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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
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出張−5



二人の警官は厳しい目付きで梢を見据えた。


「お話を伺いたいので、署までご同行いただけますか?」

「・・・私が彼女に怪我をさせたと仰るんですか?!」

「詳しいお話は署で伺います。」


壁に寄りかかっていた梢は、足を引きずって警官の方に向き直った。


「任意同行でしたら、拒否します。私は何もしていないので、お話がおありならここで伺います」


梢は震えながらも凛とした声を上げた。警官はさして驚く事もなく、わかりました。というと、持っていた書類に目を落とした。


「被害者【川村冴子】は、昨夜九時三十分頃、総合病院の夜間出入り口付近において、被疑者【深山梢】により、殴る蹴るの暴行を受け、顔や腕などに全治二週間の怪我を負わされた。とあります。医師による診断書も添えてありました。その件について間違いありませんか?」

「・・・・私は何もしていません」


梢の声が掠れる。それでも警官から目を背ける事なく背筋を伸ばした。


「しかし、被害者の川村冴子さんは、貴女からいきなり暴力を振るわれたと言っています。」


梢は非日常的な状況に怯えながらも、警官を正面から見据え訴えた。


「冴子さんとは昨日の夕方、ここでお会いしたばかりです。取引先の娘さんに私が暴力を振るう理由がありません」

「被害者の訴えによると、貴女は被害者の恋人を横取りしようとして暴力を振るって来た。とありますが。」


「・・・誰が誰の恋人だって?」


溜らず低い声を発したのは柿崎だ。腕を組み冴子を睨みつけるその表情は、嫌悪感がにじみ出ている。

警官はチラリと柿崎の方を見ただけで、直ぐに梢への質問を続けた。


「被害者は恐怖を覚えるほどの暴力だったと言っていますが?」

「私は一切彼女には触れていません。従って、暴行の事実はありません。」


梢はきっぱりと言い切った。

ずっと立っているため、足の痛みが増してズキズキする。梢の顔や首筋には脂汗が滲んでいる。

しかし、今はそれどころではない。なんとしても、自分が無実である事を証明しなくてはならない。梢は必死だ。


「ウソよ!おまわりさん!さっさとその暴力女を逮捕してよ!!」


冴子は声高に叫ぶが、警察官は淡々と職務を遂行する。

実際、被害届が出されたからといって直ぐに逮捕されるわけではない。警察官も暇ではないため、なかなか捜査にも乗り出さないのが現実だ。今朝、届けを出して直ぐに警官が来るというのは異例中の異例なのだ。


被害を受けた側が納得できない場合、刑事告訴という方法もある。この場合、告訴・告発を受けた捜査機関は、これを拒む事ができず、捜査を尽くす義務を負わねばならないと法で定められている。


しかし、この警察官は【被害届受理における事情聴取だ】と言った。つまり、現段階で直ぐに梢が逮捕されるようなことはない。


「まあ、落ち着いて下さい。川村さん。」警察手帳に鉛筆を走らせながら、冴子を見る事なく淡々としている。


入り口に立っている若い警察官は、部屋の外に目を光らせている。


「ところで深山さん、その足はどうされました?」


警官は手帳から顔を上げると、テーピングでがっちり固定されている足をみて訪ねた。

梢は、取引先の娘を告発するべきか逡巡した。しかし、このまま自分が逮捕されれば、柿崎や篠山課長、それに会社にも迷惑がかかってしまう。社員が暴行容疑で逮捕されたとなれば、会社への評判も悪くなってしまう。


まして、柿崎が取った契約なのだ。こんな怪我までしているのに、これ以上負担をかけたくなかった。

梢は警官に真っ直ぐ向き直った。


「この怪我は夕べ、そちらの川村冴子さんから受けたものです」

「なっ!何言ってんのよ!このウソつき女!!」

「川村さん、すこし落ち着いて下さい。深山さん、その話を立証できる証拠はありますか?」


梢は少し考えてから、真っ直ぐに警官の目をみた。


「夕べの警備員さんが証言してくださると思います。」


警官の一人がその場を離れ、警備員室に向かった。それを見て冴子の表情がどんどん強張っていくのを、病室に残った警官は横目で観察している。



警官は、梢に椅子に座るように促しながら訪ねた。


「もし、その怪我が本当に被害者から受けたものなら、どうして被害届を出されなかったんですか?」


警官の問いはもっともである。梢は躊躇することなく答えた。


「こちらには大事な商談で伺っておりました。そして、そちらの川村冴子さんは、その取引先のお嬢様です。一事務員である私が訴える事などできません。」

「しかし、貴女個人の訴えなら、会社は関係ないでしょう?何故そうしなかったんですか?」


梢は警官の背後にいる柿崎を見詰め、静かに口を開いた。


「そこにいる柿崎がまとめた契約です。そして、彼は体を張って冴子さんのお父様を事故から救いました。そんな彼を私は心から尊敬しています。だからこそ、彼女から受けた暴力などで穢したくなかったんです・・・」


