理解不能な男。
会社の目前にある広場、そのベンチが梢のお気に入りの場所だ。
青々と茂った木々が、ちょうどいい日陰になる。
広場の中心にある噴水が、年中豊かな水を吹き上げていて、心が安らぐのだ。
パソコンで疲れた目を休めるのに、この広場はうってつけであった。
「深山、聞いてる?」
「・・・・・・・・」
梢は小さな弁当箱を膝の上に乗せ、ウィンナを齧りつつ現実逃避していた。
柿崎は、コンビニで買ったスタミナ弁当を食べながら、完全無視を決めている梢に呆れたように訪ねた。
しかし、梢は一言も答えず卵焼きに歯形をつけた。
隣から溜め息が聞こえたが、構わず租借を続ける。
「・・・深山さぁ、なんでそんなに俺の事毛嫌いするかな?」
「別に毛嫌いはしていません。」
「それならーー」
「柿崎さんに興味がないだけです。」
「・・・・・・・・・・・あっそ。」
取り付く暇も与えない梢に、柿崎はさすがに唖然とした。
しばらくは、二人とも無言で食事を取った。
「飲む?」
梢が小さな弁当箱をハンカチに包み、ポーチに戻していると、柿崎がペットボトルの紅茶を差し出した。
梢がいつも好んで飲む紅茶だったので、ありがたく貰う事にした。
「・・・ありがとうございます」
「どういたしまして」
柿崎は缶コーヒーを口に運び、梢がペットボトルを傾けた。
沈黙がどれくらい続いたのか、痺れを切らして梢が口を開いた。
「あの・・・どうして私が、柿崎さんと結婚しないといけないんですか?」
「協力してくれるの?」
「お話を聞くだけです。紅茶のお礼に。」
「・・・・あっそ。」
なかなか心を開かない梢に、柿崎は苦笑いを浮かべて立ち上がると、近くのゴミ箱へコンビニ袋とコーヒーの空き缶を捨てに行った。
肩が凝っているのか、首に手を当て、頭をグルっと回しながら戻ってきた。
黙ったまま自分の前に立つ柿崎を、梢はベンチに座ったまま見上げた。
少女漫画なら、ここで胸がトキメくところだろうが、現実主義の梢は、意に介さず真っ直ぐに見詰め返している。
柿崎は、柔らかな笑みを浮かべて見下ろしている。ここは本来、女子が頬を染める場面である。
しかし梢は『何がそんなに面白いのかしら?』と、柿崎を睨み返してくる。
思い通りにいかない梢に、どうしたものかと溜め息を着いた。
「・・・跪いてプロポーズしたら、結婚してくれる?」
「ありえません」
「・・・・・深山って、見た目と違って、かなり頑固だね」
「・・・私は馬鹿にされているんでしょうか?」
さすがにイラっとした梢は、言葉に刺を生やして柿崎を見る。
柿崎がクスッと笑って「そうじゃないよ」と呟くと、名刺入れを取り出し、その一枚に携帯の番号をメモした。
「番号の交換したいんだけど、その様子じゃ無理っぽいからさ」
「・・・いりません」
「あ〜〜〜まあ、そう言わないで。紅茶のお礼ならこれを貰ってよ」
そう言って、梢の手に名刺を握らせると、ぐっと顔を近づけた。
反射的に身を引く。
「君が何と言おうと、今週の日曜日に君は俺の嫁になるの。わかった?」
「ふざけないで下さい!」
「ふざけてないよ。」
いきなり真顔になった柿崎は、梢の瞳を覗き込む。
これには、さすがの梢も頬を赤らめてしまった。それを見て、柿崎の表情が和らいだ。
慌てたのは梢だ。こんな理不尽な男に、頬を染めてしまった!
動揺を押し隠して、他に適任がいるはずだと、必死に思考を巡らせた。
「あ、あの・・・そうだ、千佳子!彼女、柿崎さんが好きだって言ってた」
同期の千佳子は、同じ部署に配属されて以来、ずっと柿崎を想っていた。
やっとの思いで食事に行ったと、頬を染めて報告した姿を思い出していた。
「そうよ!千佳子なら・・・」
しかし、柿崎はムッとしたように眉を寄せる。
「ダメ。深山がいいの。」
「な、なんで・・・」
戸惑う梢を他所に、体を延ばした柿崎はベンチの背もたれに掛けていた上着を取り上げ、もう一度梢を見下ろした。
「理由は、日曜日に教えるからさ♪」
「それじゃ遅すぎます!!!」
「じゃ、今夜飲みに行こう。その時でいいよね?じゃ、6時にここで」
「え!?あ、ちょ、ちょっと・・・」
梢の返事も聞かず、柿崎はさっさと会社へと戻って行った。
柿崎の、あまりの【俺様】っぷりに、梢の心は恋と反対の方向へ突き進んで行った。
律儀な梢ちゃんは、まんまとデートに誘われてしまいました。