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4.雨上がり

「選書記録」のノートは、返さなければならない。

そう思って図書館へ向かったが、ミサキの姿はなかった。


次の日も、またその次の日も。


「……あいつ、どこ行ったんだよ」


自分でも驚くくらい、焦っていた。

返すためだけじゃない。

話したい。

もう一度、ちゃんと——あのときの続きを。


でも、どこにもいない。


さすがに図書館の職員に聞くわけにもいかず、思いつく場所をあたるしかなかった。


講義の教室。学生課。図書館の裏手にある中庭。

どこにも、ミサキはいなかった。


夕方、空がぐずつき始めた。

傘も持たずに歩き回っていたせいで、にわか雨に降られてしまう。


(……最悪)


仕方なく屋根のある駅前ロータリーへと足を運ぶと、

目に飛び込んできたのは、透明な傘の下、ベンチに座るミサキの姿だった。


制服じゃない。少し大人っぽいベージュのトレンチ。

髪がわずかに濡れて、肩に張りついている。


「ミサキ!」


俺の声に、彼女がわずかに肩を揺らした。


「……久しぶり」


「何してたんだよ。ずっと、探してた」


「図書館、行ってくれてたの?」


「うん。ノート、落としただろ? これ」


俺はバッグから「選書記録」のノートを取り出し、そっと差し出した。


「……ありがとう。探してたんだ、それ」


「勝手に見ちゃった。ごめん。でも……知りたくなかったわけじゃない」


ミサキはノートを受け取り、膝の上に置いたまま、ゆっくりと視線を落とした。


「……見られたの、恥ずかしいけど。もう、いいや。私も、伝えるの、ずっと怖かったし」


「伝えてたよ。ずっと」


「え?」


「気づいてた。……でも、お姉さんのことがあって、俺、自分の気持ちに向き合うのが怖かったんだと思う」


「お姉ちゃん、か……」


ミサキはぼそりと呟いた。


「……私ね、ずっと思ってた。あなたは、お姉ちゃんに似た私を、代わりに見てるだけなんじゃないかって」


「違う」


その言葉は自然に出た。迷いもなかった。


「たしかに昔、憧れてたよ。でもそれはただの幻みたいなもんだった。ミサキを避けてたのも、お姉さんじゃなくて——ミサキに、本気で惹かれてる自分に気づいてたから、だと思う」


ミサキは顔を伏せたまま、小さく笑った。


「……そんなこと、言ってくれると思わなかった。ありがとう」


雨の音が、静かに背景を彩る。


「これから、どうしたい?」


ミサキの問いに、俺は一度、深く息を吐いてから言った。


「もう逃げない。だから……また、話したい。これからもずっと、話していたい」


ミサキが、ゆっくり顔を上げた。

目元が少し赤いのは、雨のせいか、それとも——


「……じゃあ、最初からやり直してもいい? 幼なじみとかじゃなくて」


「うん。俺も、今のミサキと、始めたい」


静かに傘の中へ入ると、距離がぐっと近づいた。

あの日すれ違った校門よりも、ずっと、近くに。


クローバーの花は、雨に濡れると一時的に閉じるらしい。

けれど、また陽が差せば、そっと開いていく。


そんな小さな命のように、

俺たちの恋もまた、雨のあとで、静かに開き始めた——。

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