表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

3.言葉

一枚のクローバーが挟まれた、ラミネート加工された栞。

それを見つけた日の夜、俺は妙な胸騒ぎを感じていた。


単なる偶然かもしれない。けれど、偶然にしては、あまりに“らしい”気がしていた。

あの日の図書館カウンターの彼女の視線が、どこか引っかかっていた。


翌日、俺は再び図書館へ向かった。

何をするでもなく、ただ“返す”ために。


カウンターに立つのは、違う学生だった。

ミサキの姿はどこにもない。


「今日はお休みですか?」


そう聞こうとして、言葉を引っ込めた。

職員でもないのに、そんなことを聞く理由が見つからなかった。


仕方なく、そのまま返却ポストに本を滑り込ませようとしたとき——


視界の隅で、何かが落ちていた。

椅子の横、返却済みの本が積まれた台の陰。


拾い上げると、それは黒いゴムで綴じられた小さなノートだった。

表紙には淡いインクで「選書記録」とだけ書かれている。


(……まさか)


迷った。勝手に開くべきじゃない。

けれど、なぜか手が止まらなかった。


ページを開くと、整った文字で日付とタイトル、簡単な感想が並んでいた。

けれど、何ページかめくったところで、空気が変わった。


彼は、気づいているのかな。

あのとき話しかけるのをやめたのは、ずるさと怖さと、きっとどちらもあった。

姉を見ていた瞳が、あまりに真っ直ぐで、少しだけ苦しかった。

……でも。

いつか、話せたらいいなって思ってた。

たった一言、「また話せてよかった」って、言えたら。


ページが震える。俺の手が震えていた。


(……これは、ミサキの——)


無意識にページを閉じていた。


あの日、自分にかけられた「少し時間ある?」の言葉。

あれがどれだけ勇気を振り絞ったものだったのか、ようやく分かった気がした。


あの日、俺はただ「うまくやらなかった」のではなく、「受け止めなかった」んだ。


その日から、なぜだか落ち着かなくなった。

食堂で友人の話も耳に入らず、授業中も集中できなかった。

ぼんやりと黒いノートのページを思い出していた。


返さなければ。ミサキに。


いや、返すだけじゃ、きっとだめなんだ。


(……ちゃんと、話したい)


その想いが心の底に芽生えていた。


クローバーの栞も、あのノートも、もしかしたら全部が偶然じゃなかったのかもしれない。


そう思えたとき、なぜか胸が少しだけ軽くなった。

ふと、窓の外に目をやる。


遠くで夕焼けが滲んでいる。

まるで、何かが変わり始めた合図のように——。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