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嫁ですがなにか?!  作者: 暁
22/40

出張−3





「深山くん、急で悪いんだけど、僕と午後の便で北海道に飛んでくれないかな?」

「え?」


柿崎の怪我の衝撃から立ち直れずにいた梢に、課長が声をかけた。

梢には願ったり叶ったりだったが、他の女子社員が異口同音に異議を唱えた。


「どうして深山さんなんですか!?」

「そうですよ!私が行きますー!」

「深山さんは仕事が恋人なんですから、取り上げたら可哀想ですよ!?ね?深山さん!」


随分だと思ったが、課長が騒ぐ彼女達を納めた。


「君たちは少し深山くんを見習ったらどうだね?自分たちの名前で残業申請しておいて、彼女に全部押し付けて飲みに行っているのを、僕が知らないとでも思ってるの?」

「・・・・う・・・」彼女たちは直ぐに大人しくなった。


梢は知らなかった。給料明細にはちゃんと残業代が着いていたからだ。


「それに、柿崎の所に行く前にショッピングにでも行きそうな顔しとるじゃないか!?」


女子達は文句を言ったが、課長は一切受け付けず、梢に航空券を手渡した。


「それからね、先方の会社に菓子折りの準備もしてくれ。ああ、挨拶には僕も一緒に行くから、心配いらないよ。痛い思いをしたのはこっちだが、一応取引先だからね。菓子折りの領収書も忘れずにね。君も出張扱いにしておくから。」

「はい、承知いたしました。」


準備して参りますので、失礼いたします。そう言うと、梢は直ぐにオフィスを出た。




午後の便だという事もあり、時間にはまだ余裕がある。

梢は柿崎のマンションと自分のアパートに立ち寄って着替えなどの荷物をカバンに詰め、その足でデパートに向かい、菓子折りを準備した。



羽田空港で課長と落ち合うと、飛行機に乗り込んだ。天候もよく飛行機は定刻通りに離陸した。




およそ一時間半のフライトは、大きな揺れもなく新千歳空港に降り立った。

そこからJR線で札幌に向かい、タクシーで取引先の会社に向かう。




応接室に通されると、くだんの川村専務が待っていた。


「ああ、これはどうも!篠山さん!わざわざ足を運んで頂き恐縮です」

「いや、この度はお互いに災難でしたが、お怪我の方はいかがでしょう?」


柿崎に庇ってもらったという川村専務は、右の額と掌に絆創膏を貼っていた。


「いえ、私の怪我はただのかすり傷です。柿崎さんが庇ってくれなければ死んでました!彼は私にとって命の恩人です。」

「いやぁ、ヤツは頑丈なのが取り柄ですから!」

「・・・しかし、彼の方がだいぶひどい怪我を・・・」


未だ顔を見ていない梢は、より柿崎の容態が気になった。

課長は大した事はないと言っていたが、川村の話では重傷に思える。やはり自分の目で確認したかった。


「うちの娘が彼の行動に感動してね・・・」

「ほう。」

「毎日、病院に通っているみたいなんですよ」

「・・・そうですか・・・」


川村は少々困ったような顔で頭を掻いた。梢は胸の奥に感じたものが、的中しない事を祈った。

まずは柿崎の顔を見たい。梢は気持ちが逸るのを堪え、課長が立ち上がるのを今か今かと待った。


「川村専務のお怪我が軽くて、本当に安心いたしました!」

「これから病院へ?」

「はい。ヤツを労ってやりたいと思います!」

「そうですね。では、柿崎くんに宜しくお伝えください」

「ありがとうございます。それでは、川村専務もお大事になさってください。失礼いたします。」



篠山と梢は立ち上がって一礼すると、応接室を後にした。




総合病院にタクシーが滑り込むと、梢は領収書を受け取り篠山と共に早足で病室へ向かった。

本当なら駆け出したい気持ちで一杯だったが、必死に堪えてエレベーターに乗り込んだ。


「何階だっけ?」

「3階の東側・・・336号室・・・ここですね。」


扉の横に【柿崎裕一郎】と書いてある。騒ぐ心を落ち着けるように深呼吸すると、ドアをノックした。


「はい、どうぞ。」中から聞こえたのは、耳に馴染んだ男の声。

そっとドアを開けると、痛々しく包帯を巻かれた柿崎が、ベッドの上で新聞を読んでいた。

入ってきた人物をみて、その顔は驚きに満ちていた。


「よお!柿崎!なんだ元気そうじゃないか!?」

「ーーーこず・・・か、課長!深山も!見舞いにきてくれたんですか!?」


柿崎は新聞を放り、体を起こした。


「先方に挨拶に行ってきた。お前に宜しくと言っていたよ」

「そうですか。」

「それで?怪我の方はどうなんだ?」


絆創膏二枚の川村と違い、柿崎は包帯だらけだ。


「頭を7針縫って、左足の骨折で・・・全治三ヶ月だそうです」

「う〜む・・・労災申請しとかないとな。」

「よろしく。」


篠山の背後に立つ梢は、痛々しい姿になっている柿崎を見て、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

