で、助けを求める視線を梢に向けた。梢は、被害届から裁判に至までの流れを強引にレクチャーされていてそれどころではなかった。



裁判になれば出廷しなければいならない。そうなれば、仕事も休まなければならなくなる。


その上、取引先の娘を訴えたとなれば、会社としても黙ってはいないだろう。大きな商談だったが故に、裁判に勝訴すればその代償として、梢は暗黙のうちにリストラの対象となるだろう。




まして、梢が柿崎の恋人…あるいは婚約者であると知られた場合、柿崎にも咎があるかもしれない。


梢は、怪我を負わされたことよりも、やはり柿崎の業績に傷をつけるのだけは避けたかった。


その事を、真や登紀子にわかってもらいたいのだが、さすが敏腕弁護士というべきか、梢は口を挟む隙を与えてもらえなかった。




その時、病室のドアがノックされた。


また婦長に叱られるのか?!その場の全員がドアに注目すると、スライド式のドアが開き、三十代前半と思しき男が顔を出した。


真と登紀子はさっと立ち上がると、背後の二人を隠すように立ちふさがった。


「・・・どちら様でしょう?」真はいつもの温和な笑顔で訪ねた。目は笑っていない。

「失礼いたします。深山 梢さんはこちらにいらっしゃいますでしょうか?」

「・・・貴方は?」


登紀子が誰何すると、男は胸ポケットから名刺を取り出した。


「・・・弁護士・・・?」

「はい。川村誠司さんからご依頼を受けまして、深山さんにお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

「・・・どういった内容かしら?」

「・・・それはご本人さまとお話したいのですが」

「私は彼女の弁護士ですが?」


「えっーーーんっ!」梢が否を唱えようとした途端、柿崎の大きな手が梢の口を塞いだ。


その様子は見えないものの、弁護士と名乗る男は表情を和らげた。


「そうでしたか、失礼しました。それでは、お話を伺ってよろしいですか?」


「・・・どうぞ。」


登紀子が脇に退くと、すぐに仕立てのいいスーツを身につけた男が俯き加減に入って来た。

梢は、登紀子の陰から顔をのぞかせた。


「ーーーっ!」


病室に入って来た男を一目見て、梢は目を見開いて固まってしまった。


「・・・梢、知り合いか?」


柿崎が聞いても、梢は瞠目したまま固まっている。

そして、相手の男は、縁なし眼鏡の向こうで目を細め梢を見詰めていた。



「・・・・啓哉ひろや・・・?」




ようやく絞り出した声は、震えるように掠れていた。




「・・・・梢、久しぶりだね」





柔らかな笑顔に捕われたかのように、梢はその場を動く事が出来なかった。




・・・誰?

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