2.図書館
あの玄関での出来事から、2週間が過ぎた。
ミサキとは、それきり会っていない。
同じ大学にいるのに、偶然の再会すらないことに、少し驚いていた。
……少しだけ、な。
教室でも、学生課でも、カフェでも見かけない。
もしかして避けられてる?
いや、それならそれでいい。あんな会話、別に大した意味なんかなかったんだし。
そんなことをぐるぐる考えるのも疲れてきて、午後の空き時間、久しぶりに図書館に足を向けた。
ここの静けさが、今はちょうどいい気がした。
入口をくぐると、カウンターの向こうに見覚えのある後ろ姿があった。
(……ミサキ?)
長い黒髪をまとめて、白シャツに薄手のカーディガン。
本を丁寧に受け取り、バーコードをスキャンして返却処理をしている。
やっぱりミサキだった。
いつの間に、ここで働いてるんだ——
(ああ、そういえば。昔から、本が好きだって言ってたっけ)
インターンシップ。大学在学中に、図書館業務を体験する制度があるって聞いたことがある。
もしかして、それか。
それにしても、やっぱりこうして関わりがあると、妙に意識してしまう。
俺は棚をふらふらと歩きながら、ある一冊の前で足を止めた。
タイトルは——恋愛小説。
正直、こういうのは普段読まない。でも、なんとなく。
(……わざと、か)
そう思いながら、その本を手に取ってカウンターに持っていく。
「貸出お願いします」
ミサキは、俺に気づいて軽く目を見開いた。けれど、何も言わない。
淡々と処理を始める。
——が、その手がふと止まる。
「……ふーん。こういうの、読むんだ」
小さく、でも聞こえる声でつぶやいた。
「……まあ、たまには」
俺は目を逸らしながら言った。
なんとなく、顔が熱くなるのを感じた。
「貸出期間は2週間。返却はカウンターか、返却ポストでお願いします」
その声は、業務的で、でもどこか少し、やさしかった。
その夜、借りた恋愛小説を部屋で読み始めた。
読み慣れないジャンルだけど、思ったより悪くない。
むしろ、登場人物の感情が、自分の中の何かをゆっくりとかき混ぜてくる感じがして、気づけばページをめくっていた。
すると、ふとした拍子に、ページの間から何かがはらりと落ちた。
「……え?」
手に取ると、それは一枚のラミネートされたしおりだった。
中には、小さな、四つ葉ではない——一枚のクローバーがパウチされている。
(……これ、もしかして)
それが、誰のものなのか。
いつ、どうして本に挟まれていたのか。
何もわからない。
ただ一つ、確かに言えるのは——
「きっかけってのは、わからないものだな……」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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