5.再恋
最終話となります
大学の図書館は、春休みに入ると人がまばらになる。
今日も午後の光が静かに差し込んでいて、本棚の影が床にやわらかく伸びていた。
その一角に、ミサキの姿がある。
髪は肩で軽く揺れて、白いブラウスの袖をまくって本を整理していた。
ここで彼女を見かけるのも、もう慣れてしまった。
でも——今日は、少しだけ違う。
「ミサキ」
名前を呼ぶと、彼女は振り返って微笑んだ。
「来ると思ってた」
「どうして?」
「だって、今日でこのインターン最後だもん。言いそびれてたけど、春から、別の場所に行くんだ」
「……そっか」
胸の奥に、小さな風が吹いた。
でも、彼女の表情に悲しさはなかった。
「だから、ちゃんと渡したかったんだ。これ」
ミサキが差し出したのは、一冊の文庫本だった。
前に俺が借りた恋愛小説と同じ作家の別の本。
「これ、すごく好きな話で。ずっと前から、誰かに渡したかった」
ページの間から、薄い布しおりが挟まれているのが見えた。
引き抜いて広げると——そこには、前と同じように一枚のクローバーが、丁寧にラミネートされていた。
けれど今回は、四つ葉だった。
「……あのときの、じゃないよな?」
「ちがうよ。あれは三つ葉だった。これは……見つけたの。最近」
「四つ葉のクローバーって、“幸福”の象徴だったっけ?」
「うん。でもね、調べてみたら、“真実の愛”って意味もあるんだって」
ミサキが、少し照れたように視線を落とす。
「……あのとき、栞に想いを込めたつもりはなかった。でも、あなたが見つけてくれたから、今は意味がある気がする」
「たった一枚のクローバーに?」
「そう。たった一枚に気づいてくれる人がいるって、すごいことなんだよ」
しばらく、ふたりの間に静かな時間が流れた。
窓の外では風が揺れ、クローバーの葉をきらきらと揺らしている。
「なあ、ミサキ」
「なに?」
「——また、恋をしてもいいかな。今度は、ちゃんと」
ミサキは驚いたように目を丸くしたあと、ゆっくりと笑った。
「うん。私も、また恋をしたい。……あなたと」
その声は、泡沫なんかじゃなかった。
触れたら消えてしまうような儚さじゃなく、確かにそこにある、温かな言葉だった。
本棚の陰、ふたりの影が少しだけ近づいた。
—
クローバーの季節は、もうすぐ終わる。
だけどこの恋は、今、ようやく始まったばかりだ。
春の風に乗って、新しいページが、静かにめくられていく。
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