「・・・梢・・・」


柿崎はぎゅっと布団を握りしめた。今すぐ駆け寄って抱き締めてやりたい!! しかし、仮にも彼女は取調中なのだ、今自分が飛び出すのは得策ではない。柿崎はぐっと我慢するしかなかった。



警官は相変わらず無表情だが、小さく頷き「ところで」と、まるで世間話をするように話を変えた。


「深山さん、貴女の利き手は右ですか?左ですか?」

「右です」

「両利きということは?」

「ありません。」


常に毅然と警官の目を見て話す梢に、警官が表情を少し和らげると、冴子に目を移した。冴子はビクッと肩を震わせて棒立ちになった。


「・・・川村さん、貴女を殴った相手は左利きのようですね?」

「・・・・え?」


冴子の顔が急に青ざめた。警官は冴子の彷徨う目をじっと見詰めている。


「・・・そ、そんなの・・・どうにでもなるじゃん・・・」

「まあ、そうかもしれませんが、思いっきり殴る場合、大抵の人は利き手を使います。右利きなら打たれるのは左の頬です。・・・深山さんのようにね。」


警官は、梢の左の頬が僅かに色が変わっているのを見逃さなかった。

冴子はガクガクと体を震わせ床に座り込んだ。


柿崎は溜らずベッドから下りると、片足だけで梢に駆け寄りその顔を検分した。確かに頬に打たれた形跡が残っている。

柿崎は奥歯を噛み締め、爆発しそうな怒りをこらえた。


「・・・痛むか?」大きな手が頬を包み込む。

「いまは、足の方が痛くて・・・」


そう言ってテーピングで固定された足をさすった。ぐるぐる巻きになっていても腫れているのが一目で分かる。

痛んで眠れなかったのだろう、梢の顔色は青白い。思わず抱き締めると、梢の腕がその背に回った。


「・・・私は、大丈夫ですから、もうベッドへ戻って下さい。まだ安静にしてなきゃ・・・」

「まったく・・・バカ梢っ!」柿崎は、強く梢の体を抱き締めた。




「冴子!これはどういう事だ!」

「ぱ・・・パパ!?」


広くはない個室は四人もの人が集まっており窮屈な感じがする。そこへ新たにやって来たのは、息を切らし汗だくになっている川村専務だった。川村は室内を見回している。


「か、川村専務・・・?」


篠山は禿げ上がった額をハンカチで拭った。篠山は、契約破棄を言い渡されるのではと青くなっている。

川村の会社との取引成功は、会社側にとって大きな利益になる。それを反故ほごにされてたとなれば、それは計り知れない損害となる。篠山自身の首も危ない。

定年まであと2年だったのになぁ・・・と、篠山は首を覚悟した。だが、自分の部下を見捨てるような事だけはするまいと心に決めた。



しかし、川村は真っ先に娘に詰め寄った。


「さっき、警察からお前が暴行を受けて被害届を出したと連絡があったんだ。昨日はそんな怪我してなかっただろう?」

「・・・ち、ちがう・・ほんとだもん・・・」


冴子は弱々しく訴えるが、父の表情は厳しい。そこへ、もうひとりの警官が戻って来た。

戻って来た警官は、警備員室で夕べの防犯カメラの映像を見て来たと話した。


「それで?夕べの警備員には話を聞けたのか?」上司と思われる警官が報告を求めると、まだ若い警官は生真面目な顔で短く返事を返すと、警察手帳を開いて警備員から聞いた証言を報告した。


「警備員の話では、被害届に記されている時間、外で争う声が聞こえて来たと言っています。」


熟練の警官は唇を引き結んだまま頷き、続きを促した。


「警備員は、室内にある防犯カメラのモニターを見て、女性が襲われていると思い、駆けつけたと言っています。外に出ると、被疑者が若い女に一方的に襲われていたと証言しました。」

「一方的に?反撃もしていないと?」上司と思われるその警官は、低い声で部下に質問する。若い警官は一切怯む様子もなく、手帳にしるした情報を報告して行く。


「はい。暴行を受けていた女性は服の裾を握りしめて暴力に耐えていたそうです。念のため、防犯カメラの映像を見せてもらいました。映っていたのは間違いなく、被疑者の深山 梢さんでした。彼女が足を踏みつけられたり、髪を引っ張られている様子が映っていました。その間、彼女は一切無抵抗でした。」

「暴行を加えている人物の顔は認識できたのか?」

「はい。防犯カメラは二台設置されてあり、逃げて行く人物を正面からハッキリと映し出していました。」


冴子の顔には既に血の色はなく、可哀想なほど震えていた。

その様子を横目に、警官はその人物を訪ねた。


「その人物は?」


若い警官は、冷ややかな目で床に座り込む冴子に目をうつし、ハッキリと言葉にした。




「被害届を提出して来た、川村冴子です。」






真実はひとつ!

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