始まり
体育祭が終わり、家に帰ってからはすぐ風呂に入った。
湯船に浸かっても、筋肉がビリビリ痛む。
体育祭で4種目も走りまくったツケが一気に来たみたいで、ふくらはぎと太ももを自分で揉みほぐしながら、ぼんやり天井を見つめる。
(…今日、みんなに褒められすぎて頭おかしくなりそうだった…。俺はただ走っただけなのに…)
スマホを風呂場近くの棚に置いておいたら、ピコン、と通知音が鳴った。
画面を見ると、意外な名前。
瑶季
『運動会おつかれ!今日の柊くんホントにすごかった!ここからは受験勉強がんばろ!』
……え?一瞬、誰だっけ?ってなった。
瑶季は今日の集合写真で隣に座ってた副級長の女子だ。
3年生になって初めて同じクラスになったけど、話したことなんて今日がほぼ初めて。
写真のときに「柊くん、今日マジでカッコよかったよ!」って笑顔で言われて、俺は「いや…みんなのおかげで…」って赤面しながら返しただけ。
それなのに、LINEの交換とかしてたっけ?
あ、そうか。写真撮ったあと、クラスのグループLINEに追加された流れで、個人LINEも何人かに送られてたんだっけ…。心臓が少し速くなる。
(なんで俺に…? 瑶季って、クラスの中心にいるような明るい子だろ。俺みたいなのと話す必要ないはず…)
でも、既読つけたまま放置するのも変だなと思って、指が勝手に動く。
柊
『お疲れさま。ありがとう。瑶季も吹奏楽部の出し物、フルートきれいだったよ』
(…って、俺今何送ってるんだ? フルートのことなんか、ちゃんと見てたっけ? でも確かに、休憩時間にステージで吹いてるのチラッと見えて、音がすごく透き通ってて印象的だった…)
送信してから後悔の波が来る。
(やばい、急に褒めるとかキモいかな…?)でも、すぐに既読がついて、返事が来た。
瑶季
『え、覚えててくれたの!? 嬉しい〜!! ありがとう!! でも今日の柊くんはマジで別格だったよ。200mのラストの加速とか、みんなで「うわぁぁ!」ってなったもん。4種目も出てヘトヘトだったのに、軍団リレーでぶっちぎりとか…カッコよすぎてヤバかった』
『あ、ちなみに私も結構走ったよ? 女子のリレーでアンカーだったんだけど、柊くんみたいに速くなくて悔しかった〜笑』
(…瑶季も走ってたんだ。確かに、女子のレースで小柄な体で一生懸命バトン持って走ってるの見たかも)
柊
『いや、瑶季も速かったよ。150cmでアレだけ加速できるのすごいと思う。俺なんかただ足が長いだけだし…』
瑶季
『またそれ〜! 「俺なんか」ってやめてよ! 今日の柊くんはクラスのヒーローだったんだから! みんな本気でそう思ってるよ? 私も!』
『…って、なんか熱くなっちゃった笑 ごめんね。でもホントにすごかったんだから、ちゃんと認めてあげてほしいな』
画面を見つめたまま、固まる。
風呂の湯気がスマホの画面を曇らせる。
(…認めてほしい、か)
胸の奥が、じんわり温かくなるのと同時に、なんか苦しくなる。
いつも「俺なんか…」で蓋をしてる部分を、こんなストレートに突かれてる気がした。
柊
『…ありがとう。なんか、照れるな』
瑶季
『でしょ? 照れてる柊くんも可愛いと思うけどね笑』
『あ、ヤバい。なんか変なこと言っちゃった? ごめん! 受験モード入る前にテンションおかしくなってるかも笑』
柊
『いや、大丈夫。…俺も、なんか嬉しいかも』
(送信してから、顔が熱い。風呂上がったわけじゃないのに)
瑶季
『じゃあさ、これからたまに勉強の愚痴とか言い合わない? 私、数学苦手でさ…柊くん数学もできるんだよね? 教えてほしいな〜とか思っちゃって』
柊
『いや、俺も数学は苦手なんだけど…? でも瑶季が教えてほしいって言うなら、頑張ってみるよ』
瑶季
『え、マジで!? やったー! じゃあ決定ね! 受験までよろしく〜!』
『疲れてると思うから、今日はゆっくり休んでね。おやすみ!』
柊
『うん、おやすみ。瑶季もお疲れさま』
スマホを置いて、湯船に沈む。
天井を見上げながら、今日一日の出来事が頭をぐるぐる回る。
体育祭の歓声、集合写真のセンター、瑶季の笑顔とストレートな言葉。
(…俺、ちょっとだけ、変われるかも)
疲れ果てた体が、初めて「明日が少し楽しみ」って思った夜だった。