課長がいなければ今すぐにでも抱き締めたい!柿崎は、課長が席を外すのをじっと待った。


「それで?どうして深山が一緒なんですか?」


堪り兼ねて柿崎が聞いた。課長は背後の梢を振り仰ぐと、禿げ上がった額をつるりと撫でた。


「おっと。これは野暮だったかな?」丸い顔に人なつこい笑顔を浮かべて笑った。

「・・・課長?」


合点のいかない梢は、戸惑ったように篠山を見下ろした。

篠山は懐から封筒を取り出すと、ベッドで横たわる男に渡した。


「・・・これは?」

「おいおい!自分で頼んでおいて忘れたのか?」

「あ!ありがとうございます!」

「・・・?」

「お前の事故を聞いて、早く持って来てやりたかったんだ」

「課長・・・?」


戸惑いの色を深めた梢を、柿崎が手招きした。

梢は、恐る恐るベッドサイドに近寄ると、柿崎の傷がより痛々しい。頬の辺りにも青あざが出来ている。


「・・・梢、見て?」

「・・・何?」


課長の前で名を呼ばれた事に気が付かなかった。彼女はひたすら痛々しい姿に涙を堪えていたから。

言われて封筒を覗くと、一枚の紙が入っていた。それを取り出すと・・・


「ーーーーー!!こ、これっ!!」

「二人で出しに行こうな♪」


宮城で見せられた婚姻届だった。その証人欄には、課長夫妻の名が記してあった。

すっかり忘れていた梢は、口をあんぐりと開けている。


「深山くん、今日はちゃんと印鑑を持ってきたよね?」

「・・・は、はい・・・」


梢が社を出る際、課長に自分の印鑑を持ってくるようにと言われていたのだ。何に必要なのか聞いても、重要な書類があるから。としか教えてもらえなかった。



まさか、婚姻届とは思いもしなかった・・・



「・・・梢、結婚してくれるよね?」

「・・・・・・・ずるい・・・」こんな状況で・・・とは言えなかった。

「・・・俺の嫁になってくれる?」


梢は俯いたまま小さく頷くと、はい。と答えた。


「い〜ね〜!若いって!さあ、あとは君が判を押すだけだ!」


梢はカバンから印鑑ケースを取り出すと、震える指で判を押した。


「これは、二人で出しに行こう。その前に梢のご両親に挨拶に行かなきゃな」

「・・・柿崎、おまえ!まずはご両親への挨拶が先だろう!」

「課長。もっと言ってやって下さい!」

「え〜〜。」


涙を零しながら文句を言う梢を、包帯が巻かれた腕が優しく抱き締めてくれた。


「おっとっと!邪魔者は退散退散♪」


篠山課長はほくほく顔で、先にホテルに戻ってるからね〜と病室を出て行った。



課長がドアを閉めると同時に唇が触れ合った。




三日ぶりに触れた彼の唇は、ひどくカサカサしていて消毒の匂いがした。

病院服の下にもガーゼが貼られているようだ。




唇を離し、暫く見詰めあうと、梢は柿崎の体を見渡した。



頭は包帯が巻かれている。あちこちにガーゼが貼られ、左腕の肘にも包帯が巻かれている。

左足は大きなギブスで固められて・・・それだけひどい事故だったのだ。




無事で良かった・・・梢は溢れる涙を拭う事ができない。大きな手が梢の頭を撫でた。


「・・・心配かけてごめんな・・・」

「・・・ぜんっ・・・ぜ・・っ・・・れんら・・く、こな・・くて・・・」


嗚咽に言葉が途切れながら、不安だったこの三日間を訴えた。柿崎はそんな梢が愛おしく、涙でぐしゃぐしゃな梢の唇にキスをした。


「・・・ごめんな・・・接待続きで連絡が出来なかった上に、事故に巻き込まれたとき、携帯が壊れちゃったんだ・・・」


大きな掌が梢の頬を撫で、あふれる涙を拭ってくれた。


「・・・寂しかった?」包帯が巻かれた額を梢のと合わせ、涙に濡れた瞳を覗き込んだ。

「・・・寂しかった・・・です・・・」いつものように強がるかと思った梢が、素直に本音を言い、肩を震わせて縋り付いてくる。どれほど心配してくれていたかが、痛いほど伝わってきた。



