第十二話 空を飛ぶ情報網
第十二話 空を飛ぶ情報網
だが問題があった。
情報が遅い。
馬でも数日かかる。王都から遠い村で何が起きているのか、届く頃にはすでに事態が変わってしまっていることも多かった。夜烏学校が誇る学者たちは机上の計算で対策を立てるが、現場はいつもその先を走っていた。
そこで夜烏学校の卒業生たちは提案する。
「伝書鳩を使いましょう。」
最初は誰も本気にしなかった。鳩はただの鳥だ。荷物も運べず、言葉も話せない。それでも卒業生たちは静かに説明した。帰巣本能、訓練方法、拠点分散、そして何より「速さ」。馬が三日かかる距離を、鳩は一日で飛び越える。
王は沈黙の後、短く言った。
「採用する。」
そこから王国は変わり始めた。
各拠点に鳩舎が設置された。城、港、鉱山、国境の砦、そして辺境の村々にまで木造の小さな塔が建てられた。屋根には風見が回り、鳩が迷わぬよう餌と休息の管理が徹底された。鳩の育成専門家も養成され、夜烏学校の新たな学科として「飛翔通信学」が誕生した。
王国中に、見えない通信網が築かれていった。
やがてその効果は、誰の目にも明らかになる。
国境で怪しい兵力集結が発見された。
見張りの兵が鳩に書状を結びつける。小さな筒には、敵の旗印、兵の規模、陣形の様子が記されていた。
鳩が飛ぶ。
山を越え、谷を抜け、風に逆らわずに進む。
二日後には王都へ報告が届いた。
王は即座に騎士団を動かし、国境は事なきを得た。
港で疫病が発生したときも同じだった。
鳩が飛ぶ。
翌日には対策隊が出発し、封鎖と医療班の派遣が間に合った。流行は最小限に抑えられた。
市場で穀物買い占めの動きがあったときもそうだ。
鳩が飛ぶ。
報告はすぐに財務官へ届き、投機家たちが価格を吊り上げる前に倉庫が押さえられた。
人々は不思議がった。
「なぜ王は何でも知っているのだ。」
「なぜ問題が大きくなる前に解決されるのだ。」
噂はやがて神話めいて語られるようになった。王は未来を見ている、王は千里眼を持っている、王都には空を飛ぶ精霊がいる、と。
だが真実はただひとつだった。
空を飛ぶのは、情報だった。
そしてその情報を運んでいるのは、小さな羽ばたきだった。
夜烏学校の廊下では、ある教師が黒板にこう書いていた。
「国家とは、速度である。」
別の教師はそれを見て首を振る。
「違う。国家とは、正しい情報が届く速さだ。」
その言葉はやがて、王の耳にも届いた。
王は窓の外を見た。
鳩が一羽、空へと消えていく。
その姿は、剣よりも静かで、馬よりも速く、そして何よりも確実だった。
だが同時に、誰かが小さく呟いた。
「もしその鳩が、偽りを運んだらどうなる?」
その問いは、まだ誰も答えを持っていなかった。




