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失われた記憶の先で、もう一度君と恋に落ちる。聖夜の教会で始まる、切ない恋物語。  作者: 久遠翠


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第12話「約束の教会で」

(湊視点)

 雪が、静かに降り続いていた。


 約束の最後の日。十二月二十五日。俺は、いつものように教会の前に立っていた。


 これで、本当に最後だ。


 雫は、もう来ないだろう。俺は彼女に別れを告げられたのだから。日記を渡したのは、せめてもの自己満足だったのかもしれない。俺の想いを知ってほしかった。そして、彼女には過去に縛られず幸せになってほしかった。


 これでいいんだ。彼女が、俺のいない未来で笑ってくれるなら。


 そう自分に言い聞かせても、心は鉛のように重かった。十五年間、心の支えだった約束が今日終わる。明日から、俺は何を支えに生きていけばいいのだろう。


 ポケットの中には小さな箱が入っていた。二十五歳になったクリスマスに、もし彼女が想いを同じくしてくれていたら渡そうと、ずっと前に買っておいた婚約指輪。もう、渡す相手はいない。


 雪が十字架を白く染めていく。まるで、俺たちの終わった恋を弔うかのようだ。


 時間だけが残酷に過ぎていく。もう帰ろう。そう思って踵を返そうとした、その時だった。


 雪を踏みしめる、微かな音が聞こえた。


 まさか。


 振り返ると、そこにいるはずのない彼女が立っていた。


 白いワンピースにコートを羽織った雫が。


 幻を見ているのかと思った。彼女は泣いていた。その美しい瞳から大粒の涙をこぼしながら、真っ直ぐに俺を見つめている。そして、俺に向かって駆け寄ってくる。


 息を切らして俺の前に立った彼女は、震える声で言った。


「日記、読んだよ。全部……思い出した」


 その瞬間、俺の世界からすべての音が消えた。


 時が止まった。凍てついていた心が、熱い奔流に溶かされていくようだった。

 信じられない。夢じゃないのか。


 抱きしめたい衝動を必死で抑える。


「……そっか」


 それしか、言えなかった。


 俺は震える腕を伸ばし、彼女の華奢な身体を抱きしめた。やっと、触れられた。温かい。生きている。夢じゃない。


「おかえり、雫」


 十五年ぶんの想いを込めて、そう囁く。


「ただいま、湊くん」


 腕の中で、彼女が答える。その声が、俺の魂を震わせた。


 どれくらいそうしていただろう。やがて彼女がゆっくりと身体を離し、涙で濡れた瞳で俺を見上げた。


「約束、覚えてる?」


「忘れるわけないだろ」


「今日が、約束の日だね」


「ああ」


 彼女は、ふわりと花が咲くように微笑んだ。


「私の答え、まだ聞いてないでしょ?」


 そう言うと、彼女は少しだけ背伸びをして俺の頬にそっと手を添えた。


「湊くん。私も、ずっとあなたが好きでした。これからも、ずっとあなたの隣にいたいです」


 それは、俺が十五年間聞きたくてたまらなかった言葉だった。


 もう、何もいらない。この言葉だけで、俺は生きていける。


「雫」


 俺は彼女の名前を呼び、ポケットから小さな箱を取り出した。箱を開けると、中の指輪が雪明かりを反射してきらりと光る。


「俺と、結婚してください」


 彼女の瞳から再び涙がこぼれ落ちた。でも、その顔は満開の笑顔だった。


「……はい、喜んで」


 俺は彼女の左手の薬指にそっと指輪をはめる。ぴったりだった。まるでずっと前から、この指にはめられるのを待っていたかのように。


 そして俺は彼女の顔を両手で包み込み、ゆっくりと唇を重ねた。


 冷たい雪の中で交わしたキスは、どこまでも温かく、優しかった。


 約束が、今、果たされた。


 降りしきる雪は、まるで俺たち二人を祝福する天使の羽のようだった。


 長い長いすれ違いの果てに、俺たちはようやく本当の意味で結ばれた。この愛は、誰よりも固く、誰よりも深い。


 これからは二人で新しい時間を紡いでいこう。失われた十五年を埋めるように、たくさんの愛で満たされた輝かしい未来を。


 約束の教会で、俺たちの永遠が静かに始まった。

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