隠れた村に思わぬ来客が
戦国武将たちの争いが絶えない世、ある山奥に隠れた村があった。命を尊び、平和を重んじる者たちの村である。
「蘭様、おはようございます。」
「おはよう!今日はいい天気だわね!」
陽気に挨拶をする少女。村長とは思えないくらいあどけなさを感じる。
「蘭様、実は来客がおりまして・・」
お付きの30代半ばの女性は少し言い淀む。
「来客?この村に住みたいという人かしら。」
すぐに支度をしながら蘭はいつものように答える。しかし、返ってきた返答は思わぬものだった。
「えっと、織田信長と申す男が来ております」
蘭は驚きのあまり髪を結うために持っていた櫛を落とす。
「え?!信長?確か、明智光秀に討ち取られたと聞いているが?」
理解が追いつかない。頭が真っ白になる。
「そうなのですが・・」
何が目的なの?織田信長・・。彼は目的を達するためなら残虐な手段も選ばないとても合理的な男だと聞く。私は当主になってまだ間もない。晴れ渡る青空とは裏腹に事態は緊急だ。
「支度は出来たわ。信長を床の間に案内してくださる?」
村長としての覚悟を決める。髪をしっかりと整える事、これは女の戦いの合図でもある。
「かしこまりました。従者をお呼びいたします。」
「秀晴を呼んでちょうだい」
深くため息をつく。祖父から村長を継いで3ヶ月。こんな事態は初めてだわ。周りの者たちも動揺しているであろう。上が動揺してはだめね。明るく振る舞わなければ。
「蘭様、お待たせいたしました。信長という男が来ていると聞いております」
「ありがとう!朝早くからすまない。」
「滅相もございません。蘭様も予期せぬ事態に動揺しているでありましょう」
秀晴は私の仮面の下にある顔を見抜いている様だ。
「ふふっ。ええ、内心とても、、動揺してるわ笑」
「蘭様の身になにかあればわたくしがお守りします。」
「秀晴なら安心できるわね!」
幼少の頃から過ごしてきた仲だ。少しずつ頬が緩む。
「さて、行きますか!」
床の間に入る前に深呼吸。重々しい空気だ。扉を開けるのを少し躊躇する。でも、村長としての義務を果たさなければ。
「ふう。さあ、行くわよ!」
そして扉を開ける。
「お〜!こんにちは〜!」
イメージとは裏腹に彼はすごく陽気で足を崩し、どこから持ってきたであろう酒を飲んでいた。
「御足労ありがとうございます!何用でいらっしゃいますか?」
「そうピリピリするな!俺をここに匿ってくれないか?」
屋敷の空気の重さは見抜かれていた。さすがは織田信長と言いたいところね。
「匿う?」
「そうだ!外の世界では俺は死んだことになっている!このままだと殺されてしまう!」
「明智光秀に殺されたのではなかったのですか?」
「死体は見つかってないだろう?ほれ、これが信長である証だ。」
信長家の紋章。どうやら、本当に信長のようね。どうやって生き残ったのか気になることは沢山ある。
「ところでここはどういう村なんだ?」
「ここは平和を重んじる村です。領地の奪い合いなど馬鹿らしい。そんな戦乱の世に疲れた者たちが集っております。」
「ほお?面白い村であるな。俺とは真逆な考えだ。」
「戦国武将でいらっしゃいますからね」
怯えを悟られぬように淡々と答える。今すぐここから抜け出したいが、まずは信長が私たちの村に馴染んでくれるか。そこが一番の問題だ。
「俺には理解できんな」
信長は酒を飲みながら平然と答える。
「この世は弱肉強食。強いものが弱いものを滅ぼすそんな世界だ。」
「武力を駆使して天下統一など馬鹿らしいです。」
「その心は?ぜひともききたい」
信長の顔が少し曇る。だが私は臆することなく自分の考えをぶつける。
いと知れば、たいそう悲しむでしょう。そんなことはあってはならないことです。」「戦争とは多くの命を奪うこと。殺された足軽にも家族がいてその家族は息子が返ってこないと知れば、たいそう悲しむでしょう。そんなことはあってはならないことです。」
信長はまっすぐ見つめる。何を考えているのかはわからないが。
「ハッハッハ!若いのにたいそうな考えを持っておるな!しかもべっぴんではないかハハハッ!」
信長は私に触れようと近くによる。
「蘭様に気安く触れるでない!」
秀晴が荒々しく叫ぶ。
「別にとって食ったりしねえよ〜」
「秀晴、落ち着いて!」
「すみません」
「信長さん、もし匿えないと言ったらどうしますか?」
危険すぎる。何をしでかすかわからない男を置くのは少し、、不安だ。
「脅して言うことを聞かせる」
先程の陽気な雰囲気から一変する。戦国武将の顔へと。
「貴様、、」
秀晴の体が前のめりになる。二人の目が無言で見つめあった。
「、、冗談じゃ!ハッハッハ!ピクリともしないもんだからびっくりしてもうたわい!大した度胸じゃ!」
「、、わかりました。匿ってさしあげます」
「本当か?かたじけない!」
「本当ですか?危険です!」
「もし村の存在をばらされたり村の者に危害が及んだりしたら一大事です。」
「ッかしこまりました」
「ただし、村の者に危害を加えることは許しません。良いですね?」
「ハッハッハ!圧が足りねえよ嬢ちゃん!俺は信長だぞ?まあでも、ここを潰しても何の得にもなるまい。わかった。約束しよう」
今のところは大丈夫そう。でも油断は禁物。何をしでかすかわからない。
「秀晴、信長さんの小姓として仕えなさい」
「え?!でも、、」
秀晴は少し不服そうだった。彼は信長を歓迎していない。長年一緒に過ごしてきた仲だ。それくらい分かる。
「お願いします。彼を見張る強い男が必要です」
私は少し微笑む。秀晴は村一番の武士と言っても過言ではない。
「、、わかりました。蘭様と村の安全のためならこの身のすべてを捧げましょう」
「信長さん、彼は秀晴です。ぜひ仲良くしてください」
「お〜!俺は信長だ!よろしくな!」
「よろしく、お願いします、、」
「おつきの女性もつけたほうがよろしいですか?」
「華はあったほうが良い」
信長は秀晴に腕を回し、肩を組んでいる。信長の楽しそうな顔とは裏腹に秀晴は今にも殺しにかかりそうな顔をしている。
「わかりました。お春を呼んでちょうだい。秀晴、信長を案内してちょうだい。」
「わかりました。信長さん、行きますよ。」
「さん付けは嫌じゃ。信長と呼んでくれ。あと、気楽に喋ってくれ!」
「、、行きますよ」
秀晴は信長を連れて床の間を出ていった。その瞬間、私は肩の力を抜く。
「大丈夫ですか?」
「緊張しちゃって〜」
一気に村長から少女へと戻る。私はこういう場が苦手だ。へなへなとなる私にお付きの者はおにぎりを持ってきてくれた。
「朝ごはん、まだ食べてませんよね。蘭様の好きなわかめのおにぎりです。」
「本当に?ありがとう!」
私はおにぎりを貪るように食べる。
「このまま、何も起きずに過ごせれば良いんだけど、」
トンビがいつもより下を飛んでいた。




