求婚は突然に。
結婚って、愛情から始まるの?それとも、計算で始まるの?
「深山、俺の嫁になってくれ。」
「・・・・・はあ??」
突然のプロポーズに真っ白になってしまった。
二十八年生きてきて、こんな漫画みたいなプロポーズを夢見た頃もあった。
しかし、そんな都合のいい話は存在しないと理解できる年齢だ。
深山梢二十八歳は、お盆にお茶を乗せたまま呆然と目の前の男を見ていた。
「深山さぁん、聞いてるぅ?」
大きな掌を目の前でひらひらされ、ようやく我に返る。
自分を覗き込んでいる男は、口元に楽し気な笑みを浮かべている。
柿崎裕一郎三十四歳独身。営業成績が常にトップクラスを誇るエリートである。仕事には厳しいが、愛想がよく気が利く彼は、女子社員の憧れの的である。
しかし、梢は例外である。柿崎に対して、何の憧れも興味も持っていなかった。
そんな男が自分を呼び止めた時は、単に飲み物が欲しいのだと思っていたのだ。
思わぬ発言に、梢が呆然とするのも無理はない。
「き、聞いてますが、一体なんなんですか?」
営業部の片隅でプロポーズって…。女の夢を壊すにも程があるだろう。と、密かに苛立つ梢だったが、ふと重要な事を思い出した。自分は柿崎の恋人でもなければ、仕事以外で口をきいた事すらないのだ。
「私、柿崎さんと付き合ってもいないのに、いきなり嫁って何なんですか?」
苛立つ気持ちを口調に乗せないように気を遣いながら、早く仕事に戻りたくてジリジリとしていた。当の本人は、どこか飄々(ひょうひょう)としていて掴み所がない。
「ま。そーだよね。とりあえず、フリでいいからさ、今度の日曜日に俺の両親に挨拶してほしいんだ」
昔のトレンディードラマでこんなのがあった気がする。
「フリでいいんだし、いいよな?」
「お断りします。」
「なんで?!」
「なんでって!!!」
だんだんと声が大きくなるのに気づいて、慌てて声を潜めると、持っていたお盆を傍のテーブルに置いた。
「例えフリでも、好きでもない男の嫁なんて絶対嫌です!!」
「・・・・はっきり言うねぇ」
柿崎は頭を掻きながら苦笑いをもらした。
先輩でもある柿崎には、他の女子社員が持つような憧れもなければ、ハッキリ言って男としての興味すら湧かない。そんな男に求婚されても、嬉しいわけがない。
梢は、困惑した表情で柿崎を見上げた。
「柿崎さーん!三番に電話でーす!」
「おう!今行く!!ーーーとりあえず、話は昼にな!」
「あ!ちょっと!!」
柿崎は早足でデスクに戻ると、電話を取った。
求婚されても、離れた背中を見ても、やっぱりトキメキすら感じない。
短く溜め息をつき、頭を振ると『質の悪い冗談だ』と思う事で、梢は柿崎の話を完全に頭から閉め出した。
課長にお茶を出すと、席に戻ってひたすら仕事を片付けていった。
「深山!飯行くぞ!」
仕事に夢中になって気づきもしない梢の肩を、大きな掌がポンと叩いた。
一瞬『なぜ?』と思ったが、すぐに先ほどの話を思い出し、忌々し気に眉をひそめた。
「・・・・・・・嫌です」
「なんで?」
「柿崎さんと昼食をとる理由がありません。第一、私はお弁当なので食堂にも行きません。」
「・・・・・あっそ。なら、俺もコンビニで弁当買うからさ、とにかく話しだけでも聞いてよ」
嫌だ。
そう口に出そうとした時、柿崎に腕を掴まれ、問答無用で外へ連れ出されてしまった。
他の社員が見てる前で、社内でも割と人気がある柿崎に引きずられている自分・・・
嬉しいよりも恥ずかしさの方が先で、必死になってもがくが、鼻歌まじりで機嫌が良さそうな柿崎は、腕を放す気配もない。
「ちょっと!柿崎さん、腕離してください!!痛いです!」
「だって、離すと逃げるでしょ」
「当たり前です」
「だから、離さないんじゃん」
・・・もう何を言っても無駄のようだ。梢は項垂れて柿崎に引きずられて行った。
翻弄される梢ちゃんは、さらに翻弄される事になります。
加筆しました。