「・・・俺も・・・寂しかったよ・・・」


もう一度キスをしようと顔を近づけた時、ドアがノックされた。

二人は慌てて体を離し、梢は涙を拭った。





「ゆーいちろーくーん!お加減はいかがですかぁ?」


花束を持った若い女性が顔を出した。スラリとしたその女性は、付けまつげがびっしり付いた目と、てらてらするグロスをたっぷり塗った唇で笑みを浮かべて病室に入ってきた。

ふんわりと巻かれた髪は肩に掛かり、フェミニンな洋服は胸元が恥ずかしいほど開き、谷間を強調させている。細い足には、踵の高いニーハイブーツを履いていた。



若々しいその容姿からして、大学生だろうか?梢は嫌な予感がした。




「彼女は川村専務のお嬢さんで冴子さんだ。冴子さん、毎日ありがとうございます。明日からは、彼女が着いてくれますから・・・」

「え~!そうなのぉ?・・・この人、会社の人?まさか、彼女?」

「は、初めまして。この度は・・・」

「ま、誰でもいいや。このお花生けて来てよ。」


梢の言葉を無視して花束を押し付けると梢を押し退け、ベッドサイドへ近寄って包帯に巻かれた柿崎の手を握りしめた。


「ねえ、ゆーいちろーくん!私ならずーーっとお世話できるんだよぉ?」


付けまつげが乗った大きな目をパチパチさせ、うっとりと柿崎を見上げる冴子は、魅力的な谷間を見せつけるようににじり寄っている。梢は思わず眉をひそめて後ろ姿を見詰めた。


「・・・せっかくですが、仕事も残っていますから。そろそろ退院の手続きもしないと・・」

「ええ!まだ怪我 治ってないじゃん!?・・・この人が迎えに来たからぁ?」


体を離して背後の梢を睨んだ。


「いや、仕事があるからですよ」

「・・・ちゃんと治るまで、冴子が看病するよ?・・・上から下まで全部ね」


梢にも聞こえるように言った呟きに、二人は聞こえないフリでさらりと流した。



「あ、柿崎さん、課長から書類を預かってきました」

「見せて。」


梢はやおら話を仕事に持って行き、カバンから茶封筒を取り出すと柿崎に渡した。封筒の表に重要とスタンプが押され、封もしっかり糊付されていた。


「・・・冴子さん、すみませんが、重要書類なので席を外して頂けますか?」

「え〜〜!・・・この人はいいのぉ?」


冴子は、未だ泣きはらした目をしている梢を、不服そうに見た。


「彼女は私の部下ですから。」


冴子と一緒に外へ出されてしまうのではと思っていた梢は嬉しかったが、平静を装って沈黙した。


「・・・ふぅん・・・つまんないの。」


仲間はずれにされた子供のようにそう言い、挑むような目で梢を一瞥した。

なんだか今、火花が散ったような・・・?梢は、大人の余裕で受け流そうとした。


「ーーーーっ!」


冴子は、病室を出る際、梢の足を踵の高いブーツで思い切り踏みつけて行った。

声は出さなかったものの、革靴の底が足の甲に直撃したためかなり痛かった。


「じゃあ、あたし帰る。ゆーいちろーくん!また明日来るね?!」

「いえ、その必要は・・・」

「その人よりも、う〜んとお世話するからさ♪」


梢を挑発するようにそう言うと、不敵な笑みを浮かべて扉を閉めた。



「・・・彼女、ずいぶん柿崎さんを気に入っているみたいですね」丸椅子に腰掛け、踏まれた足をこっそり撫でた。パンプスから覗く甲が赤く腫れ上がっていた。


「・・・梢、名前で呼べよ・・・おいで」


書類を傍らに追いやり、両手を広げて梢を促した。


「・・・裕一郎さん・・・重要書類はいいんですか?」

「ん?こっちのが大事♪」


ベッドに腰掛け、柿崎の胸に顔を埋めると、不安も悲しみも消えて行くのが感じられた。

『ずっと、こうしていたい・・・彼もそう思っているかしら?』そんな事を考えた。




嗅ぎ慣れた体臭は、薬っぽいものになっていた。梢は、自分の匂いを付ける猫のように胸にすり寄る。

顔を上げると、二人は唇を重ねお互いの体を確かめるようにしっかりと抱き締めた。





仲睦まじく抱き合う二人を、冴子はドアのすき間から睨んでいた事に、気が付く余裕もなかった。





課長の名前が判明(笑)

そして、新キャラ冴子登場☆

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